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 ある夜、トミーはマーティと「バビロン・クラブ」を訪れた。

 ふとダンスホールをながめ、そこに見知った顔を見つけて驚く。妹のジェーンだ。驚きのあまり固まっているトミーに気づいて、その視線の先を見たマーティは過保護なトミーに呆れている。

「踊ってるだけだよ。いいじゃないか、ディスコぐらい」

「あの男は?」

 今にも殴りかかりそうな不穏な気配のトミーが、妹と踊っている男を指さして聞いてくる。

「ルコの手下だ、心配ないよ」

「ルコの?」

 突然、ポンッ! と肩を叩かれる。振り向くと中年の男が立っていた。

「ハロー、トミー。俺を覚えてるか?」

 トミーの心は一瞬で憎悪で埋め尽くされる。この顔を忘れた事はない。入国管理局の審査で強制施設にぶちこんだ、悪徳刑事メル・バーンスタイン。だが、何食わぬ顔で挨拶する。

「どうも、メル・バーンスタイン刑事。麻薬課のデカ長」

「当たりだ。話がある」

「話? 何の? 殺しなんてしてないぜ」

 フランクの元にきてからは、下っぱ仕事はしなくなった。なんで今さらこいつの顔見なきゃならないんだ…

 嫌そうなトミーの顔を見て、メル刑事は嬉しそうだった。

「俺を見て思い出さないか? …施設のレベンガ…マイアミのモーテルの南米人グループ…」

 それは過去にトミーが行った殺人だ。

「どこから仕入れたのか知らないが、ガセネタだ」

 しらをきるが、メル刑事は食い下がってくる。

「…いいか、トミー。話を聞け、つぶされたいのか?」

 凶悪な目付きで脅しをかけられ、トミーはため息をつくとマーティに声をかける。

「…見ててくれ」

 妹の監視を頼むと、メルを案内する。

「こちらへ」

 自分がいつも座るボックス席に連れていき酒をすすめる。

「ブツをデカく仕入れたそうだな。チンピラは卒業、大物入りなさるわけだ。…最高裁はこっちの味方だぜ」

「いくら欲しいんだ?」

「いくら? …いいぜ、考えてある」

 メルはハンカチに金額を書いて見せてくる。

「…デカい」

 法外な金額に即座に断ったが、さらに条件を言ってくる。

「月ごとにいただくぜ」

 自信満々に不敵に笑うメルに、トミーは何か裏があると思った。

「こっちに見返りがあるのか? …話せよ」

 グラスを持つと、少しトミーとの距離をつめる。声をひそめて話してくる。

「お前に敵を教えて、邪魔者をしぼってやる。集金に手こずる時も同じだ、人肌ぬぐ。8人の部下がいて意のままに動く。チンピラが業界に入りこむには助けが必要だ。分かるな? 小遣いが必要だろ?」

 話しを聞きながら、トミーの目は踊る妹を見ていた。グラスの酒を飲み、たずねる。

「あんただけという保証は? フォートローダーデール地区、市警察、麻薬取締局、あんたらはキリがない」

「奴らは奴らだ。管轄が違うからな。今夜の話を俺がほかですると思うか? 俺の部下は仮にも刑事だ、体面がある。傷つけられたら、傷つけ返す。分かるか? 分かってるな?」

 トミーは視線をメルから何気なく入口に向けた。ちょうどフランクがエルヴィアと部下アーニーを連れて来たところだ。そして、やはりまた妹の様子を見てしまう。

「帰るよ」

 話が上手くいって満足したメルは、グラスの酒を飲んでしまうと立ち上がる。急に思い出したように

「そうだ、今年の休暇は女房とロンドン旅行なんだ。ファーストクラスの往復航空券を頼むよ」

 トミーに頼んできた。黙ってうなずき、視線を反らす。フランクはオーナーと話している。

 コンコン。テーブルをノックされて見ると、にやけ顔のメルがまだいた。

「お前は利口だ。楽しくやりな。人生は楽しまなきゃな」

 トミーは黙っていた。視線がエルヴィアを捕らえ、いつもの席に座るのを見ると彼女の元に向かう。メルはそんなトミーの後ろ姿をじっと見ていた。

「やあ」

 陽気に挨拶するトミーに対し、エルヴィアは軽くうなずいて返す。ごく自然に彼女の横に座っていると、

「その調子」

 ポンッと肩を叩いて、メルは帰って行った。トミーは気を取り直して、エルヴィアに話しかける。

「例のこと考えたかい? 子供のこと」

 彼女はタバコを一本取り出し、火をつける。気だるげに吸うと、一言つぶやく。

「…あんたはイカれてるわ」

 態度も言葉もまったくトミーに興味がなさそうだ。ところが、トミーはそんな冷めた彼女に惹かれるようだった。

「そう、君にイカれて…」

「自分で女をつくれ」

 突然、頭上から声をかけられた。フランクだ。その声には怒りが込められていたが、ひるむことなくトミーは言い返す。

「今、つくろうとしてる」

「よそでやれ」

「俺、耳が悪いんだ。何だって?」

 耳に手をあててみせて、フランクをあおっている。表情は穏やかだが、二人の空気がみるみる険悪になっていく。ついにフランクがキレた。

「本当に聞こえなくしてやろうか…」

「俺を脅してるのか?」

「脅しだと思うか? …消えな」

 ボスに凄まれてビビらない奴はいない。しかも、フランクは裏では汚いこともやる大物だ。人一倍賢いトミーなら退き時だと分かるはずなのに、なぜだか真剣な顔でまったく引かない。

「命令か…俺に命令か…。いいか、この世界ではタマのある奴が命令を下すんだ。あんた、タマあんのか?」

 そう言いきる口調は強く、フランクを完全否定していた。気づけば部下のアーニー、マーティが駆けつけていた。そんな強気のトミーに気圧されたのか、フランクは黙ってアーニーを連れて立ち去ろうとする。エルヴィアもあまりに悪くなってしまった雰囲気に耐えられず、席から立ち上がる。

「エルヴィア、よく考えなよ」

 彼女の横顔に声をかける。そして、もう一言。

「アーニー、せいぜい頑張りな」

 

 

 

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