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 南アメリカ大陸中央部、ボリビア、コチャバンバ

 ここには、スペイン系麻薬カルテルのボス、アレックス・ソーサの宮殿がある。宮殿の中ではソーサが、ヘンリー・クルツとトミーに麻薬工場の案内をしていた。

「年間を通じて、ここと別の工場とで…月200キロを確実に出荷できる」

 ヘンリーは青いスーツに黒いシャツ、トミーは白いスーツに赤いシャツ、胸に赤い花をつけて、ずいぶんめかしこんだ服装だ。それほどソーサは重要人物なのだ。

「…問題は、マーケットだ。私と組んでくれる、アメリカの相手を探している。例えば、月150キロ…決めた量を買う相手だ」

 ソーサの話を聞きながら、横でトミーは手に麻薬をつけて嗅いでみたりしている。

「それはデカい取引ですな、ソーサさん。フランクと話は?」

 ヘンリーがたずねると、

「彼は来ていない」

「ええ、裁判やら何やらいろいろあって…来られないんです」

 ソーサの返事に合わせるように、トミーが話に加わった。

「それで君が?」

「…そんなところです」

 ソーサは何か思案していたが、すぐに笑顔で二人に話しかけてきた。

「どうでしょう、家で話しませんか?」

「いいでしょう」

 ソーサの宮殿へ案内されながら、トミーが麻薬のことにふれる。

「いいブツですね。Aクラスです」

 ソーサ達の後に続いて、一人の男がついていく。ヴィト・サリバン。元ベトナム帰還兵でイタリアンマフィア、スカレッタファミリーにいたが、派閥争いに巻き込まれて恋人と弟分を殺された。今は故郷のニュージャージーでサリバン組の組長として組を細々と守っているはずだが、何故ソーサの元にいるのか?

 

 ソーサ達は食事をとりながら、先ほどの話の続きをしていた。

「フランクが月150キロの買いを保証したとする、ブツをここまで取りに来るなら…」

 ソーサはかなり踏み込んだ内容を交渉したいようだ。

「…値段は、まけてもキロ7000としましょう」

 食べているトミーの隣席からヘンリーが応答する。

「こちらが負うリスクを? コロンビア人は[さや]が稼げない」

「戦争になる」

 ヘンリーの言葉に合わせるように、トミーが話に加わる。コロンビアから輸送するには間の手数料、つまり賄賂が高額で利ざやが稼げない。もし賄賂を拒めば戦争になりかねない、コロンビア管轄内の取引はリスクが高い。

「やつらの圧力はこっちにもかかる」

「…歩み寄ろう」

 トミーの言葉に、ヘンリーが視線を送ってくる。トミーはフォークを持った手をソーサに向けて、話を続けた。

「あんたがパナマまで運び、こっちが引き取る」

 しかし、ソーサの返事は

「パナマはヤバい。金がかかる。受け渡しがパナマなら、キロ1万3500だ」

「1万3500? 正気か? フロリダに運び込む危険を知っているのか?」

 ソーサの提示を即座にはねかえすトミーに、ヘンリーは不満げだ。トミーも気づいているはずだが、この話をやめる気はないようだ。

「海軍がバッチリ張り込んでいる。衛星対追跡装置つきのEC2、ベル209型追撃用ヘリ。9回に1回はやられる。この経由は楽じゃない…楽な仕事だと思うのか? 乗れないね…」

 フォークを皿に投げると、この取引は出来ないと示した。ソーサは不愉快な表情になることもなく、少し考えてから落ち着いた態度でたずねてきた。

「…いくらなら、妥当だというのかね?」

 チリリン、チリリン 

 電話が鳴り、ソーサの付き人に呼ばれて、ソーサは席をたった。

「正気か? お前が交渉なんて!」

 小声で話しているが語気は強く、ヘンリーはかなり腹を立てていた。フランクが話していない交渉相手と、勝手に話をすすめるなんて…

「落ち着けよ」

「落ち着いていられるか! 決めるのはボスだ。勝手に…」

「黙ってな。目は開けていいが、口は閉じてろ」

 トミーを(ののし)るヘンリーの背後では、ソーサとヴィトが何か話をしている。トミーは横目で見ていたが、ヘンリーは全く気づいてない。

「お前、ボスにどやしつけられるぞ。褒められると思ってんのか?」

「…わめくなよ」

「俺が交渉する。でしゃばるな」

 ヘンリーの命令にトミーは何も言わず、お茶にクッキーを浸しながら

「お前に任せとくとヤバい」

 そう言ってクッキーを食べる。ヘンリーが黙っていられるはずがなかった。

「黙れ! ボスに一部始終報告してやる! しゃべるな」

 ソーサが戻ったため、説教はそこで終わった。トミーがクッキーを食べながらソーサに話しかける。

「話の続きを…パナマまで話してたが…」

 トミーは交渉を続けようとしたが、ヘンリーがそれをさえぎった。

「あぁ、実は200キロ以上の取引は俺の権限外だ。この先はボスが…」

 しかし、大人しく黙ってられないトミーは口をはさむ。

「なんだよ、彼の条件を聞いてから考えればいいだろ」

「でしゃばるな。俺をさしおいて生意気だぞ」

 口元は笑っていたが、ヘンリーの目は激怒していた。表だっての口調は穏やかだが、裏では自分の方が上だと主張している。それでも、意に介さないトミーは口を出す。

「ボスは反対しないよ」

「黙れ!」

 二人のやり取りを、ソーサは横で黙って見ているだけで何も言わない。その様子に気づいたヘンリーが、あわてて口を閉じて頭を下げる。

「申し訳ありません…」

 ソーサは何でもないというように軽く手を振ると

「構わんよ。フランクと話す方がいい」

 落ち着いた態度で答えた。この返事に安堵してヘンリーは何度もうなずく。

「そうします。電話ではまずいので…」

 一度咳払いをすると

「…マイアミに戻って、彼とよく相談します」

「よかろう。彼等がヘリに案内する。私のジェット機なら5時間後にはマイアミだ。明日の昼に戻れる」

 ソーサが席から立ち上がったのを合図に、この食事会はお開きとなった。

「では、明日連絡します」

「よろしく」

 ヘンリーとソーサは握手をし、トミーも握手をしようとしたが

「彼は残ったらダメか? 商売のこと、もう少し教えてもらいたいが…」

 不意にソーサがヘンリーにたずねてきた。とっさのことにヘンリーはいいよどむ。

「…いや、ボスが…」

 返事に困っているのを見て、さっさとトミーが答える。

「残るよ。彼を見張っていると伝えてくれ」

 怒ると思いきや、意外にもヘンリーは笑顔でうなずいた。

「わかった」

 どうせボスへの報告には俺一人で充分だ。でしゃばりが! ボスの返事次第でどうなるか…

「じゃあ、向こうでコーヒーを…」

「いいね」

 そんな会話を聞きながら、ヘンリーはソーサの部下二人について行った。

 

 コーヒーを飲みながら雑談をした後、トミーはソーサに案内されて宮殿内を散歩していた。

「まったくもって、羨ましい暮らしだ」

 とてつもなく広い宮殿内の豪勢な暮らしぶりに、思わずトミーの本音がこぼれた。それを聞いたソーサは嬉しそうに笑っている。

「君は正直だな、気に入ったよ。…でも…残念だが、君の仲間は違う」

 急にソーサの物言いが変わり、不思議に思ってトミーはたずねた。

「それは、どういう意味?」

「…ヘンリーのことだ」

 歩いているうちに着いたのは東屋だ。テーブルに置かれている双眼鏡を手に取ると、ソーサは上空を飛ぶヘリをとらえる。トミーも見上げるとヘリが飛んでいた。おもむろに、ソーサが話し始める。

「私の友達が彼を見て断言した。数年前のニューヨーク、奴はスカレッタファミリーにいたが警察のタレコミ屋だった」

 ソーサは双眼鏡をトミーに渡す。トミーが双眼鏡を覗くと、ヘリのドアが開いており、中にはズタボロで縄で縛られたヘンリーがいた。動けないヘンリーにソーサの部下が何か言っている。怯えるヘンリーの首に縄を巻きつけると、瞬時に投げ落とした。まるで絞首刑のように、ヘンリーは殺されてしまった。

 その一部始終を見て呆然としているトミーに、ソーサが声をかける。

「奴のせいで大勢が被害を(こうむ)った。君は大丈夫だろうな?」

 目の前で行われた処刑は、裏切らないかどうかの尋問だったのだ。

「おいっ、ソーサ! はっきり言っとくぜ! 俺は汚い野郎以外には、汚い手は使わない。俺の武器はガッツと信用、それを汚すことはしない。ヘンリーは信用できない奴だった。奴は俺を()め、そのせいでエンゼルは死んだ。…俺を信用しないなら、どうとでもしてくれ」

 残酷なヘンリーの処刑が、エンゼルの死をフラッシュバックさせる。怒り、悲しみ、悔しさでトミーの心はあふれ、その言葉には強い意志がこめられていた。それは、ソーサにも通じたようだった。

「お前はハートで話している」

 いつの間にかテーブルには紅茶が注がれており、ソーサにすすめられてトミーは席に座る。

「だが、お前のボスはああいう奴を使っている。人を見る目がない。ほかにもヤバいミスを犯してるに違いない。そんな組織を信用できるか?」

「フランクは頭が切れる。ヘンリーは仕方ない。この世界にはどうしてもああいう奴が多いんだ」

 ソーサは黙ってトミーの言葉を聞いていた。やがて、トミーは落ち着きを取り戻す。

「ボスと話をするよ。双方にいいように話をまとめる。約束する」

 自信あり気なその目付きを見て、ソーサも満足そうにうなづく。

「君とならやれそうだ。末長く付き合える。だが、ひとつ言っておく。二度とは言わない。裏切るな。裏切りは許さん」

 力強くうなづくトミーとソーサは固く握手をした。

 ソーサはある男を紹介する。ヴィト・サリバンだ。ヴィトはソーサと交換条件を結んでいた。その条件とは、恋人と弟分を殺した裏切り者フランクとヘンリーを殺すまで、ソーサの元で仕事を引き受けるというもの。ヴィトにとってソーサは敵だったが、復讐を果たすため苦渋の選択だった。

 こうして、トミーはヴィトを伴うことになり、ソーサはマイアミにヴィトを送り込むことに成功したのだった。

 

 

 

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