ヘイダール伯爵の帰還 9
いつもと違い銀河帝国から亡命してきたメイヤール提督とロング中佐を含めた定例会議の場で、リドス連邦王国の第五王女アズミ姫はヘイダール要塞について話をしていた。
「ところで、ヘイダール伯爵が損傷個所を修復してくださっているとのことですが、修復のためにはどのくらいの費用が必要でしょうか」
と、参謀のグリンが聞いた。
「費用?ああ、お金のことね。それはヘイダール伯爵に聞かないとわからないけれど、多分無料でやってくれると思うわ」
「無料で?しかし、修復にはかなり色々とかかるのではないでしょうか」
「あの程度なら、伯爵個人の能力で何とかなると思うわ」
「しかし、修復に掛かる原材料や労賃などは……」
「ヘイダール伯爵は好きでやっているから、特にあなた方に要求することはないと思うけれど……」
修復を無料でやってくれるということは助かるものの、ただほど高い事は無いと言う言葉もある。
アズミ姫の言い方ではディポックや他の者を安心させることはできなかった。
ヘイダール要塞は元々自給自足が可能なように作られている。
だから食べ物や衣類などの生活必需品やエネルギー等は外から運び込まなくても大丈夫だった。
だが、攻撃を受けて損傷した部分の修復に必要な材料となると話は別だ。
ある程度までは要塞に備蓄しているもので済むが、今回のような場合は修復するのに必要な原材料が足りなくなる。
その上、要塞にはこれまでに知られていない未知の技術が使われているとすると、その技術をどこから持ってくればいいのかわからない。
ヘイダール伯爵がすべてやってくれるというのはありがたいことだが、次に同じことがあった場合も伯爵が来て直してくれるかどうかわからないのだ。
「それに、ゼノン帝国の艦隊の攻撃くらいであれほどやられるのでは、もう少し要塞の防御や武器を強くした方がいいのではないかしら、……。今回のことであなた方もよくわかったでしょう……」
「いや、そうしたいのはやまやまですが、そう簡単にはいかないでしょう」
要塞の防御や武器を新しくするとなると、トンデモナイ費用が必要になる。
それに新しい防御や武器をどこから持ってくると言うのだ。
単に修復するだけでもかなりの費用が掛かるのに、その上に新しいものなどとても手掛けることなどできない。
「そんなことはないわ。ここにはもう一つの要塞『レギオンの城』があるのだもの」
「『レギオンの城』があると言っても、それは別の要塞ですよね。それにかなり古いと仰いませんでしたか?」
古いものではあのゼノン帝国の艦隊の攻撃を無効にするほどの防御システムや兵器を持っているとは考えられないというのが、ディポックを始めとする他の者の考えだった。
「あら、古いものの方が強力ということだってあるわよ。まして、当時のジル星団のダルシア帝国の最新の技術に加えて魔法も使われているものだから……」
そう言われても、納得などできようもないのが当然だった。
「そうね。私の話では納得できないと言うのなら、レギオンの話を聞いてはどうかしら……」
「レギオンですか?確か、銀河帝国の大逆人でダールマン提督のことですよね」
「そうよ。ここでは銀河帝国の軍人という事しかわからないかもしれないけれど、レギオンは惑星ガンダルフの五大魔法使いの一人で『大賢者』と呼ばれる魔法使いよ。大昔からダルシア人とは知り合いで、このヘイダール要塞の建設にも関わっている人物……」
「そのダールマン提督は今どこにいるんですか?」
「リドスの首都星である惑星ガンダルフにいるはずよ。呼べば、すぐに来てくれるわよ」
ダールマン提督と聞くとディポックとその仲間たちは顔を見合わせた。
バルザス提督が惑星ガンダルフの魔法使い銀の月だということはある程度わかるようになってきたが、ダールマン提督となるとまた別だった。
ダールマン提督はそのバルザス提督の上司だったわけで、二人ともガンダルフの魔法使いだと聞いてもどんな人物であるか想像できない。
「まあ、レギオンはおそらくあなた方が想像しているのとは全然違うと思うわ」
「どこが全然違うというのでしょうか?」
「レギオンは惑星ガンダルフの最古の魔法使いだわ。銀河帝国のダールマン提督ではないことは確かね」
「それは、別の人格だということですか?」
「そういうこと」
「銀の月と言われるバルザス提督は、以前の彼とあまり変わりない気がするのですが……」
と、ロング中佐が言った。
「それはね、彼はまだ半分バルザス提督だから……。ほら、彼の身内というか家族がまだ銀河帝国にいるでしょう。だから、完全に銀の月として目覚めてはいないの……」
「そう言えば、ダールマン提督の両親はもういないと聞いたことがあります」
ダールマン提督の家族、つまり親兄弟にあたる者は父親しかいなかった。母親とはすでに死別していると聞いていた。
それが、今回の大逆の事件を聞いて失意の内に父親は亡くなったということだった。
けれども、そもそもレギオンと言う魔法使いのことなどディポックとその仲間たちは知らないのだ。
ダールマン提督とは違うと聞いても、ダールマン提督がどんな人物かもわからない。
「ダールマン提督の方はある程度想像が付くでしょう?」
「まあ、銀河帝国の軍人なので、それに戦ったことのある相手ですから。顔を合わせたことがないとしても、ある程度予想は着きます……」
ディポックは銀河帝国と新世紀共和国との戦いに置いて、ダールマン提督の指揮する艦隊と戦ったことがあるのだ。
それに、かの戦争中にヘイダール要塞をディポック達が占拠したときに、奪い返しに来たことがある。
ダールマン提督は銀河帝国の中でも非常に優秀な軍人であり将帥だった。
大逆人と言われる前には元帥にまで昇進していたのだ。
「でも、レギオンは多分あなた方の予想が付かないと思うわ。レギオンは軍人が大嫌いな魔法使いなのだもの」
「軍人が大嫌い?」
「しかし、ダールマン提督は銀河帝国の軍人だったはず」
「ダールマン提督はね。でもレギオン自身は、本来は軍人が大嫌いなのよ」
アズミ姫の言うことには、これまで長い年月齢を重ねて来た魔法使いレギオンは軍人に関係する職業には一切就いたことがないと言う。
それほどレギオン自身は軍人が嫌いだと言うのだ。
理由はわからない。
だが、今回どういうわけか銀河帝国に生まれて軍人になったのだ。
しかも最後には元帥にまでなった。
その後で大逆人として追われるようになったが、それが理由とは言えない。
原因結果が逆転してしまうからだ。
他に理由があるのだ。
「ともかく、せっかくだからこのヘイダール要塞の建設を謀った人達を呼んで、色々聞いてみたらどうかしら。そうすれば、この要塞の本当の意味や意義がわかると思うわ」
「それはこの要塞の建設を考えたのは銀河帝国の軍や政府ではなかったと言うことでしょうか?」
「それはどちらとも言えないわ。その頃の銀河帝国の軍や政府も必要だと感じていたのでしょうし、だからヘイダール伯爵の設計計画書を見て建設を決断したのでしょうから」
確かに一方だけの情報ではわからない。
一般にロル星団で流布されていた話が、多少かあるいは大部分が違うと言うことになるかもしれない。
それを知ることも必要なことかもしれない、とディポックは思った。
「それもいいかもしれませんね」
「でしょう?それじゃ、彼らを呼んでもいいかしら……」
「ちょっと待ってください。まだ要塞の修復が終わっていませんよね」
と、ダズ・アルグ提督が慌てて言った。
「ええ、もう少しかかるのではないかしら。ヘイダール伯爵しかいないし……」
「そのヘイダール伯爵の修復作業を中断しかねませんから、それが終わってからにしてもらえますか?」
「そうね。その方がいいかもしれないわ」
「じゃ、そういうことで……」
そこで会議は一応終了することにした。
ディポック以外の者たちは仕事もあるのですぐに出て行ったが、一人会議室に残った彼は考え込んでいるように思えた。
何とかすぐにレギオンとか言う魔法使いを呼んで話を聞くことは避けられた。
とはいえ、それほど時間稼ぎが出来るわけではないだろうと、ディポックは思った。
差し当たって必要なことは、お金の問題だ。
これまでジル星団の連中とのもめ事で忘れていたが、ディポック達――つまり元新世紀共和国から来た者たちは金がない。
このヘイダール要塞は自給自足だが、軍事要塞なので他の惑星のように産出するような資源がない。
ジル星団との交易が可能だとしても交易品がないのだ。
金を稼ぐ手段がないのだ。
だから、今回のように新たに何かを必要とする場合は困ることになる。
会議室でため息を付いていると、
「どうかして?」
と、アズミ姫が話しかけて来た。
まだいたのか、とディポックは思った。
「いえ、何でもありません」
「でも、ため息を付いていたわ…」
「ただのない物ねだりですよ」
「ふうん。要するにお金がないということね…」
「まあ……そうです」
「でも、この要塞はジル星団とロル星団の中間点だから、将来的には有望ではないかしら…」
ヘイダール要塞は今ではロル星団の辺境に位置する要塞だった。
そして、銀河帝国と新世紀共和国の戦争中にはその間に位置する要塞として重要だった。
アズミ姫の言うように、将来的にはジル星団とロル星団の中間点に位置するこの要塞は、二つの星団の交易の中継基地になるだろう。
だが、それは将来のことで今はまだ、ただの軍事要塞に過ぎない。
それも、いずれ銀河帝国軍がやって来てその所属を変えることになるかもしれないのだ。
「将来的には、ですがね」
「ということは、今現在お金がないことを言っているの。それとも、銀河帝国との戦いに勝つ自信がないのかしら……」
「…両方です」
「でも、この要塞を建設する計画を立てた者たちが来て話をするならば、その両方の問題が片付くと思うのだけれど……」
ヘイダール要塞の建設を計画した者達はその名となったヘイダール伯爵以外には、惑星ガンダルフの五大魔法使いと今は亡きダルシア帝国のコア大使、それにリドス連邦王国の女王夫妻と王女達だ。
彼らはこのヘイダール要塞が『レギオンの城』に替わって、長くこの宇宙空間を守る事を望んでいた。
従って、この要塞を強力にするという事には大賛成するに違いない。
特に『レギオンの城』の防御システムや武器をヘイダール要塞に受け継がせるのは当然だというだろう。
ただその際に、今この要塞を占拠している元新世紀共和国の者たちは費用だとかそのようなことで要塞の強化をすぐには受け入れることはないかもしれなかった。
「厄介なことだわ…」
「何がです?」
「人の好意を無にすることはないでしょう?」
「それは、要塞の強化に関することですか」
「もちろん。明日にでも連中を呼んで、相談すれば、すぐにでも始まるのに……」
「しかしそれでは、我々の方の都合や意志は尊重してもらえるのでしょうかね?」
「要塞の強化にあなた方の都合や意志が何か関係があるのかしら」
「そうではなくて、口を出されることが嫌なのですよ」
「そのくらいは我慢すべきではなくて?」
と、アズミ姫は言った。




