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17

 ニューヨークを飛び立ったヘリは、その日のうちにマイアミに到着し、トミーはリムジンで豪邸に戻った。

 すぐさま出迎えにきたニックに

「マーティは?」

 たずねるが首を横に振る。

「まだ連絡がつきません。お袋さんに電話を…あの、ソーサからも電話が…相当カッカしてました」

「すぐ話す」

 イライラした様子で脱いだコートをニックに渡し、

「エルヴィアは?」

 たずねるが、ニックからの返事はなかった。階段を上がりながらトミーは怒鳴り散らす。

「マーティを捜せ! ここへ引きずってくるんだ! 早くしろ!」

 ニックを走らせると、自室に向かう。部屋に入るとチコがソーサと電話で話をしていた。トミーはまず麻薬の箱をつかむと、粉を指先で触りながら母親に電話する。

「ママ、聞いたよ。あぁ……後でそっちへ行く。……待っててくれ」

 電話の向こうで取り乱した様子の母親との会話を手短に終えると、トミーはチコを振り返る。覚悟を決めると、粉を鼻から吸ってから、チコに合図を送る(スピーカーにしろ)

「やあ、アレックス」

 スピーカーホンに切り替わりソーサの声が部屋に響く。

「何があった?」

「手違いがあった」

「話せ」

「…手違いがあったんだ」

 スーツを脱いで、黒のベスト姿になる。ソーサの声には押し殺した怒気が感じられ、隣にいるチコは冷や汗をかいていた。

「聞いたか? あいつは今日、予定通り国連で演説したぞ」

「アルベルトのクソったれのせいだ!」

 この演説を阻止するべく暗殺を(はか)ったのに…あんな想定外のことが起きるなんて。クソったれ!

「頭にきたんで、俺は約束を断った」

「…皆怒ってる」

「心配すんな、別の奴を使ってやり直せばいい」

 殺し屋はあいつだけじゃない、とトミーは融通のきかない人でなしのアルベルトに暗殺失敗の責任を押しつける。

 だが、ソーサは何もかも察しているようだった。

「…できると思うのか? 奴らは爆薬を見つけた。あの男は警備を固め、こっちにも捜査の手がのびる。…貴様がトロいからドジを…」

「おい! 口に気をつけな!」

「…裏切るなと言っただろ、バカなモンキーめ」

 ソーサは静かにキレた。

「…この野郎」

 トミーもキレて言い返そうとしたが、電話は一方的に切られてしまった。怒りのやり場がなくなったトミーは、握った受話器に向かって毒づく。

「俺は使い走りか! 戦争か…いいとも、やろうぜ! アレックス!」

 慌ててチコが受話器を取り上げ、落ち着かせようとする。

「…切れてるよ」

 パンッ、受話器を持つチコの手を叩いた。

 

 次にトミーが向かったのは母親の家だった。母親をソファーに座らせて、その横で話を聞いていた。

「自分で家を借りて住んでるのよ。一度あとをつけたら、ココナッツ・グローブの邸宅へ入っていってね…」

 母親の話に心底驚いた。

「どこでそんな金を?」

「お前だよ! お前の金だよ!」

 肩を落としていた母親が、一変して怒鳴りつけてくる。

「…小遣いだよ」

「知ってるよ、一度に1000ドルも!」

 母親はジェーンが家を出ていってしまったのは、トミーが金を渡したせいだと怒っていた。母娘二人で真面目に暮らしてきたのに、汚い金を貰ったばかりに…

「男は?」

「…わからない。行ったらあの子怒るだろうから、行ってないんだよ。…家の前に車があったね」

「場所はどこだ?」

 しばらく躊躇していたが、しぶしぶ口を開いた。

「…シトラス通り……確か、409。お前から意見してやっておくれ。私には耳を貸さない。そういうとこ、お前とそっくりだよ」

 深いため息をついて肩を落とす母親に、何も言えずトミーは背中にそっと手をおく。少し落ち着いてきたのか、いつもの気丈さを取り戻したのか、おもむろにトミーを見た母親の顔は怒りの表情だった。

「…みんなお前のせいだよ。何もかもぶち壊して! お前が手を触れたモノは、皆腐る!」

 口に出せば出すほど興奮して怒鳴りだしたのを見て、トミーは家をあとにした。母親の叫び声が聞こえるが無視して車に乗ると、チコとアーニーに命令する。

「シトラス通り409だ」

 走り出す車から、ふと玄関を見ると母親が泣きながら見送っていた。小さくなり見えなくなるまで、その姿はトミーの目に残った。

「ボス、マーティの奴どこにもいねぇ」

「けど、絶対捜し出すよ」

 二人の報告を聞きながら、トミーは麻薬を摂取するとぼんやりと外の景色を眺めていた。

 やがて、車はシトラス通り409番地に到着。街路樹が通り沿いに並び、緑豊かなこのエリアは高級住宅地だ。

「マーティを捜しておけ」

 そう言って二人を車に待機させて、トミーは一人で邸宅に向かう。玄関のブザーを鳴らして待つが誰も出てこない。本当にここが妹の新居なのか、信じられないくらい立派な邸宅だった。他人の家と間違えているのかも知れない。だが、妹の真意を確かめずにはおれない、母親のためにも…。そっとドアを開けて中をのぞくが誰もおらず、もう一つドアがあった。ブザーがないのでドアを叩いて待つ。すると、男の声がしてドアが開いた。

「トミー!」

 そこには、バスローブ姿のマーティがいた。驚きのあまり何も言えないトミーに、いつものように気さくに笑っているマーティ。なんで消えたマーティがいるんだ…なんでこんな邸宅に…? じゃあ、妹は?

 ふと、マーティが振り返る。その視線の先をトミーも見ると、バルコニーにバスローブ姿の妹ジェーンがいた。こちらに向ける優しい笑顔には、兄よりももっと親密な愛情があふれている。その瞬間、トミーの頭は怒りで真っ白になった。

 ダンッ! ダンッ!

 銃弾がマーティの腹を撃ち抜き、笑顔だったマーティはくずおれた。信頼を裏切られたトミーの凶行。

 叫びながらジェーンが走り寄り必死で呼びかけるが、もうマーティは虫の息だ。泣きながらジェーンがうったえる。

「…昨日、結婚したの…お腹に子供がいて……驚かせようと…」

 あとは号泣するばかりだった。呆然とするトミーをアーニーが揺さぶる。

「何てこと…」

「早くずらかるんだ! 早く!」

 銃声を聞いてかけつけてきたチコとアーニーは、慌てて事態の隠蔽(いんぺい)をはかる。動かないマーティの体にすがって泣いているジェーンを、チコがそっとなだめて立たせる。泣きぬれて気力を失った様子のジェーンは、肩を抱かれて誘導されるままだったが、視界にトミーの姿が入るやいなや逆上してつかみかかった。すんでのところでチコが抑え、車に連れていく。

「早くずらかるんだよ!」

 まだ呆然としているトミーを急かしてアーニーも車に乗り込んだ。

 ついに、トミーは親友だったマーティを手にかけてしまった。

 

 豪邸に車が到着しトミーは降りたが、ジェーンはまだ泣き崩れたままだった。チコが優しく声をかけてようやく車から降ろしたが、トミーの豪邸だと分かると猛然と入ることを拒んだ。

「イヤよ! 兄さんの家なんか! 絶対イヤ!」

 そんな妹の悲痛な叫び声が聞こえているのかいないのか、トミーはうつろな表情で家に入っていく。残されたチコとアーニーは何とかなだめすかしてジェーンを部屋で休ませるのだった。

 

 その頃、ヴィト・サリバンはソーサの宮殿に呼びだされていた。トミーがニューヨークでの暗殺計画を失敗した事が説明され、それをふまえて新たな任務が提案される。

「ヴィト、トミーを殺せ。トミーを殺せば、お前にマイアミの事業を、いやスカレッタファミリーとも手打ちにしよう。どうだ、悪い話じゃないだろう?」

「…断れば、俺もトミーと同類だろう?」

 ヴィトはソーサの狡猾さを軽蔑していた。生まれながらに裕福な名家、頭も良くて容姿も話術も備えている。真っ当に生ければいいのに、わざわざ裏社会に足を踏み入れて利権を争う。その争いに使い捨てられるのは自分達のような貧乏人だ。裏社会でしか生きていく場所がない者達だ。争いに勝って富を得るのはソーサだが、負けて死ぬのはソーサじゃない。頭がいいくせにそんなことも理解しようとしない残酷な傲慢さを、ヴィトは憎んでいた。

「ソーサ、トミーは殺してやる。ただし、てめぇの後始末はてめぇでやれ!」

 ソーサの宮殿を出ると、そのままトミーの豪邸に車を走らせた。 

 

 豪邸に到着すると、ヴィトは部下に取りつぎを頼んだ。

 あまり待たされずにすぐに部屋まで案内される。部屋に足を踏み入れた瞬間、素早く部下をなぎ倒し、腰から取り出したM19でトミーを殺そうとするが、チコやアーニー達も拳銃を出していてヴィトは取り押さえられてしまった。

「やっぱりな…お前かソーサの使いが来ると思っていた」

 目の前のトミーはいつになく大人しく、怒りも驚きもしていなかった。その言葉をヴィトが訂正してやる。

「違うな。ソーサに頼まれて殺しに来たんじゃない」

「なぜだ?」

「お前に愛想が尽きたからだ」

 しばらく黙ってヴィトの顔を見つめ、言葉の意味を考えていたが、やがてトミーが問いかける。

「それだけか?」…本当か?

「お前の腹はもう黒くなってる、救い難い。さっさと殺せ」

 ヴィトは捨て台詞を吐くと、ソファーに深くもたれかかって座る。抵抗などしないという意識表示。

 トミーは立ち上がり拳銃をヴィトの頭に向けて撃とうとする、がどうしても撃てなかった。そんなトミーの様子を見て、ヴィトが話しかける。

「最後に言っておく。狙われてる者より、狙ってる者のほうが強いぞ。今のお前のような考えでいたら、いつか寝首をかかれる」

 ヴィトは以前マーティと話している時、トミーとの信頼関係が不安定になっていることを感じて心配していた。二人の信頼関係はこの世界では得難いもの、大切にし続けて欲しいと願っていたのに…。

 トミーはヴィトの言葉にじっと耳をかたむけ、不意に拳銃をおろす。

「今日はお前を殺すのはやめだ」

「いいのか?」

「早く! 出て行け!」

 急いでヴィトは立ち上がり豪邸をあとにする。ヴィトの車が門から出るのと行き違いに、ソーサの手下の殺し屋達が入って行くのが視界に入る。

(トミー…死ぬなよ…)

 

 

 

 

 

 

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