ヘイダール伯爵の帰還 22
ナンヴァル連邦艦隊の通信にヘイダール要塞の司令室では首を傾げていた。
「妙なのはあの連中は要塞の奇襲部隊について何も触れなかったことだ。奇襲を無かったことにしようというのか?それとも、奇襲が失敗したので、新しい行動に出たのか?」
と、アリュセアが言った。
「もう一度、通信回線を開いてそれを聞いてみたらどうでしょう?」
と、グリンが言った。
「それは無駄だろう。それよりも、あの艦隊がこちらを攻撃しないとは限らない」
と、ダズ・アルグ提督は言った。
ナンヴァルの奇襲部隊を運んできた偽装艦は、奇襲部隊をヘイダール要塞に降ろすと再び外の宇宙空間に出ようとして、ダズ・アルグの乗った艦が要塞に戻ろうとするのを邪魔した。
しかし、ダズ・アルグの艦だけではナンヴァルの偽装艦を相手にできず、結局銀の月の魔法で偽装艦は破壊されたのだ。
ダズ・アルグはナンヴァルの艦がいなくなると、すぐ駐機場に入っていた。
そして、急いで司令室までやってきたのだ。
「いや、要塞を攻撃するという選択肢はないと思う。こちらにはあのダルシアの艦隊がいるからだ。ナンヴァル連邦の艦隊と言えど、ダルシアの艦隊には勝てないことを知っている」
と、バルザスは言った。
「おそらく、どこかで、先ほどのゼノンとナンヴァルの艦隊がダルシア艦隊にやられるのを観察していたのではないだろうか…」
と、ディポックは言った。
「それで、失敗したから、次の行動に出たと?」
と、グリンは言った。
「そう考えれば彼らのやっていることに筋が通ると思うのだが……」
「で、どうします。お二方?あの提督の言う通りに、本国に帰還されますか?」
と、ダズ・アルグは聞いた。
マグ・クガサワン・シャが毒杯を仰いで死んだと聞いて、逆に決心がついた。
マグ・デレン・シャは、きっぱりと言った。
「いえ、私は帰りません。例え、惑星連盟大使を解任されたとしても、帰るつもりはありません。もし、要塞司令官の許可を得られれば、ここに居るつもりです。要するに亡命を申請します」
「私も、残ります。ですがナンヴァルの艦は返すつもりです。これは私一個人の意志で残るのですから。部下たちは関係ありません。セ・カマーン・シャ提督も部下については罪を問うたりはしないでしょう。」
と、タ・ドルーン・シャが言った。
ナンヴァル連邦の艦と通信が再開されマグ・デレン・シャとタ・ドルーン・シャが決断を告げると、
「了解した。だが本国政府の命令を聞けないと言うのであれば、お前たちはそれぞれの職務を解任の上、命令違反の廉で国外追放処分になるであろう」
と、セ・カマーン・シャ提督は答えた。
「それは、あまりにも重い処分ではないか?」
と、タ・ドルーン・シャが言った。
「調整官閣下の命に背く者に抗弁の機会があると思うな。新しい調整官閣下はどのような者にも等しく厳しい処分をする。階級によって甘くするなどしないお方だ」
「わかった。だが、私の部下には何の罪もない。それだけは、確認しておきたい」
「それは、私から直接調整官閣下に報告しておく」
ナンヴァル連邦の艦隊は通信が終わっても、その場に留まっていた。
要塞に残る艦が出発準備をするのを待つつもりなのだ。
要塞の駐機場に泊まっているタ・ドルーン・シャの艦は、今回の奇襲部隊の生き残りを乗せ次第、ナンヴァルへ向けて出発させるつもりだった。
「ナンヴァルで何が起きているのでしょう。他の者たちは大丈夫でしょうか?」
と、マグ・デレン・シャは不安そうに言った。
「それについては、鋭意情報を収集するつもりです」
と、バルザスは言った。
マグ・デレン・シャとタ・ドルーン・シャは部下や従者をナンヴァルへ帰還する艦に乗せるべく、宿舎に戻った。
アリュセア――ライアガルプスの言う通り、迂闊だったとバルザスは臍を噛む心境だった。
タリアにばかり気を取られていたのだ。
それは、あのナンヴァル連邦の前調整官であったマグ・クガサワン・シャも同じ考えだった。
ナンヴァルにいたというのに気付かなかったのだ。
灯台下暗しとはこのことだった。
元ダルシア帝国大使のコアは、ジル星団で何かが起きつつあると気づいていた。
それが何であるかが、明らかにするにはこれまで情報不足だった。
初めは外からの侵略かと思ったが、どうもそうではなさそうだった。
というのも、敵の身の処し方が非常に巧妙だということに、思い当たることがあったのだ。
おそらく、惑星連盟の中の一つの勢力がダルシア帝国にとって変わろうとしているのだ。
表立っては、ゼノン帝国が中心にやっているように思えるのだが、どこか違和感があった。
ただ、ナンヴァルを取り込もうとするあたりは、ゼノン帝国の連中の考えるようなこととは違う。
ゼノン帝国はどこまで行っても、ゼノン帝国のみの支配を望むところがあった。
それをナンヴァルと折半あるいは共にしようなどとは夢にも思わない。
それがダルシア人の直系であるゼノン人として当然のことだという思いが強い。
(しばらくの間、私は今回のことを調べてみようと思う。どうも、惑星連盟の中から何かが起きているような気がするのだ)
と、コアはバルザスに告げると、ナンヴァルのマグ・クガサワン・シャを連れていなくなった。
「それで、ナンヴァルの艦隊は要塞にいる艦の準備ができ次第帰るのですね?」
と、グリンは念を押した。
「それについては、大丈夫だと思います。突然気が変わって要塞を攻撃したりはしないでしょう」
と、バルザスは言った。
「ダルシア帝国がタリアを代表者とするということになって、惑星連盟の勢力図が変化したということか?」
と、ディポックは聞いた。
「長い間、ずっとダルシア帝国とナンヴァル連邦でやってきたのですが、それが終わったということです。こうなることは、惑星連盟の他の諸国はまだ考えていないでしょう。ゼノン帝国とあのナンヴァル連邦の連中以外は」
「リドス連邦王国はこの事態を予測していたのでしょうか?」
と、ブレイス少佐が聞いた。
「連邦王国としては、将来起こることの一つとして、考慮していた可能性はあります。私は残念ながら、予測してはいませんでしたが…」
「おそらく、そうだろう…」
と、アリュセア――ライアガルプスは同意した。
バルザス提督はまだヘイダール要塞の人々には話していなかったが、リドス連邦王国の元首であるアスカ女王は、知る人の間ではかなり正確な予知をすることで知られていた。
その女王であれば、この事態はおそらく予測済みの可能性が大きいと思えた。
予知能力というのは魔法とは違い特殊能力の一つではあるが、非常に希少な能力だった。
この能力を発現する者は滅多にいなかった。
他の特殊能力とは違い、訓練したからと言って使えるようになるものではなかった。
ジル星団で予知能力者として史上名高いのがダルシア帝国の皇帝ライアガルプスだった。
すべての事を予知できるわけではないが、かなりの部分を予知できたと言われている。
ダルシア帝国の皇帝だったライアガルプスは予知の多さと当たる確率の高さは他の者の追随を許さなかった。
だからこそ、あのダルシア帝国の皇帝が務まったのである。
危険を事前に察知してそれを排除するのは、トップの当然の能力として必要だった。
もちろん全て分かるわけではないので、見落としは生じる。
それでも、大きな道筋を間違えることは避けられる。
「すると、あの惑星連盟がこの要塞に来るという話は、なしになったということですね」
と、ダズ・アルグが言った。
「マグ・デレン・シャが惑星連盟の大使を解任されたのですから、惑星連盟の議長ではなくなりました。おのずから、その話はなかったことになるでしょう」
と、バルザスは言った。
「しかたがないでしょうね」
と、ディポックは言った。
そのことに関してはディポックやヘイダール要塞の者達はそれほど残念に思ってはいない。
惑星連盟など来られてもとても対応できるとは思っていなかったからだ。
それよりも、本国から追放されることになったマグ・デレン・シャとタ・ドルーン・シャは亡命することになったとはいえ、身の振り方はどうするのだろうか、とディポックは他人事ながら心配になった。
タリア・トンブンはカール・ルッツや要塞の防御部隊のオーリエ中佐と分かれて、タレス人のいるところへ戻った。
要塞に侵入してきたナンヴァル連邦の兵士たちは要塞司令部やマグ・デレン・シャを襲撃しに来たので、タレス人たちに危害は加えたりはしなかったと聞いていたが、心配だったのだ。
それにイオ・アクナスのこともある。
彼がタレス連邦政府のスパイであることをタリアは確信していた。
今いるタレス人の中に、イオ・アクナスの他にタレス連邦政府のスパイが混じっていないかも気になるところだった。
タレス人たちは、ナンヴァル連邦の襲撃部隊が来たことなど何も知らずに、日常品やこれからのことについて話をしていた。
そのことにタリアは安堵するとともに、どこか納得できないことを感じていた。
着の身着のまま本国を出てきた者たちは、何とか必要なものを手に入れられた。
食事は要塞の兵士の食堂でしている。
次に必要なのは、将来の設計だった。
そのことについて、タリアは悩んでいたのだ。
このままこの要塞にいるのか、それとも他の国へ移住した方がいいのか。
行くとしたらどこがいいのか、考えることはたくさんある。
けれども、いつまでもこの要塞で世話になっているわけにはいかない。
この要塞は軍事要塞であり、タレス人のような民間人のいるところではない、とタリアは思っていた。
紙コップに飲み物を入れたセルフサービスのテーブルで、一人でお茶を飲んでいると、
「タリア、話があるんだが…」
と言って来た者がいた。
年は中年ぐらいで、背格好は中肉中背、頭は剥げていて、要塞で貰ったパーカーを着ていた。
どこにでもいる、一般の市民にしか見えない。
タリアはすべてのタレス人の難民を知っているわけではない。
「ええと、あなたは?」
「私は、コドル・ペリウス。フォトン号であなた方とこのヘイダール要塞にやって来た者です。ここの人たちのお蔭で、着るものや食べる者は何とかなりましたが、これからの生活について心配しています」
彼のいう事はもっともな事だった。
「あなたは何がしたいのかしら?」
「私は、タレスの首都でレストランを経営していました。ここには使っていない商業施設がたくさんあると聞いています。その一つで、レストランか喫茶店をできないか、こちらの司令官に聞いてもらえないでしょうか?」
「レストランか喫茶店ですって?本気なの?」
「本気です。他の者たちも、いずれとこかへ移住するでしょうが、それまでここで何もしないでいるわけにはいかないでしょう。できれば、これまでやってきた仕事がここでできるならば、幸いだと考えています。どうでしょうか…」
「わかったわ、ここの司令官に聞いてみましょう。ところでコドル、イオ・アクナスを知っていて?」
と、タリアは聞いてみた。
「イオ・アクナスですか?私はあまり知りませんが、名前は聞いたことがあります。ここではよく仲間の溜まり場所で見かけます。彼は、秘密めいた雰囲気があるのですね」
「秘密めいた雰囲気?」
「そう、何というか、言葉を換えれば後ろ暗いことをしているような、何かを隠して生きているような気がします」
「確かに、そんな妙な雰囲気があるわね…」
と言うと、タリアはコドル・ペリウスと分かれた。
タリアはタレス人の溜まり場を歩いて、イオ・アクナスを探した。
歩きながら、ふと胸に下げられているペンダントを手にして、
「これが魔法の道具で、イオ・アクナスのいるところがたちどころに探し当てたりできたらいいのだけれど…」
と、つぶやいた。
すると、ペンダントがタリアのつぶやきに答えるように輝いた。
(イオ・アクナスは、ここにいる……)
目の前にスクリーンがあるようだった。
そこにイオが映し出され、少しずつイオの周囲にあるものも見えてきた。
イオ・アクナスは一人でいるようだった。
周囲にあるのは、どこかでタリアが見たことのあるものだった。
そこはこの要塞の外を見ることのできる部屋だった。
「ちっ……」
と、イオ・アクナスが舌打ちするのが聞こえた。
イオ・アクナスは装置をいじっていた。
手の中に入るくらいの小さなものだった。
ボタンがいくつもついている。
そのようなものをいつ手に入れたのか、元々持っていたのかはわからなかったが、イオは焦っているように見えた。
「やはりだめか。ナンヴァル連邦軍の奇襲部隊は失敗したのか…」
と、イオは呟いた。
だがその時、イオの手の中の装置のボタンが赤く点灯した。
「ん?」
イオはその光に気が付くと、どこかのボタンを押した。
そして、装置を耳に近づけ、何かを聞いているようだった。
「次の船が来る?今度は奇襲部隊じゃない。タレスの亡命者の船か?で、アリュセアの方はどうするんだ。手紙はとっくに渡している。だが、何の返事もない。もうそのことはいいだと、別の手がある?」
その時、誰かが入って来た。
そこで、イオは話すのを止めてしまった。
気が付くと、タリアはペンダントを手にして立ち尽くしていた。
今のは幻覚だったのだろうか。
それとも、実際にイオのことを見ていたのか。
タリアは迷った末、しばらく待つことにした。
これからタレス連邦から船が来ることがあったなら、今見たことは幻覚ではなく、本当のことなのだろう。
ヘイダール伯爵とガンダルフの魔法使いレギオンはタリアとイオ・アクナスを見ていた。
二人はヘイダール要塞の中というよりは、少し離れた宇宙空間に浮かんでいた。
これまで二人はダルシアの元大使コアとナンヴァルの元調整官がヘイダール要塞に来て再びどこかへ去ったのを見ていた。
要塞司令室の中も見ていた。
二人が考えているのは、どうやってヘイダール要塞の防御力を挙げるかということだった。
残念ながら今のままではジル星団の者達とやり合う場合は、かなり要塞側が不利になりそうなのが分かった。
ジル星団はロル星団と違って様々な種族がいる。
人間族や竜族、昆虫型の種族もいる。
それぞれ体形が異なるし、力量も異なる。
人間族はその中でそれほど強い種族ではなかった。
他の人間族でない種族と比べれば弱い方だった。
しかもロル星団の者達は魔法や特殊能力についてはほとんど知らない。
ジル星団では弱い種族であっても、魔法や特殊能力によってそれを補っている。
タレス連邦ではそれに気づき、急いで魔法や特殊能力を防衛に取り込もうとしていた。
ロル星団ではそのようなことはまだ気づいてもいない。
このヘイダール要塞にいる者達はそれをほんの少し気づき始めていた。
「忙しい連中じゃ。わしはジル星団の内部事情などはようわからぬな…」
「気づいてそれに堪能な者がそれをやればいいだけだ。我々は、…そうだな、どうやって要塞の防御を強化するかを考えればいいだろう」
「ふむ。で、レギオンはどう考える?」
「早い方が良かろう…」
「なるほど、ではそろそろ行くとするか…」
二人の姿がその場から消えた。
そして現れたのはヘイダール要塞の司令室だった。
突然の人物の出現であるのに、司令室の中ではそれほど驚いた様子はなかった。
ただ、興味ありげに二人を見る視線は感じられた。
「ええと、どちらさまでしょうか?」
と、ディポックは言った。
ディポック司令官は白髪に白髭のヘイダール伯爵についてはすでにその姿を見ていたので、それほど驚かなかった。
しかし、もう一人の方は見たことがないので、聞いたのである。
「わしはこの要塞の設計者、ヘイダールだ」
「という事は、あなたは銀河帝国の方でしょうか?」
「ふむ。いや、わしはそもそも銀河帝国の者ではない。銀の月から何か聞いてはいないか?」
「何か言っていたかもしれませんが、色々ありましたし、ここにいる全員が聞いたわけではないので…」
「では、改めて言うが、わしは銀河帝国のヘイダール伯爵という。ただ、出身は白銀銀河のアンダイン種族なのだ」
「すると、別の銀河からこちらへ来られたと言うことでしょうか」
「そうじゃな。わしのような種族はたくさんいるでな。このふたご銀河にはダルシア人と言う連中がいただろう。彼らはわしのような種族の間でも高名なのだ。高度な文明を持った種族間での噂なのだがな……」
「すると、あの暗黒星雲の種族のようなものでしょうか?」
「あの連中と比べられるのは正直不満じゃが、仕方あるまい。だが、似たようなものではある」
「で、我々に何か御用でしょうか?」
もう一人の方は灰色の頭巾が付いたローブを被っていて、何もしゃべらなかった。
「実はお前さんたちのことをここしばらく観察させてもらっていた」
「つまり、監視していたということですね」
「いや、監視などではない。観察じゃ。ここで何をしているのか気になったのでな」
「で、確か少し前には要塞の損傷個所を修理していただいたようですが……」
「ああ、確かに。まさかあれほど損傷するとは思わなかったのだ。ジル星団の攻撃はかなりのものだった。それでだ。わしは、この要塞をもっと強化する必要性を感じだと言う訳だ」
「要塞の強化ですか?しかし、あなたもご存知ではないですか。我々にはその予算がないのです」
「つまり、お前さんたちは予算をできるだけ使わずに強化できればいいと言うことではないのか」
「そうですが、そのようなことは不可能でしょう」
「そんなことはない。やりようはある」
「まさか、魔法を使うとかではないでしょうね」
「そうじゃ、それもある。だが、それだけではない。どうだ、わしの話を聞いてみるつもりはあるか?」
ヘイダール伯爵ともう一人の見知らぬ人物を見て、ディポック司令官は彼らの話くらいは聞いてもいいのではないかと考えた。




