ヘイダール伯爵の帰還 12
その頃、バルザス提督の宿舎ではアリュセア・ジーンはおや、と妙な雰囲気を感じた。
誰かが来たような気がする。
「あら?カール、誰か来たのかしら?」
と、アリュセアは聞いた。
「いいえ、誰も来ていないわ」
と、カールが言った。
カールには特殊な能力はなかったし、誰かが来たという連絡等はなかったからである。
ここは、バルザス提督――銀の月の宿舎だった。
眉をしかめてしばらく考えていたアリュセアは、
「たぶん、ディラントだわ。誰かと一緒なのよ」
と、言った。
「誰かって?」
「そう。でも、あれはもしかして……」
と、アリュセアは言葉を濁した。
アリュセアの能力は霊視、つまり死んだ霊を見たり、予知夢を見たりすることにある。
ディラント――銀の月であるバルザス提督がヘイダール要塞の隅で自分に渡された手紙を見た時、誰か、しかも霊である誰かと一緒だとアリュセアは感じ取ったのだ
それはこの要塞内であるのではっきりと感じたのだ。
考えてみれば、アリュセアは元銀河帝国の軍人だったベルンハルト・バルザスについては、何も知らなかった。
「銀河帝国か、……」
と、アリュセアはため息をついた。
「どうかした?」
と、カールが聞いた。
「私、今の彼のこと、ディラントのこと、何も知らないのよ」
「それは、仕方がないわ。今回はここで初めて出会ったのでしょう?」
タレス人であるアリュセア・ジーンと銀河帝国の元軍人であるベルンハルト・バルザスは、この要塞で初めて出会ったのだ。
「そうだけれど、そう言えば昔もあまり彼のこと、ディラントのことを知らなかったような気がする」
「でも、昔って、ええと二千年前だっけ?そのころは、夫婦だったのでしょう?」
「夫婦になる前のことよ。私は、あまり城の外に出たことがなかったから、あの頃は本当に何も知らなかった。でも、今は違うわ。タレス連邦で、ちゃんと色々経験しているから。普通の人生だったしね。でも、ロル星団にある銀河帝国については、何も知らないの」
と、アリュセアは言った。
「タレス連邦のあるジル星団と、銀河帝国のあるロル星団はほとんど交流がなかったと聞いたわ。だから仕方がないんじゃない?」
「でも、何だか、知る必要があるような気がするの」
「それは、アリュセア・ジーンが言っていること?それとも、サンシゼラ・ローアン?それともライアガルプスというダルシア人かしら」
サンシゼラ・ローアンは二千年前のガンダルフ人であり、ライアガルプスは約七千年前のダルシア人だった。
どちらもアリュセア・ジーンの過去世である。
だから、アリュセア本人と言っても差支えがない。
ただし、それぞれ個性は別物だった。従って、意見が違うこともある。
「うーん、そうね。全部よ。全員がそう言ってるの」
今回に限っては、皆の意見の一致を見たのだ。
「ええと、ディラントじゃなく、ベルンハルト・バルザスという銀河帝国の人を知るには誰に聞けばいいのかしら?」
と、アリュセアは言った。
「そうね、確かここには銀河帝国から亡命した人がいると聞いたわ。でも、ここの司令官なら何か知っているかもしれないわ」
と、カールは答えた。
しかし、顔を知っていても、軍人でもなく、ただの民間人であるアリュセアが突然行ったとして、会って話をしてくれるだろうか、という不安があった。
今現在向こうは、特にアリュセアに用があるわけではない。
「でも、司令官では忙しくて、私に会ってくれないかも……。いいえ、他の人に聞くくらいなら、直接本人に聞いた方が早いんじゃないかしら?」
「それは、そうかもしれないけれど、バルザス提督は誰かと一緒にいるんでしょう?」
その誰かが問題なのだ。
あれは、おそらく、とアリュセアは思った。
急に黙り込んだアリュセアに
「何だか、過激なことを考えていない?」
と、不安そうにカールは言った。
「大丈夫。面倒だから、あれをやってみるわ」
と、アリュセアは言った。
「何をするつもり?」
アリュセアは、魔法でここへバルザスを召喚して、話を聞こうというのだ。
そうすれば、バルザスと一緒に部屋に戻ってきた人物もここへ呼ばれざるを得ない。
アリュセアはその人物にとても興味を覚えたのだ。
その時、
(ダメ!)
と、サンシゼラが言った。
「え?」
アリュセアはびっくりして、手を心臓の上に当てた。
そして、目を閉じると、心の中のサンシゼラに聞いた。
(どうしてダメなの?)
(まず、この要塞の司令官に聞いてみた方がいいわ。これはとても微妙で繊細な問題だから)
そこへライアガルプスも参入してきた。
(銀の月は、あれでなかなか繊細なところもある。あまり乱暴なことはするべきではない。私の方があやつのことを心得ている)
先ほどは全員意見が一致したが、今回は二対一に分かれた。
急に目を閉じて黙ったアリュセアを心配そうに見て、
「大丈夫?どこか気分でも悪いんじゃなくて?」
と、カールは言った。
「うーん、そうじゃなくて、意見が分かれたの。二人とも、ディラントを召還して直接聞くべきではないっていうのよ」
「なるほどね。心の中の声が言っているというわけ?」
と、興味深そうにカールは言った。
「そう。心の中に声が響いてくる感じね。自分で、自問自答しているような感覚に近いかしら」
「それで、どうする?」
もう一度目を閉じると、
「そうね。やっぱり、ここの司令官のところへ行くというのがよさそうだわ。会ってくれるかどうかわからないけれどもね」
と、アリュセアは決めた。
カール・ルッツは自分も要塞司令官に聞きたいことがあるからと言って、アリュセアとともに要塞司令官の執務室に行くことにした。
その頃、ヘイダール要塞司令官ヤム・ディポックは、リドス連邦王国のバルザス提督にジル星団の状況について聞こうとして内線で呼び出そうとしたところだった。
「タレス人のアリュセア・ジーンとリドスのカール・ルッツ提督が私に聞きたいことがあるって?」
と、ディポックは二人の奇妙な取り合わせに首を傾げた。
「どうしますか?」
と、副官のブレイス少佐が聞いた。
「いや、別に構わないよ。今、バルザス提督に話が聞きたくて、呼ぼうとしていたところなんだ。でも、どんなことが聞きたいのかな?」
ジル星団のタレス連邦からきたアリュセア・ジーンと見た目は元帝国軍人のカール・ルッツの組み合わせは確かに妙だった。
「ええと、私に聞きたいことがあるということでしたが……」
と、ディポックはやって来たアリュセアに言った。
アリュセア・ジーンは最後に会ったときは、ライアガルプスというダルシア人だと言っていたので、どう接すればいいのかわからなかった。
それにカール・ルッツの方も、見た目は男性なのだが、本人の言うところによると中身は女性だというのだ。
「あの、お忙しいところ、会ってくださって、ありがとうございます。それで今日来たのは、実はバルザス提督について聞きたいことがあるんです」
と、アリュセアは言った。
「バルザス提督について?それなら、私ではなくて同じ銀河帝国の軍人だったメイヤール提督に聞いた方がいいかもしれない」
と、ディポックは言った。
「そうですけれど、あの、今日バルザス提督を誰か尋ねてきませんでしたか?」
と、アリュセアは一番気になっていることを聞いた。
「今日?今日は、私の知人がバルザス提督に会ったけれど、それが何か……?」
「その時、他に誰かいませんでした?」
「誰かって?」
「だから、あの、銀河帝国にいるバルザス提督の恋人か奥様とかに……」
「ああ、それならバルザス提督の夫人から手紙を私の知人が預かってきたので、それを彼に渡していたけれど、……」
と、ディポックは思い出しながら言った。
「やっぱり、そうだったんだ」
と、アリュセアは言った。
「ええと、それが何か?」
と、アリュセアの言葉にびっくりしてディポックは聞いた。
「ディラント、いえバルザス提督が誰かと一緒のような気がしたので、それが誰なのか気になって……」
「いや、本人が来たのではなくて、夫人の書いた手紙を渡したんだけれど」
と、ディポックは相手の思い違いを直そうとして言った。
「いいえ、本人が来ていました」
と、アリュセアは断言した。
「本人が来ていた?いや、来てはいないよ。私の知人がバルザス夫人の手紙を持ってきたんだ」
「だから、手紙と一緒に憑いてきたんです」
「だから、……。え?憑いてきた?」
ディポックは呆気にとられて言った。
「ちょっと待って。つまり、バルザス夫人がその手紙に憑いて来たってこと?」
と、カール・ルッツが確かめるように言った。
「そう!」
と、アリュセアは明快に言った。
「それじゃ、バルザス夫人はつまり……」
「まさか……」
と、ディポック司令官とブレイス少佐が顔を見合わせて言った。
「ディラントは、こうしたことにはとても敏感なんです。誰の物かわからない物を触っただけで、持ち主が生きているか死んでいるかわかるんです。だから、その夫人の手紙を触った時点で、夫人がもう生きていないことを知ったはずです」
と、アリュセアは説明した。
そして、
「それに、あの手紙にはバルザス夫人が一緒に憑いて来ていたから、今彼は、夫人と話をしていると思います。ディラントは他の魔法使いと違って、死者と話ができる者なんです。だから銀の月という異名がついたんです」
と、続けた。
ディポック司令官は、アリュセアの話を聞いて、ごくりと唾を飲み込んだ。
これは、コランド・アルガイも想定外の事態である。
おそらくコランド・アルガイは気が付いてはいないだろう。
「それであの私、今のディラントのこと、いえあのバルザス提督のことを知りたいと思って、司令官が何か知っていないかと思って来たんです」
と言った。
「し、しかし、そのバルザス提督のことは、今の話からしてあなたの方が詳しいのではないかな?」
と、ディポックは言った。
「私が知りたいのは、銀河帝国で軍人だったベルンハルト・バルザスという人物のことです。簡単な経歴でもいいですから、教えていただけませんか?」
と、アリュセアは言った。
「そのことなら、カール・ルッツ提督、あなたが知っているのでは?」
と、ディポックはアリュセアと一緒に来たカールに言った。
「私は、見た目はカール・ルッツですけれど、本当は違うんです。この間もお話しましたけれど。リドスの人たちによれば、私もカール・ルッツの記憶領域にアクセスできるというのですけれど、それがまだうまくいかなくて、思ったよりも長くかかりそうなんです。カールの記憶に辿りつくまで」
「そう言えば、今のあなたは、遠くの銀河から来たと言っていましたね」
と、ディポックは言った。
「そうです。私の銀河はふたご銀河ではなく、白銀銀河といいます。ここから六億光年は離れています」
ディポックはため息をついた。
この二人の話を聞いていると、頭が変になりそうだった。
「それで、二人とも、バルザス提督のことが知りたいということですね」
と、ディポックは確認した。
アリュセアとカールが同時に頷くのを見て、
「わかりました」
と言って、ディポックは要塞に戻ってきたアロウド・ヴィン大佐を呼ぶことにした。
メイヤール提督ではなくアロウド・ヴィン大佐を呼んだのは、大佐の方がバルザス提督について調査をしてきたので詳しいだろうと考えたからだ。
アロウド・ヴィン大佐は、要塞司令官に呼ばれて執務室に入って敬礼をした後、アリュセア・ジーンとカール・ルッツを認めて、おやっという表情を浮かべた。
「よく来てくれたね大佐」
と、ディポックは言った。
「何か御用でしょうか、司令官」
と、ヴィン大佐はことさらに言った。
「ええと、今回は新世紀共和国に行ってもらったんだっけね」
と、ディポックは言った。
「は。元新世紀共和国の情勢とできれば銀河帝国について調査できれば、ということでした」
「で、どうだった?」
「は。……」
チラッとカール・ルッツを見ると、
「その前に、どうしてここに、そのカール・ルッツ提督がおいでになるのか、教えていただけませんか?」
と、ヴィン大佐は小声で言った。
大佐はヘイダール要塞にメイヤール提督がいることは知っていたが、ルッツ提督がいるとは知らなかった。
元新世紀共和国における隠密裏の調査ではルッツ提督はかの大逆事件の時に戦死したと言う事を聞いていた。
それなのに、生きてヘイダール要塞にいるのがわかったのだ。
「そうだね。それは、……秘密だ」
と、ディポックは厳かに言った。
この件に関しては複雑過ぎて、ディポックだけでは簡単に理由を話すことはできないのだ。
「閣下。それでは答えになっておりません」
と、ヴィン大佐は言った。
「大佐。ともかくそのことについては、後で私が説明しよう。今は、聞かれたことに答えてほしい」
と、ディポックが言うと、
「わかりました。ですが、きちんと後で説明していただけるのでしょうね」
と、ヴィン大佐は念を押すのを忘れなかった。
そして、威儀を整え、咳払いをしてから大佐は言った。
「で、何をお聞きになりたいのでしょうか?」
アリュセアは、じっと相手を見ると、
「私はジル星団のタレス連邦からきたアリュセア・ジーンといいます。それでええと、バルザス、ベルンハルト・バルザスという銀河帝国の軍人について、質問があります」
と、言った。
「ベルンハルト・バルザス?あの大逆人の部下だった人物ですか……」
「大逆人の部下かどうかは、どうでもいいんです。彼には家族がいませんでした?奥さまやお子さんは、いましたか?それでいたとしたら、今現在どこにいるかご存じですか?」
「バルザス提督の家族ですか?ちょっと待ってください」
と言うと、ヴィン大佐は司令官の机の上の個人用パソコンの端末機を操作した。
「私が得た情報はすでに要塞の中央コントロールに入力してあります。向こうでは、帝国軍が駐留していましたから、帝国の情報もうまく手に入れることができました。ベルンハルト・バルザスでしたね……」
カール・ルッツはヴィン大佐を興味深そうに見ていた。
彼女の国にも同じようなものがある。
こちらではどんな風に動くのか興味があった。
彼女は本来科学者でもあったからだ。
咳払いをすると、
「わかりました。ベルンハルト・バルザス提督の家族ですね。妻はナルディア・バルザス。大逆事件のすぐあと、交通事故で死亡とあります」
と、ヴィン大佐は言った。
「それは、バルザス提督が大逆事件の渦中にいたことと何か関係があるのだろうか?」
と、ディポックは聞いた。
「いえ、その可能性は多分ないと思います。大逆事件の報が帝都にもたらされる直前の事故でしたから」
「で、あのお二人に子供はいなかったのですか?」
と、アリュセアは聞いた。
「ええと、子供は……いました。女の子でアンナ・バルザスといいます。こちらは病死ですね」
「病死したのは、いつのことなのかな?」
と、ディポックは聞いた。
「母親の死後、数か月たってからですね」
「そちらは、大逆事件の影響はなかったのだろうか?」
「さあ、それはどうでしょう。病死ですからね。全然ないとも言えないんじゃないですか?もし両親が生きていたら、いい医者に見せることもできたでしょうから。両親がいないから早死にしたとも言えますし……」
「確か帝国だと、大逆事件のようなことが起きた場合、その事件の関係者は親族に至るまで刑に処せられるという慣習があったと聞くが、それはどうなのだろうか?」
と、ディポックは聞いた。
「それはどうでしょうか。今の新王朝の皇帝はそうした前王朝の悪弊を廃することを標榜していましたし、大人ならともかく、子供でしかも女の子ですから、可能性としては低いと思います」
と、アロウド・ヴィン大佐は言った。




