ヘイダール伯爵の帰還 16
銀の月とライアガルプスの脳裏に同じ光景が映じた。
その昔、彼らが対ゼノン帝国との戦いで使った作戦だ。
そして、ヘイダール要塞がゼノン帝国の兵士に占領される映像も同時に見えた。
「まさか、でも……」
と、バルザス提督が一瞬迷って言った。
「まさか、ではない。急がねば、間に合うまい」
と、アリュセアが断言した。
その口調はライアガルプスのものだった。
「しかし、あれは、ナンヴァル人が得意とする攻撃方法のはず……」
「それならば、ナンヴァルはゼノン帝国の手に落ちたのだ」
ジル星団の魔法使いがいる種族はそれぞれ得意とする魔法を持っていた。
ゼノン人は攻撃魔法を得意とする。
転移魔法も得意だった。
そしてナンヴァル人では攻撃魔法はどちらかと言うと苦手で有り、人の目を惑わしたりする幻影魔法が得意だった。
そして、ゼノン人にはあまりいない超能力であるTPなども多くいた。
そのため攻撃方法もゼノン人は直接艦の主砲を強化する魔法を使い、ナンヴァル人は身を隠したり、目を惑わしたりして隠密裏に宇宙船や要塞に潜入する方法を得意としていた。
「バルザス提督、我がリドスの艦隊からそんな連絡はありませんでしたが…」
と、ドルフ中佐は言った。
他の者には、バルザス提督――銀の月とアリュセア――ライアガルプスの話がわからない。
「だが、現実にはそうなっている。それ以外にあの魔法で偽装した艦がここに来た理由は考えられない…」
バルザスとアリュセアは宿舎で睨み合った。
「どうしたのだ、バルザス提督」
と、ナル・クルム少佐が二人とも戻ってきたのに気づいてやってきた。
「すぐに動かねば、要塞だけではなく、我々も終わりだ、いやこの身体がだがな」
「どうしたの、二人とも。何の話なのかわからない」
と、カールは言った。
「私は要塞の艦へ行く。君は、要塞司令室へ行ってくれ。ディポック司令官に危険を知らせるんだ」
と言うなり、バルザスは魔法を使って消えた。
「我々も急いで移動だ。ドルフ中佐は残って、子供たちをみていてくれ」
と、ライアガルプス――アリュセアは言った。
「あの、あなたはライアガルプスなの?」
と、カールは聞いた。
「そうだ。ナル・クルムとか言ったな、お前も来た方がいい。そしてよく見ておくのだ」
アリュセア―ライアガルプスはカール・ルッツとナル・クルム少佐を連れて部屋を出た。
そして、いつも要塞司令室に行く方向とは逆に行こうとするので、
「方向が違うのではないか?」
と、クルム少佐が言った。
「いや、これでいいのだ」
バルザス提督の宿舎から一番近いリフトに乗ると、アリュセア――ライアガルプスはリフトの壁に触れた。
ちょうど入口の真後ろになる壁に要塞の見取り図が現れた。
「これは、同じようなものをどこかで見たことがあるわ」
と、カール・ルッツが言った。
カールが見たのは彼女の母銀河である白銀銀河のアンダイン種族の古代遺跡で見たのだ。
古代遺跡のその装置はまだ動いたので、大変なことになったことがある。
それと同じものがここにあると言うことはどういう事なのだろう、と彼女は思った。
「そうだろう。それと同じものだ」
アリュセアは見取り図の中から司令室に近い場所を選んで再び指で触った。
すると、リフトの中が光った。
気が付くと、三人は司令室に一番近いリフトに移動していた。
「このリフトは、転送装置になっているのね」
と、カールは言った。
カールは白銀銀河のアンダイン種族の古代遺跡で見たものと同じだと確信した。
ヘイダール伯爵は白銀銀河の出身であり、かつてそこで最強の種族と言われたアンダイン種族なのだ。
その彼が設計したものなので、同じものがあるのは当然だった。
「ヘイダール要塞にこんなものがあったのか……」
と、クルム少佐は驚いて言った。
「この要塞は銀河帝国だけが作ったのではない。もちろん、彼らは知らないが、この要塞を作るに当たって、陰ながら我々も協力していたのだ」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
「すると、他にも……」
「それはあとだ」
三人は急いで司令室に向かった。
ディポック司令官は、アリュセアとカール・ルッツがやってきたと聞いて、
「何かあったのかな?」
と、のんびりと構えていた。
スクリーンには元新世紀共和国のものと見られる宇宙船しか映っていなかった。
そのため、警戒していなかった。
それに一隻はすでに、要塞に許可を得て入港してしまっている。
「ディポック司令官、要塞に入港したタレス連邦の船に要塞からすぐ出るように命じるのだ。いや待て、もし乗員が下りているようなら、すぐに拘束するのだ。タレス人に見えるかもしれないが、あれはおそらくナンヴァル連邦の兵士だ」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
「どうしたんです?」
と、相手の切迫した雰囲気につられて、ディポックは聞いた。
「説明している暇などない。あれは本物のタレス人の船ではない。この要塞を攻略しようとして入り込んだの敵なのだ」
「しかし、タレス連邦の船に見えましたが?」
と、ヴィン大佐が言った。
すぐには信じられなかった。今さっき、コランドと新世紀共和国から来た船ではないかと話していたところだからだ。
「違う。あれは、ナンヴァル連邦の船だ。魔法で偽装しているので、他の者にはわからないのだ」
「しかし、ナンヴァルは……」
と、ディポックはまさかと思って言った。
「おそらく、ナンヴァル連邦はゼノン帝国の手に落ちたのであろう」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
「まさか。じゃ、あのスクリーンの船は?」
「あれも偽装だ。おそらくゼノン帝国の艦だろう。向こうの要塞の艦に銀の月が行った。やつが何とかするだろう……」
ヘイダール要塞に警報が鳴り響いた。
要塞防御指揮官ウル・フェリスグレイブは、連絡を受け急きょ部下を招集した。
だが、その時にはもう魔法で偽装したナンヴァル連邦の兵士が船から降りて、それぞれ要塞司令室に向かっていた。
彼らはタレス人に見えるよう魔法で偽装しているので、フェリスグレイブが指揮する兵士達が司令室に向かう敵を排除するよう指令を出しても、そう簡単に排除できるとは思えなかった。
考えてみれば、この方法はかつてディポックがこの要塞を攻略するために使った方法に似ている。
ディポックは魔法が使えないので魔法を使わなかっただけだ。
「連中はこの司令室を目指していやってくるはずだ」
と、ライアガルプスは言った。
「敵の数や武器の種類は、どうなのでしょう」
と、ブレイス少佐が言った。
「数はあの船に乗っているのだから、数百人というところか……」
と、ナル・クルム少佐が言った。
「おそらく、この司令室だけではなく、ナンヴァル連邦の大使であるマグ・デレン・シャも狙っているはずだ」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
「あのナンヴァルの大使は仲間ではないのですか?」
と、参謀のグリンが聞いた。
ナンヴァル連邦が攻めてくるなら、大使はそれを引き入れた可能性もあると考えたのだ。
「いや違う。要するに、ナンヴァル連邦でクーデターでも起きたのであろう。その連中がゼノン帝国と手を組んでいるということだ」
「なぜ、マグ・デレン・シャは仲間でないとわかるのです?」
と、グリンは聞いた。
「それを話せば長くなる。彼女はこのことが分かったら、ナンヴァル連邦政府から離れるだろう。だが今は、何とかこの要塞を守らねばなるまい。要塞に侵入されてしまっては、さすがに今のわたしだけでは、この司令室を守るのも難しい。ディポックとか言うたな?おまえはこの要塞について、どれだけ知っている?」
「私は、三年前に、この要塞を一度落としたことがあります。その後、この要塞は銀河帝国に戻り、半年前再び私が占領したのです。ですが、私はこの要塞については、公式記録以外のことは知りません」
「なるほど。なかなか慎重な言い方だな。この要塞を建設するに当たって、銀河帝国以外の者たちが協力していたのを知る者はおるまい。ダルシアやリドスも協力した。他にも協力した種族がいる」
「それは、何のために……」
と、グリンが訝しげに聞いた。
「ふたご銀河の者たちを守るためだ。未来のためだ。だからここは、銀河帝国のものであってはならない」
「なるほど、それでマグ・デレン・シャはここに惑星連盟を移そうとしたのですね」
と、ディポックは言った。
「いや、彼女もそこまでは知るまい。それに、そう簡単に惑星連盟を移すことはできないだろう」
「反対者がいるということでしょうか」
「もちろんだ。それがゼノン帝国を主な勢力とする者たちだろうことは、賢明なおまえならわかるはずだ。あれは、そうした連中が仕掛けてきたのだ」
と、スクリーンに映じている船を指して、アリュセア――ライアガルプスは言った。
バルザス提督は、一気に損傷の激しい船に近づく要塞の巡洋艦アーダに魔法で転移した。
「いいか、十分注意しろ、何が出てくるかわからんからな」
と言っているのは、要塞艦隊の司令の一人、ダズ・アルグ提督だった。
艦長らしき人物は、ダズ・アルグの後ろに立っている。
「よし、この辺で、もう一度通信を送るんだ」
新世紀共和国の艦の中は、銀河帝国の艦とは違って、司令官の立っているところは通信士や操縦士のいる場所からかなり高い位置だった。
ダズ・アルグは艦橋に立って、必要な指示を与えていた。
バルザス提督は、ダズ・アルグから少し離れて、立っていた。
ダズ・アルグの話が途切れた時、指を鳴らして合図をした。
「ん?誰だ?」
首を巡らして、バルザスを見つけると、
「いつ、この船に乗ったんだ?」
と、ダズ・アルグは驚いて呟いた。
彼はこの艦にバルザス提督が同上しているはずがないことを知っていた。
「今、来たところだ」
「何をしに来たんです?」
と、ダズ・アルグは言った。
バルザス提督がどうやってきたのかは、聞くまでもなかった。
要塞の司令室に突然現れたりしたことがある。
魔法で移動したのだ。
ただその理由が分からなかった。
「あの船だが、あれは魔法で偽装が施されている」
と、バルザスは言った。
「何だって?あれは新世紀共和国から来た船ではないというのか?」
所々塗料が剥げ、今にもエンジンが止まりそうに見えるその船の船体に、新世紀共和国のマークがおぼろげに見える。
「あれは、ゼノン帝国の艦だ」
「何だって、それじゃ、要塞に入れた船は?」
「あれは、ナンヴァル連邦の艦だ」
と、バルザス提督は断言した。
まるで彼には艦を識別するマークが見えるようだった。
「し、しかし、……」
と言って、ダズ・アルグは信じられないというように首を振った。
ナンヴァル連邦が突然敵になったのはどういうわけなのか、とダズ・アルグは思った。
ナンヴァル連邦と言えば、惑星連盟の議長であるマグ・デレン・シャが要塞にいる。
彼女が敵に回ったのだろうかと、思った。
「いや、マグ・デレン・シャは多分このことを知らないだろう」
と、バルザス提督はダズ・アルグの心を読んだかのように言った。
「どうしてそれがわかるんです?」
「例え、本国が要塞の敵に回ろうと彼女が敵になることはない」
「でも、魔法で本国から連絡が有ったりするのでは?」
「いや、ナンヴァル連邦の魔法使いだけではなく、ジル星団の魔法使いでは本国とこの要塞の間で連絡を取る事は出来ない。そのような力を持つ魔法使いは彼らの中にはいない」
「しかし、……」
ダズ・アルグは納得しかねた。
「ただ、ナンヴァル連邦本国政府がクーデターにあったとしたら、ナンヴァルが敵になる事はありうる……」
「では……」
「今はその確認を取ることはできないが、そう考えればつじつまが合う。まあ昔は、魔法で偽装した船で、敵の基地を乗っ取るという戦法をよくとったものだ」
「昔?いつ頃の話です?」
「そうだな、五~六千年前から一万年前くらいかな」
「そんな昔のことをよく覚えていますね」
「見た目よりも年を食っているのでね」
ダズ・アルグは呆れてものが言えなかった。
バルザス提督は多少大目に見積もっても、三十代後半にしか見えない。
少なくとも、ダズ・アルグよりは五歳は上のはずだった。
だが、銀の月としてなら一万年は優に超えるかもしれない。
「で、どうするつもりだったのかな?」
と、バルザスが尋ねた。
「通信ができなかったら、おそらく向こうの司令室もやられているかもしれないから、このまま近づいて近接戦闘用のチューブで向こうへ行くつもりでした」
「まあ、シャトルで行っても同じだが、向こうはこちらが来るのを待っているんだ」
来たら、捕まえて相手の艦を乗っ取り、それを使って要塞に乗り込む計画なのだろう。
先に入った船の連中と合流すればかなりの人数になる。
「そうでしょうね。で、あなたはどうすればいいと考えているんです?」
「もちろん、攻撃するんだ。正体がバレたと気づかれないうちに」
ダズ・アルグは本当にバルザス提督の言うことが正しいのか、自信はなかった。
「要塞にこのことを聞こうなどとするな。この距離では、通信は傍受されるぞ」
と、バルザスは警告した。
「わかっていますよ」
あまり考えている時間はない。
相手が元銀河帝国軍人のベルンハルト・バルザスだと思うから不安なのだ。
最初から、ガンダルフの古い魔法使い『銀の月』と思えばいい、とダズ・アルグは決めた。
「主砲用意、目標は国籍不明のあの船だ。いいか、打て!」
と、ダズ・アルグは命じた。
要塞から派遣された艦は、国籍不明の船に向かって主砲を三度斉射した。
このくらいでその船は簡単に破壊できると思ったのだ。
だが、最初の攻撃は命中したが、二度目三度目はシールドによって弾かれた。
「あの船にあんなシールドはないはずだぞ」
と、ダズ・アルグは言った。
残念ながら、元新世紀共和国の技術ではあのような主砲を弾くような強力なシールドは作れないのだ。
やはり、バルザス提督の言ったことは正しいようだとダズ・アルグは思った。
「新世紀共和国の船だったらないはずだ。だが、ゼノン帝国の艦だったら、この艦の主砲から身を守るシールドがある」
と、バルザスは言った。
「そうか、いやそうじゃない。それじゃ、こちらの艦はどうなるんだ?」
主砲に効果がないとしたら、逆にやられてしまうだろう、とダズ・アルグは思った。
確か、ゼノン帝国の艦は新世紀共和国や銀河帝国の艦よりも攻撃も防御も強力だと聞いている。
「提督、今度はこちらを攻撃してきます」
と、通信員が言った。
同時にこちらの艦の周囲で撃たれたエネルギー砲を弾くように光るシールドが見えた。
ダズ・アルグや他の乗員がもうだめだと思った瞬間だった。
「あれは、何だ?」
「私が魔法で艦の周りにシールドを張った。だから大丈夫だ。それよりも、もう一度、主砲の用意を」
と、バルザスは言った。
何だって、とダズ・アルグは言いそうになって堪えた。
実際に宇宙で魔法が使えるとは考えなかったのだ。
要塞の中でなら、これまで魔法を使うのを見てきたので可笑しくはない。
だが、艦同士での戦闘で魔法が役に立つとまでは思っていなかった。
「待ってくれ、さっきは効果がなかったじゃないか?」
「君たちの主砲だけではな……」
と、意味ありげにバルザスは言葉を濁した。
ゼノン帝国と見られる艦から打たれた砲は、要塞の艦に届く前に目に見えぬ壁に当たっていた。
おそらくそこに魔法で作られたシールドがあるのだろう。
「向こうの攻撃がこちらに届かないようです」
と、通信員が言った。
スクリーンを見たが、あのような強力なシールド発生装置はこの巡洋艦アーダにはない。
「あんたか?これは銀の月の魔法なのか?」
「いや、あれは私ではない。それよりも、攻撃だ」
とりあえず、主砲を打つしかない、とダズ・アルグは思った。
「さっきと同じように打つんだ。いいか……」
巡洋艦アーダから放たれた主砲は、新世紀共和国の船に今度は命中した。
「当たった?いや、続けて打て……」
「完全な破壊は避けてくれ、乗っている連中に用がある」
と、銀の月は言った。
「向こうは、ゼノン帝国の連中じゃないのか?」
「そうだが、おそらくあの艦には本物の新世紀共和国の人間が乗っているはずだ」
「どうしてそんなことがわかるんだ?」
「あの船の外側は細部まで、新世紀共和国の船を忠実に模していた。そのためには、新世紀共和国の船について詳しい人物がいる必要がある。例え魔法でも、いやだからこそ本物に近く見せるには君の仲間が必要なんだ」
「し、しかし、シャトルで乗り込むのか?」
攻撃力が弱ったとはいえ、まだ降伏したわけではない。
シャトルで出るとしたら、危険だった。
「私が向こうに魔法で移動する」
「何?ちょっと待て……」
と、ダズ・アルグが驚いているうちに、銀の月はいなくなった。




