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『マイアミは変貌しつつあります。フロリダの投資信託は、その原動力です。創業以来75年、皆様のお金を都市づくりに役立てています』
トミーは風呂に入りながら、テレビのニュースキャスターのこの言葉に苦笑いする。
「75年間人の血を吸い上げてきた、悪党どもをのさばらせやがって。1割もの手数料? 暴利だ! 法律なんてイヌに食わせろ!」
バスルームの側でテレビを見ているマーティが答える。
「奴らは古ダヌキだ、抜け道を知ってる」
トミーは風呂に浸かりながら葉巻を吸っている。
「…資本主義なんて、婦女暴行と同じだぜ」
「…資本家のくせに」
不意に皮肉まじりの声が加わる。エルヴィアだ。
「おい、聞いたか?」
マーティに相づちを求め、トミーはサッとチャンネルを変える。マーティは関わりたくないのか黙っていた。
「お前に何がわかる。髪と顔いじくって、日が暮れる……おい、やりすぎだろ」
エルヴィアが吸っているのが麻薬だと気づいて注意するが、彼女は聞き流している。
「やりすぎは極楽…知ってるでしょ?」
「何を?」
意味がわからずトミーが聞くが、エルヴィアはふわふわ笑ってるだけだ。
「何をだ?!」
強い語調でもう一度聞くが、答えはない。
「なぜいつもバカにしたような口をきくんだ…」
マーティが時計を見て声をかけてきた。
「サイデルバウムと夕方に会う約束だ」
トミーは何も言わず、チャンネルを変えた。また、キャスターが話している。
『南フロリダの麻薬犯罪は激増の一途をたどっています。取締当局は限られた予算で……年間収益100億ドルの……麻薬組織に立ち向かわねば……大海に指を突っ込むようなものです』
鼻で笑って、またトミーは毒づく。
「うまいこと言うぜ。どこへでも突っ込みな」
マーティは呆れて紅茶を飲んでいる。
『麻薬を合法化して課税対象にすれば……麻薬組織を駆逐できるという声もあります……私は賛成しません』
「…理由は分かってるぞ、てめえが損するからだ。きれい事言いやがって! 銀行家、政治家、汚い野郎どもめ。ヤクを違法にして金儲け、票を稼いでる。奴らこそ一番の悪党だ、クソったれ!」
バスルームにまでテレビを置いて、キャスターをののしるトミーの姿はシュールすぎる。慣れっこのマーティは何も言わず、予定管理だけをうながしていた。だが、エルヴィアは見かねて口をはさむ。
「…あんたって、Fuckって言葉しか知らないの? お金の話ばっかり…うんざりだわ」
この言葉にトミーの目付きが変わる。
「言うじゃないか…うんざり? 何が?」
「あんたのことよ! 金、金、この家はそればっかり!」
「おい、見ろよ。ペリカンが飛ぶぞ!」
エルヴィアの不満を、トミーはあからさまに無視した。テレビにはのどかなペリカンの群れが映しだされ、優しいナレーションの声が流れる。話を聞こうともしない彼の態度に、エルヴィアは激しく傷ついていた。
「…フランクは違ったわ」
「奴はお利口だよ」
こうなってしまっては、もはや誰も仲裁することはできない。
「あんたはキューバ流れの成り上がり」
「自分は何だ? 生意気な売春婦め」
「お金以外のことを考えたら?」
トミーは呆れた顔で葉巻を吸う。
「体を張って手にした金だぞ」
エルヴィアはなにか言いたそうにトミーを見つめると、あきらめたようにつぶやいた。
「お金に毒されたわけね…」
バスルームを出ていこうとする彼女を、トミーが呼び止める。
「おい、ひとつ言っていいか」
「…なにかしら?」
振り返った彼女には、先ほどの激しい感情はなくなっており、いつもの気だるげな様子に戻っていた。
「お前は人生をムダにしてる。たまには働いてみろ。看護師とか、施設の職員とか…今のお前は毎日俺とFuckするだけ」
いかにもバカにする物言いに、エルヴィアの眉がつりあがる。
「上手だと思ってんの?」
言い返すエルヴィアも、トミーを傷つけるような言葉しか選べなくなっていた。
「…フランクはよかった、か」
「あんたはブタよ!」
そう怒鳴ると、足早に出ていってしまう。さすがにマズかったと
「エルヴィア! 今のはウソだ! 冗談だよ! …エルヴィア!」
大声で謝るが、もう遅い…
一部始終を見ていたマーティは、失笑せずにはいられなかった。
「結婚生活なんて上手くいかねぇもんだな。じゃ、俺はデートに」
ショックで呆然としていたトミーだったが、マーティの軽口で正気を取り戻す。
「…ユダヤ人との約束は?」
サイデルバウムとの取引に同行しないのか? そう尋ねたトミーへの、マーティの返事は簡潔だった。
「話はつけた」
なんでもないことのように言っているが、言われたトミーは一瞬の間をおいてから強くダメ出しをする。
「ダメだ、お前は降りろ。俺がやる」
「おい、話は俺がまとめたんだぜ」
マーティなりにトミーの事業を成功させようとしているのに、いきなりダメ出しとは納得いかない。
「お前は商売がマズい。金より女が好きな男だ」
そう言って、サイデルバウムとの取引を自分がやり直すことにしてしまう。
「おい、俺達はパートナーだぜ。この俺を信用しねぇのか? 今まで築いてこれたのは仲間がいたからだろ。お前ひとりじゃ出来ないことだろ」
マーティは真剣に意見したが、トミーは葉巻をふかしながらバッサリと言い捨てた。
「お前は部下だ」
この一言にショックを受けて何か言いかえそうにも言葉が出ないマーティに、さらに追い討ちがかけられた。
「でしゃばるな」
その口調は冷たく、表情からも本気で言ってることが分かった。
「…エルヴィアの言ったとおりだな、お前はブタだ」
さすがにマーティにもこの言葉は許せない。お前はそんな風に思っていたのか…
信じられないと頭を横に振り、マーティはバスルームを出ていく。
「おい、マーティ! 怒るなよ!」
バスルームのドアは閉じられてしまった。
「Fuck! 俺がこの暮らしを築いたんだ! 信用できるのは自分だけ。自分以外に誰を信用できる? 誰もいない。どいつもこいつもアタマにくる…あの野郎も、あの女も消えちまえ。一人でいい」
延々と愚痴をこぼすトミーは、室内プールほどだだっ広いバスルームで、まさに一人だった。
マーティはヴィトに会っていた。
ヴィトはフランクを殺害したことで、イタリアンマフィア、スカレッタファミリーに帰還を許され、ニューヨークに自分の組を立ち上げていた。表向きはタクシー会社の経営で、イエローキャブではなく有名人や芸能人などの乗るリムジンをあつかっている。そんな忙しい毎日を送っているヴィトだったが、マーティに呼ばれて久しぶりにフロリダにやってきた。
バーで再会を喜んで酒を酌み交わすうちに、ふとヴィトがたずねる。
「決めたのか?」
マーティはこくりとうなずく。
「あぁ、いつか自分の組を立ち上げたいって思ってたんだ」
マーティはいつかトミー組の傘下に入る、マーティ組を立ち上げて、彼なりについてきてくれた舎弟達を食わそうと考えていた。
「それに、正直言って今のあいつには少し疲れた…今はあいつの背中を追うのはイヤなんだ」
酒を一口また一口と飲みながら、ゆっくりと話すマーティの思いを、ヴィトは静かに聞いていた。
「決めるのはお前だ。お前の人生は、お前がしっかりと決めるんだ」
ヴィトは力強く後押しし、マーティも満足げにうなずいた。
「わかった。もう一杯、といきたいけど、これから女とデートなんだ…悪いな」
「気にするな」
残念そうに謝るマーティの肩を、ヴィトが軽く叩いてやる。別れ際、
「なぁ、フロリダにタクシー会社設立した時は、俺呼んでくれよ。俺も協力したいから」
意気込んでくるマーティに、苦笑しながら答える。
「俺よりもあの妹さん、お前が大事にしろよ」
祝福の言葉を贈られて、嬉しそうに深くうなずきマーティは店を出ていった。
一人になったヴィトは考えごとをしながら、静かに酒を飲むのだった。




