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ジェームズ・バルチャーにボコボコにされたリックは、親切な女店主カロリーヌの家に運び込まれた。
すると、まだ小さい女の子がカロリーヌに抱きついてくる。
「お母ちゃん、外に遊びにいってもいい?」
「あんまり遠くに行ったらだめよ」
「うん!」
優しく頭を撫でられると、嬉しそうに女の子は出かけていった。
リックはベッドに寝かされると、濡れタオルで汚れをぬぐわれ傷口の手当てをされた。
「あなたも馬鹿ね。無茶するから…」
呆れ顔でそう言われ、口の痛みとバツの悪さで何も言えなかった。
しばらくすると、男が訪ねてきた。
「叔父さん!」カロリーヌが驚いている。
男はカロリーヌ・レノックスの叔父、ジェスロ・オックス。オックス組の組長だ。引き連れている二人の男は、現在組に厄介になっているヴィクター・ジルバ、オックス組幹部ハワード・ストラダム。
「ルフォーツさんから連絡もらって来たんだ。これがその男か?」
「はい…」
オックス組長はリックを一瞥すると、
「女の家にこんな男を入れてはいかん。すぐにわしの組に連れていくぞ」
有無を言わせず、リックを連れて行ってしまった。
ジェスロ組に連れてこられて、ようやく傷も治ってきたある日、リックは組事務所に呼ばれた。
事務所に行くと、ハワードが声をかけてきた。
「よう、怪我も良くなってきたようだな。こっちだ」
案内された組長室には、ジェスロ組長とヴィクターが座っている。気後れしているリックを、ハワードは自分の隣のソファーに座らせた。ヴィクターが話しだす。
「実は、親父さんが警察や保護観察所と話をつけてこられて、お前さんの身元引受人になられた。これからずっとカタギを通すか、それともここに来るか、お前の本心を聞きたいんだが?」
どうやら組長はリックのこれからの事を考えてくれているらしい。マフィアとはいえ面倒見の良い人物のようだ。身寄りのないリックには願ってもない話。
「俺は、俺を殴りまくった奴らを、みんな殺ったる思てます。そう思てますからマフィアにしてください! お願いします!」
「ハッハッハッハッ!」組長は快活に笑うと
「マフィアになったら、そんな勝手な事は許さん。まぁ、その根性はよし」
そう言って頷くと、お茶を飲んでいるハワードを紹介する。
「このハワードは、わしの舎弟だ。当面はこいつの元にいたらいい」
「はい! よろしくお願いします!」
リックは嬉しくて、深々と頭を下げた。組長は満足そうに頷く。
話は終わったと去り際をハワードから合図され、リックが立とうとすると
「おお、そうだ」
組長に呼び止められた。
「お前、カロリーヌの店で腕時計を壊されたらしいが、代わりを持ってるのか?」
「いいえ」
リックが首を振ると、そうかそうか…と呟き、自分の腕時計を渡してきた。
「それじゃこれを使え。いい男になれよ」
そう言って立ち去った。驚きのあまり呆然としているリックに、ヴィクターが声をかけてきた。
「それはスイス製の何十ドルもする品物だ。親父さんはな、本当に懐の広いお方だぞ」
リックの肩を軽くたたくと、うなずいて去って行った。
リックは二人の後ろ姿を見送り、感謝を込めて深く深く頭を下げた。
この日から、リック・コーネルはジェスロ組のチンピラになった。
リックの仕事は主に事務所の掃除、配達、食器洗い等の雑用ばかりだった。初めのうちは我慢してやっていたが、同じ事ばかり繰り返す毎日に不満が溜まり、逃げ出そうと考えるようになっていった。
ある日の夜、いつものように組員に弁当配達をし終えて、リックは部屋に戻ろうとしていた。すると、アパートの脇に一台のタクシーが止まった。降りてきたのはカロリーヌ。
「姐さん!」
驚いているリックに気づくと、カロリーヌはニコニコ笑いかけてくる。
「あら! こんばんはー」
ケラケラと笑って、もたれかかってきた。相当酔っている様子だ。
「ねぇ、ちょっと部屋で休ませてちょうだいな…」
「いやいや!」
部屋に入れるのはマズイ、しかし自分で歩くのもままならない泥酔ぶりに、仕方なくリックは部屋に運んだ。ベッドに寝かせて、水を飲ませてやる。
「姐さん、早く帰ってあげないとミクちゃん心配してますよ…」
カロリーヌの娘のミクはまだ小さい。こんな夜更けまでひとりぼっちにして大丈夫なのか……なんでカロリーヌが泥酔してるのか……
「私だって、たまには一人になりたい時もあるわ…」
ポツリとつぶやくと、黙りこんでしまった。リックも途方にくれて黙っていた。
「ねぇ…」
ふいに呼ばれて振り向くと、カロリーヌがじっと見つめていた。
「ねぇ、おでこにキスしてくれない?」
いやいや…そりゃだめだ…こわばったままリックは動けない。
「あなたを助けたのは私よ…お礼にしてくれてもいいでしょ?」
酔って少し潤んだ眼で見つめられ、吸い寄せられるようにリックはカロリーヌに顔を近づける。そして、ついおでこではなく唇にキスしていた。
「なにすんの!」
驚いた彼女にひっぱたかれた。リック自身も驚いていた。でも、彼女の驚いた表情が綺麗で可愛いらしくて…思わずもう一度キスしようと
「離して、離して!」
抵抗する彼女を平手打ちすると、ハッと目があった。優しく頬を撫でると、彼女も許すように目を閉じて、そのまま二人は一夜をともに過ごした。
「ガオー! ガオー!」
リックはミクの遊び相手になっていた。キャーと嬉しそうにミクが逃げまわる。
あの夜を境にして、組の仕事はサボりがちになり、カロリーヌの家でゴロゴロ過ごすようになっていた。カロリーヌはもちろん、ミクもなついてくれている事が、リックの甘えに繋がったのだ。
突然、玄関が開かれた。そこには、怒りの形相のハワードとヴィクターがいた。
「叔父貴…」
リックを見つけるや否や、いきなりハワードはリックを平手打ちすると、有無を言わせず連れ出していった。
「なにすんの!」
驚いてカロリーヌが止めようとするが、ヴィクターが落ち着いた口調でなだめる。
「まぁまぁ、事情は後で話しますから」
連れ出されたリックは、地面に放り出された。あまりに突然の事で訳が分からない。
「お前は、分際ってもんが分からんのか!」
呆けているリックの態度が、ますますハワードの怒りを煽ったようだ。
「あの人の旦那さんはな、ベトナム戦争で戦死したんだ。お前ごときが手を出していい相手じゃないんだぞ! このことを知った親父さんはぶち切れて、血眼になってお前を探してる。しばらく旅に出ろ! バカ野郎が!」
ヴィクターもやってきた。
「しばらくエンリケの叔父貴の元に行ってこい」
またハワードに引きずられるように立たされると、リックは着の身着のままで出て行くことになった。
リックはオックス組から長老エンリケのいる組に厄介になることになった。ここでの仕事もやはり雑用ばかりで、不満を覚えるのに時間はかからなかった。しかし、今さらジェスロ組に戻れる訳もなく、仕方なく我慢して過ごしていた。
そんなある日、エンリケから呼び出しを受けた。使いの話では、会わせたい人がいるから身綺麗にして来るようにと。グレーのスーツに着替えると、指定された料亭に向かう。こんな大層なところで会うとは、相手は一体誰なのか…
「あのぉ、親分さんに呼ばれたんですが…」
入口の組員に声をかけると、すぐに二階へと案内してくれる。
「客人に土地の料理をご馳走したいとおっしゃってるので、こちらでお待ちください」
部屋に入ると、テーブルには豪華なパスタ、ラザニア、パン、ワイン等並べられている。
「どうぞ、こちらの席におかけになってください。呼んで参ります」
見とれていると席に座るように促された。あまりに良い匂いに、たまらず少しラザニアのソースを指で味見してみる。ふと椅子の足元に鞄が置かれているのに気づく。誰もいないのを確認して鞄を開けると、中には警察が使うコルトのリボルバーが入っていた。ぎょっとして、だが好奇心には勝てず拳銃に触れてみる。
不意に人の声が聞こえてきた。隣の部屋からの声に、そっと聞き耳をたてると
「ウォルス建設のガキといえば、俺と盃を交わし、陰でイーゴル組とも盃を交わした奴だ」
「やはりイーゴル組と組んで…親父さんに弓引く気だ」
「しかし、そうは言っても、正面から行ったらイゴール組と戦争しなきゃならないぞ」
「代紋を守るためなら……俺達、死ぬ覚悟は出来てます」
男数名で物騒な相談事だ。もしかして、この拳銃!
一向に来る気配のない相手。タイミング良すぎる会話。今握っている拳銃で、ウォルスという男を殺すということか…自分が!
急いで拳銃を腰ベルトに差し込んだ。ドアがノックされ
「客人、食事は済みましたか? 次のお店にご案内しましょうか?」
顔をこわばらせるリックを、なに食わぬ顔で組員は連れ出す。そのぎこちなく歩く後ろ姿を見て、隣の部屋の組員達は自分たちの思惑が伝わったとほくそ笑んでいた。
組員の運転する車に乗せられて、リックが案内されたのは工事現場だった。
「ここです」
町から少し離れただだっ広い空き地。遠くに番場が建っているだけで、重機車以外は何もない。
「あの…俺はここで何をしたらいいんですか?」
困ってリックが聞くと、組員はじっと目を見て説明する。
「人を殺してください。ターゲットはあの番場にいます。期限は決めませんが、できるだけ早くした方が良いでしょう。いいですね。それではこれで失礼します」
リックに逃げ道はない。組員はさっさと車で走り去ってしまった。
仕方なく番場まで歩いて行くと、そっと覗いてみる。ヤクザの組事務所になっているのか、布団やテレビ等があり、一人の男が椅子に座って新聞を読んでいた。恐る恐るリックは声をかけてみる。
「あのぉ…ウォルスさんという人、いますか?」
「俺がウォルスだが、何だ」
いた!
リックは腰から拳銃をゆっくり引き抜くと、両手で構えて真っ直ぐウォルスに向けた。
ウォルスは驚愕して逃げようと動いたが
「待てー!」
必死で引き金を引く。
ドキュッン! 弾がウォルスの体を貫いた。倒れこんで、そのまま動かない。
リックは流れる額の汗をぬぐうと、震える息で深呼吸を繰り返す。やがて、ゆっくりとウォルスに近づくと、手首の脈を押さえ死んだことを確認した。
外に出ると、思わず口笛を吹き出す。達成感に笑いながら現場を後にした。
1978年 ウェスロ・ウォルス 死亡
この事件は公には迷宮入りと葬られたが、リックの名はマフィアの間で密かな評判となった。この暗殺によりリックはジェスロ組長から許され、オックス組の正式な盃を交わし若衆となった。盃の仲介人には、組長と古くから付き合いがあるルーカス組の組長ヘクター・ルーカス、長老エンリケがなった。




