ダルシア帝国の継承者 42
リドス連邦王国のバルザス提督の指揮する艦隊はこれまでヘイダール要塞の元いた位置の近くでステルス状態を保っていた。
その艦隊の存在は、要塞も惑星連盟も、暗黒星雲の男も知らなかった。
もちろん、要塞の元いた位置に近づきつつある、ゼノンとタレスの艦隊もその存在には気づいていない。
「通信です」
と、通信担当の士官が言った。
リドス連邦王国の艦隊は、リドス連邦王国の六人の王女のそれぞれに属しているのが決まりだった。
バルザス提督の艦隊は、リドス連邦王国の第六王女の艦隊の一つであった。
「これは、移動したヘイダール要塞からの通信です。『6』とだけです」
と、その仕官が言った。
「何?6だと?」
と、旗艦の艦長が言った。
現在艦隊司令官であるバルザス提督は不在であり、その副官も不在である。そのため旗艦の艦長が艦隊司令官代理となっていた。
「了解したと、いや、それもするな。まず、緊急召喚の要請を、リドス連邦王国第六王女殿下に発せよ」
と、艦長は命じた。
リドス連邦王国の艦隊の発する通信は、緊急召喚の場合、普通の通信には使わない高周波帯域を使うので、普通の通信傍受には引っかからない。
しかもそれは、ホンの一瞬の通信だった。
したがって、ゼノンやタレスの艦隊には、その通信は気づかれずに済んだ。もちろん、暗黒星雲の種族の男にも。
高周波帯域を使った通信は、高次元を通り、一瞬でその存在まで伝わった。
リドス連邦王国の第六王女は、その時、ふたご銀河から遥かに離れた銀河にいた。
彼女がやってきたのは、バルザス提督の艦隊旗艦から発せられた通信から、数秒後のことだった。
ゼノン帝国とタレス連邦の艦隊、そしてヘイダール要塞とダルシア帝国の艦隊、そして暗黒星雲の種族の男、バルザス提督、彼女の位置からは、それらがすべて見て取れた。
その中で圧巻ともいえるものは、ヘイダール要塞の中に見える眩しいほどの光りだった。
その光りはまるで闇夜の灯台のようだった。
彼女はその光りに興味を覚えた。
その傍らに姿を見せずに現れると、じっとその人物を見た。
眩しくてその顔がはっきりとは見えなかった。
(ふーん。ヤム・ディポック、ヘイダール要塞司令官というの……)
と、彼女は不思議そうに思った。
要塞司令室にいる人々は、ナンヴァル連邦のマグ・デレン・シャのほかは、見たことのない顔ばかりだった。
ただ、カール・ルッツとその副官ナル・クルム少佐については見たことはないが、その名は聞いたことがあった。
そして、彼女はバルザス提督が宙に浮かんでいるのを見つけると、
(まず、これを何とかしなくちゃね……)
と、思った。
彼女は、バルザス提督の身体が自由になるように、バルザスが元に戻るようにと心の中で思った。
すると、ドサッと音がした。
バルザスが、床に落ちた音だった。
「ディラント!」
と、アリュセアは驚いて駆け寄った。
バルザスは、痛そうに身体をこすりながら起き上がると、
「大丈夫です」
と、言った。
「でも、凄い音だったわ」
と、アリュセアが言った。
「しかし、いったいどうして……」
と、ダズ・アルグが言おうとすると、バルザスの前にキラキラ光るガス状のものが生じた。
タリアの心臓がさらに早鐘のように鳴った。
危険、危険と知らせようとしているかのようだった。
バルザスは、唇に指を当てると、次に手を広げて、他の者に、近づかないように合図を送った。
ガス状のものは、やがて人間の男の姿になり、
「ほう、おまえが元に戻れるとは、思わなかった」
と、言った。
「それは、どうも……」
と、バルザスは言葉少なに言った。
バルザスは自分が元に戻ったのは、自分の力ではなく、助けが来たからだと気づいていた。
他にルッツやクルム少佐も気づいていた。
これは、誰かが来たのだ、と。
だが、そのことを口に出しはしなかった。
彼女は、ここで何が起きているのか、すぐにはわからなかった。
呼ばれたのだから、危険なことはわかるのだが、具体的に何が危険なのかはわからない。
見えない姿のまま、彼女はバルザスの近くに佇み、慎重に状況を見極めようとしていた。
暗黒星雲の種族の男は、彼女の存在には気づいていなかったし、見えてもいなかった。
ただ、バルザスが彼の力を解除したことを不審に思っていた。
「この力を解除できたからと言って、今の状況を改善できるとは思えないがな」
と、男は用心しつつ言った。
「確かに、私の力では無理だろう。私一人では……」
と、バルザスは言った。
何を思ったか、グリン要塞参謀が発言した。
「いったい、あなたは何者です?何をしようというのです。我々は、あなたとは何の関係もないと思うのですが……」
「何も関係がない?そうだろうか。我々は、おまえたちが愚かな戦争をするのをずっと見ていた。どうやら、その戦争がやっと終ったようだな。それも、おまえ達新世紀共和国が銀河帝国に敗北して終ったのだ」
「その通りです。正直にそれを認めましょう。それで、あなたがこの要塞にしていることは何ですか?我々があなたに何をしたというのでしょうか?」
と、グリンは相手を批難した。
「もちろん、直接おまえ達が我々に何かしたというのではない。おまえ達は本来、あの惑星連盟ともダルシア帝国とも何の関係もない。だが、惑星連盟の審判はここで開かれた。それを開くことを容認したということは、おまえたちが余計なことにちょっかいを出したということを意味するのだ。」
と、男は言った。
「惑星連盟の審判をここで開いたということが、気に入らないということでしょうか?」
と、マグ・デレン・シャは言った。
ヘイダール要塞で惑星連盟の審判を開くことを要請したのは、マグ・デレン・シャだった。
それが要塞を破壊することに繋がったということは、彼女にも責任があることになる。
「まあ、そういうことになるかな」
「それは、ひどくないか?」
と、ダズ・アルグが率直に言った。
「ひどいだと?」
と、男が言った。
「元々、この要塞には何の関係もないことだった。審判をここで開いたのは、惑星連盟に要請されたからだ。それに、あんたは、惑星連盟に入っているのか?惑星連盟に入っていて、それで呼ばれなかったというのなら、話はわかる。だが、惑星連盟に入ってもいないのに、呼ばれてもいないのに、ここで惑星連盟の審判が開かれたというのが気に入らないというのは、おかしいではないか」
と、ダズ・アルグは常識論で弁明を展開した。
「ダルシアに関係することに我々は呼ばれる権利がある」
と、男は厚顔にも当然のごとく言った。
「なぜだ?」
「ダルシアとは、古い付き合いだからだ」
「へえ、古い付き合い?だったら、ダルシアのコアとかいう亡くなった大使がとっくの昔に相談していたんじゃないのか?相談もされていないのだろう?ということは、古い付き合いもなにも、お付き合いしたくないやつだということだろう?」
その言葉に、タリアは心の中で拍手喝采した。
口には出せなくても、目がそれを語っていた。
だが次の瞬間、男はダズ・アルグに殺意を感じた。
ダズ・アルグの言葉に、その存在を否定したいと感じたのだ。
だが、何も起こらなかった。
男は驚愕した。
そして、そのことに暗黒星雲の男は、初めて危険を感じた。
誰かいるのだ。
この部屋のどこかに。
甲高い、笑い声が司令室の中に響き渡った。
「リード・マンド、その位にしておきなさい。常識のないあなたには、それ以上話しても恥じを掻くだけではないかしら?」
男はキョロキョロと、落ちつかなげに辺りを見回した。
これまでの傲岸な態度からすると、豹変したといえる。
年は十代くらいに見える、少女がバルザス提督の傍らに現れた。
そして、しばらくクスクス笑い声をたてて笑っていた。
「いつまで、笑っている」
と、男は苛立って言った。
「あなたが、そんなことを言われるなんて、珍しいことね」
着て居るものは、要塞にいる他の同い年の少女と同じだった。
特に異質な感じはしなかった。
しかし、要塞への登場の仕方はあの男と同じだった。
そのことに、要塞幹部の将官たちは、慄然とした。
「あの、あなたは?」
と、要塞司令官のディポックが聞いた。
「あら、ごめんなさい。ここはあなたの要塞だったわね。私はリドス連邦王国の第五王女、アズミと呼んで頂戴」
と、少女は言った。
「アズミ姫でしたか。しかし、……」
と、バルザスは言った。
彼が呼んだのは六番目だったはずなのだ。
「バルザス提督が呼んだ人物は、今ちょっと遠くで手が離せないの。だから、代わりに私が来たのよ」
と、少女は答えた。
暗黒星雲種族の男は、借りてきた猫のように黙っていた。
「さて、何をすればいいのかしら?」
と、アズミ姫は言った。
「できれば、この要塞を元の位置に戻してほしいのですが……」
と、バルザスは言った。
要塞の司令室の者たちは、みな一様にぎょっとしていた。
頼みごとをするにも、程がある。
確かに、現れ方から言って普通ではないにしても、そんなことができるのだろうか。
「それだけでいいのかしら?」
と、アズミ姫はこともなげに言った。
「それから、ゼノン帝国とタレス連邦の艦隊を何とかして欲しいのです」
と、バルザスは言った。
「何とかすると言っても、彼らはどうもうまくいってないようだわ。何しろ、相手をどう騙すかとしか考えていない連中だもの。ディポック要塞司令官、あなたに何かよい知恵はないかしら?」
と、アズミ姫が言った。
「申し訳ないのですが、アズミ姫。ゼノンとタレスの者たちは何を考えているのでしょうか?」
と、ディポックは、聞いてみた。
「そうね。今回の仕掛け人はマグ・デレン・シャが気付いたように、タレス連邦の連中だわ。わざわざ船を出して暗黒星雲の種族を探したの。もっとも、運任せだったけれど。ゼノン帝国との関係がもう彼らにはどうしようもなくなっていたのでしょうね。ゼノンとタレスとの密約は、以前からワープ技術の開発時からあったこと。最初は重刑の囚人をゼノンに貢いでいたけれど、それが段々いなくなり、仲間を生贄にすることに耐えられなくなったのでしょう」
「すると、どちらが悪いとは言えないということですか?」
と、ディポックは言った。
「そうね。ゼノンも普通の動物食で我慢すればよかったのよ。でも、貴族たちがどうしても昔からの食事にこだわったりするから、こうなったの。不可能ではないのよ。ナンヴァル人は確かヴェジタリアンでしょう?」
と、アズミ姫は言った。
「そうですね。我がナンヴァルもゼノンもかつてはダルシアから分かれた種族でした。我々は食性からダルシアと袂を分かったのです。知的種族を食べるということは罪に思えたのです。ですが、ゼノン人たちはやめられなかったのです」
と、マグ・デレン・シャは言った。
ロル星団の人類にとってはあまり気分のよくない話だった。
高度な文明を誇ったダルシア人も大昔は知的種族を食べていたというのは、背筋の寒くなる話だった。
「わたしとしては、ゼノン帝国にもタレス連邦にもダルシア帝国の遺産が渡るのは好ましくないように思います」
と、マグ・デレン・シャは言った。
「なるほど、で、どうすればいいのかしら?」
と、アズミ姫は言った。
「一番いいのは、ジル星団、いえこのふたご銀河全体がダルシア帝国の遺産を使えるようにすることだと思うのです」
と、マグ・デレン・シャは言った。
「つまり、タリア・トンブンが遺産を継承するというのは、いずれ他の国々にもその遺産を分けることができるということなのですか?」
と、ディポックは聞いた。
タリア・トンブンが遺産を継承することの意味は他に考えられなかった。
「タリア・トンブンは欲深な人ではありません。彼女なら他の国が必要なときに、それを分け与えてくれると信じるから、継承者としてふさわしいと思うのです」
と、マグ・デレン・シャはタリアを見て言った。
「そういうことだったの」
と、タリア・トンブンは言った。
タリアは、これまで自分がダルシア帝国の遺産の継承者であるということの理由が見出せなかったのだ。
それなら納得できる。
その少女は、どこからみても普通の少女のようにしか見えなかった。
暗黒星雲の種族のような現れ方をしなければ、この要塞に居住している誰かの子供のようにも思える。
ヘイダール要塞司令官ヤム・ディポックは、リドス連邦王国の第五王女、アズミ姫を見て、そう思った。
先程とは打って変わって、すっかり大人しくなった男は、
「おまえ達は、いつもそうだ。いつも、突然現れる。せっかくいいところだったのに……」
と、歯軋りをして言った。
アズミ姫は、
「それはお生憎さまね。どこかの誰かが、碌でもないことをしなければ、こんなところに現れることもないのだけれど……」
と、皮肉交じりに返した。
「あ、あの、お話中に悪いのですけれど、要塞はどうなりましたか、アズミ姫……」
と、ルッツは確認した。
「それは、大丈夫。元に戻しておいたわ。一応、ね。それから、あなたに言っておくけど、ダルシアやゼノンとタレスの艦隊にも手出しはしないことね」
と、アズミ姫は男に警告した。
「ふん。やつらなど、どうなってもよいではないか。ここを占領しようとしていたのだぞ」
と、男は言った。
「未遂に終ったのだから、それについては不問に付すべきではなくて?」
「そうかな?リドスの姫は、お優しいことだな。劣等種族に対しては」
と、捨て台詞を残して、男は姿を消した。
ディポックは気を取り直すと、要塞の位置の確認をさせた。
「元の位置に戻っています。どうしたのでしょうか?それとも、これまでのことは装置の故障なのでしょうか?」
と、担当の兵士が首を傾げて言った。
これまで、位置を変える度に大きな揺れを感じていたのに、位置を変えるのに今回は少しの揺れも感じなかったからだ。
「で、ゼノン帝国とタレス連邦の艦隊は、どうなっている?」
と、ダズ・アルグが聞いた。
ホッとしたので、外の艦隊のことを思い出したのだ。
「要塞の近くで停止しています。同じくダルシア帝国の艦隊も前と同じ位置にいます」
それを聞いて、
「ゼノン帝国とタレス連邦の艦隊は、これから何をするかわかりません。アプシンクス、いえタリア・トンブン、あなたはダルシア帝国の艦隊の指揮ができますか?その準備ができていますか?」
と、アズミ姫は言った。
「わ、私は、艦隊の指揮など考えたこともありません」
と、タリアは正直に言った。
「そう。では、一つ、忠告をしておきましょう。ダルシア帝国の艦隊は、あなたが命じなければ、あなたの安全しか守りません」
「私の安全を守るだけなのですか?」
「そう。要塞に何があっても、あなたの安全を守ることしかしません。あなたが命じなければ、ゼノンとタレスの艦隊にも何もしないでしょう。ダルシア帝国の艦隊に命令することができるのは、あなたしかいないのです」
と、アズミ姫は注意した。




