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リックが刑務所から逃亡したことで、ジェスロ組長とヴィクターは警察からリックをかくまっているんじゃないかと容疑をかけられていた。今日もまた警察官が巡回にやってきた。
「…では、何かあったら連絡してください。お願いしますよ」
痛くもない腹を探られ、何を言おうと疑いは晴れない。ジェスロ達のイライラは増すばかりだ。
警察官が帰ったあと、たまりかねてヴィクターはぼやく。
「リックの奴、何考えてるんだ…」
苦々しい顔のジェスロ組長はヴィクターに指示する。
「おいっ! すぐ電話して、カロリーヌを連れてこい! 急げ! あいつの脱獄した理由はカロリーヌじゃ!」
(誰か刑務所の中でチクった奴がおるな…)
その夜、事務所にジェスロ組長が戻ると、組員達の様子がおかしい。
「どうした?」
聞かれた組員はオロオロと目を泳がせながら答えた。
「はい…実は今…リックの兄貴が来ていて…」
「なにっ!」
驚いて急いで奥に入ると、そこにリックがリボルバーを持って座っている。
「…リック…」
ジェスロ組長の声に振り向いたリックは、思い詰めた表情だった。軽く肩を叩いて自室に連れていく。
「馬鹿め! せっかく大人しくしていたのに…台無しにしおって! 俺がお前をかくまう訳ないだろ!」
ジェスロの物言いは辛辣だった。リックは黙ったままだ。ため息をつくと腹立ちを抑えて話しかける。
「逃げ出したのは何か理由があるんだろ?」
するとリックが反応した。
「…そうか…やはりそうか…」
ジェスロは自分の勘が正しかったと得心する。
ほどなくしてカロリーヌがやって来た。
「あんた…」
カロリーヌはリックの姿を見るやいなや、泣き崩れてしまった。そんな彼女を見て、リックは意を決したのかジェスロにリボルバーを渡してきた。
「おやっさん! これで俺をぶち殺してください! 俺は…おやっさんが俺とカロリーヌの関係を引き裂くと思って…」
リックは疑心暗鬼に捕らわれていた。組長の真意を、なんとしても組長の口から聞き出すのだと。もし本当なら…組長を…。だが、カロリーヌの涙を見て彼女の想いが変わっていないことがわかった。そして自分の疑いが間違っていたことに気づいた。こうなったらわびを入れるしかない…
「リック…それで納得がいったか?」
「いえ! できません! お願いですから殺してください!」
話が堂々巡りになっているところに、ヴィクターがやって来て
「ちょっと、俺と一対一で話しさせてください」
そう組長に断りを入れると、リックを別室へ連れていった。
「リック…大丈夫だっただろ? 現にああして変わりないだろ? そもそも一緒になったところで、いつまで待たす気だ。お前の勝手で待たせるな。お前、それでもオックス組の若衆なんか! 男にならんかい!」
厳しく叱責する。
「今ならまだ間に合う。顔見たんだから、すぐに自首しろ。いいな?」
念を押すようにリックの肩をぐっと握る。リックの返事は
「…はい、よう分かりました。でも、俺は刑務所で生き地獄のような生活を送ってきたんで…どうかここで働かせてください…お願いします」
と頼みこむのだった。
往生際の悪いリックに、ヴィクターが黙り込んでいると、ノックをして慌てた様子で組員が入ってきた。
「兄貴…ちょっと…」
ただならぬ雰囲気を感じたヴィクターは
「ちょっと待っとけ」
リックに声をかけると、組員に案内されて向かう。そこには、組員の一人がボロボロになっていた。事情を聞くと
「実はダッチと歩いていたら、駅前でバルチャー達を見つけたんです。取っ捕まえようとしたんですが、逆に捕まってしまって、自分は何とか逃げてきたんですが…」
あのいまいましいバルチャーが帰って来ている…
「バカ野郎! 見つけ次第こっちに連絡しろと言っただろ!」
烈火の如く怒鳴りつけると、
「…怪我の手当てして、すぐに探しに行け!」
気を取り直して組員達に命令した。
しばらくすると、ジェスロ組長がやってきた。
「リックはどうしてる?」
「刑務所に戻りたくない、ここで働かせてくれと言ってます」
ここでヴィクターはどうしても引っかかっていることを、ジェスロに相談する。
「あいつの目…何か変です。様子も妙で…あれは薬でもやってるんじゃないですか?」
「麻薬! あいつ麻薬にも手を!」
ジェスロは驚愕と同時に憤懣やる方ない様子だった。
「まったく! なに考えとるんや…あいつは…」
ジェスロがリックのいる部屋に向かう。やはり、これ以上かばい切れない。しかし、
「リック、入るぞ? …リック!」
部屋はもぬけの殻だった。リックは居なくなっていた。ジェスロの声を聞きつけて、奥からカロリーヌが走り出てきた。だが、もう彼がいないことを知ると、悲しそうにしゃがみこんでしまったのだった。
リックは夜の街を歩いていた。ふと視界にオックス組の二人組の組員が入った。素早く近づくと拳銃をつきつけて、路地裏に連れ込む。
「薬、出せ」
突然脅されて二人は驚いている。
「リックさん…いったいどうしたんですか?」
「…出せ!」
どこかいつもとは違うリックの雰囲気に、組員は大人しくヘロインの袋を渡す。ところが、リックはさらに拳銃を振って、金を要求してくる。金を渡すと走り去ってしまった。
リックは公衆トイレに駆け込むと、個室に入り手早く薬を打つ。
ほどなくして、景色がぼやけていき、声を出してみると少し遠い感じがする。さっきまで何を思っていたのか、感じていたのか分からないまま、リックが向かったのはジェスロの経営するカジノクラブだった。
ポーカーの台にいるリックに、いち早く気づいた組員があわてて止める。
「リックさん…」
しかし、リックは無反応のまま席に座ると、勝手に隣の客のチップを取って参加する。客は文句を言いかけたが、リックの顔を見るとぎょっとして黙り込んでしまった。
数分後、リックは負けてチップを使い果たした。それでもボーイを呼びつけて、チップを持ってくるように無理を言う。さすがに組員が入ってきた。
「リックさん…続けるなら前のお金を払ってから…」
全く話を聞く風もなく、タバコを吸っている。
やがて、ツキが回ってきたのかリックは勝ちまくりだした。流れに乗っているタイミングで、突然ボーイを呼ぶと大量のチップを運ばせると、両替場で全部お金に変えてしまう。このあたりが潮時とみたのか…
「コラァ! コーネル! てめぇ大概にしろよ!」
好き勝手したうえに勝ち逃げとは、いくら組仲間でも見過ごせない。
「負けた分を払ってから店を出な!」
組員がリックの肩を掴もうとしたその瞬間、リックは拳銃を取り出し持ち手部分で殴りつけた。
「うがぁ!」
頭を押さえて倒れこむと、リックは組員の口に銃口を突っ込む。
「金ありったけ出せ」
強盗さながらに店の金を全部持ち去って行った。もう、リックの心と体は麻薬に蝕まれていたのだ。金のほとんどを麻薬につぎ込み、食事がわりに女を抱く。
金が無くなると拳銃で売人から強奪、ハイになれば女を拳銃で脅して無理矢理むさぼる。ついには、麻薬のためなら人殺しもする、麻薬の奴隷に成り果ててしまった。
(俺は麻薬で動くヤク中だ…だが、そんな俺でも、必ずバルチャーだけは殺してみせる!)
この執念だけは、麻薬に支配されていなかった。




