ヘイダール伯爵の帰還 11
バルザスは要塞司令官の執務室を出ると、指を鳴らし魔法で転移し、誰もいない場所に出た。
割り当てられている自分の宿舎に戻ろうと思ったが、あそこには今アリュセアと彼女の子供たちやカールがいるので戻るわけにはいかなかった。
子供たちはともかく、アリュセアは魔法以外では彼と似たような能力を持っているのだ。
そこは、普段は使われていない倉庫の近くだった。
先程渡された小さなディスクを再び手に取ると、バルザスは目を閉じた。
そのディスクに最初に触った瞬間、バルザスにはその持ち主が既に亡くなっているのを感じた。
つまり、バルザスの妻であるナルディア・バルザスは、死んだのだ。
銀の月であるバルザスは、そうした人の生死については、非常に敏感だった。
相手の持ち物を障っただけで、持ち主の生死が分かるのだ。
(ここにいたの、ディラント……)
ふいに、どこかで聞いたことのある女性の声がしたように思った。
振り返ると、そこにはナルディア・バルザスが立っていた。
「ナルディア……」
ベルンハルト・バルザスは妻の名を口にした。
妻の手紙を手にした時から、このことは予想していた。
もし、この手紙が妻の死に間際のものであった場合、手紙事態に妻の霊が憑いている可能性があったのだ。
ナルディア・バルザスは、銀の月を見て微笑んでいた。
その微笑みは、三年前のあの日、銀河帝国軍が新世紀共和国へ宇宙艦隊を派遣する命令を発した日、当時のダールマン元帥の指揮下に属していたベルンハルト・バルザス提督の艦隊旗艦トリノスに乗艦するために家を出たときそのままだった。
「よくここにいることがわかったな……」
と、バルザスは言った。
他に言葉の掛けようもなかった。
驚いたというよりも、よくここまで、銀河帝国から見たら宇宙の果てと思われるヘイダール要塞まで来たものだ、という感慨の方が大きかった。
いずれ、時が立てば、バルザス提督も銀河帝国へ行ける日が来ると考えていたが、その日が来るのはまだ先のことだった。
まさか、こうやって自分の元へ訪れるとは思っていなかったのだ。
けれども、普通の人間の霊では宇宙を旅することはできないので、手紙のディスクとともにやってくると言うことはおかしくはなかった。
(探していたわ、ずっと、どこにいるのかわからないから)
と、ナルディアは懐かしそうに言った。
そして、
(でも、こうして会えたわ。時間が掛かったけれど、あなたは喜んではくれないの?)
と、ナルディアは続けた。
「それは……」
銀の月は、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからなかった。
少なくとも、あまり喜べるような状態ではないと思っている。
「私が、大逆人であるダールマン元帥の部下で、元帥と共に行方知れずになったから、君に何か災いが及んだということか?」
と、銀の月は一番気にしていることを聞いた。
(そうね、全然関係ないとは言えないけれど、もうそれはいいのよ)
と、ナルディアは言った。
その言葉は、悲しみも、苦しみも表現しなかった。
ただ、バルザスに会えたという嬉しさがあるだけである。
「アンナはどうしている?」
と、銀の月は幼い娘の名を口にした。
ずっと気になってはいたのだ。
しかし、バルザスが銀河帝国から離れた事情から、捜索を依頼することもできないでいたのだ。
銀河帝国は遠く、入ってくる情報も限られていた。
(あの子は、アンナは死んだ……)
と、ナルディアはそれまでとは少し違った反応を見せた。
明らかに悲しみの表情を見せた。
「死んだ?なぜだ?」
とバルザスは言ったが、その答えは実はわかっていた。
(あの子は病気だった。今の世でも直せない病だった仕方のないことだった……それはあなたも思い出したのではなくて?)
と、ナルディアは冷静に言った。
「で、あの子は一緒に来たのかい?」
と、バルザスは気を取り直して言った。
(いいえ、そのことであなたに話があるの)
と、ナルディア・バルザスは言った。
「アンナのことか?」
(そうよ)
バルザスは交易商人コランド・アルガイから渡された手紙を思い出した。
「その前に聞いておきたいことがある。君は私に手紙を書いたのだろう?」
(ええ、私、事故に遭う前に、手紙を書いてそれをあなたに出そうと思ったの。でも事故で、私は死んでしまった。だから、私その手紙があなたに届くように念じていたわ)
「その手紙を誰かが拾ったということか」
と、バルザスは言った。
(そう。誰かがあなたに届けてくれるかもしれないと思って、手紙と一緒にいたの。そしてやっと今日あなたにその手紙が届いたのよ。だからあなたに会えた)
「この手紙は今日、独立商人のコランド・アルガイという人が届けてくれた」
(その人にお礼を言ってくれた?)
「もちろんだ」
と、バルザスは言った。
誰がコランド・アルガイに頼んだかは知らないが、手紙をバルザスに届けようとした人物は善意からなのかは甚だ疑問だった。
この手紙を読んだだけでは、ナルディア・バルザスがまだ生きていると思うからだ。
本人も死ぬ前に書いたと言っている。
ナルディア・バルザスの手紙を読んだベルンハルト・バルザスは、妻が生きていると思って、銀河帝国にやってくると思ったのではないか、と考えるのが妥当だった。
(何を考えているの、ベルンハルト?)
と、ナルディアは言った。
「いや、何でもない」
(わかっているわ。あなたのような立場にいる人にとっては、私の手紙はあなたを誘い寄せる罠にできることくらい……)
「ナルディア、それは考え過ぎた」
(いいえ、その危険があるというくらい私にもわかる。だからこそ、あなたを探していたの)
「アンナのことは?」
と、バルザスは話題を変えた。そちらの方が重要なはずだった。
(そう、アンナのこと)
「死んだというのは、確かなことなのか?」
(間違えようがないわ。遺体は子供でもあるし、引き取り手もいないので共同墓地に入れられたはず。私はそこまで行って、あの子を探したの)
「遺体はあったのだろう?」
(でも、あの子の魂が行方不明なのよ)
「亡くなった理由は?病死ではなかったのかい?」
(病死よ。あの子は初めから長く生きられない、いえそうした約束で生まれてきた子だわ。もともとこの世で長く生きる予定ではなかったのは確かよ)
「私があんなことにならなければ、もう少し長生きできたかもしれないが……」
(そんなことは些細なことよ。どちらにせよ、あまり変わりはなかったでしょう。それよりも、あの子の魂を探してほしいの)
「しかし、私は今はまだ銀河帝国に行くことはできない」
(いいえ、もうすぐ、行けるようになるわ。あなたは今リドス連邦王国に属しているのでしょう?)
「そんなこと、誰に聞いたんだ?」
(あれは、あなたの知り合いだと思うのだけれど。私には六番目だと言っていたわ)
「六番目だって?それじゃ、六の姫にあったのか?つまり君が会ったのは、リドス連邦王国の第六王女殿下だ」
(第六王女?そうなのかしら。あまりお姫様という感じはしなかったけれど……)
「それなら、間違いない。それで、なんと言っていた?」
(ええと、リドス連邦王国は銀河帝国と正式に国交を樹立したので、近々大使と武官を派遣することになる。その武官として銀河帝国に行ける可能性があると言っていたわ)
「何だって!……それでは、この手紙をコランド・アルガイに頼んだのはその六番目なのか……」
(いいえ、六番目にはここにくる途中で遭ったの。だから、あなたの考えていることとは少し違うわ)
リドス連邦王国がジル星団の他の国々に倣って、近々銀河帝国と国交を開始するとは聞いていたが、こんなに早く始まるとは思っていなかった。
ただバルザスが銀河帝国に行くとなると、あの大逆人の一味がリドス連邦王国にいることが知られてしまう。それは果たしてリドスにとって国益にかなうのだろうか、と彼は思った。
ヘイダール要塞は、ロル星団の独立商人コランド・アルガイ船長を迎えて情報を共有するために要塞幹部を集めて会議をしていた。
「さて、色々あったが、何事も無く終ってホッとしたというところかな……」
と、ノルド・ギャビ要塞事務官が言った。
ヘイダール要塞の修復にもめどが付いたのだ。
「結局、あのダルシアとか言う帝国の継承者は、誰に決まったんですか?」
と、要塞防御戦闘機中隊を率いるダヤン・ガル中佐が言った。
「タレス連邦からの亡命者を連れてきたタリア・トンブンに決まった。もちろん、現在タリア・トンブンはダルシア国籍を有している」
と、ディポックは言った。
言葉にならない驚きが会議室に満ちた。
今回の騒動の経緯については多少のことは聞いているものの、まだほとんどわかっていないのが多数なのだ。
「ダルシア帝国というと、どんな帝国なんですか?銀河帝国のような感じですかね」
と、ダヤン・ガル中佐は聞いた。
「いや、人口はおそらく、タリア・トンブンだけということになるだろう」
「え?たった一人ですか?」
「だから、帝国と言っても、政治的には特に関係ないだろう。だが、ジル星団の惑星連盟にとっては、ダルシア帝国の存在は非常に大きいようだ」
「外の艦隊はダルシア帝国の艦隊ということですが、人口がそのタリア・トンブン一人ということですと、あの艦隊には人間、つまりダルシア人は乗っていないということでしょうか?」
と、ダヤン・ガル中佐は言った。
「そういうことだ」
「それでは、どうやって動かしているんです?」
「詳しくはわからないが、ダルシアでは機械と有機物が融合して宇宙船を作っているということだった。何でも、ダルシアの宇宙船には指揮脳という機能があって、それが船全体を操縦している。それが艦隊単位の旗艦にはそれを統率する指揮脳があるそうだ」
「機械だけではないということですか?」
「そういうことだ」
実際、ダルシア帝国の技術については未知の部分が多く、ナンヴァル連邦でも全部わかるわけではないと、惑星連盟の議長であり、ナンヴァル連邦の大使であるマグ・デレン・シャは言っていた。
「ところで、そのダルシア帝国の艦隊についてですが、あれはいつ本国に戻るんですか?」
と、アロウド・ヴィン大佐が聞いた。
要塞の情報部門を取り仕切っているアロウド・ヴィン大佐は、これまで様々な情報を収集するために現在銀河帝国の新領土となっている元新世紀共和国に行っていた。
それが今回、コランド・アルガイの船で要塞に戻ってきたのだ。
「まだ、少々時間がかかりそうだ。タリア・トンブンがまだ行く気になっていないようだからね」
と、ディポックが言った。
「ですがウチの連中や銀河帝国の連中にあれを見られるのは、ちょっと厄介な気がするんですが……」
と、アロウド・ヴィン大佐が言った。
「まあ、見られても何とでもいいわけはできる。あまり、タリアを追い詰めたくはないのでね」
「しかし、タリア・トンブンはあの艦隊をコントロールできるのでしょうか?」
と、参謀のグリンが不安げに言った。
「まあ、もう一人動かすことのできる人物がいるから、何とかなるだろう」
「もう一人?ダルシアの後継者は一人だけなのだろう?」
と、コランドが聞いた。
「まあ、もう一人、その関係者がいるということさ」
と、ディポックは曖昧に言った。
「それでなんだが、実は惑星連盟の議長から、このヘイダール要塞に惑星連盟を移したいという話があった」
と、ディポックは言った。
「ジル星団の惑星連盟がこの要塞に来るというのですか?」
と、ダズ・アルグが驚いて言った。
「まだ、決まったわけではない。話があったということだ。私もまだ検討中でね」
「それが本気だとすると、我々にとっては、どんな得があるのでしょう」
と、フィーガル・オーリエ中佐が言った。
彼は要塞防御指揮官フェリスグレイブの副官だった。
「そうだね。まず全体を考える上で重要なことは、惑星連盟がここに移りたいのは、おそらく銀河帝国の加盟や交渉を考えてのことだと思う。惑星連盟はジル星団を纏める役目を果たしている。銀河帝国がもし加盟すれば、ふたご銀河全てを網羅することになる。それに対処能力も向上するだろう」
と、ディポックは言った。
「しかし、もともと惑星連盟はゼノン帝国のジル星団での横暴を抑止するために結成されたと聞いています。現在ゼノン帝国の連中は銀河帝国とどんな関係にあるのでしょうか?」
と、グリンが言った。
「銀河帝国とゼノン帝国の関係は、現在は非常に良好だと言えるでしょう。ゼノン帝国は銀河帝国にない、宇宙航行技術を提供できるとして、最初の接触を始めたのです。そこから今では大使の交換まで話は進んでいます。惑星連盟については、銀河帝国では話は聞いているでしょう。もし、ここに惑星連盟が移るとすると、この要塞の政治的独立が暗黙のうちに認められるのではないでしょうか?」
と、情報を収集してきたヴィン大佐が言った。
「しかし、あのゼノン帝国は惑星連盟について、あまり協力的ではないように思えます」
と、グリンが言った。
「そうだな、不承不承従っていると取れるような態度に思えた。惑星連盟事態がゼノン帝国を抑えるためにあるというのだから当然だろう」
と言いつつ、ディポックは一連のダルシア帝国の継承者を決める騒動での、ゼノン帝国の大使の態度を思い出した。
「それに、今はナンヴァル連邦が一応取り仕切っているようですが、ダルシア帝国の強力な後押しがなければ、惑星連盟とて、ゼノン帝国に押し切られるような気がします」
と、グリンが言った。
「それは剣呑だな。ダルシア帝国の継承者がそのタリア・トンブンとかいう、たった一人だということが分かってしまってはあまり影響力がないのではないか?」
と、コランドは言った。
「ですが、ダルシアの艦隊は健在だと聞いています」
と、ダズ・アルグは言った。
「しかし、動かせるのがタリア・トンブンとかいうのだけではな」
と、コランドが腕を組んで言った。
「あのリドス連邦王国はどうなのでしょうか?」
と、リーリアン・ブレイス少佐が遠慮がちに言った。
「リドス連邦王国だって?」
と、コランドは言った。
独立商人のコランドにとっては初耳だったらしい。
「ジル星団の国の一つなんだ。ほら、例のバルザス提督の居るという国だ。しかし、彼らは惑星連盟にはあまり協力的ではないと聞いている」
と、ディポックは言った。
「しかし、ダルシア帝国が弱り、ナンヴァル連邦も一国ではゼノン帝国を抑えられないとしたら、リドス連邦王国しかないでしょう?」
と、ダズ・アルグが言った。
「おそらく、彼らならゼノン帝国を抑えられるだろう」
と、ディポックも言った。
あの暗黒星雲の種族の男をあっという間に押さえ込んだ、リドス連邦王国の王女のことをディポックは思い出していた。
だが、あのことを口にだすのは何故か躊躇われた。
「そんなに強いのか?」
と、コランドは聞いた。
「まあ、たぶん……」
と、ディポックは曖昧に言った。
リドス連邦王国の王女については、あの時司令室にいた者しか知らないはずだった。
あの圧倒的な力はどこから来るのだろうか?
魔法使いさえ、初めて見たのに、魔法とは違うあの力はいったい何だったのだろうか?
ディポックは今でも信じられない思いだった。
「何だか、口止めでもされているのか?随分、おまえさんにしては言い方が曖昧なんだな」
と、コランドが言った。
「いや、そのリドス連邦王国については、まだ分からないことが多くて、どう話していいのかわからないんだ」
「ジル星団の方の国は、どれも少し変わっていると聞いている。だから、多少のことで驚いたりはしないさ」
そうだろうか、とディポックは思った。辺境の独立商人たちは、ジル星団についてどんな噂をしているのだろう、と興味を抱いた。
「辺境では、ジル星団についてどんな噂があるのか知りたいな」
と、ディポックは言った。
「それが、妙な噂が多いから、本当のことかどうか……」
と、コランドは言いにくそうだった。
「噂なんて、そんなものだ。で、どんな噂だい?」
「うーん、例えば、ジル星団のある王女の話がある。どこの星の王女かは定かではないんだが、とんでもない化け物だとか、そうではなくて、辺境の船団の守り神とも言う連中もいて、ただ、私はいまだ見たことはない」
と、コランドは言った。
「ふーん。名前はわからないのかい?」
と、ディポックは聞いた。
「それが、五の姫とか、六の姫とか数字のような感じで、名前はわからないんだ」
リドス連邦王国の王女が現れたとき、確か五の姫と言っていたとディポックは思い出した。
「リドス連邦王国の王女は名をあまり言わずに、何番目ということが多いと聞きましたがね……」
と、ダズ・アルグが言った。
「ふーん。じゃ、そのリドス連邦王国の王女のことなのかもしれないな」
「その、噂で化け物と言われているのは、どんな理由があるんだ?」
と、ディポックは聞いた。
「私が見たわけではないんだが、ただ、ホンの指先を動かすだけで、戦艦クラスの艦を航行不能にするとか、彗星をどかすとか、信じられないようなことなんだ」
と、コランドが言った。
このヘイダール要塞を一瞬で動かしたリドス連邦王国の五の姫のことを考えると、それほど荒唐無稽な話ではない、とディポックは思った。
「どうしたんだ?急に黙ってしまって……」
と、コランドが言った。
「いや、別に……。話は変わるが、暗黒星雲の種族というのを知っているか?」
と、ディポックは改めて聞いた。
「私は、実際にはあったことはない。だが、辺境の仲間の商船ではその噂は良く聞く」
「どんな噂かな?」
「あまりいい噂ではない。船の事故をわざと起こしたり、船の荷物を持って行ってしまったり、乗員をどこかに連れて行ってしまったりして、困らせると聞いている」
「そういう目にあった連中を知っているかい?」
と、ディポックは聞いた。
「直接には知らないな。ジル星団の商船に多いと聞いているが、あまりこちらの船には現れたと聞いていない」
「変だな。本当にいるなら、我々の方の船にも現れていいはずだ」
「いないと思うのか?」
と、コランドが聞いた。
「いや、そうとは言っていない。ただ、ジル星団の船によく現れるというのがわからない。なぜ我々の方の船には出ないんだ?」
「さあ、どうなんだろう」
ディポックはジル星団がこれまで自分達の存在を隠していたことと、何か関わりがあるのではないかという気がした。
だが、それでも彼ら暗黒星雲の種族が、ジル星団の諸国に倣って配慮するなどということは考えられない。
会議が終ると、ディポック司令官はバルザス提督に色々と聞いて見ようと思い立った。
今回はナンヴァル連邦のマグ・デレン・シャを間に立てなくても、おそらく何らかの話はしてくれそうな気がしたのだ。
何と言っても、ジル星団について、また他のことについても情報が少なすぎるのだった。
それをこのまま放っておいては、要塞を危険に落としいれかねないという気がするのだ。




