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刑務所に服役していたリックは、以前とは違う疎外感を感じていた。ヴィトのような人間もおらず、囚人達からは仲間外れの扱いを受けていた。リック自身も以前のように暴れる気にもなれずにいた。
ある作業の日、リックはある人物と再会した。ハワード・ストラダムだ。ハワードはジェスロ組で、最初にリックに組の事を教えてくれた人だ。
「叔父貴!」
ハワードもリックに気付くと笑いかける。
「久しぶりだな」
「…あの…いったいどうしたんです?」
こんなところに何故ハワードがいるのか、聞かずにはおれなかった。
ハワードはばつが悪そうに笑い、小指を立てて見せる。
「これが浮気で男つくりよったから殴ったんだ。そうしたら警察に傷害罪で捕まった…」
「…そう…ですか…」
リックがそうつぶやいて黙っていると、ハワードが話題を変えてきた。
「ところで、面会者は来たのか?」
「…いえ」
それはリックが一番気になっていることだった。あの夜、夜中に出かける事を心配していたカロリーヌが、なぜ面会に来ないのか…あれきり会えずじまいだ。
「そうか…尽くしただけで何も無しか…」
なんだか悲しそうにつぶやくハワードの言葉がひっかかる。
「それは…どういう意味ですか?」
思わずリックが尋ねると、一瞬躊躇ってから
「お前とカロリーヌのことだよ…」
早口で答える。
「カロリーヌ…何かあったんですか!」
顔色を変えて問いつめるリックに、ハワードは何事か察する。
「いや、何でもない…忘れろ」
もう話は終わったとばかりに、作業に行ってしまった。リックも急いで準備をして、ハワードの隣で作業に加わる。
「…教えてください」
「ん?」
リックの真剣な顔に、やがてハワードは話し出した。
「ジェスロ組長が、お前とカロリーヌの関係を引き裂くと言ってるんだ。カロリーヌを自分の息子と一緒にさせたいと言ってな。以前、カロリーヌが俺のところに相談に来た時は、結婚まで決まってると言ってた」
(そんな…嘘だ…)
今聞いた話から、リックの想像は広がっていく。
「カロリーヌ! いい加減にしろ! リックに会いたいなんて…あいつは仮釈放もつかないんだぞ!」
「これからの事は二人で決めろ、そう言ったのは叔父さんじゃないの!」
「黙れ!」
パシッ! 頬をぶたれるカロリーヌ。
「あれは、あの時のことだ!」
手のひらを返す言葉
「第一、ヤクザもんを父親にもって、ミクが幸せになれると思うんか? 諦めろ、なぁ?」
ミクのことを言われて、言い返せない。それでも
「…待ちます…」
やっと震える声でつぶやくと、カロリーヌは泣きくずれる。
想像は現実味をおびていき、リックは一刻も早くどうにかしなければと焦燥感にかられていった。
ついにリックは行動をおこす。
仮病をよそおうと、看守に四人部屋から一人部屋に移してもらった。そして、密かに囚人から入手したタッパーに牛乳を入れて、わざと腐らせる。看守の人数が減る深夜を待つと、腐った牛乳を一気に飲みほした。
これで食中毒になる、とリックはふんでいた。
「…ぅうう…うううう! …うぅぅ…ううう!」
ほどなくして、リックは腹痛に襲われ苦しんでいた。
異変に気づいた看守は、すぐに救急車で緊急入院させる。
ところが、これは刑務所を出るためにリックが計画したものだった。歩けるまでに回復すると、次の計画を実行する。
病室の外には看守が見張りに立っていた。交代の時間になり、もう一人の看守と申し送りをする。
「どうだ、あいつの調子は?」
すると、病室からうめき声が聞こえてくる。あわてて入ると、リックがシーツで首を吊っていたのだ。顔色がなく手足はだらんと力を失っている。
「まずい! 外せ!」
そこからは一瞬のことだった。シーツを外そうと近づいた看守二人を、点滴スタンドで一撃で殴り倒す。交代時間を狙って首吊り自殺を偽装したのだ。首吊りだと看守が思い込めば、こっちのものだ。
気絶した看守から制服とコルトのリボルバーを奪うと、リックは制服を着て病院から逃げ出した。
やがて近くの民家をみつけ、誰もいないのを確認すると、干してある服に着替える。ジーンズに白いシャツ、ダークグレーのコートを羽織り、ハンチング帽姿になると逃亡を続けた。
町までたどり着いたリックは、ふとチンピラに後をつけられていることに気づいた。
(どこの野郎だ……よしっ! 見てろよ)
さりげなく人気のない倉庫まで誘き寄せると、何とか尾行を巻く。探し回るチンピラに背後からそっと近づくと、ドカッ! 拳銃で殴りとばす。
「うぐっ!」
「動くな!」
こめかみにリボルバーを突きつける。
「てめぇ…何のつもりで俺をつける! 言えっ!」
「ひいぃぃ! やめてくれ!」
チンピラは必死に命乞いをする。
「俺は、ヴィクターの兄貴の部下なんだ! あんたの顔が新聞に載ってたから探していたんだ!」
「…チンピラが! てめぇの嘘なんか聞くかよ!」
リックはゆっくりと引き金を引く。
「ひいぃぃ!」悲鳴を上げる。
「違う! ほ、本当なんだ! ヴィクターさんからあんたを探すように言われて…」
「ヴィクターの兄貴に?」
リックは驚いた。何故兄貴が…
「ほぅ…兄貴が俺を探しているのか…。じゃあ何故直接面会に来てくれなかったんだ!」
誰一人、面会に来てくれなかった。カロリーヌ…兄貴…
「吐け! 他に知ってることは?」
問いつめるリックに、チンピラは首を振りながら
「いや…俺はこれ以上は知らない…頼む助けてくれ…」
震える声で命乞いする。リックは引き金を引いた。
カチッ!
チンピラは白目をむいて気絶した。実弾は入れてなかった。
(バカめ! てめぇなんかに使うかよ! ヴィクターの兄貴も誰も信じないぜ!)
ふと見ると、倒れているチンピラのジャケットから財布が見えている。チンピラのくせに結構な金額が入っていたので、リックはその金をいただいた。
誰かいる! 背後に人の気配を感じる…
振り向きざまに背後の暗闇に向けて、リボルバーをかまえた。
すると、一人の娼婦が出てきた。
「…しまってよ、そんなもん」
拳銃を向けられてるのに怯えた様子もなく、じっとリックを見つめている。
「あんた、なかなかやるじゃん」
サバサバした物言いに、リックは拳銃を下ろした。
「…ねぇ、良かったらあたしの部屋に来ない?」
娼婦が何故そんなことを言うのか、リックは黙っていた。
「…ねぇ、あんた帰るとこ無いんだろ?」
その言葉に、リックは娼婦について行くことにした。
娼婦がリックを連れて行ったのは、娼婦が仕事に使う安ホテルの一室だった。ベッドに寝転がるリックの隣で、娼婦は財布の大金を見て大騒ぎしている。
「うわあ! すっごい! こんなにあるなら、あたしもサービスしなきゃねぇ」
ウキウキした感じで手持ちの鞄から、細長いケースを取り出す。中身は注射器だった。
「何だそれ?」
慣れた手つきで液体を注射器に吸い上げると、リックに笑いかける。
「あたし、いつも男と寝る時は、これを打って寝るの。そしたら気持ちいいのよ」
なんの躊躇もなく、娼婦は自分の肘の内側へ注射器を刺す。液体を注入し終えると、けだるげに横たわる。
気分でも悪くなったのかと、リックは放っておいたが
「…あんたも…する?」
そう聞いてきた彼女の表情は、どこかしどけなく不思議な雰囲気になっていた。
「あぁ…」
好奇心にかられて腕を出すと、彼女は悪い顔をして
「でも、するんなら…この分のお金も貰わんと…ね?」
薬のお金をねだってきた。リックは財布から言われた金額を支払った。
「せっかくだから、あたしがしてあげる」
ご機嫌な顔で、手早くリックの腕にも薬を打つ。
「痛っ!」
一瞬の痛み、やがて景色がぼやけていく。感覚があいまいになる。娼婦の顔がみるみる変わっていき、やがてカロリーヌに変わる。
「…カロリーヌ…カロリーヌ!」
愛しいカロリーヌ!
リックは無我夢中で彼女を抱きしめると、その想いのままに彼女を愛した。麻薬をキメたセックスは、リックにかつてない快感と満足感をもたらした。
翌朝、リックが目覚めた時、娼婦はまだ眠っていた。
(…カロリーヌ…カロリーヌ…会いたい…)
起き上がると服を身につけ、娼婦の鞄からお金と注射器、薬を取り出して、部屋を出て行った。




