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EP 25

「最強シェフのダウンと、闇鍋(卵酒)の錬金術」

その日の夕方。

ポポロ屋の厨房で、異変は起きていた。

「……ッ、くしゅん」

包丁を握るリアンの動きが、普段よりコンマ数秒遅い。

額にはうっすらと脂汗が浮かび、肩が微かに上下していた。

それに真っ先に気付いたのは、カウンターで帳簿をつけていたキャルルだった。

「リアン君。……熱があるよ。さっきから震えてるし」

キャルルは心配そうに身を乗り出し、リアンの額に自分の額をコツンと当てた。

「ひゃっ! すごい熱! 燃えるみたいに熱いわよ!」

「そうか? 自分じゃ気付かない物だが……」

リアンはふらつく頭を振り、小さく息を吐いた。

最強の暗殺者であり、伝説の料理人であっても、肉体はただの人間だ。連日の『お弁当作戦』の疲労が、ここにきて一気に爆発したのだろう。

「……今日は店じまいだ。俺は2階で寝る」

「うん、すぐに布団を敷いてあげる!」

リアンは大人しくエプロンを外し、2階の住居スペースへと重い足取りで上がっていった。

◇ ◇ ◇

数十分後。

ベッドに横たわり、熱で浅い息を繰り返すリアンの部屋に、騒がしい足音が押し寄せてきた。

「リアン、風邪かぁ? だらしねぇな!」

「まぁ大変。おでこが真っ赤ですわ」

「ワイらの大事な金の卵が! 死なれたら困るで!」

イグニス、ルナ、ニャングルのトラブルメーカー三銃士である。

「お前ら……うるさい、帰れ……」

「よっしゃ! ルナはん、ここは一発気合入れたらなアカン! カンチョウや! 世界樹の雫(エリクサー級)を直接ぶち込むんや!」

ニャングルがとんでもない民間療法(?)を提案した。

ルナは「なるほど!」と手を打ち、世界樹の杖の先端から、緑色に輝く濃厚な液体をポタポタと滴らせる。

「はいっ! えいのえいのえいっ☆ 準備万端ですぅ!」

「おら! リアン、ケツだせ! 俺様が押さえててやる!」

イグニスがニヤニヤしながら、布団をバサァッ!と剥ぎ取った。

「キャー!!」

看病のために水盆を持ってきたキャルルが、顔を真っ赤にして両手で目を覆う。

(だが、指の隙間からはバッチリとチラ見している。ウサギの動体視力は誤魔化せない)

イグニスの丸太のような腕が、リアンの体を裏返そうとした――その瞬間。

カチリ。

冷たい金属音が、部屋の空気を完全に凍結させた。

「……え?」

イグニスの眉間に、黒光りする『銃口剣』の銃口がめり込んでいた。

ベッドに寝転がったままのリアンの目は、熱に浮かされながらも、絶対的な殺意を放っていた。

「……ブチ殺すぞ」

低い、地獄の底から響くような声。

魔力チャージキュイィィィンが鳴り始める。

「じょ、冗談やって! ガハハハ……ハハ……」

イグニスは滝のような冷や汗を流し、両手を上げて後ずさった。ニャングルもルナの影に隠れて震えている。

「も、もう! あんた達は下に降りてて!」

キャルルが三人を部屋から追い出し、ホッと息をついた。

「ごめんね、リアン君。……じゃあ、私が『卵酒』作ってあげる! 風邪にはそれが一番でしょ?」

「……そうか。助かる。ありがとうな、キャルル」

リアンは銃口剣をしまい、ふっと表情を和らげて目を閉じた。

(キャルルなら、あいつらよりはマシだろう……)

リアンは、この時気付いていなかった。

最強の武闘派ウサギは、「料理スキルが完全にゼロ」であるという致命的な事実に。

◇ ◇ ◇

1階のキッチン。

真新しいステンレスの調理台の前で、キャルルは腕組みをして唸っていた。

目の前には、コップ一杯の『芋酒』と、生卵が一つ。

「えぇっと……卵酒って、芋酒に卵をポイって入れれば良いのよね? 殻ごとかな?」

致命的な独り言を呟く村長の背後に、先ほどのバカ三人が忍び寄る。

「おいおいキャルル。リアンは重症だぜ? 卵と酒だけじゃ心許ないぜ!」

イグニスが冷蔵庫と戸棚を漁り、両手いっぱいに食材を抱えてきた。

「病気には栄養だ! 沢庵たくあん、塩辛、煮干し、大福、ジャム! これを全部ぶち込むんだよ!」

「えっ? 甘いものと、しょっぱいものを一緒に?」

「カロリーが高けりゃ治るんだよ!」

「アホか! 風邪の時は薬膳や!」

ニャングルがリュックから、カサカサと音を立てる小袋を取り出した。

「東の国では、熱冷ましにコレを使うんや! 『蝉の抜け殻』とか良いでっしゃろ! 丸ごと煎じるんや!」

「ひゃあ!? 虫!?」

「あ、私のも入れてくださいぃ〜☆」

最後にルナが、ふわりと鍋の上に手をかざした。

「あとは〜、森で拾ってきた『よく分からない光るキノコ』とか、『脈動する紫色の木の実』とか……よく分からない物ね! えいっ☆」

ボチャァン……ドロドロドロ……。

火にかけられた寸胴鍋の中で、芋酒、生卵(殻付き)、沢庵、塩辛、ジャム大福、蝉の抜け殻、そして発光する謎の植物が、絶望的なハーモニーを奏で始めた。

ブクブクブク……シュゥゥゥ……。

鍋から立ち昇る煙は、もはや毒の沼地を思わせるドス黒い紫色に変色している。

匂いを嗅いだ通りすがりのハエが、ポトッと床に落ちて動かなくなった。

「う、うわぁ……なんかすごい色だけど……栄養は満点よね!」

キャルルはお玉でその「ダークマター(元・卵酒)」をかき混ぜながら、引きつった笑顔を浮かべた。

「よし! これを持っていけば、リアン君も一発で元気になるわ!」

最強の料理人を待ち受けるのは、風邪のウイルスよりも恐ろしい「殺人卵酒」だった。

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