EP 18
「深夜の賄いと、降臨したジャージの女神」
「ふぅ……。明日の仕込みも終わったな」
リアンは包丁を置き、綺麗に磨き上げられたステンレスの調理台を満足げに見渡した。
時計の針は深夜を回っている。
『ポポロ弁当』の爆発的なヒットにより、今の厨房は戦場だったが、夜の静寂が心地よい。
「お疲れ様ぁ。皿洗い、終わったよリアン君」
カウンターの向こうから、キャルルがエプロンで手を拭きながら顔を出した。
村長の業務もあるのに、彼女は毎晩こうして店の片付けを手伝ってくれている。
「悪いな、キャルル。村長をこき使っちまって」
「いいのいいの。美味しいご飯を食べさせてくれるお礼だもん」
キャルルがふにゃりと笑う。その笑顔に、リアンの疲れが少し和らいだ。
「……礼と言っちゃなんだが、賄い飯でも作るか。小腹も空いただろ?」
「やった! 待ってました!」
キャルルの耳がピンと立つ。
リアンはフライパンを火にかけた。
「夜だ。あまり重くない、酒に合うやつがいいな」
彼が取り出したのは、新鮮なグリーンアスパラガス、厚切りのベーコン、そしてとろけるチーズだ。
ジュワァァァ……。
フライパンにベーコンを並べ、脂を出す。
その脂でアスパラを炒め、香ばしい焼き目をつける。
最後にチーズをたっぷりと乗せ、蓋をして蒸し焼きに。
「はぁ……♡ いい匂い……」
「焦げたチーズとベーコンの香りは最強のアロマだからな」
リアンは手際よく皿に盛り付け、さらに『ネット通販』画面を開いた。
「この料理はパンにも合うが……今夜はこっちだ」
ポンッ。
虚空から現れたのは、一本のボトル。
『フルボディの赤ワイン(地球産・2000円クラス)』だ。
トクトクトク……。
深紅の液体がグラスに注がれ、豊かな果実香が漂う。
「さぁ、どうぞ。――お姫様」
リアンは少しキザに、グラスを差し出した。
普段は勝気な武闘派ウサギも、この扱いに頬を赤らめる。
「も、もう……お姫様だなんて。村長だけど……ありがとう」
キャルルはグラスを受け取り、一口。
そして、熱々のアスパラベーコンを口に運んだ。
ハフッ、トロォ……。
シャキシャキのアスパラに、塩気の効いたベーコン、そして濃厚なチーズが絡み合う。それを赤ワインで流し込む。
「……おいしぃぃぃ……!」
キャルルがうっとりと目を細めた。
深夜の背徳的な味が、五臓六腑に染み渡る。
「当然だ。俺の腕と、地球の酒だからな」
リアンも自分のグラスを傾けようとした、その時だった。
カランコロン〜。
入口のドアベルが、気の抜けた音を立てた。
「……?」
リアンとキャルルが同時に振り返る。
そこに立っていたのは、この世界の住人とは思えない格好の女だった。
ヨレヨレの芋ジャージ(毛玉付き)。
足元は便所サンダル。
髪はボサボサで、片手にコンビニ袋を提げている。
だが、その顔立ちだけは、この世の物とは思えないほど美しかった。
「大将〜、酒ぇ〜。あと何か適当につまみ〜」
女は気怠げにカウンターの端に座り込み、おっさんのように注文した。
「お客さん。もう店を閉めたんですがね」
リアンが眉をひそめて断る。
こんな非常識な客は叩き出してもいいのだが、どこか見覚えのある「ウザいオーラ」を感じる。
女はチッ、と舌打ちし、ダルそうに頬杖をついてリアンを見た。
「うっさいわねぇ……融通きかないわね、相変わらず」
「あ?」
「青田優也……。今は、リアン・クラインだっけ?」
ドクン。
リアンの心臓が跳ねた。
前世の名を知る者は、この世界にただ一人しかいない。
リアンは目を凝らす。
ジャージ姿の女。手にはコンビニ袋(中身はポテチ)。そして、そのふてぶてしい態度。
「ん? お前は……」
記憶がフラッシュバックする。
あの白い部屋。コタツに入ってミカンを食っていた、あの管理者。
「駄目女神! ルチアナか!?」
「人聞き悪いわねぇ! 『慈愛の女神』と呼びなさいよ!」
ルチアナはサンダルを脱ぎ捨て、カウンターの上であぐらをかいた。
「えぇっ!? る、ルチアナ様!? 創造神のルチアナ様!?」
キャルルがワインを吹き出しそうになりながら絶叫した。
彼女の知るルチアナ像(教会の肖像画)は、純白のドレスを着た聖女だ。
目の前にいる、スルメをかじりそうなジャージ女とは似ても似つかない。
「う、嘘でしょ!? だって、神様がなんでジャージ!? なんでサンダル!?」
「あー、うるさいウサギねぇ。仕事(管理業務)終わったんだからオフモードでいいでしょ。肩凝るのよ、あのドレス」
ルチアナは欠伸をしながら、勝手にキャルルの皿からアスパラベーコンを一本奪って食べた。
「ん! ウマっ! あんた、やっぱ料理の腕だけはガチね。……おいリアン、私の分も作りなさいよ。あとビール。キンキンに冷えたやつ」
「……はぁ」
リアンは深いため息をついた。
スローライフなど夢のまた夢。
最強のトラブルメーカー(神)が、常連客になってしまった瞬間だった。
「金は払えよ? 地球の通貨(円)でな」
「へーい。ソシャゲのガチャ代削って払うわよ」
深夜のポポロ屋。
元日本人と、月兎族の村長と、駄目女神。
奇妙すぎる飲み会が、幕を開けた。




