ヘイダール伯爵の帰還 18
リフトに乗ったヴィン大佐はルッツとクルム少佐のすることを見ていた。
二人がリフトの後ろの壁に触ると、そこに見取り図のようなものが浮いて出た。
「ヴィン大佐でしたね、この見取り図はわかります?これを見て、フェリスグレイブ防御指揮官とその部下のいる場所に一番近いところを教えてもらえますか?」
と、ルッツは言った。
ルッツはヘイダール要塞来てそれほど経っていないので、内部についてそれほど詳しくは知らないのだ。
クルム少佐はルッツのすることを黙って見ていた。
彼がこの要塞に詳しいことを知らせる必要はない。
「これはこの要塞の見取り図か?」
「たぶんそうだと思います」
「そうだな、このあたりだろう」
と、ヴィン大佐が指さす場所をクルム少佐は軽く触れてみた。
一瞬リフトの中が光ったように感じた。
「さあ、下りましょう」
と、ルッツが言った。
リフトが止まったのだ。
三人が外に出ると、
「ここは?いつもの場所と違う……」
と、ヴィン大佐が言った。
「ここはさっきあなたが見取り図で指さした場所のリフトを出たところです」
ヴィン大佐はリフトから降りると、廊下を見渡した。
「ここは、……。確かに、そのようだ。だが、司令室のリフトから出てきたはずだ」
「そのことは、後で、説明します。それよりも急ぎましょう。フェリスグレイブ防御指揮官たちはどこにいるんですか?」
ヴィン大佐は最初の驚きから覚めると、急いでフェリスグレイブのいる部屋に行った。
あたりにはタレス人に偽装したナンヴァル人はいないようだった。
おそらく、もう通り過ぎてしまったのだろうと思われた。
「ずいぶん早かったな」
と、フェリスグレイブが言った。
そこではすでにフェリスグレイブの部下およそ二百名程が集合し、装備を終えていた。
「ディポック司令官から、二手に分かれて、司令室とナンヴァル連邦の大使の部屋に向かうタレス人に偽装したナンヴァルの兵士を排除するように言われています」
と、カール・ルッツが言った。
「それはわかった。だが、どうやって連中を見分けるのだ?」
と、フェリスグレイブが聞いた。
ナンヴァル人がタレス人に偽装したのは魔法だと言う。
それが本当かどうか今はどうでもよかった。少なくとも司令室からそう言って来たのだ。
それを信じるしかない。
そんなことよりも、タレス人に偽装したナンヴァル連邦の兵士を排除しなければならない。
それには偽装した連中を見分けなければならない。
タレス人はロル星団の人間とあまり変わりはなかった。
見た目で分からなければ排除はできない。
「今、司令室にいる、アリュセア――ライアガルプスが見分けることができます。通信機で司令室に連絡すれば、各通路をスクリーンで見ることができます」
と、ルッツが言った。
「わかった。私が一つを、オーリエ中佐がもう一つを指揮する。そちらは……」
「では、私とヴィン大佐が中佐と一緒にいきます。クルム少佐、あなたは、フェリスグレイブ少将と行ってくれる?」
「了解した」
と、クルムは言った。
フィーガル・オーリエ中佐は一緒に行動する人員を選んだ。
「カール・ルッツ提督、準備ができた」
「じゃ、行きましょう」
「その前に、一つ聞いておきたいことがある」
「何かしら?」
「カール・ルッツ提督は、帝国軍人、つまり男のはずだが、その女のような言葉遣いはなぜなのだ」
「そうね。話せば長くなるわ。少なくとも、カール・ルッツは男だけれど、私は女なの。今はこれだけしか言えないわ」
ヴィン大佐は困ったように両手を上げた。
オーリエ中佐はため息をついて、
「行くぞ」
と、部下に命じた。
疑問と不安はあるが、今はタレス人に偽装したナンヴァル人の兵士を排除することが優先する。
偽装したナンヴァル人の兵士たちは、主に二つのグループに分かれて司令室に向かっていた。
ナンヴァル連邦の大使であるマグ・デレン・シャのいる宿舎へはグループが一つ向かっていた。
要塞の見取り図は、先日惑星連盟がヘイダール要塞に来た時に入手していたのだ。
タレス人の船から降りた者たちを見ていたタリア・トンブンは、何かおかしいと気づいた。
しかし、見ていてもタレス人しかいない。
何処がおかしいのかわからなかった。
彼女はペンダントの鎖が肌に刺さるような感じがしたのでペンダントの先に付いている結晶を持つと、周囲の景色が一変した。
目の前にいたタレス人の姿が消えて、軍服を着たナンヴァル人が見えたのだ。
「これは……」
船から降りたタレス人の男女の集団は、ことごとくナンヴァル人の兵士だったのだ。
だが、彼らはもうタリアとイオの前を通り過ぎてしまっていた。
驚いてタリアは、傍らにいるイオ・アクナスに言った。
「イオ、どう?知っている人はいて?」
「いえ、いないようです」
イオは嘘をついているようには見えなかった。
だとすると、イオも知らないことなのかもしれない、とタリアは思った。
「イオ、私急ぎの用を思い出したから……」
と、言うと、タリアはその場を急いで離れた。
クルム少佐は要塞防御指揮官のフェリスグレイブ少将とともに行動することになった。
「で、どこにいけばいいのだ?」
と、クルム少佐にフェリスグレイブは聞いた。
「とりあえず、あのリフトに……」
リフトに全員乗れないので、目的地まで何回かに分かれていくことにした。
最初のリフトに乗って後ろの壁に見取り図が出たとき、ヴィン大佐と同じようにフェリスグレイブは驚いたが、何も言わなかった。
全員がそろうと、司令室に向かう通路の一つに配置した。
そこでクルム少佐は司令室に連絡した。
「間に合ったな、そちらへタレス人に偽装したナンヴァルの兵士が向かっている。司令室に来る最初の部隊だ」
と、ライアガルプスは言った。
「今、こちらに来るそうです」
と、クルム少佐はフェリスグレイブに報告した。
「よし……」
タレス人の一団が見えた途端、フェリスグレイブの指揮下の一団は攻撃を開始した。
相手はタレス人なので普通の人間にしか見えない。
それに武器を携行しているようにも思えなかった。
それでも命令なので、フェリスグレイブの部下達は光線銃を構えて撃った。
すると、空間が歪んだように見えた後、彼らの前にナンヴァル人の兵士が見えた。
緑色の皮膚と竜族特有の顔を持つ彼らは防護服を着て光線銃と剣と盾を持っていた。
「やはり、ナンヴァル人か……」
と、フェリスグレイブは言った。
ナンヴァル人達は光線銃を持っていた盾で防ぐと、剣を抜いて向かって来た。
フェリスグレイブの部下たちは光線銃だけではなく、剣も持っていたが残念ながら盾はもっていない。
戦闘が始まると、ナンヴァル人の竜族特有の馬鹿力が発揮されてフェリスグレイブの部下たちが劣勢になった。
防御服を着ているので致命的な傷はないかもしれないが、あっという間に多くが倒されてしまった。
ナンヴァル人達は相手を殺すよりも、敵を倒して先を急ごうとしているように思えた。
司令室を占拠してしまえば、後は何とでもなるからだろう。
「うむ、ナンヴァル人は人間よりも力が強いと聞いたが、本当なのだな……」
見ていて、クルム少佐はこのままではこちらが力では圧倒的に不利だと思った。
そこで、戦闘に参加しようと出ようとしたファリスグレイブを無理に引っ張って、脇の通路に入った。
「何をする…」
「このままでは皆やられてしまう。何かを考えた方がいいのではないか…」
「そうしたいのはやまやまだが…」
二人は要塞側の人間と竜族であるナンヴァル人との力の差を見せつけられていた。
それでもフェリスグレイブの部下たちは戦闘のプロだった。
それが易々とやられてしまったのだ。
クルム少佐とフェリスグレイブが脇の通路に入ったのに気づいたナンヴァル人の兵士が慎重に近づいてきていた。
「気づかれたか……」
おそらく、ナンヴァルの兵士の中に魔法を使える者が混じっているのだと思われた。
要塞に入港している船からすべてのナンヴァル人の兵士に魔法を掛け続けるにはかなり強い力が必要だった。
要塞の中に潜入する兵士の一団に魔法を掛けた者がいるならば、それほど強い力は必要ない。
かつてはゼノン帝国よりも多くの魔法使いを擁していたナンヴァル連邦は、今ではその数がかなり減少していた。
ナンヴァルの魔法の多くの呪文は、長い年月の間に失われつつあった。
新しい呪文を綴る者が出ないからでもある。
魔法を使う兵士は魔法使いとしての力がそれほどあるのではないだろうが、タレス人に自分たちを偽装するのに十分な力を持っているのだろう。
魔法の力が強ければ、魔法使いとなるはずだからだ。
それほどの力はないが、ある程度の力を持っているのだろう。
ただ、戦闘になった場合、そうした魔法を使える者が何をするかわからなかった。
クルム少佐とフェリスグレイブを見つけたナンヴァル人は、多少とも魔法を使える者に違いなかった。
「ファイアーボール!」
と、短くそのナンヴァル人は叫んだ。
両手の大きさの火の玉が現れ、脇の通路に潜むクルム少佐とフェリスグレイブに向かって来た。
クルムはすぐにフェリスグレイブの前に出て、その火の玉に当たったように見えた。
「おい!」
クルムの行動に驚いてフェリスグレイブは目を見張った。
彼から見たら、クルムが火の玉に包まれたように見えたのだ。
だが、火の玉はクルムに当たる直前に突然向きを変えて、呪文を発した者に戻って行った。
「グワッ……」
と、ナンヴァル人が悲鳴を上げて倒れた。
火の玉がまともに当たったのだ。
「一体、何が起きたんだ?」
「いえ、多分これは、私の周りに結界が張ってあるからのようだ」
と、クルムが他人事のように言った。
「結界だと?」
「魔法でできたシールドのようなものだ。私の周りにできていて、攻撃から私を守っている」
「ということは、お前さんは魔法使いか?」
「いいえ、魔法使いの誰かが私に結界の魔法を掛けていると言うことだ」
「それは、どこの魔法使いだ?」
「私は魔法使いではないので、そこまではわからない。だが、おそらくリドスの魔法使いだろう」
「……」
ナンヴァル人の兵士が倒れた後、他の連中は二人の方を伺っているようだったが、
「急げ!」
と、指揮官の声がして、彼らは急いでその場を離れて行った。
彼らは二人に関わるよりも、要塞の司令室に向かう事を優先することにしたのだった。
タリアは何が起きているのか知ろうとして、司令室に向かっていた。
ただ、あのナンヴァル人の兵士たちよりも早く司令室に着く必要がある。
リフトに乗ったタリアは、首のペンダントが光るのを見た。
何だろうと思って手に取ると、ペンダントから
(後ろの壁を触ってごらん……)
と言う声が聞こえた。
言われた通りに触ってみると、そこに要塞の見取り図のようなものが現れた。
よく見るとその中の一部が赤く光って見えた。
(光っているところを触ってごらん……)
と、再び声がした。
このまま言われたままにやっていいものかどうか、タリアは迷った。
しかし、このペンダントはリドス連邦王国の王女から貰ったものだと思い出した。
勇気を奮って、赤く光る点を推してみた。
次の瞬間、タリアはルッツとヴィン大佐のいるリフトに現れた。
二人はオーリエ中佐の部下の残りを移動させようとしていたのだ。
「タリア!どうしたの?」
と、ルッツは言った。
「あ、あの、どうなっているのか私にもわからない。ただリフトに乗って、後ろの壁を触っただけなの」
と、タリアは言った。
「このリフトのことどうしてわかったの?」
と、ルッツが聞いた。
「このペンダントから声がして……」
ヴィン大佐は初めて見るタリアに驚いていた。
話には聞いていたが、まだタリアには逢ったことがなかったからだ。
「でも、どこへ行くつもりだったの?」
と、ルッツが聞いた。
「司令室よ。ナンヴァルの兵士が突然やってきたから、何があったのかと思って……」
「あなた、ナンヴァル人がわかるの?」
「ええ。タレス人に見えるけれど、本当はナンヴァル人で武装したナンヴァル人の兵士だというのはわかる」
「あなたはTPだとばかり思っていたわ」
「私も、そうだと思っていたけれど、このペンダントが知らせて見せてくれたの。これは何か魔法の道具のようなものなのかしら?」
「さあ、でも今は役に立ちそうだわ」
タレス人に偽装したナンヴァル人の兵士たちは、二つのグループに分かれて司令室を目指していると思われた。
一つのグループであっても、集まって移動するのは目立つので、少し離れてお互いに目で合図をしながら移動していた。
彼らはリフトの前でリフトが止まるのを待つふりをして、仲間を待っていた。
やっと仲間が揃った時、要塞の一般人が同じリフトにやってきた。
「やあ、君たちタレス人だね。タリアを探しているのかい?」
と、のんきに相手はナンヴァル人の兵士とも知らずに話しかけてきた。
「ま、まあそうです」
と、一人が言った。
「このリフトに乗るんなら、向こうの一ブロック先のリフトの方がタリアのところに行くのは早いかも…」
と、彼は親切そうに言った。
「いや、別に急いではいないので、それに要塞の中も見物がてら行くつもりなんで…」
「そうかい、それもいいね」
と言うと、機嫌よく手を振って去って行った。
彼はルッツだった。
廊下を曲がって見えない場所まで来ると、通信機を取り出して、横の通路に隠れている仲間のタリアに確認した。
「彼らがナンヴァル人かしら……」
「そうよ」
タリアはオーリエ中佐に、
「いたわ。やって!」
と言って、先ほどの話にあった一ブロック先のリフトに乗った。
ルッツはナンヴァル人の兵士たちを確認しに来たのだった。
タレス人に偽装したナンヴァル人の兵士たちが乗ろうとしたリフトからオーリエ中佐とその部下が現れ、ナンヴァル人と戦闘を始めた。
戦闘を始めると、周囲の空間が歪み、ナンヴァル人の姿が現れた。
「気を付けて、ナンヴァル人は竜族だから人間よりも力が強いのよ」
と、タリアは叫んだ。
戦闘はナンヴァル人の強さに要塞側の兵士が押されて行った。
オーリエ中佐は危険を感じて、ヴィン大佐やルッツとタリアを庇いながら動いていた。
一人残ったオーリエ中佐の部下がやられてしまうと、
「リフトまで下がるんだ……」
と三人に言った。
ヴィン大佐はルッツとタリアを庇いながらリフトまで逃げて行った。
ナンヴァル人の兵士はオーリエ中佐を倒すと、残った三人には目もくれず、司令室に急いで向かった。
要塞司令室では司令室に向かっていたナンヴァル人の兵士を退かせることができずに行かせてしまったことを、クルム少佐とヴィン大佐からの知らせで聞いた。
フェリスグレイブの部下達では彼らに歯が立たなかったのだ。
このままでは司令室がナンヴァル人に占拠されてしまうことになる。
ディポック司令官が参謀のグリンと共に対処法を考えている時に、バルザス提督――銀の月が現れた。
「大丈夫ですか?」
と、銀の月は言った。
「ナンヴァル人の兵士は強いですね。我々では歯が立たないことがよくわかりました」
「そうでしょうね。では、これから私がすることを黙って見ていてくれますか?」
「何をするんです?」
「こうなっては、ここの兵士の力では彼らを排除できないようですから、仕方がありません」
と、銀の月は言った。




