14
それは、ある夜のことだった。
イタリアンマフィア、スカレッタファミリーのサミュエル・ジュデスの部下ネイルが、バーのトイレでソーサの放った殺し屋に殺された。背後から不意討ちに2発拳銃で撃たれ、なんとか拳銃を取り出して反撃を試みるも、さらに2発浴びたのだ。
死体安置所に駆けつけたサミュエルは、冷たくなったネイルの顔を触り、立ち尽くしていた。
やがて、腹心の弟分の死が受け入れられると「うおおぉぉぉ! うおおぉぉぉ!」獣のように泣き叫んだ。
「いいか、お前達が来たせいでこんな事件が起こったんだ。これ以上大事にならんように、今すぐ部下達を引きあげさせろ! これは命令だ!」
刑事に言われて、大人しく従うサミュエルではない。
「…ほぅ、どうも警察の方はソーサの肩を持つみたいですな!」
警察の動きは早かった。サミュエル達のいるホテルは、すぐさま警察が包囲網を敷いていた。部下達を撤収させない場合は、一斉逮捕も辞さない構えだ。
怒ったサミュエルは、幹部のトニー・ヴェルセティに電話した。
「夜の12時までに部下全員撤収しろ、なんて訳分からんこと言うてきました。どうなるか分かりませんけど、こうなったらソーサにカチコミかけようか思います」
戦闘モードに入っているサミュエルに、トニーは静かに話す。
「話はよく分かった。悪いが、サミュエル、カチコミはいつでも出来る。それよりもオリバー先生の葬式に、俺は行かんとダメなんだよ」
「兄貴…そりゃフランクとかが代理で行ったらいいでしょう」
「いや、それじゃあ会長が自分が行く、言うてきかんからなぁ」
今トーマス・スカレッタ会長は入院中だ。しかし、親交の深い政治家オリバーが脳出血で倒れた時は、病室から自ら見舞いに行くと言い張るのを、トニーが代理で見舞うと説得した。他の誰でもない、代理がトニーだから任せたのだろう。
「わかりました、兄貴。ここにはヴィト達を残して、俺が兄貴と葬式について行きます」
「ほぎああぁぁ!」
赤ん坊の泣き声に、カトリーヌはハッと目覚めた。見ると、アパートに戻ってきたショーンが、上着で赤ん坊を絞め殺そうとしている。
「やめて!」
叫ぶとショーンを突き飛ばした。床に転んだショーンは狼狽して怒鳴ってくる。
「あほ! お前、なんやこの子! お前なぁ、俺子供欲しい言うたけど…これ、俺の子違うやろ!」
赤ん坊の肌は白く、髪はプラチナブロンド。ショーンにもカトリーヌにも似ていない。しいて言うならブラウンの瞳はカトリーヌ似なのか。カトリーヌ自身はショーンの子供だと思っていただけに、無事に生まれてきた我が子の容姿には困惑した。けれど、いくらショーンに責められても何も答えられないし、日毎にいとおしさは増していく。
「カトリーヌ、お前俺と一緒にいたかったら、この子殺してこい! お前の手でな! ……お前、何考えとるんや」
ショーンは言い捨てると出ていってしまった。
バー「かもめ」ではショーンが今夜も酒に逃げている。
「おいお前、もうその辺にしとけよ」
見かねて店主がたしなめるが、
「うるさい!」コップを投げつけた。
その様子に驚いた客がこちらを見る。
「…なんだぁ? 何見てんだよ!」
睨みつけて怒鳴るショーンを、あわてて店主が止める。
「お前なぁ…いいじゃないか、金髪でも何でも。無事に生まれてきてくれたんだから。第一、カトリーヌに逃げられたら、お前明日からどうやって生活するんだ?」
「うるせぇ!」
また酒に溺れるのだった。
「あんた、どこまで行くの?」
気のいい運転手の兄ちゃんが尋ねる。
カトリーヌは赤ん坊を抱いて、大型トラックの助手席に乗せてもらっていた。
もう、ショーンとは一緒にいられない。この子と一緒に生きて行くのだから。
決意して荷物をまとめて家を出ると、ヒッチハイクで大型トラックに乗った。
「どこへでも…」
「俺、カナダまで行くけど、ついてくかい?」
どこか嬉しそうな兄ちゃんにつられて、カトリーヌもうなずいて微笑んだ。
彼女の腕の中で赤ん坊はすよすよと眠っている。
大型トラックはニューヨークから遠ざかっていく。
次の日の夜、ショーンはバー「かもめ」に呼びつけられた。
店の奥の部屋には男が待っていた。
「なんですか? 兄貴、用事って」
「おぅ、お前に殺して欲しい奴がいるんだよ」
ショーンは兄貴分の顔を食い入るように見る。殺しとは物騒なことを。
「…誰です?」
「トニー・ヴェルセティ」
テーブルに拳銃がゴトリと置かれる。
超大物の名前に、ショーンは闘志がみなぎってくるのを感じた。
オリバーの葬式の帰り道、参列者達の後ろから一台の黒い車が近づいてきた。
トニーの隣にはサミュエル、後ろに部下のジャック、ヴィトがついて歩いている。
ふとサミュエルが車に視線をやると、スナイパーライフルが
「危ない!」
サミュエルは瞬時にトニーを突き飛ばす。
ドキュッン!
ジャックが撃たれてくずおれ、周囲は悲鳴で騒然とする。
「おい! あの車だ!」
サミュエルがヴィトに追跡するよう指示するが、パトカーに追われて殺し屋の車は走り去って行った。
「さぁ、兄貴。大丈夫ですか?」
サミュエルにかばわれて座り込んでいたトニーを立たせると、ヴィトに警護を任せようとする。
「うああぁぁ! 死ね、トニー!」
ザッと周りの人々が逃げまどい、走ってきたショーンがトニーに拳銃を向ける。
瞬時にヴィトはショーンに走り寄ると、拳銃ごと腕をひねる。
ドキュッン! ドキュッン!
サミュエルの撃った弾は2発ともショーンの胸を撃ち抜いた。
倒れたショーンにゆっくりと近づくと、怒りに声を震わせる。
「兄貴にチャカ向けやがって!」
ドキュッン! ドキュッン!
そのまま階段から蹴り落とした。
「親父! お怪我は!」
ヴィトがトニーにかけ寄ると、手で押さえた肩から血が出ている。
「大丈夫だ、たいしたことない」
ショーンの撃った弾がかすったようだ。念のためヴィトが付き添って、トニーを病院に連れて行くことになった。
サミュエルにはまだやる事があった。
雇った殺し屋が逮捕され、だがソーサはマスコミに対し、自分は関係無いと話した。
「今回の事件について、皆さんは政治的な争いだの、天下分け目の抗争だのと勘ぐっていますが、私には一切関係ありません」
マスコミの一人が質問する。
「警察に逮捕された殺し屋は、あなたが雇ったものだと聞きました。本当なんですか?」
「いえ。まったくのデタラメです」
堂々としらを切った。
その帰り道でのこと、ようやくマスコミをまいたところで、ソーサは呼び止められた。
振り向くと背後に立っていたのは、サミュエルだ。
「ソーサ……てめぇ、よくも兄貴にハジキ向けやがったな!」
手に握られた拳銃はソーサに狙いを定めている。
ソーサは不敵に口元をゆがめると、胸元を叩いた。
「外すなよ!」
ドキュッン!
ソーサの身体が地面に倒れこんだ。
銃声を聞きつけたソーサの部下達と揉み合いになり、誤って撃った弾が不幸にも一般人の女性に当たってしまう。
駆けつけた警察にサミュエルは逮捕された。
ところが、ソーサは防弾チョッキを着ていたため無傷だった。警察をも利用する狡猾さは、ソーサの方が上手だったのだ。
サミュエルの逮捕後、トニーはトーマスの病室に呼ばれた。
「怪我はどうだ?」
「大丈夫です」
「……そうか。良かった…」
そう言うトーマスの顔色はあまり良くない。最近の出来事はスカレッタファミリーにとって、かんばしくないことばかり続いている。安静にして欲しくて入院してもらっているのに、これでは気が休まらない。トニーは自分の不甲斐なさをかみしめていた。
「…トニー、サミュエルのことだがな……破門にしろ」
信じられない、驚きで表情がこわばる。
「今の一万人いるファミリーに、ああいう人間はいらない。俺達のため、世間のためだ」
「兄貴! それは違います! 確かに今回は一般人に当ててしまったけど、サミュエルは誰よりもファミリーのために一番血を流してくれたと思います」
必死で言いつのるトニーを、黙って見つめるトーマス。
「それは違うぞ、トニー。俺のために、ファミリーのために一番血を流したのは、お前だ、トニー」
トニーは返す言葉がなかった。
警察署ではエイシアの社長と、ギデス氏の取り調べが行われていた。
「サミュエルさんには、以前ヴィクター・ジルバさんの紹介で何度か会いました。初めは友好な関係を築いていたのですが、次第に資金集めの片棒を担がされていました。関係を切るべきでしたのに、大変申し訳ありません。深く反省しております」
ギデス氏は深く頭を下げた。刑事は提出された書類をじっと見ていた。
留置所のサミュエルのもとに、トニーが面会に訪れた。
面会室にて数日ぶりに話す。先に口を開いたのはサミュエルだった。
「破門の件なら、もう聞きました。今朝警察署にこんなもん貰いました」
机に置かれた「破門書」に、トニーは言葉を失った。
「兄貴、俺は仲間を見捨てるような組に入った覚えはないですよ! 人間偉くなったら、人よりも組織を大事にするんですね……兄貴、嫁さんと子供のこと、どうかよろしくお願いします」
そう言って頭を下げる。面会は数分で終わった。
ついに警察はスカレッタファミリー壊滅に乗り出した。
主要幹部のマイケル、ヴィクター、フランク等が捕まり、強引な尋問が行われる。
「おいっ! お前らエイシアとつるんでたことは分かってんだぞ。暴力事件も起こしたんだろ!」
ダンッ! 机を叩かれて、ヴィクターがビクッとする。
「ちょっと待ってくださいよ。そんな訳ないでしょう」
心底驚いた素振りに、イライラして刑事が怒鳴る。
「ふっざけんなっ!」
「……おぉ怖、これ自白の強要ですよね?」
自分の身体を抱きしめて、怯えた様子で刑事を見つめる。
「おいっ! いい加減に吐きやがれ! この野郎」
刑事は容疑者の口にボールペンを突っ込み、めちゃくちゃにつきまくり、更に傷だらけで痛む口にお茶を飲ませる等、拷問ともいえる尋問を強いる。エイシアのギデス氏が提出した書類から、金銭の取引は証明されるが、それだけではファミリーを解散させることは出来ない。抗争事件の関与を立証するために警察も必死だった。
トーマス会長の妻マリアが、重要参考人として呼び出される。
「奥さん、あんた娘にジーナさんっているね」
何を言われても聞かれても、マリアは無言を貫く。
「ジーナさん、また逮捕されたよ。今度はコカインだって……でも、あんたが吐いてくれたら、すぐにでも娘さんを助けることも出来るがね」
マリアの表情に動揺は無く、無言のままだった。
フランクリンの勤める病院にも刑事達が来た。入院中のトーマスを取り調べるためだ。
「先生、私達も仕事で来てる以上、会うまで帰れませんよ」
玄関口でフランクリンと押し問答する刑事達。
「何度言われも、会わせられませんね。お帰りください」
今のトーマスは取り調べができる病状ではない。そんなことは医者として許可出来ない。
「なんだ! あんた警察の言うことが聞けないっていうのか?」
我慢しきれなくなった刑事は、圧力をかけてきた。
「警察だろうと何だろうと、私の患者に無断で会わせることは出来ません」
フランクリン医師はその信念を曲げることはなかった。
「トニー・ヴェルセティ逮捕状だ」
そして、警察はトニーの事務所にも来た。
「なぁ、トニー。もうお前も疲れただろう? トーマスについていても何も良い事が起こらない現状に、お前もばかばかしく思うだろう?」
取り調べに対し、トニーは黙ったままだった。
次回最終回です




