ヘイダール伯爵の帰還 13
ディポック司令官の執務室と同じ場所だが、別の次元の空間にベルンハルト・バルザス――銀の月は浮かんでいた。
要塞の別の場所にいたのだが、アリュセア・ジーンとカール・ルッツが司令官室に入ったのを知って来たのだ。
魔法使いである銀の月は、ヘイダール要塞の中で起きていることを感じることはできる。
ただし、自分の関係している物や人物がいることが条件である。
例えば、危険かどうかなど感じることはできるが詳細はわからない。
何が起きているのかを知るにはその場所へ移動して見聞きしなければならない。
だから、司令官の部屋でアリュセア達が自分の話をしていることに気づいてやって来たのだ。
そこでは銀の月の知らない情報を話していた。
「なるほど、そうでしたか」
と、バルザス提督は呟いた。
もちろん、その声はディポック司令官やブレイス少佐やルッツ達には届かない。
けれども、アリュセアには彼らの姿が見えた。
「ディラント、あなた聞いていたの?それに、一緒に来た人は誰なの?」
と、アリュセアは言った。
すると、その言葉に応じるように、バルザス提督の姿が見えるようになった。
銀の月が魔法で見えるようにしたのだ。
闖入者に一番驚いたのはヴィン大佐だった。
彼は魔法などがあるとはまだ知らないのだ。
「え?いつ、来たんです?誰です?」
と、アロウド・ヴィン大佐が言った。
人が部屋に入ってくるような音や気配は、まったくなかったのだ。
アリュセア以外の人たちは、突然の闖入者にびっくりするのは当然だった。
ディポック司令官はできるだけ穏便に言った。
「ええと、せめてこの部屋に入って来たことは知らせて欲しいんだが……」
「これは、どうも。ここはあなたの部屋でしたね。申し訳ない司令官。ちょっと取り込んでいて、慌ててしまったのでつい来てしまったのです……それで、そちらは?」
と、バルザスは言った。
ヴィン大佐は驚いた表情を消して、胡散臭いと言うようにバルザス提督を見た。
驚いたのですぐに思い出せなかったが、バルザス提督については元新世紀共和国でも大逆人の一味として写真や映像が流れていたので聞かなくても誰かはわかった。
「すみませんが、司令官こちらの方は?」
と、ヴィン大佐が改めて聞いた。
「そうだ、紹介はまだだったね。こちらはうちの情報収集担当のアロウド・ヴィン大佐。あちらはリドス連邦王国艦隊のバルザス提督だ」
ナルディア・バルザスは霊人なので、ディポック司令官には見えなかったので紹介はなかった。
「バルザス提督というと、あの元銀河帝国の軍人だった……」
「そうだ」
ヴィン大佐たちの話の最中にも、アリュセアはどこか別の方向を見ているようだった。
何となく気になって、ディポック司令官が聞いた。
「あの、アリュセア、どうかされましたか?」
「え?いえ、その、ディラントに聞きたいことが……」
「私に聞きたいこと?」
「ええ、そこにいる人、あなたの奥様かしら……」
他の者たちはアリュセアの指さす方を見たが何も見えなかった。
「ディラント、あなた私たちの話を聞いていたの?」
と、アリュセアは言った。
「当たり前だ。この要塞の中で私の目が届かないところはない」
と、バルザスは言った。
「そこにいる人が、あなたの妻であるナルディア・バルザスなの?」
と、アリュセアは言った。
バルザスの隣に、美しい女性がいた。
アリュセアを見ると、にっこりと微笑んだ。
ディポック司令官やブレイス少佐、それにヴィン大佐はその姿が見えないので、一体何のことかわからなかった。
「そうだ。手紙と一緒に来たんだ」
「それで、あなたはこれからどうするの?」
「アンナを探さなければならない」
「でも、アンナも亡くなったのよ。今の話を聞いていたでしょう?」
「だが、アンナは行方不明なんだ」
と、バルザスは言った。
「行方不明?母親と一緒じゃないの?」
「ナルディアは、アンナを探したが見つからなかったんだ」
「でも、子供でしょう。普通なら簡単に見つかるはずよ」
「それでも、見つからなかったんだ」
アリュセアとバルザスの話は、他の者には訳がわからなかった。
咳払いをして、
「すみませんが、何が問題なのか、ちゃんと説明してくれませんか?」
と、ディポックが言った。
「もう一度言いますが、彼はヴィン大佐です。しばらく元新世紀共和国に調査に行ってもらっていたのです」
「初めまして、私はアロウド・ヴィン大佐です。あなたがベルンハルト・バルザス提督ですね」
と、ヴィン大佐は言った。
「そうです」
「バルザス提督、ご家族のことは大変お気の毒でした。それで、帝国に何をしに行かれるおつもりですか?」
と、ヴィン大佐はごく常識のある聞き方をした。
「アンナを探しに行くつもりです」
「ですが、もうお子さんも亡くなられたのです。遺体を探したいというのですか?」
「そうではなくて、アンナの魂を探しに行きたいのです」
「魂?遺体ではなくて?」
「そうです。魂が行方不明というのは、由々しき事態です」
「ディラント、アンナが亡くなることは、わかっていたの?」
と、アリュセアは横から割り込んで聞いた。
その問いに、他の者たちはぎょっとした。
死ぬことが分かって居たと言うのは、他の者にとっては気味の悪い話だった。
「生まれる前から、それは決まっていたことなんだ。アンナが長く生きられないことはね。ただ、魂はきちんと元の場所に帰るものだ。それが帰ってないとなると、何か起きたとしか思えない」
「あの、元のところというのは?アンナはどこに帰ることになっていたんですか?」
と、カール・ルッツが興味を持って聞いた。
「もちろん、天国、天上界だよ。アンナは子供だったからね。しかも病死だ。普通は地獄へ行くような事案ではない。もちろん、この地上を迷っていることも考えられる。」
「でも、それなら見つけられるはずでしょう?」
と、アリュセアは言った。
「ナルディアによれば、どこにもアンナはいないと言っている。アンナは、今回私が帝国に生まれる時に、どうしても一度は病気で幼くしてなくなるという人生を送りたいというので、私とナルディアが娘として受け入れたんだ」
「変わった人生計画をしたのね」
と、アリュセアは言った。
「人によって、人生計画というのは様々だからね。でも、子供の時に病死するという計画は結構よくあるものなんだ」
「どうしてそんな計画をするんです?」
と、カールが聞いた。
「人によって違うけれど、一つは子供の時に亡くなるという経験をすることがある。一つにはとりあえず、人間に生まれる必要がある場合があって、その場合は、早めに元の世界に帰る必要がある者もいる。あとは、親になった人間の方に子供を亡くすという経験をする必要がある場合など、もっと色々あるけどね。要するに経験を積むためだね」
「経験を積むって、死んだら終わりじゃないですか」
と、ヴィン大佐は言った。
初めてベルンハルト・バルザス提督に会ったが、どうやら頭のおかしな人物だったのかと失望しつつ、
「それよりも、大逆人の部下であるあなたが、銀河帝国に行って無事で済むはずがない。やめるように忠告します」
と、ヴィン大佐は言った。
「そうだわ、危険だわ、ディラント」
と、アリュセアが言った。
ヴィン大佐はタレス人の女性がバルザス提督をディラントと呼ぶのを不思議に思っていた。
バルザス提督の正式名はベルンハルト・バルザスであって、ディラントではない。
「何とかなると思うよ、サン。リドス連邦王国と銀河帝国の国交が樹立されることになったそうだ。そうなると正式に大使と駐在武官が派遣される。その駐在武官に任命されれば、可能だろうと思う」
と、バルザスは言った。
けれども、バルザス提督の『大逆人の一味だつた』と言う評判ついては少しも変わらないし、却ってリドス連邦王国と銀河帝国の外交には不利益をもたらすのではないかとディポックやヴィン大佐は思った。
そこでまた、咳払いが聞こえた。
その方を見ると、白髪に白い髭を蓄えた老人が立っていた。
「だ、誰だ!」
と、アロウド・ヴィン大佐はその闖入者に叫んだ。
「騒ぐでない。わしはヘイダールじゃ」
「ヘイダールだと?この要塞の名ではないか。要塞の設計者でもあるまいに……」
「だから、この要塞の設計者がわしなのじゃ……」
「何だと?」
アロウド・ヴィン大佐以外の者たちはヘイダール伯爵のことについて知っていたので、誰も驚きはしなかった。
ヴィン大佐は戻って来たばかりなので、ヘイダール伯爵については何も聞いていないのだ。
「話の途中ですまんが、わしの話を聞いてはくれんかな……」
「これは失礼しました。ヘイダール伯爵、どんな話でしょうか……」
と、ディポックは言った。
「ちょっと待ってください、司令官。ヘイダール伯爵と言うと、あの銀河帝国の貴族でこの要塞の設計者であるヘイダール伯爵ですか?」
ヴィン大佐は自分だけが驚いているのを感じて不服そうに言った。
「そうだ。まだ、君には紹介してなかったな。後で、話をしようと思っていたんだ。ちょうどいい、彼は確かにこの要塞の設計者のヘイダール伯爵だ」
「ちょ、ちょっと待ってください。この要塞は百年前に建設されてのですよね。だとすると、当時のヘイダール伯爵のわけないですね。という事は、銀河帝国から亡命かなにかしてきたのですか?いや、待てよ。ヘイダール伯爵は要塞の建設後かその前に、病死したか暗殺されたとか言われていませんでしたか。それで、ヘイダール伯爵家は絶えたと言われているのでは……」
ヴィン大佐は混乱して、ヘイダール伯爵について理解できないようだった。
「まあ、落ちつきたまえ。わしがヘイダール伯爵だというのは本当のことじゃ。それでじゃ、司令官、大事な話がある」
「どんな話でしょうか?」
「ふむ。実は先ほど要塞の損傷部分についての修復が終わったのじゃ」
「それは、どうもありがとうございました。助かりました」
「いやいや、わしの設計した要塞じゃからな。わしが修復するのは当然のことじゃ。それで、このままではあのゼノン帝国艦隊の攻撃に対する武器が要塞の主砲だけでは足りぬと思っておる」
要塞の修復をしながらヘイダール伯爵は、ヘイダール要塞の防御を強化することについて司令官と話がしたいと考えていた。
今回の損傷を修復しながらどうすれば防御あるいは攻撃力を強化できるかを考えていた。
前のように要塞の所属が銀河帝国であったなら、多少金額の張るものでも何とかなっただろう。
しかし、現在は元新世紀共和国から出て来た者たちが占拠していて、必要だとしてもなかなか予算がないのが実情のようだった。
「確かに、それは我々も同じ考えですが、新兵器と言ってもすぐにはできませんし、主砲をこれ以上強力にすることも難しいと思うのですが……」
「つまり、予算じゃな?」
「それもあります。ですが、予算だけではなく、新兵器というものも今は考え付かないのです」
「なるほど、すでに要塞建設から百年は経つ。その間、銀河帝国以外の国々では様々な技術が開発されているが、ロル星団ではあまりそうした技術は開発されていないという事か……」
「それに、我々だけではそうしたことをするのは難しいのです」
考えてみればこの百年の間、銀河帝国と新世紀共和国は戦争していた。
その間、新しい技術の開発などしようとしたのだがどちらにおいてもあまりうまく行っていない。
「それでじゃ、わしに一つ提案がある。要塞を守る武器についてあまり予算が掛からんで、かつ活用するのに無理がないという画期的な兵器ともいえるものなのじゃが、……」
「そんなものがあるのですか?」
「司令官、このようなどこの馬の骨ともわからぬ老人のいうことなど信じてよいのでしょうか?」
と、ヴィン大佐は言った。
「まあまあ、聞いてみるだけでもいいと思うよ」
「ちょうど、ここにライアガルプスもいることじゃ。司令官はライアガルプスを知っておるだろう?」
「ライアガルプス?それは、アリュセアのことでしょうか?」
「そうじゃ。ライアガルプスとアリュセアは同じ、一心同体じゃ」
アリュセアは突然自分の名前とライアガルプスの名がでたことに驚いていた。
「私とライアガルプスが一心同体だとどうなるの?」
と、ヘイダール伯爵に聞いた。
「ライアガルプスは本来ダルシア人じゃ。しかも、ライアガルプスと言えば、ダルシア帝国の歴代皇帝の中でも最強と言われておる」
「確かに私はダルシア帝国でも最強と言われていた。だが、それがどうしたのだ?この要塞と何の関係がある」
その口調はアリュセアではなく、ライアガルプスのものだった。
「ほう、おぬしが出て来たか、それなら話がし易い。この要塞の新しい兵器はお前さんじゃ、ライアガルプス!」
「何じゃと!」
銀の月はライアガルプスの怒りの念波を受けて頭痛がした。
ヘイダール伯爵はしれッとして、自分を睨むアリュセアを見やった。
「ちょっと、待ってくださいヘイダール伯爵。その話はまた後にしませんか?」
と、ディポックはその場の気まずい雰囲気を何とかしようとして言った。
「かまわぬではないか。どうせ、暇なのだろう、ライアガルプスよ」
「ヘイダール、いい加減にせよ。私はすでにこの世のものではない。あまりこの世に関係してはならぬのだ」
「だが、おまえさんは銀の月に呼ばれて来たではないか。気になるのだろう。そのくらいなら、始めから関係していた方がいいと思うがな……」
と、ヘイダール伯爵は言った。




