EP 26
「戦慄のジャイ〇ンシチュー ~俺の胃袋はゴミ箱じゃない~」
「……ん?」
ベッドで浅い眠りについていたリアンは、料理人としての絶対的な嗅覚によって目を覚ました。
熱で霞む頭でも、はっきりと分かる。
部屋の扉の向こうから、『致死量の毒物』が近づいてきている。
(なんだ……この匂い。アンモニアと、強烈な甘ったるさと、土の臭いが混ざったような……毒スライムでも湧いたか?)
リアンが枕元の銃口剣に手を伸ばした時、扉がガチャリと開いた。
「リアン君! お待たせ! 特製の『栄養満点・卵酒』を持ってきたよ!」
満面の笑みで現れたキャルル。
だが、彼女のお盆の上に乗っているどんぶりからは、『紫色のブクブクと泡立つ泥』のようなものが溢れそうになっていた。
シュゥゥゥ……。
泡が弾けるたびに、部屋の壁紙がチリチリと変色していく気がする。
「……キャルル。それは、なんだ」
「えっ? 卵酒だけど?」
キャルルは無垢な瞳で首を傾げた。
リアンは震える体を起こし、その「ダークマター」を凝視した。
紫色の泥の表面に、プカプカと浮かぶ無数の『蝉の抜け殻』。
半分溶けかかった『イチゴジャム大福』。
そして、底の方から時折顔を出す、生臭い『イカの塩辛』と『沢庵』。
極めつけは、ルナがぶち込んだ『謎の光るキノコ』が、チカチカとネオンサインのように自己主張している。
「おい……まさかとは思うが、それに俺の厨房の食材を……」
「うん! イグニス君とニャングルとルナちゃんが、『カロリーと東洋医学と魔法の融合』だって、色々足してくれたの!」
扉の陰から、三バカが顔を出して親指を立てた。
「ガハハ! 食えば一発で治るぜリアン! 俺様特製ジャム大福入りだ!」
「蝉の抜け殻は解熱作用がありまんねん! 良薬口に苦し、やで!」
「私のキノコで、魔力も全回復ですぅ☆」
リアンは、かつてない恐怖を感じた。
Aランクの地竜を前にした時ですら、彼の心は凪いでいた。
だが今、目の前にある「ジャイ〇ンシチュー(異世界編)」は、確実に己の命を刈り取りにきている。
「さぁ、冷めないうちに! はい、あーん♡」
キャルルがスプーン(すでに先端が少し溶けている)で紫色の泥をすくい、リアンの口元へ運んでくる。
「……来るな」
「え?」
「来るなあああああ!!!」
リアンはベッドから跳ね起き、布団を盾にして後ずさった。
「バカかお前ら! 沢庵とジャム大福と塩辛を煮込んで美味いわけがないだろ! それに蝉の抜け殻をそのまま入れるな! せめて煎じろ! いや、そもそも俺の厨房で何という冒涜を……!」
「ひどい! せっかくリアン君のために作ったのに!」
キャルルが涙目になる。
だが、情に流されて一口でも食べれば、間違いなく三途の川が見える。
「……『喰丸』!!」
リアンは己の影から、ピンク色の巨大ワームを召喚した。
「キュイ!」
「俺の代わりに、それを全部食え!」
リアンの命令を受け、何でも食べる掃除屋・喰丸が、どんぶりに向かって大きな口を開けた。
ズゾゾゾゾッ!!
一瞬にして、紫色のダークマターが喰丸の胃袋へと吸い込まれていく。
「ああっ! 私の(作った)卵酒が!」
「よ、よし……これで……」
リアンが安堵の息を吐いた、次の瞬間。
「……キュ……キュルル……」
喰丸のピンク色の体が、みるみるうちに青紫色に変色し始めた。
そして、白目を剥き、口から一筋の泡を吹いて――バタッと床に倒れ伏した。
「喰丸ゥゥゥゥッ!?」
リアンが絶叫した。
廃屋の腐った木材や、魔物の死骸すらノーダメージで消化する喰丸が、たった一杯の「卵酒」で胃腸を破壊され、気絶したのだ。
「……」
「……」
部屋に沈黙が落ちた。
イグニス、ニャングル、ルナの三人は、そっと扉を閉めて逃げようとした。
「……逃がすか、お前ら」
リアンはフラフラと立ち上がり、コックコートを羽織った。
その目は、40度の熱で完全に血走っている。
「リアン君!? 寝てなきゃダメだよ!」
「寝てられるか……。お前らに厨房を任せたら、明日の朝にはポポロ村が毒沼に沈むわ……」
最強の料理人は、死に物狂いで1階の厨房へと降りていった。
「俺が……俺が本物の『卵酒(カスタード風)』と、『特製ネギ生姜粥』を作ってやる……! お前らは全員、正座して見てろ!!」
「「「ひぃぃぃぃぃ!!」」」
こうして、高熱のシェフによる、命がけのお料理教室が深夜のポポロ屋で幕を開けたのだった。
(なお、喰丸はルナの世界樹の魔法で翌朝無事に蘇生した)




