ダルシア帝国の継承者 39
その頃、ナンヴァル連邦の大使であり惑星連盟の議長であるマグ・デレン・シャは、ヘイダール要塞が何度も大きく揺れるのを不安に思っていた。
「何が起きているのでしょう」
「おそらく、これはあの暗黒星雲の男と関係があるのではないでしょうか?」
と、ナンヴァル連邦の艦隊司令官タ・ドルーン・シャが、言った。
「そう言えば、あの種族は宇宙船や惑星を自分達の好きなように動かすことができましたね」
このような人工要塞など、あの種族にとっては小さな彗星よりも扱いやすいに違いない。
「しかし、あやつは何を求めているのでしょうか?」
「あの種族がダルシア帝国の遺産を欲しがっているとは、どうしても思えないのですが……。ただ、ジル星団での彼らの関心はリドス連邦王国にしかありますまい」
「リドス連邦王国に、ですか?」
「暗黒星雲の種族でさえ、彼らがどこの何者であるか、わからないと聞いたことがあります。宇宙船を使わずに、自由に宇宙を行くことができる、彼らでさえ、まだリドス連邦王国の母星については未知だということです」
「たった、それだけのことが知りたいというのですか?」
「それだけのことが、あの種族にはわからないのです。しかし、ダルシアのコア大使は知っていたということです」
ダルシア帝国のコア大使は個人の力では暗黒星雲の種族に敵わなかったが、ダルシア文明全体としてはまだまだあの種族さえ及ばぬ部分があったという事が言えるのではないか、とマグ・デレン・シャは思った。
「閣下。この要塞は大丈夫でしょうか?」
と、タ・ドルーン・シャは言った。
この要塞はロル星団の銀河帝国が建設したものである。
その技術はとてもダルシア帝国に遠く及ばないだろう。
だとすると、あの種族を引き下がらせることなどできないのではないか、とタ・ドルーン・シャは考えていた。
「それは、どうでしょう。私にはわかりません。でも、ここにはリドス連邦王国の魔法使いがいます。それに、あの要塞司令官もなかなかの人物だと思いますが、どうでしょうか?」
「ヘイダール要塞の司令官は、不思議な人物ですな。あの尋常ではないオーラの光りは、普通の人間とはとても思えません。それなのに、本人はそのことに少しも気が付いてないようでした」
ナンヴァル連邦の人々はその力の大きさは人によって違うのだが、ある能力を持っていた。
それは魔法というよりは、タレス連邦の人々の言う特殊能力に近かった。
目に見えないものを見るという能力である。
目に見えないものというのは、異次元のものだった。
異次元のものとは、例えば、霊人つまり死んだ人など、または妖精や様々な精霊を見る力だった。
また、生きている人の放つオーラも見る事ができた。
オーラは人によってその光量が違い、地上に降りた神々や天使などは普通人よりも大きなオーラを放つとナンヴァル連邦では伝えられていた。
ナンヴァル人であるマグ・デレン・シャとタ・ドルーン・シャは通常では考えられない量のオーラを、ヘイダール要塞司令官に見たのだった。
「確かに。要塞司令官は、他の人とは違います。ただロル星団の文明は、宇宙文明を築いたとはいえ、これまでは他の星人との交渉は無きに等しいことでした。我々と出くわした時に、まるで、初めて宇宙に出た種族のような感覚を味わっているようですから。多様な文明にめぐり合わないと、なかなか高度な文明文化というのは育たないものです。そのなかで多少なりとも、この要塞司令官はそのことが理解できる人物だと思われます」
「ですが、まだそれだけではありますまい」
「それについては、できうるならばコア大使の意見を聞きたいところですね」
と、マグ・デレンは言って、懐かしそうな目をした。
要塞の揺れが度重なるに連れて、要塞司令室では惑星連盟のジル星団の政府の各国大使が不安に思って、多くの問い合わせがきていた。
その度に、
「はい。揺れの原因はまだ、わかりません」
と、担当の兵士が淡々と答えていた。
本当のことを説明するのは、このたび重なる揺れが収まってからにした方がいいというのが、要塞幹部の連中の考えだった。
何しろ、揺れがおきる度に衝突する彗星が変わってくるのだ。
その度に、各国代表に伝えても混乱するばかりである。
あの男の目的がこの要塞を彗星に衝突させて破壊することにあるにしても、まだどこの彗星と衝突するのか、本当に衝突させるつもりなのかは、最後までわからないのだ。
ディポック司令官は、デスクにひじを付いて司令官席に座っていた。
揺れがおきる度に胃が痛くなりそうだった。
周りに詰めている要塞幹部の将官や仕官たちも、青い顔をしていたが、どうにも方策を立てようがなかった。
「ソイルを頼む」
と、フェリスグレイブ要塞防御指揮官が言った。
ソイルは、元新世紀共和国ではポピュラーな眠気を覚ますカフェインの入った飲み物だった。
「ソイル?そんなものを飲む余裕がまだあるんですかね……」
と、ダズ・アルグが呆れて言った。
「焦っても仕方あるまい。それに、焦らせるのが向こうの目的の一つなのかもしれない……」
「まあ、我々がこの要塞を動かそうとしても無理ですが、何か他に手はないのですかね……」
と言って、ダズ・アルグはバルザス提督の方を見た。
カール・ルッツ提督の副官のナル・クルム少佐に、バルザス提督が話しかけているのが見える。
「あの、副官は何者なんでしょうね?」
と、ダズ・アルグは急に声を潜めて言った。
「あれか?おまえさんは、こんなときに、よくそんなことを気にする余裕があるものだな……」
と、今度はフェリスグレイブが呆れて言った。
「だって、気になるじゃありませんか?あの副官の話し方は、少しおかしくないですか。まるで、その……」
どこかの王侯貴族のような話し方だと、ダズ・アルグは言いたかったのだ。
フェリスグレイブは、ダズ・アルグの考えがわかっていた。
彼も同じような感じを抱いていたのだ。
「まあ、リドス連邦王国というくらいなのだから、貴族くらいはいるだろう。別におかしくはあるまい」
「そりゃそうですが、なんだか、誰かを思い出すんですよ」
「おまえさんに、貴族の知り合いがいたとは、ついぞ知らなかったな」
「私の知り合いじゃありませんよ。でもたまにスクリーンで見られたじゃありませんか?」
「誰のことだ?」
「ほら、銀河帝国の第一人者……」
「ほう……」
フェリスグレイブは、そう言われてそのナル・クルム少佐を見やった。
「顔は別に似ていないようだが、それに銀河帝国の皇帝陛下が行方不明になったという噂も聞かないな」
「別に本人とは言っていませんよ。人間が百億人くらいいれば、同じ顔の人間が三人くらいいるそうですから。でも性格や態度振る舞いが似ているという者なら、もっといるということですかね……」
と、ダズ・アルグは言った。
バルザス提督は要塞の将官であるダズ・アルグやフェリスグレイブの噂になっているとも知らずに、カール・ルッツの副官ナル・クルム少佐と話をしていた。
「ずいぶん冷静にしていられますね」
と、バルザスは言った。
「私が行方不明になるのは、もっと先のことなのであろう。それまで要塞はここにあったのだから、きっとこれを乗り切れたのだろうと確信しているだけだ」
と、クルム少佐は言った。
「その、乗り切る方法が分かればいいのですが……」
と、バルザスはため息をついた。
「なんだ。何の知恵も浮かばないのか?そんなはずはないだろう。魔法ではこの難局は解決できないのか?」
と、クルム少佐は他人事のように言った。
「一番の問題は、やつが何度もこの要塞の軌道を変えているということです。私が何かをしようとするたびに、変えてきています」
「なに?すると、あの男は卿を監視しているということか?」
「たぶん。この司令室のどこかにいるかもしれませんし、いないかもしれません。どこにいようと、私が魔法を使おうとすることを探知することは、やつにとってはそれほど難しいことではないのです。魔法を使うときには、こちらも魔力を集中しなければなりませんから、その集中したところを探すのはやつには簡単なことです」
「しかし、この要塞の軌道を変えるということがそれほど簡単にできるとは、どれほどの力を持っているのだ?」
「かつては、あの男はこの方法を使って、惑星連盟の種族を翻弄したのです。宇宙船や宇宙都市を勝手に動かし、惑星や、恒星までも動かしたのです。それで、人の住む惑星で気象が壊滅したことで、人々も沢山死ぬようなことが起きました。だから、彼らを何とかする必要があったのです」
「しかし、これでは児戯に類することではないか。このような愚かなことをなぜするのか?」
クルム少佐には、子供が面白がって力を使っているような感覚であるような気がするのだ。
「本人に聞いてください。私には理解できませんので。それより、我々はこの迷惑行為をなんとかしなければなりません」
アリュセアは、バルザスと副官の話をそれとなく聞いていた。
盗み聞きしているのではないのだが、聞こえてしまうのだ。
すると、クルム少佐が別の軍服を着ている姿が見えてきた。
その姿は今の姿よりも年上に見えた。
髪も金髪で、背もかなり高い。
肩から長い白いマントが付いているところを見ると、かなり地位も高いような気がした。
これは、彼の現在・過去・未来のいつの姿なのだろうか、とアリュセアは思った。
要塞の揺れは、何度か続いて起きていた。
そのたびに要塞の軌道が変わり、別の彗星との衝突コースに入るのだ。
この揺れそのものは、あの暗黒星雲の種族の男が起こしているのだ。
要塞を彗星と衝突させて破壊することを計算しているのだ。
だから、バルザス提督が何とかそれを阻止しようと魔法を使おうとするたびに、揺れが来る。
これではまるでイタチゴッコだった。
ヘイダール要塞にいる惑星連盟の各国代表は不安を隠せなかった。
要塞司令室に問い合わせても、きちんとした説明がないので、それがまた不安を煽っていた。
一人、また一人と惑星連盟の議長であるナンヴァル連邦の大使のところへ各国代表が集まってきた。
「議長、いったいこれは何事なのでしょうか?」
と、皆を代表して、不安そうにホルンバルド連合国の代表が言った。
「私たちにも、何が起きているのかわかりません。どなたか、要塞司令官の方に尋ねられましたか?」
と、マグ・デレンは言った。
「尋ねました。ですが、きちんとした説明がないのです」
「それでは、まだ説明できるだけの理由がわからないのではありませんか?」
「しかし、揺れが続いて、随分になります。私などはこの揺れに酔ってしまいそうです。どうにかならないのでしょうか?もし、要塞の維持機能に故障が起きたなら、この要塞を出て行ったほうがよいのではないでしょうか?」
ザガ連盟の代表が気分悪そうに言った。
「もう少し、待ってみてはどうでしょうか?説明できないとしたら、何か理由があるのでしょう」
「ですが、我々はもう限界です」
限界だと、他の者たちも揃って言い始めた。
ため息をつくと、マグ・デレンは、
「わかりました。では、私が司令官にお会いしてみましょう」
と、言った。
彼らが限界だというのもわからないでもなかった。
だが、マグ・デレンが司令官に会ったとしても、何の解決にもならないことは分かっていた。
逆に邪魔になるかもしれないのだ。
これは単に、彼らの気持ちが済むというだけのことなのだ。
少なくとも、惑星連盟の各国代表が司令室に押しかけるよりもましだろう。
「お待ち下さい……」
と、言う声がした。
見ると、ゼノン帝国の大使がいた。
「何でしょうか?」
と、マグ・デレンは言った。
「もしかしたら、これは審判のときに現れた、あの暗黒星雲の種族とかいう者の仕業ではありませんか?」
と、ゼノン帝国の大使ボルドレイ・ガウンが言った。
「かつて、あの種族はよくこのような方法を用いて、ジル星団の惑星諸国を悩ませたと記録にあります」
と、ボルドレイ・ガウンは審判のときとは打って変わって、博識なところを見せた。
「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。これがあの種族のやっていることだと、今の段階では我々にはわかりません」
と、マグ・デレンは率直に言った。
「もし、そうだとしたら、この要塞の連中に対処できるのでしょうか?」
と、ボルドレイ・ガウンは、皆の不安を煽るように言った。
「あの種族だとしたら、ジル星団のどの国の政府だとしても、対処できないでしょう」
と、マグ・デレンは言った。
それは事実だった。ダルシア帝国やナンヴァル連邦の科学技術力を持ってしても、あの種族には太刀打ちできないのだ。
唯一つ、リドス連邦王国を除いて。
「ここのところ、そう何十年もの間、あの種族はなりを潜めていました。それが、どうしてこのような時にこのようなところへ現れたのでしょうか?」
「その理由は、わかりません。ですが、ダルシア帝国のコア大使の死が引き金になったのかもしれませんね」
「引き金になった?それは、どうしてですか?」
「これは、私の意見ですが、あの男は、ダルシア帝国の遺産を欲しがっているように思えます。もっとも、正確にはその一部だと思いますが……」
と、マグ・デレンは言った。
「何ですと?では、今回の審判が気に入らないというのですか?」
「そうではなくて、もし、この揺れが暗黒星雲の種族の所為だとすれば、実力を持って、我が物にしようとしているように思えます」
「つまり、ダルシア帝国の遺産をあの男にやれば、我々は無事だということでしょうか?」
と、ホルンドバルド連合の大使が言った。
「それは、どうでしょうか?第一、私が述べているのは、私個人の意見です。この揺れが暗黒星雲の種族が起こしているという前提条件が一致した場合、それが言えるかもしれませんが、そうだとしても、それであの男の気が済むかということは、誰にもわかりませんよ」
と、マグ・デレンは言った。
暗黒星雲の種族が時には非常に残忍になることを、ジル星団の古い文明の種族は知っていた。
気紛れなのだ。
望みのものを渡したからと言って、こちらが安全になるとは限らないのだった。
悪くすれば、この要塞ごとこの宇宙から消されてしまうかもしれないのだ。
「では、どうすればいいのです……」
と、ホルンバルド連合の大使が言った。
「この要塞には、銀の月がいます。もしこれが、あの種族の所為だとしたら、ガンダルフの魔法使いである彼はあの種族とやりあうことに慣れています。過去何度も渡り合った経験があるのです。そして、今彼はリドス連邦王国に属しています。かならずや、リドス連邦王国の助けがあるはずです」
と、マグ・デレンは言った。
「そのリドス連邦王国ですが、暗黒星雲の種族を追い払うためにダルシア帝国が呼んだという噂がありますが、本当なのでしょうか?」
と、ボルドレイ・ガウンは言った。
「さあ、どうでしょうか?ダルシア帝国のコア大使なら、その答えを知っていたかもしれませんね。それよりも、ゼノン帝国の方に老婆心ながら忠告しておきましょう。ゼノン帝国はかつて、暗黒星雲の種族とも同盟していたことがありました。ダルシア帝国の打倒のためにですが。ただ、その同盟はゼノン帝国の裏切りによって、消滅したのです。昔のことですからそのことを、ゼノン帝国の人々は忘れてしまったかもしれませんが、暗黒星雲の種族の方ははっきりと覚えていると思います。気をつけられることを忠告します」
ボルドレイ・ガウンは驚愕して、マグ・デレンを見た。
「裏切った方よりも、裏切られた方が、それをいつまでも覚えているものです」
ボルドレイ・ガウンは青ざめていた。
各国大使がデレンの言葉に一応納得して、戻っていくのを見届けて、
「私が、司令官に会ったとして、この揺れが解決できるとは思えませんが、他に仕方ないでしょう」
と、タ・ドルーン・シャにマグ・デレンは言った。
ヘイダール要塞の周囲に浮かんでいるダルシア帝国の艦隊は、要塞が軌道を変えて行くのに応じて、同様に軌道を変えていた。
ダルシア帝国艦隊の指揮脳は、ただヘイダール要塞にいるタリア・トンブンを守るということだけを考えているのだ。
要塞がもし、彗星などの物体に衝突するとしたら、その瞬間にタリア・トンブンを救出するつもりだった。
要塞にいる他の人々は、ダルシア帝国艦隊の指揮脳にとっては、どうなろうと関知しないことなのだ。
それが、タリア・トンブンが望まぬことであっても、彼女自身の明確な指示がない限り、要塞自体を守るという選択肢はなかった。
ヘイダール要塞にいるダルシア人は、タリア・トンブンだけだったのだ。
しかし、タリア本人は、もうどうしてよいかわからない、というのが本音だった。




