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「皆さん、このたび大統領選挙に立候補いたしました、オリバー・クルードです」
「オリバー知事です。オリバー候補に清き一票を」
ここオクラホマ州に、大物政治家オリバー・クルードが選挙活動に来ていた。
以前から次期大統領候補と周囲からの期待も大きく、最も大統領に近いと有力視されている。
地元後援会の有力者との会食でのこと。
「先生、どうぞこちらをお納め下さい」
イタリアンマフィア会長、トーマス・スカレッタがオリバーに資金を納める。
「いやぁ、いつもすまんね」
「ところで、先生、今年こそは……の件、どうでしょうか」
「いや、今年は経済政策もあるし、支持率を取っておきたいんだ」
「それでは、尚更アメリカ大統領になっていただきませんと」
トーマスが言うと
「アハハハ。しかし、大統領の椅子というのは、どうも居心地が良いらしくてね。なかなかどいてくれないんだよ。ワハハハハ!」
快活に笑い、ふと小声で問いかけてくる。
「そんなことより、君の方こそ、そろそろアメリカ裏社会に君臨してはどうかと思うがね」
「私がですか?」
思ってもみないことを言われ、トーマスは非常に驚いた。
「そうだよ。切った張ったの世界を牛耳るには、このあたりで方向転換してみては…」
「…と言いますと?」
世の中、きれいごとだけでは済まないもの。政治家などその最たるものだ。かくいう私とて、君という後援者がいるから、大物政治家などと名乗っていられるんだ。君とてファミリーの会長と呼ばれてはいても、裏社会だけでは日の当たる機会は得られん。清濁あわせ持つ者が生き残れるのだ。
「例えば、政治家に立候補するとか。あんたならどの州でも当選間違いなしだよ…そう思わんかね、トニー君」
トーマスの隣に控えていた、トニー・ヴェセルティは突然話をふられて返事に窮する。
「いえ、私はそういった学は、全くありせんので…」
心もとない返事に、オリバーは苦笑いだ。
「なんだ、君がそんなじゃ困るな。君達、もう少し時局というものを理解せんといかんな」
そう言うと、タバコを取り出し、ゆっくりと煙をはく。
「実はな、警察が君達に目をつけていてな……わしの力で抑えられるか…心配なんだよ」
その夜、ホテルで開かれた後援会パーティーは大盛況だった。
司会者が興奮気味にスピーチする。
「オリバー先生もトーマス会長も、今やアメリカ合衆国を支える人物になっておられます。そして、オリバー先生はリンカーン大統領のように歴代大統領になられようとしています」
「バカ野郎! 暗殺されるみたいに言うな!」
ヤジが飛ばされ、会場がどっと沸く。
「トニーさん、ようこそお越しいただきました。本当に身に余る光栄でございます」
そっとトニーのグラスに酒を注ぐのは、ホテルのオーナーだ。
「スカレッタファミリーの要は、あなただ。よろしくお願いします」
そう言うと、乾杯、とグラスをかかげ美味そうに酒を飲む。
トニーも乾杯、とグラスをかかげる。
「はい、命に代えてでも」
「これを見てくれないか」
トーマスが娘婿のフランクリン・ベイトマンに設計図を見せる。
今夜は結婚式以来、久しぶりに娘夫婦を招いて夕食を食べたのだ。
「これは、病院ですか……ベイトマン病院?!」
フランクリンは何気に見ていたが、建物の名称を見て驚いてしまった。
トーマスは満足そうにタバコを吸っている。
「そうだ。土地は事務所の近くだ。私達が君の力になろうじゃないか」
フランクリンはただ驚くばかりだが、妻ジューンは嬉しそうだった。
その夜遅く、バーでフランクリンとマイケル・レオーネが飲んでいた。
マイケルは常にトーマスの秘書のように側で控えている男で、見た目のエリートサラリーマン風からは想像できないがマフィアの幹部だ。
「しかし、驚きましたね、病院の件」
設計図を見てから、頭の中はそのことでいっぱいだと呟く。
「あぁ、あれには訳があるんです。会長はあなたが大学で微妙な立場になっている、と知りましてね。本来なら、この春助教授になるはずだった…と」
「ジューンが話したんですか?」
「いえ、違います。会長は初めから医者であるあなたのことを、ずいぶん気にかけていたんですよ」
マイケルが一口飲み、フランクリンは思案する。
「…そうでしたか」
「大学はどうですか?」
マイケルの問いかけに、苦笑いを浮かべる。
「確かに、ジューンとの結婚で先輩や教授達の私を見る目が変わりましたよ。病院でも、私を辞めさせないとマフィア関係の患者が増える、と言った教授がいたらしいです」
「ひどいですね…」
「ずいぶんと物分かりがいいんですね。大学病院という世界は、他者を引きずり下ろすのが当然なんです。でも、一般の会社だって同じですよね。普段はお人好しのパパが、会社では他者を押しのけようとするんだ」
今現在の自分の状況を思い返すと、グイッと酒を飲む。そして、言葉を続ける。
「組織に組み込まれた人間てのは、手段を選ばない暴力ですよ。人間って、恐ろしい生き物ですね」
バーを出て組の車に乗ろうとした瞬間
「危ないっ!」
突然前から車がバックしてきて、危うく二人は轢かれそうになった。
「てめえっ!」
運転席の組員が怒鳴り、二人もその車を振り返る。
「! ジーナちゃん!」
後部座席に乗っていた女が、トーマス会長の次女ジーナに似ていたのだ。
車はすぐ停止すると、前方に走り去ってしまう。
「あれはジーナちゃんじゃないか…長いこと家に帰ってないと聞いたが…」
「おい! 追え!」
マイケルがすぐさま組員に指示を出し、その車を追いかける。
まもなく車は駐車場に止まり、ディスコクラブに数名の男女が入っていった。
マイケルとフランクリンも入っていく。
薄暗い照明と大音量の音楽が響く店内は、踊る若い男女でいっぱいだ。しかし、よく見るとボックス席や壁際に倒れこんでいる者がいる。店内は独特の匂いが充満していた。
「これは…大麻ですね。ベトナムから来た覚醒剤だ」
フランクリンが鼻を腕で抑えながら話す。
ジーナを探していると、ボックス席に5人の男女がだらーんともたれかかっているのを見つけた。皆目が虚ろだ。その中にジーナがいた。隣の若者が吸った大麻を、貰って吸っている。
マイケルとフランクリンは近寄って声をかける。
「お嬢さん、帰りますよ」
「ジーナちゃん、お母さん達が心配してますよ」
どこかぼんやりした様子だったが、ジーナの目は二人を認識した。
ところが、プイッと顔を背ける。
「さぁ、帰りましょう」
マイケルが手を伸ばすが、腕を振り払い抵抗する。
「いやー!」
「こらぁ! お前なに勝手に俺の女に手出してんだ!」
ボックス席のジャンキーと化した男が、マイケルに殴りかかってくる。難なくかわすと、腹にパンチを当てる。男はあっけなく床に倒れて動けない。
「なんだ! てめえ!」
仲間のジャンキーも殴りかかってきたが、腕をつかんで勢いのままボックス席から放り出した。騒ぎに驚いた店員が警察に通報しようとしたが、素早く電話を取り上げ投げ捨てる。その隙に、フランクリンはジーナを抱きかかえるようにして外へ連れ出した。
ジーナを近くのホテルに連れてきたのは、すでに深夜だった。
とりあえずシャワーを浴びてもらい、その間にマイケルは姐さんに電話を入れる。
「あんた、お母ちゃんに言うたんやろ」
電話を終えると、ジーナがバスローブ姿で立っていた。どうやらちゃんと立てるぐらいには薬が抜けたようだ。
「すぐに、姐さんが来られます」
マイケルが部屋から出て行こうとすると、ジーナが呼び止める。
「待って! うち、あんたに聞きたい事があるんや」
「なんですか?」
「……あんた…お父ちゃんの命令で、ミチ殺したんやろ」
ジーナの言葉は明瞭で、じっと見つめる目は真剣だった。だが、マイケルは感情を押し隠すことに慣れていた。
「お嬢さん……いきなり何を言い出すんですか」
ため息をつくと、少し苦笑いする。
そんなマイケルの態度に、ジーナは納得できず食い下がる。
「前にあんた…ミチは故郷に帰った…言うてたけど、やっぱり殺したんやろ!」
「変なこと言わないでください!」
さっさと出て行こうとするマイケルの前に、ジーナが立ちはだかる。
「待って!」
いきなりバスローブを脱ぎ捨てると、裸のまま抱きついてきた。
「マイケルさん、うちのこと抱いて……」
マイケルは驚いたが、まったく相手にする気にもなれず、冷静に引き剥がす。
「お嬢さん、なに言ってるんですか」
「うちのこと抱いてくれへんのなら、警察にミチのことバラす」
本当はジーナにとって大事なのはマイケルだった。マイケルの気を引くために、舎弟のミチと付き合ったが、そんなことしてもマイケルは自分を見てくれない。どうすればいいのか…
「いいですよ。バラしなさい。でも、一度くらいお母さん達のこと考えて、まともな姿を見せてあげなさい」
真っ当な言葉は、ある意味冷たい言葉だった。
「うちはまともや…あんたのこと好きやから抱いてって言うてるのに、なんで悪いんよ!」
なおも抱きついてくるジーナを引き離し、振りほどく。
「お嬢さん、あんたおかしいよ!」
そう言い捨てて部屋を出て行った。




