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トニー・ヴェルセティは会計士のヴィクター・ジルバを連れて、総合企業グループエイシアのギデス氏の元を訪れていた。
「こちら▲▲石油のブルース社長です」
同席している石油会社の社長を紹介される。
「トニー・ヴェルセティです」
「ヴィクター・ジルバです。エイシアさんとは仲良くやっていきたいと思っています」
石油会社…なんとなく用件が推測できてしまう…
「実は、我々二社が一人の男に強請られておりまして…」
その男というのが、ルディー・ダウンゾ代議士。彼の言い分は、
「石油コンビナートの公害によって苦しむ人々に代わって、お前達に厳重に抗議する。そして、彼ら地元民が貰えるはずだった治療費、医療費、生活費等の補填を求める。もしも、この抗議に応じない場合は、お前達が企んだ計画書を国会の場で公表する!」
書類の入った封筒を叩き、鼻声でまくし立てた……そうだ。
「いや、しかし、我々は公害用の対策を立てているし、地域住民の許可もしっかり貰っています。困りますよ」
ブルース社長は弁明するが、ダウンゾ代議士は全く聞く耳を持たない。
「黙れ黙れ! 哀れな国民は騙せても、このわしは騙せんぞ! いいか、補填50万ドルをよこさなかった場合は、お前達がマフィアとつるんでいたことを国会の場で赤裸々に語ってやる!」
その夜、ニューヨークRホテルの一室。
ダウンゾ代議士が泊まる部屋に、一人の男が訪ねてきた。
「どうも遅くなって申し訳ありません。ダウンゾ先生をお迎えにあがりました」
深々と頭を下げる。
ダウンゾ代議士はソファーに身体をあずけ、付き人に足の裏をマッサージしてもらっていた。ちらりと男を見ると
「お前の役職は?」
「はい、私は総務課長です」
その返事を聞いた途端、ダウンゾが不機嫌になる。
「バカもん! 局長を呼べ! 局長を!」
突然怒鳴られて、総務課長はあわてて頭を下げる。
「しかし、あの…あいにく局長も部長も出張でして…代わりに私が」
「なに? 出張だと? お前らは一体この国の政治をなんだと思っとるんだ! まったく…近頃の地方自治体はたるんどるぞ!」
えらい剣幕で、手足をバタバタさせて怒鳴り続ける。
「た、大変申し訳ありません!」
この場はひたすら頭を下げるしかなかった。
「……それで、今夜はどこに連れて行ってくれるんだね?」
「は、はい。まずはダウンタウンの会員制レストランで食事をして、そこからバーで…」
「女のいるバーか?」
総務課長の説明をさえぎって、小指を立てて尋ねる。
「…はい」
「よし! 出発だ。わしは前に韓国に行った事があるが、コリアンの女は御免だぞ」
立ち上がると、いそいそと身支度を整える。
チリリンチリリン
付き人が電話に出る。
「……先生、エイシアの方からです」
「誰だ?」
「女性です」
「女!?」
受話器に飛びつくようにダウンゾが出る。
「今さら何だ! 言い訳は聞かんぞ。明日お前のとこのバカ社長から金を貰うからな」
相手には一切話させず、言いたいことをまくし立てる。
「ふふ、先生、そうじゃないんです。私、今夜先生を夜のニューヨークに案内するように…と常務からうけたまわりましたの」
なんとも色気のある声に、ダウンゾの顔がだらしなくゆるんでしまっている。
「あの…今、ホテルのラウンジにいますの」
「君、一人なのかね?」
返事を聞くやいなや、ホテルのラウンジに降りる。そこには一人の美女が待っていた。
こちらに気付くと、ニコリと微笑んでお辞儀をする。
「ダウンゾ先生ですか?」
「うむ、ダウンゾ先生だ」
「では、先生、ご案内いたしますわ」
そう言って、さりげなくダウンゾの腕にするりと自分の腕を回す。
そこに、総務課長がかけ寄ってきた。
「先生! お車のご用意が出来ました。どうぞ」
見ると、タクシーを待たせている。仕事熱心な総務課長は、美女同伴でダウンタウンに案内するつもりのようだ。
「おい、こっぱ役人に用はない! さっさと帰れ!」
呆然とする総務課長とタクシーを残して、美女と一緒に車に乗り込み走り去ってしまった。
二人を乗せた車は軽快にニューヨーク市街を走り、やがて静かな倉庫に止まった。
でれでれと鼻の下を伸ばすダウンゾから、するりと手を離すと美女が先に下りる。追いかけるようにダウンゾが身を乗り出すと、突然男が乗り込んできた。また車中に押し戻され、反対からも男が乗り込んでくる。
しばらくすると、ドアが開き下着姿のダウンゾが放り出される。顔を上げると男達数名に囲まれていた。
「な、なんだ! お前らは!」
驚いていると、マイケル・レオーネがやってきて、書類を差し出す。
「先生、この書類にハンコを押してください。おいっ!」
進み出てきたサミュエルの部下ジャックに、書類を手渡す。
「先生に読んでさしあげろ」
「……エイシア様、ブルースエンタープライズ様、関係会社様。
御社の事業につきまして、わたくしは今後一切金品を要求する行為をいたしません。
誠に申し訳ございませんでした。 ルディー・ダウンゾ」
読み上げると、しゃがみこんでダウンゾの目の前に書類を見せる。
顔色を失っていたダウンゾは、何か察したのか顔をゆがめた。
「わかったぞ……お前らはエイシアの用心棒だな。わしは暴力には絶対に屈服せんぞ!」
憎々しげに睨みつけると、わめき散らす。
マイケルはその様子を、顔色ひとつ変えずに見下ろすと、静かに命令した。
「仕方ないな……やれ!」
突如エンジン音が響き、クレーン車のフックがスルスルと下りてくる。フックには首吊り縄がついており、組員が強引にダウンゾを立たせて首にひっかける。合図するとフックが上がっていく。
「な、なにを、よせ……ぎゃあぁぁぁ!」
わずかにかかとが浮いた所で、フックは止まった。首を圧迫されて、必死で呼吸を繰り返している。
「先生、サインしてくれますよね」
再度マイケルが問いかける。
しかし、ダウンゾは強情に言い張る。
「ハァ…ハァ…お前らの暴力に…屈しないぞ…」
「仕方ない……やれ!」
ゆっくりとフックが上がっていき、首に縄が食い込んでいく。爪先が浮いたらお終いだ。
「……がぁぁ!」
ついに、手を震わせて助けを求めてきた。
マイケルが書類を見せると、涙目でうなずく。フックが少し下がり、首に縄がかかったままで書類にサインをした。ようやく縄を外されると、力なく地面にへたりこんでいる。
そこにトニーが姿を現した。トニーに気付くやいなやダウンゾが怒鳴りだす。
「トニー、貴様が仕向けたんだな…戦争だ、これはアメリカ政府とスカレッタファミリーの戦争だ!」
「クソッタレが! お前みたいなエセ政治家に、アメリカ政府アメリカ政府言われたらアメリカ泣くわ!」
トニーの本気の怒声に、ダウンゾがひるむ。
「なんだと! 訴えてやる…このことは必ず訴えてやる!」
トニーは眼差しに殺気をこめて睨みつけると、冷たく言い捨てた。
「あぁ、どうぞ訴えな。その代わり、明日から1万人のスカレッタの組員が、お前の家族を殺しに行くからな。覚悟しとけよ」
ダウンゾはたちまち顔色をなくして、言葉を失っていた。
それからというもの、国会の場で二度とデカイ態度を取る事はなくなった。
数ヵ月後、順調に石油コンビナート建設工事が進んでいた。
現場ではスカレッタファミリーの組員達も多く働いており、重労働だが良い働き口になっていた。
ところが、ある夜、爆発事故が起こってしまう。
爆音に驚いて組員達が外に飛び出すと、車が燃えていた。避難する最中なぜか走り出したトラックにはねられる者、荷物の下敷きになる者あり、大事故だった。
この爆発事故は、スペイン系麻薬カルテルのソーサの組員達による妨害工作とみて、警察は動いた。
警察官達がバー(かもめ)に乗り込んだ。
奥にある部屋に入っていくと、ショーン達チンピラがポーカーをしている。
「なんすか?」
「おい! お前達、今夜どこに行っていた? ちょっと署まで来てもらおうか」
問答無用で連れて行こうとする。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 俺達もうヤクザはやめたんだぜ」
刑事と揉み合いになっていると、女性のうめき声が聞こえてくる。
「まずい! 救急車呼べ!」
店長が横たわる女性の背中をさすって、警官に怒鳴る。
「ショーンの嫁さん、陣痛だ!」
「おい! パトカーに乗せてくれ!」
刑事は困った様子で
「いや…ちょっと、それは困るよ…」
「なんやて! 嫁さん見殺しにするんか! もし死んだら鬼刑事言うたるぞ!」
ショーン達に怒鳴られ、警官達に許可する。三人がかりでパトカーに乗せ、ショーンを乗せて病院に飛ばす。
残ったチンピラ達が帰ろうとした時、刑事が声をかける。
「なぁ、お前ら面倒ごとは起こさんでくれよ」
そんなある日、ギデス氏が大金を持ってトニーの事務所を訪れた。
「なんですか、これは?」
トニーは目の前に置かれた大金に困惑する。同席するヴィクターも驚いた顔をしている。ギデス氏からの依頼は色々あったが、いきなり金額から始めたことは無い。
やがて、ギデス氏が話しだす。
「今回の事件で、私共はやはり(餅は餅屋)と思いまして、これでなんとか…」
つまり、マフィア同士の抗争に巻き込まれたくないから、この石油コンビナートの件から手を引いて欲しいと。以降の建設事業はカタギの会社で行いたいと。
「ギデスさん、ソーサの組織に乗り換える気ですね」
歯に絹着せぬ厳しい言い方だ。ギデス氏の顔色が変わったのを見て、ヴィクターの話は続く。
「ギデスさん、そりゃ困りますよ。うちは部下達もやられたっていうのに手切れ金で手を引けなんて…」
ずっと黙ってギデス氏を見ていたトニーが、きっぱりと言いきる。
「我々は引くことはできません。やられたらやり返す、それが我々の流儀です。どうぞお引き取りください」
ギデス氏は利用するつもりでいたマフィアを、この時心底恐ろしいと感じていた。
その夜、二百人のスカレッタファミリーがバスを使い、ソーサの組織に奇襲をかけようとしたが、警察の一斉捜査により未然に防がれてしまった。
ウォルター・ドナルド・トーマスはソーサを呼びだしていた。ウォルターには今回の妨害工作はソーサがやったものだと分かっていたからだ。ソーサは平然と答える。
「サミュエルの部下ネイルが、二百人の舎弟を引き連れて襲撃に行こうとしてました。これはトニーの宣戦布告とお受けしました」
ソーサは戦う姿勢を強めていた。
「ソーサ、トーマスと殺り合うのはよせ。それだけはダメだぞ」
「奴らは先生が思うほど物分かりのいい奴じゃありませんよ。必ずあなたの前でトーマスに土下座させてみせますよ」
一歩も引く気はないようだった。




