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ボリビアからマイアミに戻ったトミーは、ヴィトをフランクに知られないように自分のアジトに泊めると、フランクの経営する「サンダ モーターズ」に向かった。フランクは表向きは車関係のビジネスをしている。右腕であるヘンリーを失い、フランクは荒れていた。早速トミーはマーティとチコを連れて、フランクに取引の報告をしに行った。ただし、ヴィトのことは内緒だ。
「何だと?」
フランクの反応は、明らかに反対の意が表れていた。
「180万ドルの取引? 俺に相談もせずに、正気か!」
怒鳴るフランクを前に、トミーは椅子に座って落ち着いて説明する。
「まあ、聞いて下さい。1キロ、1万5000は絶対に損しない取引だ。7500万儲かる。7500万、はした金ですか?」
自信をもって説明するトミーだったが、フランクの渋い表情は変わらない。代弁するように、横に座っている幹部のアーニーが問いただす。
「最初の500万が工面できなかったらどうなる? 殺し屋を送り込んでくるぞ!」
「…落ち着きなよ。俺はソーサをにぎってる」
席から立ち上がったフランクに、トミーは話し続ける。
「200~300の不足なら俺がかき集めてみせる。あちこちから簡単だ」
その言葉にフランクが振り向いた。
「…手を広げたわけか」
皮肉を言ってきても、トミーは平然と返答する。
「情報が自然に入ってくる」
「…エチュビラ兄弟やゴメスの名も聞いてるか? 奴らが知ったら…!」
話しているうちにだんだん高ぶってきて怒鳴ろうとした瞬間、トミーが怒鳴り返す。
「ゴメスが何だ! 奴なんかクソくらえだ! 皆、ゴキブリだ! …いったい何の恩がある?」
フランクは黙りこんでいた。
「フランク、今が勝負どころだ。仕事を広げるんだ。マーケットはニューヨーク、シカゴ、ロス。デカく働いて、縄張りをデカくする。物事をデカく考えるんだ」
トミーの熱弁に、フランクは引き込まれていた。いい話だ、だがいい話には裏があるはず…
「デカくか…ソーサのように? あいつの正体を教えてやろう。奴は毒ヘビ、背中を見せたとたんにグサリ。…お前は信じるのか? ヘンリーがタレコミ屋だったと? ソーサの話を疑わなかったのか?」
やはりフランクはヘンリーを信じきっていた。裏で何をやってようと、どれだけ多くの殺しに加担してようと、それがフランクのためでなく私利私欲のためだったとしても、右腕を信じていたのだ。
「トミー、お前を出したのが間違いだった。奴と裏で取引したんだろ!」
怒鳴るフランクに対して、トミーは冷静に返事する。
「取引? どんな?」
「どんなだと! 俺に向かってよくも!」
ますますフランクの怒りは激しくなる。だがトミーの口調は変わらない。
「俺がウソをついている…そう言ってんのか?」
トミーの態度に気圧されたのか、フランクは口を閉ざしてしまった。やがて、渋い表情のままぼそりと言う。
「今のまま、波風は立てんでおこう。ソーサへの返事は引き延ばせ」
「引き延ばす?」
思わず聞き返すトミーだったが、すぐにこれ以上の話し合いは無理だと悟った。
「…分かったよ、ボス」
そう答えると、マーティに合図して退室する。去り際にフランクから声をかけられた。
「トミー、ボスは俺だ」
「分かってます」
さっさと帰りたいのに、さらに話しかけられる。
「トミー、最初に言ったはずだ。この世界で生き残るのは、仁義を通す奴だ。目立つな。女、シャンパン、ハデな暮らし、欲を出すと最後だ。生き残れない…」
「演説はそれだけですか」
トミーの一言にフランクは黙ってしまった。もう終わりと察すると二人は組長室を後にする。
この時から、トミーとフランクの関係に亀裂ができ、やがて亀裂は抗争へと発展してゆくのだった。
数日後、フランク邸
エルヴィアは緑のハイレグの水着を着てサングラスをかけ、デッキチェアーに座って雑誌を読んでいた。
「エルヴィア」
呼ばれて視線をやると、トミーがこちらにやってくる。
「彼は留守よ」
トミーの来訪目的はフランクとの仕事の話。エルヴィアは聞かれる前に教えてやった。
「…そうか…残念。だけど、今日の目的は彼じゃない」
残念と言いながら、表情は楽しそうだった。エルヴィアも察すると
「時と場所を考えたら? 面会の予約を」
素っ気なく言い返す。
「君に大事な話がある。いいだろう?」
トミーは彼女の横にしゃがみこむと話し続ける。
「つっぱるのはよそう。酒でも飲んで、気を楽に…スコッチもらえる?」
ボスの奥さんにずいぶん馴れ馴れしい態度だが、この気安い感じが二人の関係なのだろう。エルヴィアも気にした風もなく、雑誌をパラパラとめくっていた手を止めて
「いいわ」
立ち上がると、傍らのバーカウンターに向かう。
「おとなしくしてるよ」
「…楽にしてるといいわ」
トミーの軽口にエルヴィアも軽く返す。トミーはデッキチェアーに腰掛ける。すぐにグラスを手に戻ってきた。
「フランクと手を切るそうね」
グラスをトミーに手渡しながら、エルヴィアがたずねてきた。
「そうだよ。そのほうがいいだろう? いろいろとね…成功を与える国に…」
乾杯、とグラスを掲げスコッチを飲む。エルヴィアは何か言いたげだった。隣のデッキチェアーに座り、白いワイシャツを羽織りながらポツリとつぶやく。
「…そうかしら?」
彼女のつぶやきはトミーには聞こえなかった。スコッチを飲みながら、ふとトミーが聞いてくる。
「子供は好きか?」
「子供?」
思ってもみなかったことを聞かれて考えこんでいたが、やがて返答する。
「…そうね、好きよ。子守りがいれば」
「俺も好きだ。男の子、女の子、どっちでもいい」
妙な雰囲気を感じて、エルヴィアは話題を変えた。
「彼が帰ってくるわ」
でも、トミーは彼女を見つめると、自分の横に来るように手招きする。
「来てよ。かけて。話がある。かみついたりしないから…」
エルヴィアは最初は躊躇していたが、引き下がらない様子をみて仕方なく横に座った。トミーは彼女のサングラスをはずすと話し出した。
「聞いてくれ。俺の生まれは貧しくて、学もない。でも、それはいいんだ。コネを逃がさず、上手く世間を渡っていく。そして、いい女がそばについてれば、トップに出られる」
あらためてトミーはエルヴィアを見つめると、静かに告げた。
「エルヴィア、君が好きだ。初めて見た時から…俺の女だって感じたんだ。結婚してくれ。俺の子を産んでくれ」
突然の告白にエルヴィアは驚きのあまり何も言えなかった。ようやく言えた言葉は
「…私? …私があなたと?」
冗談で言っていると思ったが、真剣な表情のトミーを見るとため息が出た。
「フランクは? 彼はどうするの?」
「あいつは落ち目だ。先が見えてる」
そう言うとサングラスを彼女にかけてやる。エルヴィアはトミーを見つめていた。
「とにかく、考えてくれ。真剣に考えて欲しい。じゃあ、またな」
去り際に優しく彼女の頭を撫でると、トミーは行ってしまった。残されたエルヴィアは、一人考えこむ。
元々エルヴィアは母親と二人で暮らしていた。病気の母親のために仕方なくマイアミに行き、金持ち男と援助交際をしていてフランクに出会った。予想外にフランクに気に入られて、ついには先妻と離婚したフランクと再婚。けれど、結婚してもエルヴィアの気持ちは冷めていて、そのうちストレスから麻薬に溺れるようになってしまった。子供なんて考えたことなかった…




