EP 6
「極道邪神の至福 〜涙の焼きチーズと黄金スープ〜」
ポポロ屋のカウンター席。
そこには、先ほどまで世界を滅ぼさんばかりの殺気を放っていた男が、背中を丸めて座っていた。
コトッ。
目の前に置かれたのは、湯気を立てる『ロックバイソンの極上ポトフ風スープ』。
そして、念願の『羽付き焼きチーズ』と、深いルビー色をした『赤ワイン』だ。
「……」
デュアダロスは震える手で、まずはワイングラスの脚を摘んだ。
スワリング(グラスを回す所作)を行い、香りを確かめる。……完璧だ。地下の湿った空気とは違う、芳醇なブドウと樽の香り。
「(……これが、本物の酒……)」
彼は目を閉じ、一口含んだ。
渋みと果実味が、長年乾ききっていた邪神の喉を潤していく。
「……くぅっ」
デュアダロスは小さく唸り、次にフォークを手に取った。
狙うは、ずっと夢にまで見た『焼きチーズ』。
表面はカリッと香ばしく焼け焦げ、内側はトロリと溶け出している。
サクッ。
フォークを入れた瞬間の、小気味良い音。
それを口に運ぶ。
「……!!」
カッ!!
デュアダロスの瞳孔が再び開いた。
「(な、なんだこの濃厚さは……! 外側のカリカリした食感と香ばしさが、内側のまろやかな塩気と見事に調和しておる! ワインが進む……進みすぎる……!!)」
彼は無言でチーズを咀嚼し、ワインで流し込む。
その表情は、極道の組長から「幸せそうなおじさん」へと完全に変貌していた。
「おいおい、デュアダロスの奴、完全に餌付けされてるじゃん」
奥の席から、ルチアナがジョッキ片手にゲラゲラと笑った。
「あんた、カチコミに来たんじゃなかったの〜? すっかりリアンの飯の虜ねぇ!」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
デュアダロスは顔を真っ赤にして怒鳴り返したが、フォークを持つ手は止まらない。
いよいよメインの『ロックバイソンの極上ポトフ風スープ』へ。
スプーンで黄金色のスープをすくい、口へ。
「……ッ!!」
ズギュゥゥゥン!!
デュアダロスの脳内に、雷が落ちたような衝撃が走った。
「(……深い……! ただの肉と野菜の煮込みではない。バイソンの強靭な筋肉から溶け出した旨味が、ポポロ村の野菜の甘みと完全に一体化しておる……!)」
さらに、ゴロリと入ったすね肉をスプーンで崩す。
力を入れずとも、繊維に沿ってホロホロとほどけていく。
パクッ。
「……っはぁ……」
デュアダロスは、思わず天を仰いで恍惚の吐息を漏らした。
冷え切ったダンジョン暮らしで荒んでいた心が、温かいスープによってじんわりと溶かされていくのが分かる。
「(美味い……。コンビニの塩むすびも悪くはなかったが……これが、これが『手作りの飯』というやつか……!)」
気がつけば、邪神の目から一筋の涙がこぼれ落ちていた。
「うっ……うっ……うめぇ……」
「ちょっ、泣いてる!? デュアダロスがスープ飲んで泣いてる!!」
フレアがドン引きしながら指を差した。
「うるせぇよ! 目に……目に湯気が入っただけだ!!」
デュアダロスはアルマーニの袖で乱暴に涙を拭い、どんぶりを両手で持ってスープを最後の一滴まで飲み干した。
「ぷはぁっ……!!」
完食。
彼は満足げに息を吐き、カウンターにどんぶりを置いた。
その顔には、憑き物が落ちたようなスッキリとした表情が浮かんでいる。
「……どうだ。俺の料理は」
リアンが腕組みをして、ニヤリと笑いかけた。
「……ふん。まぁ、悪くはねぇな」
デュアダロスは必死に極道の威厳を保とうと、ふんぞり返った。
「この邪神デュアダロスの舌を少しばかり唸らせたことは、褒めてやる。……だから、その……」
彼はモジモジとしながら、空になったどんぶりをリアンの方へスッと押し出した。
「……おかわり、あるか?」
「プッ……アハハハハ!」
ルチアナとフレアが大爆笑し、デュークも呆れたように鼻を鳴らした。
「……現金な奴だ。まぁいい、腹いっぱい食わせてやる。ただし」
リアンは『お会計(ツケ不可)』と書かれた札を、ドンッとデュアダロスの前に置いた。
「払うもんは、きっちり払ってもらうぞ。邪神様」
「……あ」
デュアダロスの顔から、血の気が引いた。
彼は封印されていた身である。財布など持っているはずがないし、ダンジョンから持ってきたのはトカレフと仕込み刀だけだ。
「……すまん。ツケで……」
「ダメだと言ったはずだが?」
「ひぃっ!!」
リアンの目が、再び「裏社会の英雄(殺し屋)」のそれに変わった。
インテリヤクザ邪神の、ポポロ屋での「過酷な皿洗いバイト」が決定した瞬間であった。




