10
フランク達が「バビロン・クラブ」から去って、マーティが席に戻るとトミーがぼやいた。
「クソ野郎…デカを回しやがって…」
「なんだよ? フランクが? なんで奴だって分かる?」
「レベンガの件を知ってるのはフランクだ。きっと俺への牽制だ」
そう話すトミーの視線の先には、妹のジェーンの姿。妹は踊っていた男と、仲良くどこかに行こうとしている。恋人のように体を寄せあい、よく見ると男の手がさりげなく妹の腰に当てられている。この光景を見たトミーは瞬時に立ち上がり、後を追いかけた。
「? どうしたんだ?」
何事かとマーティもあわてて後ろについて行った。
男とジェーンはクラブの入口のトイレにやってきた。
「個室でいいことしようぜ…」
男は酔っているのかジェーンを男子トイレに連れこみ、ジェーンもされるがままに抱きついている。個室トイレで麻薬をタバコのように吸いあっていると、突然ドアが蹴り開けられた。トミーだ。怒りの形相で男の胸ぐらをつかみあげると、引きずり出して外に放り出す。男は倒れたまま訳がわからない様子だ。
「な、なんだよ…まだ何もしてないぜ」
文句を言ってるが、そんな男はマーティに任せて、トミーは妹のもとに向かう。状況が分かっていないのか、ジェーンは廊下の壁にもたれていた。
「何のマネだ…男にケツ触らせて、トイレでお楽しみか」
トミーが皮肉を言っても、まったく無反応。マーティは集まっていた野次馬を追い払うと、二人を黙って見ていた。トミーは妹の顎をつかんで目を合わせると、こんこんと言い聞かせる。
「何考えてんだ…。いいか、よく覚えとけ…今度こんなマネしたら、顔がゆがむほど殴ってやる」
「やったらどう? 偉そうに…」
ジェーンは反抗的に睨み付けて挑発してくる。
「俺を怒らせるな。もういい…消えな」
妹の二の腕をつかむと、腹立ちのままマーティの方に乱暴に放り渡した。とっさにマーティが支えたが、話を切られたジェーンの怒りはおさまらない。
「ひどいわ、私に命令する権利がどこにあるの! 私は赤ん坊じゃないのよ。自分の好きなようにするわ。男とだって寝るわ!」
バチンッ! トミーが妹をビンタした。そして、立ち去ってしまった。
マーティは残されたジェーンを気づかって優しく声をかける。
「…出ようか」
ジェーンは兄に怒鳴られたことがショックなのか、固い表情のままだった。怒られたことなど一度もなかったのだろう。トミーは妹を大事にしているが、その愛情はどこか度を超えている。家まで送ろうと車に乗せる。
「兄さんは君を愛してる。あいつから見りゃ、君はまだまだ小さい妹なんだよ」
頼まれてもいないのに、マーティはついフォローしてしまう。
「でも、私はもう赤ん坊じゃない。二十歳よ、大人なのよ」
「大人か…」
ぽつりとつぶやかれた言葉に、ジェーンはそっとマーティを見る。
「兄さんの身にもなってごらんよ。今のあいつに喜びを与えるのは、君しかいない。君が必要なんだよ。汚れなく、まっとうだ。君を自分のような人間にしたくないんだ。父親のように守っている」
「守る? 何から?」
気持ちが落ち着いてきたのか、少しずつジェーンが話しだす。
「今夜踊ったようなゲスな野郎だよ」
思わず顔をしかめて、吐き捨てるようにマーティが答えてやる。
「フェルナンドはいい人よ。女の扱いを知ってるわ」
「あいつが? トイレに女を連れ込む男が?」
フェルナンドを本気でいい人だと今も思っているジェーンに、思わずため息が出る。。
「先を考えて付き合う男を選ばないと…」
「誰と?」
「まともな職の奴だよ、銀行員、医者、弁護士…」
「あんたは?」
唐突にジェーンに聞かれ、意味がわからずマーティはただ驚いていた。
「ねぇ、デートは?」
「バカ言え!」
即座に否定するが、ジェーンはいたずらっ子のように笑っている。
「私を見る目付き、私が気づかないと思うの?」
「トミーと俺は兄弟同然、君は俺の妹みたいなもんだ。これからもこの関係は変わらない」
いつの間にか話が自分のことになって、ばつの悪いマーティは話を終わらせようとするが…
「兄さんが怖いの? 私が妹だから?」
どうしても答えが欲しいジェーンは真剣な目で問いかける。
「俺は誰も怖くない! 勘違いするな!」
つい怒鳴ってしまい、話は終わった。だが、ジェーンに感づかれている気まずさで、マーティはいつになく静かに運転し続けたのだった。
妹をマーティに任せて、トミーは一人でボックス席に戻ってきた。
ホールではダンスタイムが終わり、司会者がジョークで客を笑わせている。酒とタバコ、薬が人を酔わせ、些細なネタで笑いころげている。
「そこのレディ、あなたのブラの中を当てましょうか? …コカインだ!」
「今夜は気分がいい。女を抱いた…夢を見た」
観客たちが笑っている中、真顔の男が二人いた。エチュビラ兄弟だ。兄弟の目線はトミーの方を向いている。テーブルの下に置いたイングラムとUZIに手を伸ばすと、さりげなくマガジンを装填しタオルで隠す。
トミーはスコッチを飲みながら、葉巻を吸っていた。司会者を見ているが、心ここにあらずだった。そんなトミーを狙うエチュビラ兄弟が、そっとタオルに包んだマシンガンをテーブルに置く。動こうとした瞬間
パッと照明が変わる。フランク・シナトラの曲「Strangers In The Night」がかかり、ホールの端にライトが当てられて、小太りでわし鼻の男の着ぐるみが登場した。エチュビラ兄弟は顔を見合わせると、一旦マシンガンをテーブルの下に再度隠す。
着ぐるみの男は曲に合わせて踊り、やがて観客席に近づいてくる。この様子を見たエチュビラ弟は、ライトが当たる席に観客の目が向いているタイミングでトミーを狙おうと、兄に合図を送る。次に着ぐるみ男が向かうのはトミーの隣の女性客の席だ。観客は薄暗い照明の中、うっとりと曲に聞き惚れている。誰もこちらなど気にしていない…
ダダダダダダダッ! エチュビラ兄弟が立ち上がってマシンガンを撃つ。
弾はトミーの頭上のガラスを砕き、着ぐるみ男に当たってしまう。トミーは間一髪床に伏せた。
ダダダダダダダッ! ダダダダダダダッ!
激しい銃撃の雨がめちゃくちゃに破壊していく。と、突然静けさがおとずれた。弾を撃ち尽くしたのだ。
観客は泣き叫び、一斉に出入口を目指して逃げまどい、店内はパニックになる。トミーはベレッタを握ると、ほふく状態で殺し屋を探した。すると、逃げまどう人々の中に、二人だけ立っている男がいる。エチュビラ兄弟だ。奴らはマガジンを装填し直している。トミーは兄弟の足を狙って発砲する。
ダンッ! ダンッ! ダンッ!
弾は命中して、弟は天井の照明を撃ちながら倒れ、兄は被弾したまま倒れてもなお撃ち続ける。
ダダダダダダダッ!
ダンッ! ダンッ! ダンッ!
トミーは全弾撃ち続け、弾がつきると一目散に逃げた。兄がトミーめがけて撃とうとしたが、その瞬間照明が落下してエチュビラ兄弟は下敷きになった。
1981年 エチュビラ兄弟 死亡
トミーがクラブを出ると、外は雨が降っていた。停めていたポルシェ928に乗り込むと、颯爽と走らせる。
これはフランクからの暗殺命令に違いない。トミーは固く復讐を誓うのだった。
そのころ、マーティはジェーンを家に送った後、娼婦のミリアムとベッドの中にいた。
電話が鳴る。マーティはミリアムを見ると
「出なよ、俺はいない」
そう笑いながら言って居留守をきめこむ。ミリアムが出ると、相手はトミーだった。
「ハイ、トミー」
「ミリアム、マーティを」
なんだか深刻そうな声に、ミリアムはすぐマーティに変わる。
「おいおい、ママかよ」
少しふざけてみるが、トミーは真面目に話してきた。
「服を着ろ。45分後に、[サンダ モーターズ]の前で」
その言葉を聞いてマーティもただ事じゃないと悟った。
「何だ?」
「…ちょっとな」
言葉数は少ないが、だが緊急事態だということは分かる。
「わかった、すぐ行く」
「早く電話切れ!」
「怒るなよ。すぐ行く」
電話はすぐ切られてしまった。
「クソッ!」
マーティは受話器に毒づいた。
ヴィト・サリバンはフランクには内密でトミーのアジトにかくまわれていた。舎弟のジミー達も一緒にいる。
「兄貴…こんな雨の降る夜に出かけるんですか?」
357のM19に弾をこめてホルスターに入れるヴィトに、ジミーが声をかける。
「少し出かけてくる」
それだけ言い残して、さっさと出かけようとする。あわててジミーが
「それなら、俺と何人かついて行きます」
あわててジミーが申し出るが、ヴィトは首を振る。
「一人で動きたいんだ…いいな」
ジミー達が動けば相手に悟られるし、足がつく。フランク殺しはトミーと自分だけで完遂したいのだ。
ヴィトは車に乗り込むと、トミーのアジトに向かった。
ヴィトが到着し、マーティに連絡したトミーは、舎弟のニックに声をかけた。
「ニック、頼みがある。フランクに電話してくれ、3時きっかりに。奴にこう言うんだ…」
聞き間違えないように、ゆっくりとセリフを言う。
「…ドジった。奴は逃げた。…さぁ、言ってみろ」
ニックは真剣な顔で、一言一句間違えないようにセリフを復唱する。
「ドジった。奴は逃げた」
トミーはうなずき、もう一つ確認する。
「何時に電話する?」
「3時」
これが、フランクを殺害する合言葉だ。




