ダルシア帝国の継承者 40
リドス連邦王国のバルザス提督は、暗黒星雲の種族の男に対して勝てる見込みのないことを知っていた。
どれほど魔法を知っていようと、ガンダルフ、いやジル星団に伝わる魔法だけでは、あの種族の者には勝てない。
それはもう何百万年も前から銀の月が知っていた事実だった。
バルザスはもうこれしか残っていないと決めた。
助けを呼ぶのだ。
それも、リドス連邦王国、の王族を呼び寄せる特別の呪文を使って……。
このふたご銀河では彼らだけが暗黒星雲の種族を退ける力を持つのだった。
ざわついている要塞司令室の中で、できるだけ人の少ないほうへ移動すると、目を閉じ、できるだけ力を集中させた。
そして、呪文を心の中で唱えようとした瞬間、
「……」
と、バルザスは空を見つめたまま、そこで動きを止めた。
それに最初に気づいたのは、アリュセアだった。
「ディラント、どうしたの?ディラント!」
悲鳴に近い声で、アリュセアはあわてて近づき、バルザスを揺り動かした。
慌てていたので、アリュセアはサンシゼラのいた時代の銀の月の名を連呼してしまった。
タリアは、アリュセアの声に驚いて、バルザス提督を見た。
最初は何が起きたのか、判然としなかった。
しかし、バルザスがどこかを見つめたまま微動だにせずにいるので、やっと他の者たちは彼の異変に気が付いた。
この状態についてアリュセアは、惑星ガンダルフのサンシゼラ・ローアンだった時代に経験したことがあった。
「どうしたんです?」
と、ディポックは言って、椅子から降りてきた。
そして、彼はアリュセアのそばに近づいた。
「あいつよ、あいつがやった……。どうしよう、このままじゃ、ディラントが死んでしまう」
と、アリュセアは手で顔を覆って言った。
「いったい、何があったんです?それにディラントと言うのは誰のことですか?」
と、ディポックは辛抱強く聞いた。
見ると、バルザス提督が空中で動きを止めていることに、ディポックは気が付いた。
「これは?」
と、驚いてディポックが聞いた。
「ディラントと言うのは、銀の月の昔の名だわ。今彼はあいつの力にやられてしまった。これは魔法よ。いえ、魔法ではないかもしれない。でも、あの男がやったにちがいない。昔、見たことがあります」
と、相手がディポックであることに気が付いて、アリュセアは言葉遣いに気をつけて言った。
「昔?いつのことです。それに、あの男というのは誰のことです?」
「私が惑星ガンダルフにいた時代のことです。ずっと昔、魔法が盛んだった時代に。そうだわ、兄さまはどうしたのかしら。銀の月がいるのに、兄さまはいないのかしら……」
アリュセアの様子は、傍から見るとかなり変だった。
バルザスが固まったように動かなくなったせいで、彼女の頭までおかしくなったように見えた。
他の者たちには、何か理解できないことを口走っているように聞こえるのだ。
それは、彼女の中でかつてのサンシゼラ・ローアンの生きていた時代の記憶が急速に蘇りつつあった所為である。
サンシゼラの兄であるレオン・ローアンがあのガンダルフの大賢者と呼ばれる『レギオン』であると知ったのは、サンシゼラの時代でも、かなり後年のことになる。
そのときには、兄は随分前に姿を消していた。
だから、それが本当なのか、本人に聞いたことはない。
もし、それが本当だったら……。
アリュセアは、少なくともガンダルフの五大魔法使いのうち最強と言われた大賢者『レギオン』なら暗黒星雲の種族に対抗する魔法を知っているに違いないと思ったのだ。
けれども、ここにはレギオンはいなかった。
銀の月一人だけしかいない。
「お兄さん?あなたに、お兄さんがいるのですか?」
と、ディポックは言った。
「いました。昔だけれど。そうだわ。さっきみたいにやれば、あの呪文でも誰かを呼べるかもしれないわ」
と、アリュセアは思いついた。
「さっきみたいにって?」
「だから、あなたの力を借りたいのですけれど、いいでしょうか?」
きょとんとして、ディポックは、
「私の力?ええと、それは魔力なんですか、それとも何か別の力なんですか?」
と、聞いた。
それがどんなものなのかわからないが、彼は自分の持つ力がどんなものなのか、気にはなっていたのだ。
バルザスがこんな風になってしまって聞くことができないことが残念だった。
「さあ、私は魔法使いじゃないから、わかりません。でも何らかの力を、それもすごい力をあなたは持っている。それはわかります」
と、アリュセアは自信を持って言った。
銀の月がいるのだから、あの時代の有名な力のある魔法使いが他にいたとしてもおかしくはない。
でも、ディポック司令官が誰なのかはわからなかった。
それでも他に誰か一人でも呼べたなら、この状況を何とかできるかもしれないではないか。
たった一つの呪文しか知らないアリュセアだが、その召喚の呪文で他の魔法使いを呼べないだろうか、と思ったのだ。
アリュセアはゆっくりと息を吸って吐いた。
そして、ディポックの肩を掴むと、心の中でかつての兄の顔を思い浮かべ、銀の月が彼を呼ぶときに使うように教えてくれた呪文を心の中で唱えた。
だが、すぐにその効果は現れなかった。
一瞬心の中で、アリュセアはかつての兄と繋がったように思えたときもあったが、それは錯覚のようなものでしかなかった。
タリアは、アリュセアをじっと見ていた。
何とか成らないものかと、何度も思った。
だが、タリアには何の力もない。そう考えていた。
弱いTPしかないのだ。魔法使いですらない。
これほど自分の無力さを感じたことはなかった。
しばらく念じてみて、
「駄目だわ。繋がらない」
と、アリュセアは絶望して言った。
「もう少し、やってみたらどうでしょうか?」
と、ディポック司令官が言った。
「もともと、私の使っている呪文は、銀の月だけを召喚するものです。だから、他の魔法使いを呼ぶことは、やっぱりできないみたいです」
アリュセアは深いため息をつくと、悲しそうにバルザス提督を見た。
その時だった。
「司令官。今惑星連盟の議長が面会に来られているのですが、どう致しましょう?」
と、司令室の外を守る兵士から連絡が来た。
「わかった。入室を許可する」
と、ディポックは言った。
ゆったりとしたローブを着た惑星連盟の議長である、ナンヴァル連邦のマグ・デレン・シャは、静かに司令室に入って来た。
そして、バルザス提督を見つけると、
「ま、まあこれは?」
と、驚いて言った。
「惑星連盟の議長閣下。どうぞ、こちらへ」
と、ディポックは司令官席のある方へ誘うと、
「何か御用でしょうか?」
と、訪問理由を聞いた。
「今、とても大変な事態であると分かっています。ですが、惑星連盟の政府代表の方々があまりに不安がるので、こちらへ理由を聞きに窺ったのです。ですが、銀の月のあの状況を考えると、かなり深刻なようですね」
と、マグ・デレン・シャは言った。
「そうなんです」
と、ディポックは正直に言った。
「あの揺れは、もしかして、この要塞自体が動いているということでしょうか?」
と、マグ・デレン・シャは聞いた。
「そうです。我々には、どうにもなりません。この要塞は揺れがあるたびに、位置が動いて、今はどこかの彗星と衝突する軌道に乗ってしまっているのです」
「いつ頃、衝突するのでしょう?」
「それが、揺れがあるたびに、軌道がずれて、最終的にどうなるか、まだ分からないのです」
「なるほど、それで、他の政府代表の方々に説明できなかったのですね」
「そうなんです。本当のことを言っても、まだどうなるかわからないので、混乱させるだけだと思いまして……」
「それで、バルザス提督は、銀の月は、何とかしようとして、暗黒星雲の種族のワナに嵌ったというわけですね」
「ワナに嵌った?」
と、ダズ・アルグはマグ・デレン・シャの言葉を繰り返すように言った。
「そうです。あの暗黒星雲の男は、かつて、何度もこのふたご銀河のジル星団で銀の月とやりあった者だと思います。ですから、銀の月の力量を心得ているのでしょう」
と、マグ・デレン・シャは言った。
「ちょっと待ってください。何度もあの男と銀の月、つまりバルザス提督がやりあった?本当ですか?」
と、ディポックは言った。
「銀の月というのは、ガンダルフでも古い魔法使いの一人なのです。言い伝えでは、ガンダルフの五大魔法使いの一人と聞いています」
「何だって?」
元新世紀共和国の将官と仕官たちは、マグ・デレン・シャの言葉に驚いていた。
タリアも同じく驚いていた。
司令室の中でその言葉に驚かなかったのは、アリュセアとルッツの副官ナル・クルム少佐の二人だった。
要塞司令室の幹部連中は、お互いに顔を見合わせていた。
突然話が妙な方へそれていったと皆感じていた。
「暗黒星雲の種族は、かなり古い時代から、ふたご銀河のジル星団に来ておりました。彼らはもちろん宇宙航行の技術を持たない種族には目もくれません。ですが、ダルシア帝国のような、自分達の文明レベルに近い種族だと目の仇にしてやりあうのです。
ガンダルフはダルシア帝国とは異なりますが、彼らにとっては、非常に興味のある文明でした。ガンダルフのある一部の魔法使いは宇宙を渡ることのできる力を持っていたからです。それは、まるで暗黒星雲の種族とよく似たものでした。ですが、似ているようで居て、似て居なかったのです。
なぜなら、ガンダルフの魔法使いは暗黒星雲の種族と違って、呪文を使ったからです」
と、マグ・デレン・シャはジル星団のガンダルフの歴史の一部を語った。
「ええと、その、惑星連盟のマグ・デレン・シャ議長、暗黒星雲の種族の使う力は、魔法ではないのですか?」
と、アリュセアは聞いた。
「魔法かどうかはわかりませんが、少なくとも彼らが呪文を使うとは聞いたことがありません」
と、マグ・デレン・シャは言った。
「私が思いますに、かつて、はるかな昔ガンダルフにいた人々は、つまり最初にガンダルフにいた人々は、暗黒星雲の種族と同じような文明のレベルであったと思うのです。それは、何千万年いえ、何億年も前のことです。当時は、ガンダルフの人々は呪文を使わずに様々な力を使ったと伝えられています。
ただ、その人々はかなり古い昔にガンダルフを去りました。その後、ガンダルフに呪文を使う魔法使いが居るようになったのです。暗黒星雲の種族がジル星団に出没するようになったのは、さらにだいぶ後のことになります。
ガンダルフの人々が呪文を使い始めたのは、およそ数千万年前からだと言われています。その祖は、ガンダルフの大賢者とも言われている魔法使い『レギオン』だと言われているのです。」
「とすると、暗黒星雲の種族というのは、ガンダルフのかつての人々だということは考えられませんか?」
と、ディポックは言った。
「そうとは思えません。あの種族は、時に残忍で、気紛れです。他の種族の命など、何とも思っていないのです。
ですが、大昔のガンダルフの人々の態度や振る舞いはかの種族とは違い、非常に温和で平和的であったと、ダルシア帝国の記録にあると、コア大使はおっしゃったことがあります。我々ナンヴァル人よりもさらに温厚な種族だったのです」
と、マグ・デレン・シャは言った。
その話は、タリアもコアから聞いたことがあった。
ガンダルフの最初の種族の物語として、遠い目をしたコアがタリアに語って聞かせたのだ。
「マグ・デレン・シャ、あなたは、銀の月を助ける方法をご存知ではありませんか?」
と、アリュセアは聞いた。
「残念ながら、私は存じません。ですが、案外銀の月はしたたかです。何度も暗黒星雲の種族とやりあった経験を持っています。ですから、彼を信じることです。たとえ、このような姿になったとしても、まだ彼にはやりようがあるはずです」
「でも、……」
と、アリュセアは心配そうに、バルザスを見上げた。
バルザス提督――銀の月は、中空に留まっている自分の姿を見て、ため息をついた。
少々困ったことになったと彼は思った。
今の彼には、要塞司令室の中はすべて見渡せた。
だが、彼、銀の月が通信を送れるような相手はなかなか見つからなかった。
アリュセア・ジーンがもう少し落ち着いてくれたなら、何とか通信が送れるかもしれないと考えたが、今はまだ駄目だった。
彼女はバルザスの姿を見て、不安で一杯なのだ。
タリアはTPなのだから一番通信しやすいはずなのだが、暗黒星雲の種族と会った恐怖と混乱がTP能力を大きく低下させていた。
能力を最大限に使うには、アリュセアと同じく心の安定が必要なのだ。
ナンヴァル連邦のマグ・デレン・シャは、TPではない。
本人がそう思っている。
けれども彼女の持つ光りはかなり大きく、潜在能力としてTPはあるのだが、バルザス自身がナンヴァル人の精神波にうまく同調できなかった。
要塞司令官のディポック氏は、銀の月の目にはまるで光源を背後に隠しているような眩しさだった。
彼は元々TPや他の能力が潜在していたが、ナンヴァルのマグ・デレン・シャと同じく本人が使えるとは思っていないことが難だった。
銀の月は、コアがいてくれたら、とつくづく思った。
いったいどこへ行ってしまったのだろうか。
司令室のどこにもコアの姿はなかったのだ。
そして、銀の月をこのような姿にしたあの男の姿も探した。
しかし司令室の中にはいないようだった。
その時、一人、通信を送れる人物を思い出した。
カール・ルッツ提督は、嫌な予感がして、
「中佐、司令室に連絡して、バルザス提督がどうしているか聞いてみて?」
と、言った。
「あなたは、予知でもできるのですか?」
と、ドルフ中佐が言った。
「いいえ、でも何だか嫌な予感がする」
「わかりました。連絡しましょう」
と、ドルフは言うと、連絡用の魔法陣を描いた。
「変ですね。返事がありません」
「返事がないということは、バルザス提督に何かあったのかしら?」
「そうかもしれません。ただ、こちらの連絡に答えることができない状況なのかもしれません」
「中佐、私を司令室に送ってくれる?」
と、カール・ルッツは言った。
「それなら、私も一緒に……」
と、ドルフ中佐が言った。
「いいえ。あなたはここにいて。アリュセアの子供達をそのままにしては行けないわ」
と、カール・ルッツは言った。
司令室に人を送る魔法陣が出現した。
それに最初に気が付いたのは、マグ・デレン・シャだった。
「あれは?ガンダルフの魔法使いの魔法陣ではありませんか?」
と、マグ・デレン・シャは言った。
その言葉に初めて、司令室の元新世紀共和国の将官や仕官たちは外の宇宙にではなく身近な場所で、魔法陣をはっきりと目にしたのだった。
実はこれまでにも司令室に何度か魔法陣が現れた時はあった。
けれどもその時はまだ他のことに気を取られていたので、魔法陣そのものをこれほどはっきりと目にすることはなかった。
今回は目の前で人が出現するのまで確認できたのだ。
「本当なのか?」
と、ダズ・アルグは口に出した。
「目の前で魔法が使われたのにか?」
と、フェリスグレイブが言った。
彼とても信じられない思いだった。
「魔法ですか……」
と、グリン参謀が唸るように言った。
ブレイス少佐はただ目を大きく開けて見ていた。
本当に魔法が使われているなんて、という思いだった。
魔法を単なるお伽話と思っている彼らはかなり頑迷で、要塞から惑星連盟の艦隊を他所へ送ったときに魔法が使われたのを見てもまだ信じられぬ思いがあるのだった。




