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ワシントンPホテル、12時
一人の男が部下を引き連れて入って行く。
そして、エレベーターで高層階へ上がるその男を、ラウンジ席からさりげなく見ている二人連れがいる。スカレッタファミリーの武闘派、サミュエル・ジュデスと部下のネイルだ。
「ボス、あれがスペイン系麻薬カルテルのボス、ソーサです」
サミュエルはかけたサングラスをずらして、ソーサを見る。
今日はこのホテルで、総合企業グループエイシアが新しくワシントンに社屋を設けた披露パーティーが開かれており、トーマス・スカレッタ会長が招かれている。
「トーマスさん、遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。ついに長年の夢だったワシントンに、会社を設けることが出来ました。これでエイシアも一流企業の仲間入りです」
エイシアの社長はご機嫌だった。挨拶もそこそこに他の招待客の元へ向かっていく。
護衛に同行している、トニー・ヴェルセティとジョニー・ラッツォは呆れていた。
「あのおやじ……例の女の恐喝の件、今ここで言ったらどんな顔するんすかねぇ」
以前エイシアの社長はロシアンマフィアの情婦と寝てしまい、それをネタに恐喝されたことがあった。最初から狙われて罠にはめられたのだが、解決出来ずに助けを求めてきたのだ。ロシアンマフィアに対抗出来るのは、イタリアンマフィアだと。勿論、二度と恐喝できないように解決してやった。今、社長として大きな顔をしていられるのは、一体誰のお陰だと思っているのか。ジョニーが愚痴るのももっとなことだ。
トーマス会長の元にウォルター・ドナルド・トーマスがやってきた。男を連れている。ウォルターは実業家でありながら、アメリカの全てを支配する[裏の大統領]と呼ばれる財界の巨頭だ。
「やぁ、トーマス君、よく来たね」
「これは、ウォルターさん。ご足労いただきましてありがとうございます」
ここでウォルターは連れの男に視線を向けた。
「あぁ、トーマス君、これを紹介しようと思ってな。ソーサ君だ。ソーサ君、こちらトーマス君だ」
「初めまして、ソーサと申します。よろしくお願いします」
頭を下げるソーサに、よろしくとトーマス会長も挨拶した。
「まぁ、これを機に君からもこれを上手く使ってくれたまえ。いやぁ、君もエイシアも大きくなって…わしは嬉しいよ。…あぁ、ところでパーティーの後で食事でもどうかな?」
「食事ですか…」
少し考えてうなずくと、満足そうに去っていった。
「親父、いいんですか? あんなこと言わしといて」
使いぱしりのような扱いに、ジョニーは不満げだった。
パーティーが終わった後、ウォルターの主催で食事の席が設けられた。
「ベトナム戦争に負けてから、アメリカは方向転換している。切った張ったの強い政治から、明解な利益優先の政治に変わりつつある。これからは政治家の時代で、任侠道の時代は終わりだよ。今やマフィア狩りを始めているらしい。もっとも、彼らの狙いは君達スカレッタファミリーだがね」
どうやら、ウォルターはトーマス会長にこの話がしたくて、パーティーに来ていたようだ。
「トーマス君、わしはな、君とソーサ君と二人で手を組んで、アメリカ同志会をつくってもらおうと思っているんだ。どうだね、悪い話じゃないだろう?」
「いや、ウォルターさん。私は政治よりも、1万人の組員を食わせることを考えています。政治なんて小難しいことはからきしでして……」
表情は穏やかだが、その返事ははっきりしたものだった。政治屋にはならない、と。
「いや、そうか……しかし困るな…わしはな、君にあくまで協力してくれと頼んでいるだけでな」
「それでも、それは出来ませんな」
トーマス会長の意思は固そうだった。
食事の席が終わり、トニーとジョニーはホテルの部屋に戻った。
「親父、さっきのは何ですか? だいたい今時のマフィアは、政治やらやたらとカッコつけておかしいですよ」
ジョニーはパーティーの時からずっと文句を我慢していたようだ。
「しかし、さすがトーマス会長! お嬢さんの結婚で、極道に見切りをつけたかと思いましたが…」
イタリアンマフィア会長の娘が堅気の医者と結婚。ファミリー内では会長の思惑を図りかねて、疑心暗鬼になる者もいる。先ほどの会長の言葉に、ホッと一安心したようだ。ジャケットを脱いでくつろぐ。
トニーもタバコを吸いながら、ベッドに寝転ぶ。
「なぁ、ジョニー。今夜は一杯飲み直しに行こうか」
その言葉にパッとジョニーが笑う。
「そうですよね! このままじゃ眠れませんよね!」
今脱いだジャケットを、ささっと着直す。部屋を出ようとした時
チリリンチリリン、と電話。
「はい。トニーです」
ジョニーがドアの前で待っていると、トニーが待ってくれ、と合図する。
「あぁ、先ほどはどうも。ええ…これから一緒に飲みたい? 連れがいますけど、いいですか? あぁ分かりました」
ガチャン
「お座敷から声がかかったぞ」
「? 誰だったんですか?」
「……ソーサだよ」
指定されたバーに向かうと、ソーサと小太りの男が待っていた。
こちらに気付くと、奥の個室に移動する。
「トニーさん、あなたに紹介したい男がいます」
小太りの男は、ルディー・ダウンゾという代議士。一枚の土地の図面をテーブルに広げると、豚のような鼻声で話し始めた。
「トニー君、これを見たまえ。今度この土地に石油精製工場の建設計画が進められている。しかし、これに怒った地元の市民達が反対運動をおこしていて、私はこの事業に参加しているエイシアを潰したいと思っているんだ」
そして、鞄から大きめの封筒を取り出した。
「このファイルに奴らの不正が載っている。これを君とソーサ君に渡したいと思う」
つまり、政治家がらみの汚れ仕事を引き受けて欲しいと…。
「つまり……エイシアを裏切れと?」
思わぬことを聞かされて戸惑っている様子のトニー。
「裏切るも何も、奴らだって君達を利用するつもりでいるんだよ」
ダウンゾ代議士はそう答えると、一口酒を飲む。
ようやく口を開いたソーサの意見は…
「あなた達が彼らと友好関係でいたいと思っても、彼らはあなた達を利用する気でいます」
ソーサ、この男なかなかの切れ者らしい。
「そうですね。しかし、我々は彼らを裏切るつもりはありませんので…この話はなかった事で」
きっぱりとトニーは断る。が、しかし、
「…トーマスさんといい、あなたといい、どうやらイタリア人の頭は相当固いようだ」
皮肉たっぷりにソーサが言う。
明らかに煽っているが、対するトニーは顔色ひとつ変えなかった。
「そうです。イタリア人は皆頭が固いんですよ」
手強いと感じたのか、ソーサが若干真面目に話してくる。
「……実は、この事業の話、エイシアが我々に頼み込んできた案件なんです」
つまりは、スカレッタファミリーにではなく、ソーサの組織に依頼した。ソーサはダウンゾ代議士からの依頼の方を引き受けるから、一緒に協力してエイシアを潰そう、ということ。ソーサが何の目的で動いているのかは分からない。
「なるほど、それは知りませんでした」
「だったら、今ここで話を聞いてください」
ソーサは執拗に食い下がるが、トニーの態度は変わらない。
「ええ、話はもう聞きました」
そう話を終わらせると、ジョニーに目配せする。
「……どうも、ごちそうさまでした。失礼します」
これ以上は無用とばかりに、ジョニーを連れて帰ってしまった。
その後ろ姿を見て、ダウンゾ代議士は苦々しい表情だ。
「まったく…なんて男だ。ソーサ、あいつは油断できんぞ」
ソーサもグラスの酒を飲みながら、深くうなずいた。
「トニーは第二次大戦が終わり、トーマスの元に居た時、子供ながらもトーマスをアメリカ一の男にすると言っていたそうです」
12月13日、一年の事始めとして、スカレッタファミリー幹部達がトーマス会長の元に挨拶に来る。一年のケジメをつける日だ。
トニーが幹部代表となり挨拶し、頭を下げる。
「会長、おめでとうございます」
一斉に幹部達も挨拶して、頭を下げる。
「会長、おめでとうございます!」
トーマスと妻マリアは、幹部達を見て満足そうにうなずいた。
「うむ、ご苦労。組員達にも励むように伝えてくれ」




