ヘイダール伯爵の帰還 1
かつて、ふたご銀河のヘイダール要塞のある宙域には城があった。
そもそも、他銀河へ行くためのジャンプ・ゲートが集中している宙域なのだ。
大昔には他銀河との往来が頻繁に行われた時代もあった。
そのため、宇宙要塞が必要だった。
他銀河から友好的な種族ばかりが来るわけではないからだ。
そして作られた城はその宙域の異次元空間にあり、簡単に目にすることはできなかった。
それなりの技術と知識と力を持った種族にしか見つけられなかった。
その城は『レギオンの城』とジル星団の古い種族に呼ばれていたものである。
但し、現在ではその宙域には容易に見つけられるヘイダール要塞が浮かんでいる。
けれども、昔からある城が異次元の同じ場所に存在していた。
次元が異なるために同じ場所でも存在が可能だったのだ。
そのため見る者がみれば、城と要塞が重なって見えた。
その城が見える者は滅多に来なかった。
近くにあるジル星団の者達も、ダルシア人とリドス連邦王国や惑星ガンダルフの五大魔法使い以外はその存在すら気づいていない。
ただそうした城があると言う言い伝えがゼノンやナンヴァルなどのジル星団の古い種族には残っていた。
まして、ロル星団側には城があるなどわかる者はいなかった。
だから、後年この宙域に銀河帝国が宇宙要塞を建設するときに、誰も同じ宙域に城があるなどとわかる者も知っている者もいなかった。
宇宙要塞が銀河帝国によって建設されたのは今から百五十年ほど前のことだった。
その数十年前、いつの間にか新世紀共和国として独立したロル星団の辺境の勢力が銀河帝国軍と衝突し、戦いが始まったのだ。
銀河帝国ではその国の独立など認めていなかったから内乱に過ぎなかったが、新世紀共和国側はかなりの艦隊を持ち、銀河帝国艦隊と戦いを繰り広げていた。
戦いが長引くに従って、銀河帝国を守るために新世紀共和国との間の宙域に宇宙要塞を建設しようと考える者達が出てきた。
当時の銀河帝国皇帝はその話を聞き、宇宙要塞の建設に傾いた。
宇宙要塞を建設する費用はかなりのものであり、そのような要塞は必要ないとする者達もいた。銀河帝国の政府にとってもその費用の捻出は大変だったと言われている。
とはいえ、建設された宇宙要塞は新世紀共和国との戦いにある程度役に立ったと評価されていた。
新世紀共和国の艦隊が銀河帝国に侵入する防波堤になったのだ。そもそもそのために建設されたものだった。
その宇宙要塞の設計に携わったのは銀河帝国のヘイダール伯爵とされ、後年その設計者の名で呼ばれることになった。
ヘイダール伯爵は要塞の完成後間もなく病没したが、一説には要塞建設の反対勢力によって暗殺されたとも言われている。
ヘイダール伯爵には後を継ぐ者はいなかったので、伯爵家は断絶した。
リドス連邦王国第五王女、アズミ姫はヘイダール要塞の司令室にいた。
要塞司令官であるディポックが惑星連盟の審判を終えて司令室に戻り、要塞の周囲にいる艦隊であるゼノンとタレスの艦隊にダルシア帝国の継承者の審判が終了したことを告げ、ゼノン帝国のゴウン元帥と揉めているのをアズミ姫はじっと見ていた。
そして、ゼノンの艦隊と通信が一旦切れたときに、
「ディポック司令官。審判が終了したということでしたら、私はもう行きます。これをタリア・トンブンに渡してもらえますか?」
と、言って、アズミ姫はディポックに水晶のペンダントを渡した。
「これは、何です?」
と、ディポックは聞いた。
「これはダルシア艦隊との通信用に使うものです。タリアは、まだダルシア艦隊との連絡は慣れてはいないようですから……」
と言うと、一瞬でアズミ姫は姿を消した。
ディポックは瞬きをして、アズミ姫の消えた空間を見つめていた。
もう少しここにいて欲しかったと心の底では思わずにいられなかった。
惑星連盟が連れて来た揉め事がまだ完全に終わったわけではないからだ。
「あの、司令官、そのペンダント、どうします?」
と、副官のリーリアン・ブレイス少佐が言った。
「ああ、そうだね。タリア・トンブンを呼んでくれないか」
その時、ゼノン帝国の艦隊が何の前触れもなく、ヘイダール要塞に接近してきた。
「閣下。ゼノン帝国の艦隊が、許可なく要塞の防御圏内に入ります」
と、レーダー担当の兵士が言った。
「ゼノンの旗艦を呼び出してくれ」
と、ディポックは命じた。
「ヘイダール要塞司令官ディポックです。あなた方の艦隊は要塞の攻撃圏内に入っています。そのまま近づくなら、攻撃します」
と、ディポックは警告した。
すると、しばらくして、
「申し訳ない、艦隊の機器の具合がおかしくなったのだ。もちろんすぐに出て行く。少し時間を貰いたい」
と、前とは打って変わって、ゼノン帝国の艦隊司令官であるドールズ・ゴウン元帥が下出に出て言った。
ゼノン帝国の艦隊は、それでもしばらくそこを動かなかった。
「連中は要塞内部の者たちと、何か連絡をとっているのではないか?」
と、フェリスグレイブ要塞防御指揮官が言った。
「いえ、艦隊と要塞内部との交信は探知できません」
「いや、待てよ。司令官、まさかまた魔法を使っているのでは?」
と、ダズ・アルグが指摘した。
司令室の者たちは顔を見合わせた。
相手がこれまでの銀河帝国の連中とは違うということを、すぐ忘れてしまうのだ。
魔法が使えると言うのは実に厄介だった。
「銀の月、いやバルザス提督を呼んでくれ」
と、ディポックはすぐに言った。
魔法となると、要塞の兵士では手に負えないのはこれまでの体験で分かっていた。
魔法を使うとなると、ディポックの脳裏に浮かぶのはリドス連邦王国だった。
リドス連邦王国はどのような国なのか。
ディポックがナンヴァル連邦のマグ・デレン・シャに聞いたところでは、ゼノン帝国のような国とは違うように思えた。
だからといって頼るわけではないが、こと魔法に関しては、ロル星団の者には何の予備知識もないのが実情だった。
元銀河帝国のベルンハルト・バルザス提督が、ジル星団のリドス連邦王国のガンダルフという惑星の銀の月という古くかつ強力な魔法使いだということは、ヘイダール要塞の者にとってはまだ理解しがたい事であった。
だとしても、要塞を危険から守る必要がある。
要塞にはまだ惑星連盟の各国代表が滞在しているからだ。
タリア・トンブンは、自室に戻って休んでいた。
色々なことが突然起きたので、混乱して疲れている自分がわかっており、タリアはただ休みたかった。
独身者用のその部屋は、元は要塞に駐留する一般兵士の宿舎として使われていたという。
寝室に簡単なキッチンとトイレ、狭いバスルームがあるコンパクトな部屋だった。
とはいえ、これまで逃亡生活をしていて、自分の部屋などもったことのないタリアにとっては、こんな部屋でも贅沢に思えた。
寝室の寝台に横になると、なんだかふわふわしすぎて眠れなかった。
そこで、宇宙船に乗った時いつもしているように、カーペットの敷いてある床に横になることにした。
ゼノン帝国艦隊は要塞の探知装置に引っかかると分かっていても、ギリギリまで要塞に近づいていた。
要塞からは通信で接近しすぎを警告してきたのを、ゴウン元帥が誤魔化したつもりでいた。
「これが限度だろう。ディラ、このあたりで大丈夫か?」
と、ヴィレンゲル少将が聞いた。
「やってみます」
と、ディラは言った。
ゼノン帝国の魔術師の中でも宮廷魔術師は、かなり強力な魔術を使えなければ成れない。
だが、それでも宇宙空間で魔術を使うことはかなり緊張するものだった
もともと魔術や魔法は、どこでもそうだが、惑星上で使うことを前提としている。
従って宇宙で使うには、惑星で使う以上のパワーと技術を必要とするのだ。
ディラは集中すると、ゼノン帝国の言語で編まれた移動の呪文を唱えた。
一度、二度と、額から汗が流れるのを感じていた。
だが、やがてディラの身体はゼノン帝国の旗艦からいなくなった。
ヴィレンゲル少将はうなずくと、
「すぐに要塞から離れるんだ」
と、旗艦の航法仕官に命じた。
ディラは、ヘイダール要塞の中にいるゼノン帝国の政府代表であるボルドレイ・ガウンの顔を思い浮かべていた。
移動の呪文を使う場合は、知った場所を思い浮かべるのが一番簡単なのだった。
しかしヘイダール要塞内部についての情報は無かったし、彼女自身も要塞に入ったことがない。
その上ダルシア帝国の継承者となったタリア・トンブンについては、突然のことで彼女自身の情報ファイルはなかったのでイメージを固めやすい知り合いの顔を浮かべたのだ。
ボルドレイ・ガウンはゼノン帝国の宮廷で、ディラが何度か顔を合わせたことがあったのだ。
ボルドレイ・ガウンは惑星連盟の各国政府代表たちに割り当てられている部屋の一つにいた。
高級将官用の宿舎で、部屋数も多く、彼が連れてきた従者たちにもそれぞれ部屋を与えることができた。
ゼノン帝国大使である彼は、その一番大きな部屋で休んでいた。
惑星連盟の審判が休憩中に要塞が大きく揺れたりした間、他の者たち同様に暗黒星雲の種族が何かしているのではないかとガウンは不安に思っていた。ゼノン帝国と暗黒星雲の種族は過去に確執があったからだ。
要塞の司令部から要塞の揺れについては心配することがないという連絡を受けた時、ほっとしたものだ。
どうやらそれも落ち着いたようだった。
とはいえ、暗黒星雲の種族がこれでどこかへ去ったと考えるには、まだ速すぎた。
あの連中はどこにいるかわからないし、いつでも突然現れるのだ。
そう思っているボルドレイ・ガウンの目の前で、なにやら空気が揺らめくのに気づいた。
「な、なんだ、誰だ!」
と、恐怖におののきながらガウンは声をだした。
ガウンの脳裏にはあの暗黒星雲の種族の男の姿があった。
揺らめきはやがてガウンの見たことのある衣装に落ち着いた。
それが、ゼノンの宮廷魔術師ファールーレン・ディラであることがわかったのは、全身の姿が出現してからだった。
「なんだ、ディラではないか。どうやってきたのだ?」
と、ガウンはこれまでの恐怖心をなんとか押し隠して言った。
「これは、ボルドレイ・ガウン閣下。お久しぶりにございます」
と、ファールーレン・ディラは笑みを浮かべて悠然と挨拶した。
「まさか、おまえ、外にいる艦隊からここへ魔法で移動してきたのか?」
と、ガウンは言った。
「はい」
と、短くディラは答えた。
艦隊と要塞の間の距離は、普通の魔術師ではとても渡れないほど離れている。
それを可能にしたディラの魔術を賛嘆して、
「さすが、宮廷魔術師として一流と言われる者だけあるな。それで、何の用なのだ?」
と、ガウンは聞いた。
「閣下。ダルシア帝国の継承者を決める審判は終ったそうでございますね」
「そうだ。残念だが、我々の候補者には決まらなかった。どこの馬の骨ともわからぬ、タリア・トンブンとかいうタレス人に決まったのだ」
と、悔しそうにガウンは言った。
「その、タリア・トンブンがどこにいるか、閣下はご存知でしょうか」
「何?何をするつもりだ?」
「まだすべて終ったわけではないと、ドールズ・ゴウン元帥閣下はお考えなのです。まだチャンスはあります」
「それで、何をするというのだ?」
「もちろん、最後にはダルシア帝国の遺産を我がゼノンのものとするおつもりなのです。そのためには、継承者と決まったタリア・トンブンの居場所を知らなければなりません」
「なるほど。あの者はまだ要塞にいるはず。だが、どこにいるとまではわからぬな」
と、ガウンは言った。
ディポック司令官は、胸騒ぎがしきりにするのを感じていた。
「タリアを呼びに行った連中は、まだかな?」
と、ディポックは珍しく口に出した。
「リブレ中尉と兵士を四人呼びに出しました。もう少しかかると思いますが……」
と、ブレイス少佐が言った。
現在は要塞の中に惑星連盟のさまざまな国の代表たちがいるので、どんな間違いが起きるかわからない。
だから警護の意味もあって、再びタリア・トンブンを迎えに仕官と兵士を出したのだった。
もしかしたら、またあの暗黒星雲の種族とかいう男が現れて何かしたのではないかと思うと、気が気ではない。
「バルザス提督はどうしたろう」
「先程、すぐ来ると言っていましたが……」
「魔法で移動してもらったほうがよかったんじゃないですか?」
と、ダズ・アルグが言った。
「まさか、そんなこと頼めないだろう」
よほど緊急のことでもない限り、バルザス提督も魔法での移動はしないだろうとディポックは思った。
「我々の中にも魔法使いが必要ですな」
と、フェリスグレイブが言った。
「それは、どうだろうね。魔法使いなんて、そんな簡単になれないだろう。我々の文化には魔法使いなんていなかったのだから」
と、ディポックは言った。
「だから、ジル星団で探すんですよ。魔法使いを」
と、ダズ・アルグが言った。
ダズ・アルグは、銀河帝国には魔法使いなんていないのだから、もしかしたら有力な戦力になるかもしれないと考えたのだ。
何しろ要塞は銀河帝国に比べて、艦艇があまりに少ない。
多く見積もっても5分の1くらいなのだ。
慢性的に戦力不足である。
もし、バルザス提督のような魔法使いがこちらにいたなら戦力が増すだろうと考えたのだ。
ディポックは魔法使いがどんなものかまだ正確には掴めていないので、そこまで考えてはいなかった。
「でも、司令官にも力があると言っていましたね」
と、ダズ・アルグは言った。
「魔力とは言ってなかったな」
と、フェリスブレイグが言った。
「確かに魔力ではないけれど、かなりの力があると言っていました」
と、ブレイス少佐が言った。
「よしてくれ。私は、たとえそんな力があったとしても、全然使えないのだから」
ディポックは、冗談でも魔力やそれに類する力があるなどということは考えたくもなかった。
そうした力はどこか間違っているという気がするのだ。
ディラはボルドレイ・ガウンの案内で要塞の廊下を歩いていた。
タリア・トンブンのいる部屋を探し当てるつもりなのだ。
タレス連邦のTPであるタリア・トンブンなどというどこの馬の骨とも知れぬ女など、ゼノンの宮廷魔術師の敵ではあるまいとディラは考えていた。
タリアを捕まえ、ボルドレイ・ガウンと共に、要塞に駐機している艦でゼノン帝国艦隊に戻れば、ダルシア帝国の遺産はゼノン帝国のものとなる。
この作戦を成功させなければ、ゼノン帝国がダルシア帝国の遺産をわがものとすることはできない。
そのためには是が非でもタリアをゼノン帝国の側にして、ダルシア帝国本国の艦隊を無力化しなければならない。
今はまだ下から数えた方が早い立場だが、成功できればディラは宮廷魔術師として次の地位に昇ることができるのだ。
いやそれだけではない。成功すれば自分の宮廷魔術師としての立場も飛躍的に上がる可能性がある。
それほどゼノン帝国はダルシア帝国の遺産を欲しているのだ。
この時、バルザス提督は要塞の通路を急ぎタリアの部屋に向かっていた。
すでに、彼の魔力で構築された探知網は、ゼノンの魔術師が要塞に魔法で移動したのを探知していたのだ。
それとは別に、バルザスの居る宿舎で子供たちと話していたアリュセアが、
「ディラント、誰か来たみたいよ。ええと、ゼノン帝国の女魔術師だわ」
と、言った。
すでに、要塞に誰かが入ったと気づいたバルザスは、
「女魔術師?」
と、聞き返した。彼の魔法では魔術師の性別まではわからない。
「ええ。そう、コア大使が言っていたから」
と、アリュセアが言った。
「君はコア大使が見えるんだね」
と、バルザスは聞いた。
バルザス自身はコア大使をいつでも見られるわけではなかった。
おそらく、暗黒星雲の種族に気づかれるのを警戒して、アリュセアの方に姿を見せるのかもしれない。
「ええ。どうしてなのかしらね。タリアには見えないようだけれど……」
「タリアはすぐには、元の力を発揮できないからだと思う」
「元の力?アプシンクスのときの力が戻るには時間がかかるということなの?」
「そうだ」
「でも、なぜ、私にコア大使が見えるのかしら?」
「それは、君が、コア大使と縁が、浅からぬ縁があるからだろう」
「縁?」
不思議そうにアリュセアは言った。
かつて彼女はコアにあったことがあるという記憶を取り戻したが、コアと浅からぬ縁があるなどという、そんな記憶はなかった。
その後、要塞司令部から呼び出しがあったが、タリアの部屋に寄っていくと言い残してしてバルザスが出て行った事を伝えた。
バルザスはこの要塞には銀河帝国に属していた頃何度か来たことがあり、大体の構造を知っているので迷うことは無かった。
バルザスは慎重に魔法を使いながら移動していた。
ゼノンの女魔術師とは会った事がないが、近づけばわかるのだ。
魔法使いは魔法を持った者を感知できる。
要塞の通路には要塞に属している元新世紀共和国の兵士や仕官が行き来していた。
他に民間人も居るはずだった。
この要塞が銀河帝国のものだったときには、かなりの数の民間人がいたものだ。
要塞自体が一つの都市になっている。
その頃よりはだいぶ人口が減ったようだが、それでも、艦隊の乗員以外に元新世紀共和国の軍人と民間人を合わせて百万人近くいると聞いていた。




