ヘイダール伯爵の帰還 20
その頃、ジル星団の中にあるナンヴァル連邦の本星で、これまでにない動きがあった。
ナンヴァル連邦の評議会が緊急招集されたのである。。
首都星マクヴァ―ンにある星形の建物は古来より評議会の印であった。
星のそれぞれの頂点はナンヴァルの司祭、軍人、商人、労働の四つの階級を表し、五つ目は調整官を表している。
評議会は四つの階級から五人ずつ選ばれた代表である評議会議員と、調整官とで構成されていた。
評議会はナンヴァルにとって重大な決断を下す時に招集されることになっている。
招集をする資格を持つものは、評議会議員と調整官であった。
今回招集を掛けたのは、ナンヴァル連邦の調整官である。
マグ・クガサワン・シャ調整官は、
「ゼノン帝国の要請でロル星団のヘイダール要塞に艦隊を派遣する命令を出したのは、誰なのだ?」
と、問いを発した。
ナンヴァル連邦では通常の政治行政及び外交軍事にあたるもの、すなわち統治は調整官が主として行っていた。
艦隊派遣というのは重大な外交軍事案件であるので、調整官の承諾が必要である。
これは大問題だった。ナンヴァルの最高指導者である調整官の知らないうちに、艦隊を派遣する命令が出されたというのだ。
それがわかったのは、ゼノン帝国のナンヴァル駐在大使ダルマエル・ドルウが艦隊派遣に対する御礼言上に調整官のもとへやって来たからである。
「私はそのことについては、何も知らされなかった。これを知っているのは、誰なのだ?これは重大問題である。いや、反逆罪にも値する」
と、厳しい言葉で詰問した。
だが、誰もその問いに反応しなかった。妙な静けさが大評議会を包んでいた。
その時、立ち上がった者がいた。
ナンヴァルの四つの階級の内、商人階級の代表であるクラウ・トホス・トルだった。
評議員の中でも若い議員である。
「調整官閣下、そのことにつきまして、我々はある協定を結びました」
「協定だと?私に何の話もせずにか?」
「ナンヴァル連邦の長い歴史の中で、我々は変わるべきだと考えたのです」
「どう変わるべきたというのか」
「我々は伝統を重んじるあまり、変化を好みませんでした。だからこそ、近年のこの停滞、退廃が進んだのです。調整官閣下には、そのような感想はお持ちではありませんか?」
「いや、我々は伝統を軽んじるようになった。だからこそ、今の衰退がある。そう私は考えている」
「なるほど、我々は考え方にかなりの相違があるようです。ダルシア人が滅びた今、竜種に起源をもつ種族はいずれも停滞、衰退の危機にあります。この危機にあたって、いつまでも竜種同士のいがみ合いはやめるべきではないでしょうか。我々は一致協力して、新しい文明を目指すべきなのです」
と、クラウ・トホス・トルは会議場を見渡して言った。
「その相手が、ゼノン帝国ということか?」
と、マグ・クガサワン・シャ調整官は言った。
自分の知らないところで、そのようなことまで決定されていたということは驚きだった。
クーデターだと騒ぐのも遅すぎた。
「他に同じ竜種はありません」
「だが、竜種とはいえ、すでに体型はほとんど人間型種族と同じではないか」
「いえ、違います。我々はまだ人間よりも竜種に近いのです。そしてこれ以上人間型種族に近づくのは止めるべきであるという結論に達しました」
「それで、ヘイダール要塞に艦隊を派遣したのは、どんな理由なのか?」
「あそこには、あなたが次期指導者としたマグ・デレン・シャがいます。彼女を廃しない限り、今のこの体制は改まることはないでしょう」
「マグ・デレン・シャまで狙っているというのか?」
「ナンヴァルの変革のためには、必要なことなのです」
と、冷ややかにクラウ・トホス・トルは言った。
「そう言ったのは、ゼノン帝国の連中か?」
「いいえ、これは我々全員の考えです」
「愚かな。お前たちには何もわかっていない。そもそも、このナンヴァルの建国はゼノン帝国とは違った理想のもとにあったのだ。それを今ゼノン帝国と同じようになろうというのか?祖先を裏切るというのか?」
「すべてはナンヴァルの発展・繁栄のためです」
「いや、お前たちの考えではナンヴァルは滅びるであろう。なぜ、それがわからぬ…」
「もはや、議論は無駄なことです…」
クラウ・トホス・トル代表は指を鳴らした。
すると、マグ・クガサワン・シャ調整官のもとへ従僕が盃に入った飲み物を恭しく運んできた。
「何を言っても無駄なことか……。だが、これだけは言っておく。我がナンヴァルの建国の神霊は、このことを不快に思うであろう」
「何をおっしゃる。建国の神霊など、もう何千万年も昔の者たち、時の彼方の伝説でしかない」
「ほう、お前は我がナンヴァルの神霊を信じぬのか」
「私は声を聴いたことも、姿を見たこともない。そのようなこと、誰が信じるというのか?」
「愚かな。例え、声を発せずとも、姿を見せずとも、神霊は存在するのだ。ゼノン帝国の者たちの言うことなど、聞いたとて、何のことがあろうか…。だが、これが今のナンヴァルの真実の姿だというのであれば仕方があるまい。さて、この度の幕引きはどうなるのであろうかの……」
マグ・クガサワン・シャ調整官は、従僕の持ってきた盃を手に取ると、目を閉じて一気に口に流し込んだ。
「これで、もう後戻りはできぬ」
と、クラウ・トホス・トル代表は会議場を見回して言った。
マグ・クガサワン・シャ調整官の遺骸は丁重に運ばれ、代々の調整官の墓地に埋葬された。
即日、評議会の全員一致で、クラウ・トホス・トルがナンヴァル連邦の調整官職に就いた。
ダルシア帝国の大使だった亡きコアは、この時ナンヴァル連邦評議会のクーデターを目の当たりにしていた。
ナンヴァルに不穏な動きがあると気づいたのは彼がまだ宇宙都市ハガロンで生きていた時のことだ。
惑星連盟の規定により例えナンヴァルに何があろうともそれに干渉することはあり得なかった。
それがこの結果だった。
調整官が伝統の毒杯を仰いでも為す術もなく見ているしかなかった。
コアはこのことを予感していたのだ。
だからこそ、マグ・デレン・シャに審判を口実にしてヘイダール要塞に行かせたのだ。
宇宙都市ハガロンでは敵が多すぎて、マグ・デレン・シャを守ることはできない。
だが、ヘイダール要塞なら必ずリドス連邦王国が出てきて、彼女をも守ってくれるだろう。
コアが調整官の墓前に立っていると、そこへいつのまにか亡きマグ・クガサワン・シャ前調整官が現れた。
司祭階級の出である彼は、死後の世界について確信があり、少しも迷いはなかったのだ。
彼はコアに目礼すると、
(私は気づきませんでした。祖国がこれほど、ゼノンの勢力に浸食されているとは……)
と、自らを恥じるように言った。
(このクーデターの筋書きを描いたのはゼノンだと、本当に思うのか?)
と、コアが疑問を呈した。
この点については、コアもまだ疑問を抱いているにすぎなかった。
それほど相手は用心深く、決して隙をみせることはなかった。
と、思うことさえも考えすぎではないかと感じるほどだ。
だが、ゼノン帝国の連中の仕業にしてはあまりにも出来過ぎているような気がするのだ。
ヘイダール要塞ではフェリスグレイブの指揮する部下たちが司令室に向かうナンヴァル連邦の奇襲部隊にやられたが、銀の月により彼らは壊滅した。
けれども、マグ・デレン・シャのいる宿舎に向かうナンヴァル連邦の奇襲部隊はまだ健在で、彼女のいる宿舎を攻撃していた。
銀の月の攻撃で何とか辛く命を助けられたフェリスグレイブは負傷した部下たちを救助したのち、司令室に向かった。
クルム少佐も一緒だった。
司令室にはすでに銀の月の姿はなかった。
彼はマグ・デレン・シャの宿舎に向かったナンヴァルの奇襲部隊を追うオーリエ中佐の部隊と魔法を使って合流していた。
彼らはナンヴァル人の奇襲部隊にまでまだ追いついてはいなかった。
銀の月が来ると、
「ナンヴァルの奇襲部隊はどこまで行っているのかわかるか?」
と、オーリエ中佐が聞いた。
「すでに、マグ・デレン・シャの宿舎の攻撃に掛かっている」
「何だと!」
「だが、マグ・デレン・シャの部下に強力な魔法使いがいるから、まだ大丈夫だ」
「しかし、…」
目を閉じて、指を口に当てて銀の月はしばらく黙った。
「ふむ、しばらくは持つだろう。ともかくもう少し奴らに近づいた方がいい。ただし、あまり近づくと奇襲部隊の魔法使いにこちらの居場所を感づかれる」
「魔法使いがいるのか?」
「ナンヴァルには強力な魔法使いがいる。今回の奇襲部隊に中にも、マグ・デレン・シャの方にもいる。だから、余ほど気を付けないと、こちらがやられる」
「どうすればいい」
「目で見える距離では危ない。音だ。音が聞こえてくる範囲なら何とか隠れて居られるだろう。私はまだ、外でちょっとやることがある」
と言うと、銀の月は魔法で転移していなくなった。
オーリエ中佐は仕方なく、部下に音に十分注意するように話して、少しずつナンヴァル連邦大使の宿舎に近づいて行くことにした。
司令室でバルザス提督――銀の月がいないのを見て、
「我々が出会ったナンヴァル人を撃退したのはバルザス提督か……」
と、フェリスグレイブは言った。
「そうだ。それよりも無事でなによりだ、要塞防御指揮官。少佐、君も無事なのだな…」
「危なかったが、何とか。それよりも、あれがナンヴァルの奇襲部隊の全員ではあるまい。マグ・デレン・シャへ向かった連中はどうした?」
「バルザス提督はマグ・デレン・シャ向かう奇襲部隊の方へ行った。オーリエ中佐が向かっているのだろう…」
「そうか……」
フェリスグレイブはクルムが素早く逃げることに判断したのを見て、こうした作戦にかなり慣れていると感じていた。
クルムのまるでどこぞの貴族かと思われる口の利き方や態度には面食らったものの、その実力は評価した。
「リドス本国ではさぞや、優秀なエリートなのだろうな?」
と、フェリスグレイブは言った。
「本国で?さあ、どうだろうか」
「リドスでは評価されていないというのか?」
「私の祖国はリドスではない。今はリドスにいるだけだ」
「ほう、よそ者というわけか…」
「誤解のないように言っておくが、リドスの者たちはよそ者として私を扱ってはいない。それだけは感謝している」
「すると、いずれ祖国に帰るというわけか?」
「そうだ」
「その祖国というのは、どこなんだ?」
「少なくとも、ジル星団にはない」
「そうか……。ま、言いたくなければそれでいいさ。我々には関係のないことだろうからな」
「……」
「いったい、ナンヴァル連邦はどうなっているんだ。何か知っていないか少佐?」
と、フェリスグレイブが聞いた。
「私は惑星連盟についてはよく知らない」
「そうか、だが、あのバルザス提督、銀の月というのだったかな、彼についてはどうだ?」
「私の国には、魔法使いはいない。だから、何とも言えない。しかし、魔法使いというのは本当のようだ」
と、クルム少佐は何か奥歯に物が挟まったような言い方をした。
マグ・デレン・シャは、宿舎の外側から何か圧力がかかっているような妙な感じがした。
フェル・ラトワ・トーラは、
「あっ、…」
と、小さな悲鳴を上げた。
「外の結界が破られました、でも内側は強力なものを張ってあるのでまだ大丈夫です」
「要塞の連中は何をしているんだ…」
と、タ・ドルーン・シャは苛立って言った。
「おそらく、我々を襲っているのが何者か気づいていればいいのですが……」
ロル星団の者達は魔法についてはほとんど知らないと思われるので、ナンヴァルの奇襲部隊がいつも使う偽装魔法を使っているなら、すぐにはそれに気づかないと思われるのだ。
「しかし、この要塞には銀の月がいるではないですか」
「銀の月が司令室にいつもいるとは限りません…」
「それでも、いずれどこかで気づくでしょう」
「司令室が占拠される前に気づけばいいのですが……」
この要塞での銀の月が司令室にいつもいることになっているとは思えなかった。
そもそもこの要塞はロル星団の元新世紀共和国の者たちが占拠しているのだ。
リドス連邦王国は彼らにとってはまだ敵でも味方でもないのではないかと思われる。
その上、銀の月は元新世紀共和国が敗北した銀河帝国の出身である。
彼らが銀の月をどこまで信用するかわからない。
しかもこのような魔法を利用した作戦など、彼らにはあまり経験がないはずだった。
「では、要塞はすでに敵の手に落ちたと?」
「それはあまりにも早計すぎます。おそらく、彼らは慎重になっているのです。彼らは最近、我々には魔法使いという得体の知れぬものがあることを知ったのですから……」
要塞司令室から何の連絡もないことが不安材料だったが、今は自分たちの宿舎を守る事が重要だった。
「ですが、このままでは、この宿舎のドアを破られるのは時間の問題では?」
と、タ・ドルーン・シャは言った。
トーラはその言葉に強く反対の意思表示をしたかったが、その余裕はなかった。
襲撃してくる連中の魔法使いの力を相殺するのに精一杯なのだった。
「ここには銀の月がいることを忘れてはいけません。ナンヴァルやゼノンのすべての魔法使いを合わせても、かの銀の月に勝てるとは思いません」
「それはあまりにも、銀の月の力を過大評価しているのではありませんか」
「いいえ、そんなことはありません。ここにはあの要塞司令官がいるではありませんか」
惑星連盟のそれぞれの政府の艦隊をその本国へ転送した魔法を使った銀の月は、すでにどの国の魔法使いのレベルをも超えていた。
しかもそれに力を貸したのはヤム・ディポック要塞司令官だということは驚きだった。
ヤム・ディポック要塞司令官は、魔法使いではなかった。
一軍人に過ぎない。
だが、ただの人ではないこともタ・ドルーン・シャやマグ・デレン・シャには明らかだった。
「マグ・デレン、もしかしてあなたには彼が何者かご存じなのでは?」
「いえ、確かなことは私にもわかりません。ですが、少なくとも銀の月には彼が何者かはわかっているように思います」
「確かに、そうでなければ惑星連盟の各国政府の艦隊を魔法で本国へ転移させるようなことは考えないでしょうな……」
元新世紀共和国の艦に偽装していたゼノン帝国の艦は、ステルス状態を解除して現れたリドス連邦王国の艦隊に追われてヘイダール要塞から離れて行った。
その後、要塞の駆逐艦アーダはダズ・アルグ提督が指揮して戻ってきた。
だが、要塞の駐機場に入るのを、タレス船に偽装したナンヴァルの艦に邪魔されていた。
「何をしているんだ?」
と、ダズ・アルグの横に再び銀の月が魔法で現れて言った。
「あのタレスの船が、いやナンヴァルの艦が邪魔をしているんだ」
と、ダズ・アルグは言った。
チラッと銀の月がスクリーンを見やると、そこに偽装の解けたナンヴァル連邦の駆逐艦が映じていた。
ナンヴァルの艦は駐機場から出て、アーダの進入を妨げている。
「仕方がない、もう一度外へ出た方がいいだろう」
要塞の外へ誘い出し、そこで一気に破壊するのだ。
要塞の流体金属の中で発砲し合っては、要塞事態を傷つけかねない。
「ナンヴァル連邦の艦隊は来ているのか?」
と、ダズ・アルグは銀の月に聞いた。
「先ほど、ゼノン帝国艦隊の助勢に現れた」
「それで、あのダルシアの艦隊は?」
と、ダズ・アルグは気になっていることを聞いてみた。
異質な形状のダルシアの艦隊は、この騒動にも少しも揺るがず動きがない。
「ダルシアの艦隊に動きはない」
「なんて役立たずなんだ」
「いや、今度は動く。今、リドスの艦隊が要塞の近くに戻ってきている。ゼノン帝国とナンヴァル連邦の艦隊を連れてだ……」
「すると?」
すでに、アリュセア――ライアガルプスと話は済んでいた。
まだタリア・トンブンにダルシアの艦隊を動かすのは難しい。
だが、アリュセア――ライアガルプスなら話は別だった。
ヘイダール要塞の司令室のスクリーンでは、リドスの艦隊に誘い出されたゼノン帝国とナンヴァル連邦の艦隊がダルシアの艦隊によって主砲を撃たれるのを見ていた。
それは、いつぞやのゼノン帝国艦隊とタレス連邦艦隊の惨敗の再現だった。
主砲のエネルギー量自体の桁が違うように感じられた。
「ダルシアの艦隊は何をエネルギーにしているんでしょう?」
と、ブレイス少佐は恐れを感じながらも言った。
「我々の艦隊に向けられなくて、幸いだな」
と、正直な感想をディポックは述べた。
無表情でアリュセア――ライアガルプスは、スクリーンの映像を見ていた。
しいて言えば、そこはかとない不安を多少は抱いていた。
いったいナンヴァル連邦に何が起きているのだろうか。
次の瞬間、バルザス提督が要塞司令室に現れた。
要塞司令室の者は、銀の月が突然現れるたびに驚いたりはしなかった。
「で、マグ・デレン・シャの方への襲撃はどうなっていますか……」
と、バルザス――銀の月が言うと、
「バルザス提督、分けているフェリスグレイブの部隊の一つ、つまりオーリエ中佐の部隊からはまだ特に連絡は入ってきていないが……」
と、ディポックは言った。
要塞内の通信は奇襲部隊に傍受されるので、出来る限りしないようにしている。
「ナンヴァルの魔法使いはゼノンとは違うが、……」
と、バルザスは言った。
「魔法使いというのは、案外厄介だ」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
ナンヴァル連邦の魔法使いは、ゼノン帝国の魔術師とは少し違っていた。
違うのは魔法使いと魔術師という言い方だけではない。
魔法使いというのは、いわゆる白魔法を使う者を言う。
魔術師というのは少なくとも、黒魔術に片足を突っ込んでいることを意味するのだ。
白魔法と黒魔術は同じ特殊な力でも、ベクトルは正反対だった。
かつてはその違いをよく知っていたが、現在の魔法使いや魔術師は知っているだろうか、とバルザスは思った。
「では、私はオーリエ中佐の所へ行ってきます」
と言って、バルザス提督――銀の月は魔法で転移して行った。
ケル・ハトラス・ナン大佐は魔法使いが結界を破り、部下がマグ・デレン・シャのいる区画へ侵入を開始するのを見ていた。
魔法使いの結界は案外簡単に破れたが、部下の兵士の侵入は次に仕掛けられた魔法で押しとどめられた。
兵士の動きが止まり、そのまま凍り付いたようだった。
だが、あたりには何も見えない。
「何がある?」
と、大佐の部下の魔法使いに質した。
「これは、幻覚作用のあるフィールドを作っているようです。おそらく、兵士は自分の恐怖を見ているのです」
「解除できないのか?」
「これは、おそらくフェル・ラトワ・トーラの得意とする分野です」
「なるほど、向こうにいるのがあのトーラか……」
ナンヴァル連邦では魔法使いになるものは、幼い時から特殊能力が強い者だった。
特に魔法に必要なのは念力だった。
念力には強弱はあるが、大抵誰もがもっているものだった。
TPや透視能力のような特殊能力は、持っている者もない者もいた。
フェル・ラトワ・トーラは中でも念力に優れ、他の魔法使いを圧倒していた。
年が若くとも、魔法使いの強弱は関係ない。
能力を示し始めると、親子の同意のもとに親元を離れ魔法使いとなる訓練を始めるのが、ナンヴァルの伝統だった。
魔法使いというのは、ナンヴァルの四つの階級のいずれでもなく、階級の外にある存在であった。
階級の外に有って、すべての階級について支援を行う。
魔法使いと異なり特殊能力者は発現すれば司祭階級に迎えられ、司祭階級から他の階級の支援をする。
そして念力以外の特殊能力者は、主に司祭階級の者となるために訓練を受ける。
特殊能力と言うのは所謂魔法とは異なるものだとナンヴァル連邦では考えられていた。
また特殊能力とは魔法よりも高等なものだとナンヴァルでは考えられていた。
従って、他の階級より一段上にある司祭階級は他の四つの階級のいずれからも、特殊能力さえあれば入れるのだった。
それほど特殊能力というのはナンヴァルでは重要視されていた。
司祭階級については、そうした自由性があった。
ただ、近年その特殊能力者が減り、司祭階級の人口も四つの階級の内一番減少していた。
同じように魔法使いも減少していく傾向にあった。
ナンヴァルの魔法使いは、階級の外にあって、どの階級にも支援をするのが仕事である。
司祭階級にあっても、魔法使いは特別な存在として扱われていた。
特殊能力者は司祭階級にあって、どの階級にも支援をすることになっていた。
従って、かつてはどの階級の者からも彼らは尊敬される存在だった。
しかし、近年ナンヴァルの伝統が廃れるにつれて、魔法使いは使い捨てのできる便利者扱いされるようになった。
昔とは違って人数も少なく、膨大な呪文を知る者もいなくなって、魔法使いの便利さはなくなるばかりだった。
まして、他の階級のように、家系による相続もなく、一代限りの存在である。
魔法使いのナンヴァルでの地位は名目よりも数段下がって行き、それとともに数も減少していったのだった。
それというのも、かのガンダルフの大賢者たるレギオンがナンヴァルに生まれなかったからである。
魔法使いの使う呪文を綴る事が出来る者はレギオンただ一人なのだ。
かと言って、ゼノンやほかの惑星に生まれたということも聞いたことはない。
ガンダルフの五大魔法使いの他の魔法使いもここ数百年はどこかに出た、生まれたということは噂であっても広まったことはない。
ケル・ハトラス・ナン大佐の率いるナンヴァルの奇襲部隊は今まさにマグ・デレン・シャの宿舎に侵入しつつあった。
オーリエ中佐の部隊はその背後にあって、銀の月と合流したのだった。




