15・最終話
イタリアンマフィア、スカレッタファミリーは警察の苛烈な尋問、捜査により、窮地におちいっていた。
そんな中、ヴィトはフランク・サンダ組長から呼び出された。
組長室に入ると、そこには腰巾着のヘンリー・クルツもいた。
「おやっさん、なんでしょうか」
フランクは見るからに不機嫌そうな顔で、いきなり怒鳴りつけてきた。
「ヴィト! こんのマヌケ! なんでお前はソーサを刺し違える覚悟で殺らなかったんだ! お前が自分の命惜しんだばっかりに…見てみろ! サンダ組は毎日警察に見張られてるんだ! この腰抜けが!」
どんどん顔が紅潮していき、その怒りは凄まじかった。
一方的に怒鳴られるままで、ヴィトには返す言葉がなかった。
「わからんか…この、俺の悔しい悔しい気持ちが…」
「ヴィト、親父さんは毎日毎日悔しい思いして、朝から晩まで泣いてるんやぞ。気の毒やと思わんのか?」
ヘンリーが気の毒そうに組長を見て、ヴィトを責めてくる。
フランク組長と同日に主要幹部数名が逮捕され、釈放された姿は皆かなり憔悴しきっていた。何があったのか聞けないが、おそらく尋問が過酷だったのだろう。サミュエルは留置所、トニーの親父も先日逮捕された。
「わかりました。おやっさん、ソーサは俺が殺ります。これで恩は返したものとしてください!」
そう言って頭を下げると、席を立とうとした。
すると、ヘンリーが呼び止める。
「おいっ、待て。ソーサの居場所分かるのか?」
ヴィトが黙っていると、メモ用紙にペンで書いて渡してくる。
「最近いきつけにしとる店や」
ヴィトはメモを受け取ると、ボソリと低く問いかけた。
「……アントニオ兄貴の隠れ家、警察にチクったのは…」
その目付きは不穏で、ごまかしを許さないといっていた。
しかし、組長はあっさりと流す。
「おいおい、そんな昔のこと誰が覚えてるんだ?」
ヴィトが帰った後、すぐにフランク組長の指示でヘンリーがある人物に電話した。
サンダ組事務所を出た足で、ヴィトはメモのレストランに向かう。
向かいの通りから見張っていると、ほどなくしてソーサが部下を連れて入っていった。
ヴィトは愛銃のM19を取り出すと、シリンダーを確認する。弾は6発。部下は二人。
一般人を巻き込まずに殺るには……
小一時間して、ソーサが店から出てくる。
前後に部下を連れて歩くソーサを、後ろからそっと尾行する。
素早く拳銃を引き抜くと、後ろの部下の肩を撃つ。
ドシュッ、
倒れこんだ部下の側にソーサがいる。真っ直ぐに胸を狙い、
しかし、もう一人の部下にヴィトは突き飛ばされてしまった。
「殺すな!」
ソーサが部下に命令する。
さっき拳銃を向けた時のソーサの顔に、怯えがなかった。バレていたのか…
取り押さえられたヴィトに近づくと、ソーサが言った。
「お前一人で殺しにくるとは、なかなかいい度胸してるな。まぁ、なにかあったら俺の所にこいよ」
そう言い残して、去って行った。
「くそっ!」
ヴィトは拳を地面に叩きつけて、歯噛みするしかなかった。
ジョニーは、耳を疑った。
「ヴィトを殺れ、ジョニー」
何を…なに言ってるんだ…
フランク組長に呼び出されて行くと、難しい顔で組長が待っていた。
いつも引っ付いてるヘンリー、今日もかよ。イヤな野郎だ。
憮然とした態度のジョニーに、フランクが命令する。
(裏切り者のヴィトを殺せ)
ヴィトはソーサに寝返った。サミュエルと一緒に対ソーサにあたっていた時から、ソーサと内通していたようだ。スカレッタを見捨てて逃げたんだ。それが証拠に、さっきソーサを殺るように命令して、場所も教えて任せたのに、失敗して行方不明だ。こうなったら弟分のお前が落とし前をつけろ、と。
「…いやだ…兄貴を殺すなんて…俺には出来ないっすよ!」
叫んで、部屋を出て行こうとした瞬間。
ドシュッ!
背後からヘンリーに撃たれた。
ジョニーはドアの前で倒れて動かなくなった。
「チッ! 出来損ないが! おいっ、掃除しとけ!」
フランクはジョニーの死体を一瞥すると、ヘンリーに命じて出て行った。
残されたヘンリーは、しぶしぶ両脇に手を入れて引きずる。
ゴスッ!
息を吹き返したジョニーが、一瞬の隙をついて頭突きを見舞う。
気絶したヘンリーのジャケットから鍵を奪うと、ふらつく足取りで車に乗って逃げる。撃たれた傷口から血があふれ、みるみる服を赤く染めていく。
兄貴……兄貴…!
一方、ヴィトはアイリスの部屋に隠れていた。
弟分のジミーも呼んで、これからどうするか話し合っているのだ。
すると、外から車のクラクションが鳴らされる。
ジミーは拳銃を握ると、様子見に出て行く。間もなく、
「兄貴っっ!」
大声で呼ばれてヴィトが見ると、両手を血で汚したジミーが車の側に立ち尽くしている。顔は蒼白だ。
まさか!
「……ジョニー」
あわてて車に向かうと、そこには瀕死のジョニーが横たわっていた。
「ジョニー!」
ヴィトが叫ぶと、わずかに瞼が開いた。
「…兄貴…フランクが…殺しに…く…」
「言うな…わかったから、何も言うな!」
血まみれのジョニーの手を強く握りしめ、必死でヴィトが呼びかける。
血の気を失った唇を震わせて、なおも話そうとする。
「…俺…兄貴の……役に…たちたかっ……」
瞼が閉じられ、ジョニーの身体は力を失った。
「ジョニー……ジョニー! 死ぬな! 死ぬな!」
ヴィトはジョニーを抱きしめ、悲しみに肩を震わせた。ジミーは顔をぐちゃぐちゃにして号泣し、アイリスも溢れる涙をとめることが出来なかった。
ようやく顔を上げたヴィトに表情は無く、頬には乾き切らぬ涙のあとがあった。
翌朝、朝日が昇るのを眺めながら、ヴィトはタバコを吸っていた。
「決めたの?」
そっとアイリスが声をかける。
それが合図だったように、ヴィトは彼女を見つめて答えた。
「ああ、行こう」
彼女と一緒にニューヨークを離れる。フランクが口封じのために動いている以上、一刻の猶予も無い。荼毘に付したジョニーの遺骨も、一緒に連れていってやるのだ。
まとめた荷物をヴィトが車に積み込み、アイリスは遺骨の箱を抱きしめて寄り添っていた。
その時、一台の車が走ってきた。
バンッバンッバンッ! バンッ! バンッ!
激しい銃撃に襲われる。
ヴィトはとっさにアイリスをかばって地面にふせ、ジミー達も銃で応戦する。
車は猛スピードで走り去っていった。
追撃がないと感じて、ようやくヴィト達は息をついた。
そして、アイリスを見ると、彼女は死んでいた。流れ弾に当たったのだ。
震える手で彼女の顔を撫でると、ヴィトは彼女を抱きしめる。涙が頬を伝う。
地面に散らばったジョニーの遺骨が、涙で見えなくなった。
逮捕後も無言を貫くトニー・ヴェルセティの元に、今日も取調担当刑事がやってきた。
「トニー……サミュエルが死んだよ。獄中自殺だ」
哀れむように、トニーに告げられる。
「可哀想にな…奴は組織のために身を尽くしたのに…こんなものを書き残していたよ」
それは「破門書」の裏に、血で書かれていた。
……兄貴、ばかばかしくて、やってられません……
「なぁ、トニー……これでもまだ、トーマスに仕えると言うのか?」
血文字を見つめていたトニーの肩が、やがて小刻みに震えだす。
「…うっうっ…ううっっ……」
うなだれて声を押し殺して泣いていたが、突然がくりと倒れてしまった。
すぐにトニーはフランクリンのいる病院に救急搬送された。
トニーの心臓病は悪化しており、これ以上の取り調べには耐えられない、とフランクリン医師は診断した。
翌日、トニーは病室を抜け出すと妻アンナに付き添われて、トーマス会長の病室を訪ねた。
久しぶりの来訪に驚いているトーマスに、深々と頭を下げる。
「会長……俺、組を辞めようと思います…」
パシッッ!
平手打ちされ、よろめくトニーをアンナが支える。
「許さん! トニー、お前が辞めるなんて絶対に許さん!」
息を荒げて怒るトーマスの言葉を、トニーは苦悶の表情で受けとめている。
「トニー、もしお前が辞めたらスカレッタ…いや…俺はアメリカに負けたことになる。それだけは絶対にダメだぞ」
そう言うと、トニーの肩を強く握った。
「いいな、お前は息の続く限り、俺について来ればいいんだ、トニー」
病室のドアがノックされ、フランクリン医師とマイケルが入ってきた。
フランクリンは病室にトニーがいるのを見てホッとしている。トニーが自分の病室にいないので、慌てて探していたようだ。
「こんなボロボロになって……先生、すぐに休ませてやってください…」
トーマスの言葉にフランクリンは頷いて、そっとトニーを促した。
すっかりやつれてしまったトニーの姿に、トーマスの胸に後悔が押し寄せてくる。
(あいつがあんなになるほど大変なら、今こそ俺がやらねば!)
フランクリン医師とマイケル、アンナに付き添われて病室に戻る途中、ふとトニーが歩みを止める。
「……先生、家で休む訳にいきませんか?」
「あなた!」
アンナは信じられないという顔で、マイケルも驚いている。
フランクリンはトニーが無理を言う胸の内を考えてしまい、とっさに何も返答できなかった。絶対安静が必要な身体でなお、やり遂げたい事があるのだろう……
一人で歩こうとするがふらつき、あわててアンナが支える。
「あなた! 無理しないでくださいな…」
フランクリンはマイケルに声をかけた。
「急いで病室に運んでください」
「先生! なんとかならないんですか!」
ベッドで痛みに苦しむトニーに、アンナは顔色を失っている。
「注射で抑えましょう」
フランクリンは痛み止めにモルヒネを打った。徐々にトニーの呼吸が整ってくる。
ようやく発作が落ち着いたころ、トニーはマイケルに言った。
「マイケル、紙を持ってこい。解散する」
「…親父さん、それは…」
さすがにその命令には是とは言えない。マイケルは何も言えず、何もできずにいた。
アンナが濡れタオルで、トニーの汗を優しく拭う。
やがてモルヒネの効果で身体が楽になり、トニーは静かに寝息をたてていた。
フランクリンはマイケルと共に出ていき、トニーとアンナの二人だけになった。
「アンナ…いろいろと迷惑かけたな…」
ベッドで横たわっていたトニーが、アンナに話しかけた。
アンナは一瞬驚いて、すぐに笑った。
「何が迷惑ですか? 私はこうしてあなたと一緒にいられるだけでいいんです。トーマスさんが本当にあなたのこと理解してるかどうか、私には分からなかった……でも、それももう済んだこと。後は二人でのんびり暮らしましょう」
アンナの表情はとても穏やかで、嬉しそうだった。
トニーは決心した。
「アンナ、解散状を書くぞ!」
その眼には力強さが戻っていた。
紙とペンを用意させて、文章を書いていく。しかし、やはり病魔は刻一刻と進行し続けており、字を書くことさえも体力を奪っていく。指先が震え、脂汗を浮かべながらも必死で書き進める。おそらく、トニー自身が体力の限界を一番わかっていた。
ようやくあとは名前を書くところまで書き上げた時、ついに発作が襲う。
「う! うぅぅぅぅ」
「あなた! あなた!」
痛みに身体を丸め苦しむ背中を、アンナは必死でさする。
荒い息づかいに見てられなくなり、アンナは声をかけた
「…あなた…先生呼びましょう」
しかし、トニーはアンナの袖口を握り、かすかに首を横に振る。
「あなた!」
お願い…と泣きながらトニーの手を握りしめる。
「…頼む…アンナ……これを書かなきゃ、俺は……死んでも死にきれない…」
「あなた…」
数分後、フランクリン医師とマイケルが病室にかけつけた。
痛みに悶えるトニーには、もはや声も届かない状態だった。だが、右手にはペンが握りしめられ、倒れ伏した机には解散状があった。すぐさまフランクリンは背中からモルヒネを打つ。
だが、発作が治まる気配が見られず、フランクリンは決意する。
「モルヒネの量を増やしましょう」
そして、一瞬のためらいの後モルヒネの量を倍にして注射する。
やがて、トニーの呼吸は落ち着き、フランクリンはそっとベッドに寝かせる。その安らかな呼吸を繰り返しながら、トニーは息をひきとった。
「4時28分ご臨終です…」
「あなた…あなた!」
ベッド脇に泣きくずれるアンナ。
涙を拭っていたマイケルは、解散状を見ると何も言わず丸めてポケットにしまった。
医局には刑事達がやってきた。病院内に見張りがいるのか、トニーの動向に敏感だ。
「トニーさんはつい先程亡くなりました」
フランクリンの言葉に、刑事達は顔を見合って驚いている。
「君、また嘘をつくつもりかね、どこだ?」
刑事達が3階の病室に行くと、そこには冷たくなったトニーが横たわっていた。
ついてきたマスコミは病室の外で止め、そうそうに刑事達は引き上げていく。。
ドアの側で待機しているマイケルに、マスコミはマイクを向ける。
「解散はしますか?」
「しません」
強くマイケルは答えた。
二人きりになったアンナは、そっとトニーの頬を撫でながら泣いていた。
「辛かったわね……でも、もう誰もあなたをいじめる人はいませんよ……」
そう話しかけて、泣きくずれていた。
トーマスの病室にフランクリンが訪れた。
「最期は?」
トーマスが尋ねるが、フランクリンは黙っていた。
「処置はしてやったのか!」
思わず怒鳴ってしまうと、フランクリンは苦笑いを浮かべていた。
「…お義父さん、私もスカレッタファミリーの一員ですよ」
あの処置は安楽死的処置だ、医師には許されない行為。トニーを全ての苦しみから救い、スカレッタファミリー解散を防いだ行為。
「……そうか、よくやった」
うなだれたトーマスが口にできたのは、その言葉だけだった。
フランク組長は逃亡先として、マイアミに向かおうとしていた。そこに男が現れる。
「ほぅ、ヴィト。何しに来た?」
ヴィトは黙りこんで、じっと睨み付けている。
「あぁ、思い出したぞ…確か、お前の出所後は全財産をやると言ってたな」
胸元の財布から5千ドルを出すと、ヴィトに投げて寄越した。
「あばよ」
馬鹿にしたようにニヤリと笑い、フランクは歩き出す。
「おいっ!」
振り返ると、ヴィトは片膝をついて拾った金を握りしめている。
「この金で俺がお前らを殺す、と言ったらどうする?」
気迫のこもった声で聞かれて、フランクは不敵に笑い
「やれるもんなら、やっ・て・み・な!」
ゆっくりと歩き去っていった。
ヴィトはただ悔しさを噛みしめて、その場にたたずむしかなかった。
こうして一人の男を弱肉強食の闘いにいざない、抗争は激変するのだった。
読んでいただいて有難うございました。
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