13
フランクリン・ベイトマン医師が勤める病院に、トーマス・スカレッタ会長が訪れていた。もともと身体の弱い妻マリアが、定期的にしている血液検査の結果を聞くためである。
「数値はだいぶいいですよ。これなら健康体といえます」
娘婿のフランクリンから検査の報告を聞き、トーマスも娘ジューンもとても嬉しそうだった。
部屋から出ていくフランクリンに、トーマスは家族に聞こえないようにそっと尋ねる。
「ところで、トニーは大丈夫かね?」
マフィアの会長であるトーマスは、家族と組員達を切り離している。大事な家族を巻き込まないためであることは、幹部達もフランクリンも周知している。でもそれは、組員達を大事にしてないのではなく、組員達も家族のように思っているのだ。家族よりも繋がりの深い組員達もいる。トニー・ヴェルセティはそんな繋がりの深い幹部だ。
「それが、最近病院に顔を出さなくなったんですよ。なにせ心臓病は爆弾みたいなものですから…心配です」
医師として、身内として、二人は心配気に見合っていた。
そこに、マイケル・レオーネが遠慮がちに声をかけてくる。
「……あの、会長、北の警察署からの連絡です。ジーナお嬢さんが留置所に」
「ええ!」
急いでマリアとマイケルが、警察署に駆けつけた。担当の刑事が説明する。
「いやぁ…かなり酔っ払った状態で、おまけに裸でしてね。自分はスカレッタの娘だ、と言い張って話がまったくできませんでしてね。大変でしたよ…」
かなり手を焼いたようだった。
「本当に大変申し訳ありませんでした!」
マリア達が平謝りしていると、ジーナが婦警に連れられてきた。マリアがかけより、ジーナをそっと抱きしめた。
「いいな、体を大切にするんだぞ。マリファナだって立派な麻薬なんだからな」
刑事が言い聞かせ、ジーナは黙ってうつむいている。
「ジーナ、刑事さんに謝りなさい」
マリアが優しく声をかけるが
「……なんやの……うちのお父ちゃんもろくに捕まえれんくせに!」
突然顔を上げると、そう怒鳴りつけて待合室から出ていってしまう。
「ジーナ!」
マリアが呼び止めると、ジーナは泣きそう表情で振り向いた。
「なんやの…お母ちゃん……うちは放浪者の子やから、放浪者らしく生きるわ!」
警察署の玄関にはカメラマン達が何人も集まっていて、出てきたジーナを撮りまくる。
「やめろ! 写真を撮る権利はないはずだぞ!」
マイケルが立ちふさがって、目の前のカメラを取り上げると壊してしまう。マスコミと揉み合っているうちに、気付くとジーナは姿を消してしまった。
ほどなくして、スカレッタファミリーに厄介事が続いた。
会計士のヴィクター・ジルバの事務所が、脱税容疑で警察に捜査されたのだ。
ヴィクター自身は「警察の嫌がらせだ」と平然としていた。
次に、大物政治家のオリバー・クルードが脳出血で倒れた。
トーマス会長は長年の親交があるので、見舞いに行きたがったのだが、この頃会長自身も高血圧でフランクリンの病院に入院していた。余計な騒ぎをさけるため、4階の特別病室に入院中だ。
「気がかりでしょうが、どうかここで安静にしていてください」
トーマスに代わり、トニーが仕切ることになる。
「無理するなよ。ソーサは潰せそうなのか?」
「大丈夫ですよ。あともうちょっとしたら、ソーサの組なんか潰せますよ」
できるだけ心配をかけまいと、つとめて明るくトニーは話す。
「いいか、トニー。オリバー先生に何かあった時は、俺が行くからな」
「そりゃ困りますよ。俺が行きます。後のことは任せといてください」
誰よりも信頼できて頼りになる弟分にここまで言われては、自分は安静にするしかなさそうだとトーマスは思った。
「ふふふ、何を言ってる。トニー、もし俺に何かあっても、お前がいるじゃないか」
そう言って、安堵の笑みを見せるのだった。
病室を後にして、帰る道中マイケルがついこぼした。
「会長、大丈夫でしょうか……ウォルターのことを気にしてらっしゃるようですね」
ウォルター・ドナルド・トーマスはアメリカの裏の大統領と呼ばれる、財界の巨頭。長年トーマス会長と親交があり、持ちつ持たれつの関係だ。ところが、最近スペイン系麻薬カルテルのボス、ソーサを小飼にしたことで、ソーサとスカレッタが戦争になっているのだ。ウォルターはヤクザ同士とひとくくりに考えて協力関係を望んでいるのだが、主義主張が全く違うのに協力などできるはずがない。
「バカ! ウォルターだって人間だ、人間が怖いわけないだろ」
トニーはバッサリと言いきるが、マイケルの心配は消えない様子。
「ですが、ここは一時休戦を…」
「バカ野郎! ヤクザの喧嘩に休みがあるか!」
バシッと気合いを入れるように肩を叩くと、じっと眼を見る。
「お前はヴィトが帰って来るまで、会長の側にいてくれ」
トニーはそう言い残すと、車に乗って帰っていった。
マイケルには気になる事があった。最近ファミリーへのダメージのタイミングが良すぎるのだ。どうもこちらの情報を流している者が、ファミリー内にいるのではないか、と。
ヴィトが仮釈放で帰ってきた。
「兄貴!」
弟分のジョニー・ラッツォ、ジミー・バートンが駆けよっていく。
「兄貴! お帰りなさい!」
二人そろって深々と頭を下げられて、ヴィトが苦笑いする。
「まぁまぁ、そんなに硬くなるな。帰ってきたんだから、もう少し肩の力抜けよ」
久しぶりに会うからだろう、二人とも緊張でガチガチになっている。
「ジョニー、今じゃトニーの親父のお付きだろ? 出世したな」
「いやぁ、照れますねぇ」
ヴィトに褒められて、ジョニーは照れて頭をかいている。
「車の準備します」
ジミーは車を取りに走って行った。
ジョニーがふとヴィトを見ると、ヴィトは静かに遠くを見ていた。視線の先には恋人、アイリス・ローズがたたずんでいて、彼女もこちらを見つめている。
「車の準備できました」
戻ってきたジミーに、静かに! とジョニーが合図する。
ようやくヴィト・サリバンの日常生活がまた戻ってきた。
ジミーの運転でヴィトはレストランに向かった。フランク・サンダ組長に呼び出されたからだ。
「わしのところもな、かなりヤラレてなぁ。ヴィト、わしは悔しいて悔しいて…なぁ、務所から戻ったんやから、このわしに力を貸してくれ」
そう言って泣いて頼んできた。服役する前はサンダ組で厄介になっていたが、ヴィトはもともとトニー組の組員だ。仮釈放したばかりの身では、どう返事するべきか困る。
「お話は分かりました。でも俺は一度トニーの親父に挨拶してから、これからの事を考えようと思ってます。ですから、もうしばらく待ってもらえませんか」
「そうかそうか、よう分かった!」
ヴィトの返事に嬉しそうにうなずいて、内ポケットから封筒を出してきた。
「当座しのぎの給金だ………すまんが、ここの支払いしといてくれ」
言葉をはさむ間もなく、部下のヘンリーを連れてさっさと帰ってしまった。
ヴィトはテーブルに置かれた封筒を手に取り、中身を確認する。
「いくら入ってたんすか?」
ジョニーが興味津々にたずねてくる。
「……200ドルだな」
「兄貴…200ドルじゃ遊べませんよ」
「そんなにカツカツなのか?」
服役している間に何があったのか。フランク組長は賭場を仕切っていることもあり、懐具合は良さそうだったが…
「いえ、マイアミの野球チームのスポンサーで、かなり儲けて毎晩遊び歩いてるらしいっす」
そう答えるジョニーは納得いかない顔だ。
「出所後、兄貴に財産全部やるって話は、どこ行ったんすかねぇ?」
呆れるジョニーを隣に、ヴィトはタバコを吸いながら考えていた。
インターホンが軽快に鳴る。
アイリスがドアを開けると、待ち焦がれていた男が立っていた。
「…ヴィト」
その瞬間アイリスは強く抱きしめられた。あふれる想いに何も言えず、夢中でアイリスもヴィトを抱きしめた。
「ヴィト、おかえりなさい…」
「アイリス、ただいま…」
部屋に招かれて、久しぶりに一緒に食事をとる。最後に部屋に入ったのは、ロシアンマフィア幹部イーライ暗殺の前だった。よく生きて戻ってこれたものだ…。ヴィトは刑務所でのあれこれを、出来るだけ彼女に心配をかけないように話して聞かせた。隠し事はしたくないが、怖がらせたくはない。
そんなヴィトの気遣いが、アイリスには分かっていた。どんな些細な話でも、自分に話してくれることが嬉しい。一緒に過ごせることが幸せ。
彼女と話をしているうちに、ヴィトの心に強い感情があふれてくる。
マフィアの世界から足を洗って、アイリスと結婚しよう……と。
翌朝、ヴィトはトニー組事務所に挨拶に向かった。
「親父さん、仮釈放で帰ってきました。またよろしくお願いします」
深々と頭を下げる。
「よく帰ってきたな。ヴィト、また頼むぞ」
肩を叩いて労うと、早速サミュエル・ジュデスの元につけて、ソーサとの抗争に備えるのだった。




