EP 19
エリート査察官の来訪と、100kgの漬物石
ルナミス帝国、財務省・特別査察局。
国家の予算を管理し、不正を絶対に許さないエリート中のエリートが集うその部署において、若きエースと呼ばれる男がいた。
特別査察官、ユリウス・フォン・クラウゼン。
銀縁メガネの奥に冷徹な知性の光を宿す彼は、デスクの上に叩きつけられた報告書を見て、忌々しげに眉間を揉んでいた。
「……三国の緩衝地帯にあるド田舎、『ポポロ村』。ここ最近のこの村の資金の流れは、どう考えても異常だ」
ユリウスは報告書のページをめくる。
「急激に潤沢になった村の財政。裏社会のヤクザが運営しているという謎の大型カジノ。極めつけは、市場に出回るはずのない『深海魔物級の最高級海鮮』の大量消費……。間違いなく、この村の村長は、裏でとんでもない横領か密輸組織と手を結んでいるに違いない」
ユリウスは立ち上がり、ビシッと帝国の軍服(査察官仕様)を着直した。
エリートとしての誇りが、彼の正義感を燃え上がらせていた。
「この私が直々に赴き、ド田舎の悪党どもの不正を暴き、一人残らず帝国法廷に引きずり出してくれる……!」
◇ ◇ ◇
数日後。
ユリウスは身分を隠すための外套を羽織り、ポポロ村へと足を踏み入れた。
(フン。一見すると、ただののどかな田舎村だ。だが、私の目は誤魔化せない。まずは黒幕である村長・キャルルの自宅を『抜き打ち』で調査し、決定的な証拠を押さえてやる)
ユリウスは息を潜め、村の奥にある村長宅へと忍び寄った。
門は開け放たれており、庭の様子が丸見えになっている。
(無防備なことだ。さて、庭に隠し金庫や、密輸品の木箱でも……ん?)
ユリウスの視線が、庭の隅でしゃがみ込んでいる一人の男――エプロン姿の元暗殺者、リアンでピタリと止まった。
リアンは大きな木樽の中に、大量の『大根』を敷き詰めている最中だった。
(なんだ、ただの料理人か。冬に向けて漬物でも仕込んでいるのだろう。……いや、待て)
ユリウスの銀縁メガネの奥の瞳が、限界まで見開かれた。
彼が驚愕したのは、大根ではない。大根の上から重しとして乗せられようとしている**『漬物石』**の方である。
秋の穏やかな太陽の光を反射し、その石は、暴力的なまでの神々しい黄金の輝きを放っていた。
レンガほどの分厚さ。そして、重機で運ぶレベルの尋常ではない質量感。
「……は? い、いやいやいや。まさか。いくらなんでも、そんな馬鹿な」
ユリウスは思わず隠れていた茂みから身を乗り出し、目をこすった。
何度見ても、それは石ではない。
ルナミス帝国の国家予算の一部に匹敵する、**『純度100%の純金の延べ棒(推定100キログラム)』**であった。
「よし、これでいい。やっぱりコイツが一番重さのバランスが良いな」
リアンが、純金100kgを片手でヒョイッと持ち上げ(※元暗殺者&S級両親の英才教育の賜物)、樽の中の大根の上にドゴォォォン!!と無造作に叩き落とした。
「〜〜〜〜ッ!!??」
ユリウスは声にならない悲鳴を上げ、その場に膝から崩れ落ちた。
純金。100キログラムの、純金。
それが今、泥のついた大根の水分を抜くための、ただの漬物石として扱われているのである。
「あ、リアンさーん! ルナの実家(世界樹)から届いた『今月のお小遣い』、漬物石にするんですかぁ?」
家の中から、ピンク色の髪をした極貧アイドル(リーザ)が顔を出した。
「あぁ。フライパンにするには熱伝導率が悪すぎるし、柔らかすぎて包丁にもならねぇ。使い道がねぇから、たくあんの重しにするのが一番コスパが良いんだよ」
「なるほどぉ! さすがリアンさん、エコですねっ☆」
(エコ……ッ!!? 100キロの純金がエコ!? 熱伝導率!? なんだこいつら、頭が狂っているのか!!?)
帝国最高の頭脳を持つユリウスの経済観念と、エリートとしての常識が、開始数分でガラガラと音を立てて崩壊していく。
「あ、いけねぇ。これだと少し重さが足りねぇな。……おいリーザ、カジノの邪神から回収した『借金のカタ(金貨の袋)』持ってきてくれ。隙間に詰める」
「はーい!」
純金の延べ棒の隙間に、さらに無造作にねじ込まれていく大量の金貨。
泥と塩水にまみれていく、帝国の通貨たち。
「あ……あぁぁ……」
ユリウスはガクガクと震えながら、茂みの中で白目を剥いた。
密輸組織? 横領?
そんなちっぽけな人間の犯罪スケールを、この村は遥かに超越している。
帝国特別査察官ユリウスの『地獄のポポロ村視察』は、彼のアイデンティティが木っ端微塵に粉砕されるところから幕を開けたのであった。




