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 その夜、トミーとマーティはヘンリーの車でフランクの屋敷に連れて行ってもらう。ボスの屋敷にブツを届けに行くためだが、服装を整える必要がある。トミーは青のスーツに白のワイシャツ、マーティはグレーのスーツにオレンジのワイシャツ、黒のネクタイとスーツ姿をビシッとキメて、ブツの入ったケースを持っていく。

 ヘンリーに案内された広間には、フランク、そして部下のアーニーがいた。

「フランク・サンダ氏だ」

 ヘンリーが二人に紹介すると、すぐにフランクは愛想良く手を差し伸べる。

「サンダさん…」

 緊張のあまりぎこちなく握手するトミー。そんなトミーにフランクは

「フランクでいい。皆、そう呼んでいる。検察局の奴らまで、フランク、だ」

 笑って話した。トミーはマーティを紹介する。

「マーティです」

 いつもは陽気なマーティも、やはりぎこちない笑顔で握手する。トミーはマーティの肩を指差して話す。

「撃たれました」

「貫通しました」

 大事じゃないとフォローするマーティ。

「…聞いたよ。ヘンリーからすべて聞いた。」

 フランクが神妙な面持ちで二人を見ていた。トミーはヘンリーを見て

「いい奴です」と言う。

 フランクは話を続ける。

「前の仕事のことも聞いたよ。ブタ野郎だ」

 トミーはあわててフォローする。

「あんなの、軽いお遊びで」

(軽いお遊び)とは以前レベンガ殺しをヘンリーにバカにされた事を皮肉った言葉だ。

「お遊び?」

 フランクは首をかしげて、ヘンリーを見ると笑い出す。

「気晴らしです」

 トミーの返事を聞いて、フランクは機嫌良く笑った。

「何か飲め。スコッチ、ジン、ラム」

 バーカウンターに行き、グラスに氷を入れながら

「筋金入りのタマをもった男を探してた。そいつをいつもそばに置いておきたい」

 話しているフランクの後ろのカウンターから、トミーが声をかける。

「ブツです」

 マーティがケースをカウンターに置き、開けて中を見せる。ドンッと袋を出す。

「ニキロ。…エンゼルは死んだ」

 仲間の死を教える。

「ゼニも。差し上げます」

 取引に使うはずだったゼニを、ケースの麻薬の上に置いた。フランクは麻薬と金の入ったケースを閉じて、痛ましげに二人を見つめる。

「…彼は気の毒だった。バカな奴が、こういう間違いを起こす」

 そう言ってヘンリーを見る。フランクは二人にお酒の入ったグラスを渡す。

「このことは忘れないよ。仁義を忘れなければ、君達も芽が出る」

 乾杯とグラスを合わせた。

「それもアッという間だ」

 

 酒がすすみ徐々に緊張がほぐれてくる。

「悩みはブツの入手じゃない。金の使い道だよ」

 そう言って笑うフランクの話を聞きながら

「うらやましいです」

 トミーは思わず呟いていた。

「君も今にそうなる」

 そんなトミーにフランクは笑って返す。不意に時計を見ると、アーニーを呼ぶ。

「おい、エルヴィアはまだか? 呼んでこい」

 応接間のソファーに場所を変え、二人をソファーに座らせる。

「女はいつもこれだ。服を着て、脱いで、一日が終わる」

「来ます」

 アーニーの声に、フランクは肩をすくめて見せると

「抱くヒマもない」

 そう言って笑い出した。そして、二人に声をかける。

「今夜、レストランで食事しないか? 腹はどうだ?」

 即座にトミーが答える。

「ウマでも食えます」

「よし! ウマを食わしてやる!」

 フランクはまた愉快げに笑った。マーティの方を向いて

「どこを撃たれた? 肩だったか?」

「いえ、何でもありません。大したことないんです」

 エレベーターが二階から降りてきて、一人の女性が出てきた。緑のドレスを着た美女に、一目でトミーは魅了される。

「エルヴィア、遅いな。俺は腹ペコだ」

 彼女はエルヴィア・サンダ。フランクが前妻と別れた後に再婚した女性だ。

「いつもお腹をすかせてるのね」

 エルヴィアはそう声をかけると、どこかへ行ってしまう。フランクが驚いて追いかける。

「どこへ行くんだ?」

 フランクと一緒にソファーに戻ってきた彼女は、灰皿を持っていた。

「友達を紹介しよう」

 フランクの言葉に、あわててトミーとマーティは立ち上がった。

「トミー・モンタナだ」「マーティ・リベラだ」

 最初にトミー、次にマーティが紹介され、二人はペコリと頭を下げる。

「五人ね、どこで食事するの?」

「バビロン・クラブはどうだ」

 フランクの返事に、エルヴィアはあきれ顔で皮肉った。

「また? あんたを殺したければ、見つけるのは簡単ね」

 言われたフランクは意味がわからないという顔。

「俺を殺す? 誰がだ?」

 そして、トミーとマーティを見て

「友達しかいないぞ」

 そう言って笑い出し、トミー達も笑った。

「そんなの分かんないわよ」

 エルヴィアはさっと席を立つと応接間を後にした。

 

 バビロン・クラブの入口の前は停車場になっていて、客を乗せた車が並んでいる。フランク達も車を降りてクラブへ入って行く。最後に降りたアーニーがボーイにチップを渡して、リムジンを駐車場に運ばせた。

 店内では若い男女が踊っている。マーティもその中に入り、楽しげに美女と踊る。トミーは踊らずにフランク達とボックス席に座った。席の真ん中にフランクとトミー、フランクの隣にエルヴィア、トミーの隣にヘンリー。やがて、二人の男がやってきて、フランクに挨拶をしていった。

「今の奴らは、エチュビラ兄弟だ」

 フランクがトミーにさっきの二人のことを説明する。

「ここからテキサスまでマーケットを持っている。大したもんだ…おいっ、見ろ」

 うながされてトミーは向こうの席を見る。

「あそこのデカい男は、コントレラス」

 電話で話しているデブでデカい男。

「ここにいる誰よりもゼニを持っている[ハザ]だ」

 そう言うと笑い出す。隣のエルヴィアはタバコを吸いながら呆れているようだ。

「[ハザ]が分かるか?」

「知りません。何ですか?」

 トミーが聞くと、笑いながら説明してくれた。

「ユダヤ語で[ブタ]だ。欲張りすぎやがって…そのうちくたばる。君に忠告しておくぞ、よく覚えておけ。教訓、第一条、人間の欲の深さを…」

 さっきまでと違う真面目な顔で話す。

「甘く見るな。第二条、自分のブツに手を出すな」

 そして、エルヴィアを見つめる。

「自分のブツに手を出す奴は、おしまいだ」

 何か含みがあるようだ。ボーイがやってきた。

「シャンパンです」

「64年物だな」

「その通りです」

 見せられた瓶のラベルを見ると満足そうにうなずく。

「注いでくれ。もう一本追加だ」

 ヘンリーがボーイからシャンパンを受け取り、皆のグラスに注ぐ。フランクがトミーに軽口をたたく。

「ボトル一本550ドル、どう思う? たかがブドウだぞ?」

 トミーが軽く肩をすくめて見せると、笑ってグラスをかかげる。

「では、古き友と、新しき友に!」

 トミーやヘンリーのグラスに乾杯をする。グラスとグラスの当たるいい音がする。トミーはエルヴィアのグラスにも乾杯しようとしたが、エルヴィアは無関心にシャンパンを飲んでいた。

「どうだ?」

 フランクに声をかけられ、トミーは周りを見回して答えた。

「最高です」

 トミーの言葉に気を良くしてフランクはまた笑った。フランクにすすめられて葉巻を吸う。

「服を買ってやろう」

 不意にフランクに言われて、トミーは驚いて顔を見返した。

「550ドルのスーツだ。シャープにキメるといい。君は俺の身内だよ」

 そして、トミーとヘンリーを見ながら言う。

「ヘンリーと一緒に働いてもらう」

 ヘンリーがトミーの肩に腕を回して、軽く叩いた。

「来月、ちょいとデカい仕事を計画している。コロンビアとの取引だ。うまくやってくれれば、仕事がいくらでも増える」

 トミーはうなずいた。

「面白そうです」

 その返事を聞いて、フランクもヘンリーも笑った。

「…踊らずに何が楽しいんだか」

 エルヴィアは興味なさそうにこぼす。

「踊りだと? 心臓マヒを起こす」

「やだ、泡をふかないでよ」

 何気にトミーに視線をよこした。

「あんたは?」

「俺?」

 驚いてトミーは思わずフランクを見た。フランクはエルヴィアを見て、トミーを振り返る。

「そうだな。それがいい、踊ってこい」

 フランクに言われては断れず、仕方なくトミーはエルヴィアと踊りにいく。席にはフランクとヘンリーが残された。

「どう思う?」

「田舎者ですね」

 ヘンリーの口調はトミーを馬鹿にしていた。フランクは踊るトミーをじっと見て話す。

「あの手の男は味方につけると良く働く。使えるよ」

 ヘンリーもうなずく。

 一方、ダンスホールで踊る二人。エルヴィアはビートに乗って踊っている。ふと、トミーが彼女に話しかける。

「名字は?」

「なに?」

 店内は大音量でよく聞こえない。

「エルヴィア、なんていうんだ?」

「エルヴィア・サンダ」

 トミーは首を横に振ると、もう一度聞く。

「違う、結婚する前の名字は?」

「ハンコック」

「…ハンコック、鳥みたいだな。空を飛ぶハンコック」

 手で鳥が飛ぶ動きをして見せる。また話しかける。

「故郷は?」

「ボルティモア」

 素っ気なく答えると、トミーに背を向けてリズムに乗る。懲りずにトミーは質問する。

「ボルティモアのどこだ?」

「…どこでもいいでしょ」

「話のきっかけだよ」

 エルヴィアは一瞬トミーを見ると、冷たく言った。

「話? あんたと? バナナ・ボートでたどり着いた、あんたと?」

「バナナ・ボート? 俺は関係ないぜ。カン違いだ」

「キューバの刑務所にいたんでしょ?」

 キューバ移民に混じって逃げてきた犯罪者、その一人と思っているのだ。

「イカれてんのか? 俺は政治亡命者だ。変なこと言うな」

「…外交的身分を気にするのね」

 彼女は皮肉を言う。トミーがそんな身分の人間じゃないことはお見通しなのだ。

「突っかかることないだろ。…美人でいい身体と脚をしてる。男は皆惚れる。だが欲望に飢えてる顔だ」

「私が誰とどこで寝ようと、大きなお世話よ」

「話に乗ってきたな、ベイビー」

 とても楽しげとは言えない会話だが、トミーは楽しそうだった。エルヴィアは不機嫌なままだった。

「ベイビーって、なによ!」

 これ以上つきあっていられないとフランクの席に戻ろうとする。そんな彼女に

「今にそう呼ぶよ」

 意に介さずトミーは話し続ける。

「たとえ孤島に流されても、あんたなんかとは死んでも寝ないわよ」

 エルヴィアの返事は全くつれないものだった。

 

 トミーとマーティの歓迎会が終わり、トミーが運転してマーティと帰る車中。

「あの女」

 ふいにトミーがエルヴィアのことを話し始める。

「俺を好いてるぜ」

 エルヴィアは自分に気がある、その口調は本当に確信しているようだった。助手席でうとうとしていたマーティは信じていない様子。

「おまえを? なぜ分かる?」

「分かるんだよ。目だ、目はウソをつかない」

 自信たっぷりの言葉に、思わずマーティは起き上がった。

「ボスの女だ、殺されるぞ」

「ボスの女が何だよ。あの男はヤワだ。顔を見りゃ分かる。酒と女に振り回されてる」

「バカはやめろ、やっと刑務所を出られたんだぜ」

 トラブルは御免だとマーティは止めるが、トミーはしれっと話し続ける。

「過ぎたことだ。俺は忘れた」

「欲張るのはやめなよ」

「これで満足か?」

 冗談めかした会話だが、トミーの目は真剣だった。マーティはハァーとため息をつく。

「俺は、違う」

「何を手に入れたいんだ?」

 その言葉を待っていたように、トミーが満足げに答えた。

「世界だ。世界のすべてだ」

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