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オックス組とバルチャー組の縄張り争いの均衡がくずれ始めた。
きっかけはジェスロ・オックス組長が競馬場の管理を任されたことだった。つまり利権を譲り受けたということ。ところがこの辺りの土地は古くからルフォーツ組のシマだったため、バルチャー連合会の妨害にあうことになってしまった。
1979年のこと
競馬場のトイレに二人組のチンピラが入って行く。チンピラ達は人がいないのを確認すると、ダイナマイトに火をつけ放置して逃げた。
「おい! お前ら何だ!」
巡回していたオックス組の組員に見つかった。
ドガーンッ!
チンピラ達は逃げようとしたが捕まり、警察に連行された。
「さっさと言え! お前らが爆破したんだろ!」
「知らん…知らんもんは知らん!」
取り調べと称してオックス組の組員が、殴る蹴るの暴行で問いつめるが、チンピラ達は何も喋らない。
ジェスロ組長から電話で圧力をかけられ、警察は事態の収拾に困っていた。
「いや、酔っ払いがトイレに花火放り込んだだけで……いや、こっちに任してくれたら……あぁ、そちらの組員も来てるし…」
競馬場のトイレが爆破されたのは、今回が二度目。これらがオックス組への嫌がらせなのは明白だ。だがチンピラが何も言わないのに、犯人と決めつけることはできない。しかし、事件を解決しなければ警察の威信に関わる。勝手に抗争を始められては困るのだ。
「おい! お前らが現場から逃げるの見たんじゃ!」
「いや、知らん言うたら、知らんよ…」
「お前ら…なめてんのか!」
殴られすぎてボロボロのチンピラ達を、組員達はさらに首を締め上げる。さすがに見かねて警官が止めに入るが…
突然ドアが乱暴に蹴り開けられて、鉄パイプ片手に体格のいい男が入ってきた。
「わ…若ぁ…」
「うぅ…若ぁぁ…」
チンピラ達がその姿を見て嬉し泣きしている、この男がジェームズ・バルチャー。組長の孫で[ニュージャージーの暴れ馬]と呼ばれる武闘派だ。
「レイ、お前どうしたんら?」
「若、こいつらそろって俺のこと…犯人や…言うとるんです!」
ボロボロのチンピラ、レイが泣きながら訴えた。
バルチャーは怒りをみなぎらせると
「ゴラァ!」
ダンッ! 怒りに任せて鉄パイプで机を殴打。
「そうか、それで殴られよったんか。どいつがやったか言うてみい。わしがここでブチ殺したる!」
「バルチャー! この野郎!」
オックス組組員がくってかかろうとするのを、あわてて警官が止めた。
「待て待て! ダッチ!」
もう一人の組員も、落ち着けとダッチの胸元をたたき、バルチャーに向き直る。
「ジェームズ、お前なぁ、面倒起こすのもいい加減にしろよ。でないとこれからはバルチャーの奴らは誰一人、競馬場に入れなくなるぞ」
この台詞にバルチャーが噛みついた。
「おう、何を根拠に言うとんじゃ! こんクソ、お前ら警備やろ? お前らの事件をわしらになすりつけて、どこが警備や! それが警備なんか! おう!」
噛みつくだけでは治まらず殴りかかろうとするのを、警官が必死で抑える。
そこに警察署長がやってきた。
「待ちなさい、ジェームズ君! ジェームズ君、ジェスロさんはこの州の競馬場協会の正式な理事として、警備を担当されてるんだから、協力していかないと…」
「ほぅ…ほうですか…それなら、わしらにはどう協力してくれるんですかいの? おう! どうせ地元議員らウマイこと唆して、理事やら何やら手に入れたんじゃろ。ニュージャージーのマフィアはジェスロだけやないぞ! おう!」
バルチャーの物言いにカッとなった組員を警官が抑え、署長も困惑している。
「それは…我々にどうしろというのかね」
そんな署長を見て、バルチャーは小馬鹿にするように笑い
「それはあんたの方で考えることでしょう? だけど、うちの若い奴らは競馬場のシマで飯食っとるのが大勢おります。もしそいつらが食えんようになったら、あんたらにも食えん体になってもらいます!」
ダンッ! もう一度机を鉄パイプで殴打すると、去って行った。
さて、困った署長はジェスロ組長に相談に向かった。
「というわけで、バルチャー連合会にも競馬場の利権の半分を渡すという形を、とった方がいいかと思うんですが…」
「…ジェームズが何を言ってるのか分かりませんが、なにせ祖父のルフォーツさんにも迷惑をかけている男ですからね」
ジェスロ組長は全く乗り気ではない様子。しかし、署長はなんとしてもこの利権問題を丸く納めてもらいたい。
「そこをなんとか、ジェスロさんあなたの方で何とかしていただけるように…よろしくお願いします」
すがる思いで頼みこむのだった。
一方、ジェームズは祖父のルフォーツ組長に説教されていた。
「ジェスロさんとわしとは戦後からの義兄弟じゃ。この辺りのシマで的屋やら何やらジェスロさんと一緒に始めた事だが、ある時みかじめ料は商売人の領分やゆうてキレイに手を引きよった」
ジェームズは知らされていなかったが、実は競馬場への嫌がらせは組長から指示されたものだ。コケにされたまま黙っているほど、組長は衰えていない。単純なジェームズが絡むと、事態が狡猾なジェスロの思惑通りに運ばれてしまうため、組員達には固く口止めした上での妨害工作だ。そんな事実を隠し通して、孫には正論を説くところが、組長の組長たるゆえんだ。
「こんな仕事がどない役に立つんら? 見とってみい、今に物が自由に出回るようになったら、客が誰も寄り付かんようになる。それに比べて競馬場は、年に100万ドルの売上、4%市に納めたらあとは理事連中で山分けじゃ。他にも広告費やら売店やらいくらでも儲かる。このまま黙っとったら、みんなジェスロの懐に入るんやど!」
まくし立てるジェームズに対し、ルフォーツは静かに話す。
「競馬は博打じゃ。的屋稼業のわしらが手をつけたら、ジェスロさんに仁義がたたんやろが」
「ワハハハハ! 何が博打打ちじゃ。ジェスロは女売っとるやないの! なぁ、じっちゃん、的屋だろうと博打打ちだろうと、わしら美味い飯食べていい女抱くために生きるんやないの? それも銭がなきゃできん。銭に体張ることの何が悪いんじゃ!」
「若、ジェスロと喧嘩して勝てるいうんですか?」
若頭のスタンも口をはさむ。しかし、
ダンッ! 鉄パイプで机を殴り、その鉄パイプをスタンの首に押し付ける。
「やかましい! やってもみないで勝ったも負けたもあるかい! お前ら“ジェスロ”いうたらビビりやがって、あんな奴の風下でおこぼれにあずかって、仁義通して滅びろ言うんか! おぅ! 言うとったるが、ニュージャージーにマフィアは2つも要らんのじゃ。競馬場の銭でジェスロが幅利かすようになったら手遅れじゃから、今のうちに殺ったれ言うとるんじゃ!」
話せば話すほど興奮していく孫に、とうとう組長は匙を投げた。
「もうええ! バカ野郎が…もう何も言わん……但し、組の跡目はこのスタンに継いでもらう。お前との縁は今日ここで切れたと思え!」
驚くスタンを無視し跡目を決めて、孫を破門してしまった。
「おおおぉ! わしが欲しいのはニュージャージーじゃ! 勝手にせいや!」
捨て台詞を吐くと、腹心の部下ヘンチマンと舎弟達を連れて出て行ってしまった。




