ヘイダール伯爵の帰還 24
リドス連邦王国のある恒星トゥーラーンはふたご銀河のジル星団にあり、ちょうどロル星団の反対側に位置していた。
ヘイダール伯爵とレギオンは恒星トゥーラーンの第三惑星、通称惑星ガンダルフへ、ヘイダール要塞から転移で移動してきた。
細かく言えば、ヘイダール伯爵は彼の持つ特殊能力の内のテレポート能力を使った。
レギオンはお得意の魔法を使った転移だった。
リドス連邦王国は今からおよそ200年前にふたご銀河のジル星団に船団を率いてやってきた。
そして、恒星トゥーラーンの第三惑星ガンダルフを首都星として、リドス連邦王国を名乗った。
惑星ガンダルフは元々魔法使いの故郷、あるいは魔法や魔法の呪文の発祥の地と言われる星だった。
レギオンや銀の月が現れる遥か昔から魔法を使う星としてジル星団では有名だった。
彼ら惑星ガンダルフの人々はダルシア帝国にも知られていた。
しかし、現在の惑星ガンダルフは魔法が全体としては衰退しており、科学技術の文明が起こりつつあった。
それも地域によってかなり魔法と科学文明は偏りがあった。
惑星ガンダルフのガイゼルとプレセルと言う二大大陸において、前者は魔法文明が衰退しつつもまだ残っていた。
後者の大陸では魔法が殆ど衰退しており、科学文明が宇宙文明へと到達しつつあった。
この二つの大陸の文明はおよそ千年の昔に枝分かれして、それぞれの途に進んでいた。
特に二つの大陸は海を隔てているだけではなく、海の中に二つの文明を隔てる障壁のようなものがあった。
千年の昔、この二つの大陸は大きな戦争が起きた。
それを止めるために当時の魔法使い達が総力を挙げて、その障壁を作ったと伝えられて居た。
その魔法使い達の中にガンダルフの五大魔法使いの名がある。
ガイゼル大陸その名はまだ残っていたが、プレセル大陸ではでは忘れられていた。
伝説のその障壁は千年経つうちにあちこち綻びができ、現在では海の障壁がなくなった部分があると言われるようになっていた。
そのような惑星にリドス連邦王国はやってきたのだった。
リドス連邦王国の人々が降りたのは、ガイゼル大陸の端にある砂漠と小さな島々が多く集まっている海域だった。
どちらもあまり人が住むのに適さない場所だった。
彼らはそこに都市を作って住み着いた。
砂漠と多島海地域はちょうどプレセル大陸とも交易で繋がる地域だった。
伝説の障壁の綻び部分はちょうどリドス連邦王国が出来たあたりにあるようだった。
特に多島海地域ではかなり前から僅かであるが、ガイゼル大陸の諸国から交易商人がプレセル大陸に来ていた。
リドス連邦王国は宇宙から船団を組んでやってきたのだが、ガイゼル大陸の砂漠と多島海地域だけでは足りず、惑星の多くを占める海の底に新たに都市を作り住んでいた。
また惑星ガンダルフの属す恒星トゥーラーンは十個ほどの惑星を持っていたので、他の居住可能惑星にも都市を作った。
乗って来た船団は新たに改造を加え軍艦として、恒星トゥーラーンの第四惑星と第五惑星の間に宇宙都市を建造しリドス連邦王国艦隊として係留したのだった。
惑星ガンダルフにあるリドス連邦王国は原住民の間では新たに興った小国と認識されていた。
プレセル大陸から来た類まれな魔法使いが起こした国だとガイゼル大陸の人々は噂していた。
こちらでは魔法が衰退していたが、魔法がないものとは思う者はいなかった。
ただ、かつてたくさんあった魔法の呪文が失われてしまっただけなのだ。
あの千年前の大戦争のために、魔法使いのほとんどがいなくなり、呪文もそれが書かれた本も失われてしまったのだ。
プレセル大陸の宇宙技術はまだワープ航法をする宇宙船を作れなかった。
その前段階で、惑星ガンダルフの衛星に都市を建設したり、居住可能な人工衛星都市を建設していた。
そのため、リドス連邦王国の全貌を知る者や国はなかった。
惑星ガンダルフでリドス連邦王国の首都とされているのは、ガイゼル大陸の砂漠のオアシスに作られたガンダルである。
ヘイダール伯爵とレギオンがやってきたのは首都ガンダルだった。
そこにリドス連邦王国の女王の住む王宮があった。
首都ガンダルには青い空に真っ白な王宮が浮かんでいた。
噂によるとその王宮はリドスの王族の類まれな魔力により空中に浮かんでいると言われている。
実際は重力制御装置を使っているのだが、魔法を使っていると言った方がこの地では理解し易かったからだ。
「ふむ、どうせならもっと大きく豪華なものにした方が良かったのではないか?」
と、ヘイダール伯爵が言った。
「そんなもの、単なる飾りに過ぎん…」
「何を言うか、見た目も大切であろうが、特にこの惑星のようなところでは…」
そう言いながら、二人は空に浮かんだ王宮に近づいて行った。
ヘイダール要塞ではリドス連邦王国のベルンハルト・バルザス提督は、中空に魔法のスクリーンを生じさせてヘイダール要塞司令官の執務室の中を見ていた。
「そんなことをしていいの?」
と、アリュセアは聞いた。今は本来のアリュセア自身に戻っている。
「君が秘密にしてくれれば大丈夫さ」
と、バルザス提督は言った。
バルザス提督のヘイダール要塞における宿舎は、以前帝国軍のいたときには将官クラスの宿舎に使っていたと思われるところで、部屋数も多かった。
中でも、数多くの部屋の扉がある居間にあたる部屋は広々としていて多人数用の椅子のセットも置かれていた。
アリュセアはまだバルザス提督の宿舎に子供たちとともにいた。
前の部屋は扉が壊れてしまったし、まだどこにタレス連邦のスパイがいるかわからないので、安全のため一緒にいるのだった。
他にカール・ルッツ提督もナル・クルム少佐もドルフ中佐もいた。
彼らはバルザス提督――銀の月の魔法に慣れているようだった。
「この要塞の中は、どこでもお見通しのようだ」
と、クルム少佐が言った。
「ケル・ハトラス・ナン大佐。彼は危険だ」
と、バルザスは言った。
「あなたがそんなことを言うなんて、珍しいのね」
と、カール・ルッツが言った。
カール・ルッツにとってはバルザスの意見は個人的見解ではなく、機密事項に近いのではないかと感じていた。
他の者にはあまり関係ないことのように思えた。
ただバルザスにとっては、ジル星団の魔法や超能力者のいる世界では自分以外の者も知っているべきだと思って言ったのだ。
「聞いていてほしいからだ。アリュセア、君には子供たちもいる。危険はできるだけ、避けなければならない」
「まるで、リドスの人間でない私たちも危険が及ぶような言い方ね」
と、アリュセアは言った。
そのアリュセアも何か感じることがあった。
危険が迫っているという感覚だ。
ここには子供たちもいるから無関心ではいられない。
「ディポック司令官も、何か感じるものがあるのだろう。だから、亡命要請を仮に許可したのではないか」
と、クルム少佐が言った。
「ナンヴァル連邦もだいぶ前と変わってしまったようだ。かつてはゼノンとの共同作戦など一顧だにしない関係だったのに…」
と、バルザスは言った。
「つまり、ナンヴァル連邦の奇襲部隊は去ったものの、いまだ危険は去っていないということですね」
と、ドルフ中佐が言った。
「そうだ」
「その危険の中心が、あのケル・ハトラス・ナン大佐か?」
と、クルム少佐が言った。
「そうとも言えます。だが、まだはっきりとはしていない。コア大使やナンヴァルの前調整官マグ・クガサワン・シャが調査に行っているから、彼らが帰ってきたらはっきりするでしょう」
コアやマグ・クガサワン・シャはもうこの世の人ではない。
彼らは肉体を去った精神だけの存在、いわゆる魂とか霊とか言うものとなっていた。
他の者には見えなかったが、その存在はアリュセアやバルザス提督にははっきりと見ることができた。
「一つ聞きたいことがあるのだけれど…」
と、アリュセアが言った。
「何だい?」
「コア大使やそのマグ何とかと言う人は、見えない宇宙船にでも乗って移動しているの?」
アリュセアは、もしかしたら宇宙船の形の霊的な存在でもあるのかと思ったのだ。
そうでなければ、いくら肉体がないとはいえ、宇宙の中で存在していられないだろう。
「いや、そんなものは彼らには必要ない。もちろん、普通の人の霊だったら、宇宙船にでも乗らないと移動はできないがね」
「すると、コアやマグ何とかは普通とは違うのか?」
と、クルム少佐が言った。
「その普通という言い方は、彼らに対しては失礼じゃないですか。二人とも、一応元国家元首にあたるのですから。もっともそこらへんの国家元首では宇宙船に乗らないとどこにも行けないけれども、あの二人は宇宙船に乗る必要がないということです」
「ケル・ハトラス・ナン大佐の危険性は、TPならわかるの?」
と、アリュセアは聞いた。
「どうだろうね。TPと言っても、その能力には大きな差がある。普通のTPでは簡単に惑わされてしまうだろう」
「と言うことは、あのケル・ハトラスというのは、かなりの能力者なのかしら?」
と、カール・ルッツが聞いた。
「私が知っているのは、彼の祖父ケル・ラトラス・ナン大佐だ。もうだいぶ前に死んだそうだが、彼は大変な能力者で魔法使いだったよ」
と、バルザスが言った。
「え?彼は、ナンヴァルの軍人で魔法使いではないのではありませんか?」
と、ドルフ中佐が言った。
彼の知識ではナンヴァルの軍人階級の者は魔法使いではないし、逆に魔法使いを嫌う者が多いと聞いている。
「昔は、ナンヴァルでは多くの人々が特殊能力や魔法を使っていたものだ。今ではかなり廃れてしまったが…」
「それは、ナンヴァル人が退化したということだろうか?」
と、クルム少佐が言った。
「いや、そうではないのです。単に、生まれてくる者たちが変わっただけで、」
「生まれてくる者たちが変わった?それはどいう言うことか」
「まあ、話すと長くなりますが…」
そこへ、来客を告げるインターホンが鳴った。
バルザスが指を鳴らして、魔法陣の小窓を作り、外の映像を映し出した。
そこに映ったのは、ナンヴァルのケル・ハトラス・ナンだった。
その後ろに監視役の兵士が二人立っている。
「私は、ナンヴァルのケル・ハトラス・ナンと言う者だ。こちらに、ガンダルフの魔法使い、銀の月がおられると聞いて来た」
「ここには、銀の月はいない」
と、バルザス提督がインターホンを通じてにべもなく言った。
周囲の者が唖然として、バルザスを見た。
しかし、バルザス本人が自分を『銀の月』だと言ったことはないことに彼らは気が付いた。
バルザスを銀の月だと名指しで言ったのは、たった一人である。
いつかの暗黒星雲の種族の男だった。
「その声は、もしかして私の剣を持って行った魔法使いか?」
「さあ、知らないな。何か、勘違いしていないか?」
と、バルザスは飽くまでとぼけて言った。
「あなたが、銀の月だと私は判断した。だから、私は会いにやってきたのだ。会って貰えないだろうか?」
「断る」
と、バルザスは言った。
「待ってくれ、私は長い間、ガンダルフの魔法使いである銀の月を探していた。やっとあなたを見つけたのだ。どうか、私に会ってほしい」
「銀の月はここにはいない」
「それなら、私はあなたが会ってくれるまで、ここを動かない」
と言うと、ドアの前に座り込むのが見えた。
バルザスは、その様子を魔法陣の小窓から見ていた。
他の者たちもそれを見ていた。
「さて、いつまであんなことをするつもりだろうか?」
と、クルム少佐が言った。
「ナンヴァル人は頑丈にできています。ちょっとくらい飲み食いしなくても死にはしません。まあ、諦めるまでやっていればいいでしょう」
と、バルザスは冷たく言った。
「でも、それでは外に出られないでしょう?」
と、アリュセアが言った。
「そんなことはない。この頃はいつも扉など使っていないだろう」
「そうね。あなたはいつも魔法を使っている。でも、それではあなたが魔法使いであると言っているようなものではないかしら」
と、カール・ルッツが言った。
「別にそう思われても構わない」
「あなたがそんなに彼のことを避けるのはどうしてなの?」
と、アリュセアが言った。
「ケル・ハトラス・ナン大佐の意図がどこにあるのか、はっきりするまでは彼の前には出るつもりはないんだ」
と、バルザスは言った。
「すると、コアやマグ何とかが戻ってくるまでの間ということか?」
と、クルム少佐が言った。
「そういうことです。それほど時間はかからないと思います。だが、アリュセア、君と子供たちは彼の前に出ることは止めた方がいい」
「でも、入口は、他にもあるの?私は魔法使いじゃないわ」
「もちろんだ。ここは、一応帝国時代は将官クラスの宿舎だった。こういう部屋には別にもう一つ入口があるはずだ」
バルザスは、マントルピースを模った場所のすぐ上のところをトントンとたたいた。
すると、その壁に宿舎の見取り図が浮かび上がった。
「ここが、今いる場所だ。外へ出る扉はこことここ。つまり、今まで使っていた扉の反対側の方にもう一つの扉がある」
「その壁、もしかしてスクリーンになっているの?」
と、アリュセアが聞いた。
「そうだ。ここは見取り図だけではなく、やりようによっては、ほら…」
どこをどういじったのかは見えなかったが、見取り図が外の情景に替わった。
そこにケ・ルハトラスが座り込んでいる様子と監視の兵士二人の姿が映った。
「こんなものが、あったのか……」
と、クルム少佐が驚いて言った。
「これは別に魔法ではありません。だから、誰でも扱えるものです」
と、バルザスは言った。
「確かライアガルプスがこの要塞を作ったのは銀河帝国だけではないと言っていたが、それはどういうことなのだ?」
と、クルム少佐が聞いた。
これはどうしても聞いておきたいと思ったことだった。
少なくとも彼は士官学校で、ヘイダール要塞は銀河帝国が誇る宇宙に浮かぶ軍事要塞だと習ったのだ。
バルザスは、少し考え込むように黙った。そして、ため息をついて言った。
「ライアがそう言ったのですね。それなら仕方がない。本当はもう少し黙っていて欲しかったのですが…。
このヘイダール要塞はおよそ百年ほど前、銀河帝国によって建設されたと公式記録にはあります。ですが、じつはこの建設には密かにダルシアやリドスや、その他にもその建設を助けた人々がいたのです。ですから、この要塞にはたくさんの秘密が隠されているというわけです。そのことについては、これからディポック司令官に話をしなければなりません。彼がここの司令官であるなら、知っておくべきだからです」
と、バルザス提督は言った。
だが、クルム少佐は納得できなかった。
彼らはなぜ、そうした要塞を秘密裏に作る必要があったのだろうか。
銀河帝国の科学技術だけでも、ヘイダール要塞のようなものを建設するのは可能だったはずだ。
それなのに、なぜそうしたものを作らせ、しかも銀河帝国の科学技術以上のモノで作らなければならなかったのだ。
だとするなら、それなりに理由があるはずだった。




