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ふたご銀河の物語(改訂版)  作者: 日向 沙理阿
38/72

ダルシア帝国の継承者 38

「こんなところに来ても、私から逃げたことにはならないな」

と、ヘイダール要塞司令室の司令官席とは反対側の方から、声がした。



 そいつは先ほどまでタリア・トンブンといたあの暗黒星雲の種族の男だった。



「キャッ!」

と、思わずアリュセアは小さな悲鳴を上げた。


「おや?これはサンシゼラ・ローアンじゃないか。おまえが邪魔をしたのか。いや、だが、おまえは魔法使いではなかったはず」

と、男は決め付けた。


「誰だが知りませんが、ここでは乱暴は困ります」

と、ディポック司令官が言った。


「おまえは?そうだ。おまえはいったい何者だ?なぜ、私の邪魔をするのだ」

と、男は言った。



 その男は、別段武器を持っているようではなかった。

 だが、ディポックには武器を持っている兵士よりも危険なことがわかって来ていた。



「そいつは、暗黒星雲の種族よ。武器を向けたりしないで、危険だわ!」

と、アリュセアが警告した。



 司令室の他の軍人たちが持っている武器を手にしようとしているのが分かったので、言ったのだった。



「私は、別に何もしない。そこのタリア・トンブンに用があるだけだ」

と、男は言った。


「司令官、その男は何者ですか?」

と、参謀のグリンが落ち着いた声音で聞いた。


「さあ、私はよく知らないが、ジル星団の人たちが、暗黒星雲の種族だといっている」

と、ディポックは言った。


「暗黒星雲の種族?何ですか、それは?」



 そのような種族など、ロル星団では聞いたことがない。

 事実グリンは初めて聴いたのだ。



「ロル星団の方では、知られていないようなんだが、ジル星団ではかなり悪名の高い種族らしい」



 ディポック司令官を見るその男の目には、珍しく真剣な光りが宿っていた。

 いつも人を揶揄するような、からかうような目をしていたのに、妙に真面目な目つきに変わっていた。



「おまえは、誰だ?あのナンヴァルのルディアナに似ているが、ルディアナではない。しかし、その光りは尋常ではない。魔法使いでもないが、アルフ族でもあるまい。このロル星団では妙な者もいるのだな……」

と、男は不思議そうに言った。


「私は、元新世紀共和国の軍人だった、ヤム・ディポックという者だ。他の何者でもない。それよりも、あなたは何の用があってこの要塞に来たのだ?」

と、ディポックは聞いた。


「私の用があるのは、そこのタリア・トンブンだ。ゼノン帝国の御歴々がその女が必要だというのだ。例のダルシア帝国の遺産が欲しいそうでね」

と、男は面白そうに言った。


「それはおかしいですね。まだ、ダルシア帝国の遺産が彼女に渡るかどうか、決定されてはいないはずでしたが?」

と、ディポックは言った。


「ばかばかしい。あのナンヴァル連邦の議長はそのつもりで、この要塞に乗り込んで茶番をやっているではないか」

「司令官、気をつけて、その人は、時間稼ぎをしているだけ……」

と、アリュセアは言った。


「何のことかな?」

と言って、男はアリュセアの方を見た。


「こうして話をだらだらして、ダルシア帝国の艦隊が来るのを待っているの。そうして、艦隊がこの要塞を攻撃するのを待っているのよ」

と、アリュセアは言った。


「ほう、それで、次に私は何をするというのだ?」

と、男は声に凄みを利かせて言った。


「そ、それで、タリアをこの要塞ごと消してしまえば、ダルシア帝国の遺産は宙に浮く。行き場がなくなる。その混乱を利用して、自分がダルシア帝国に入り込む隙を作りたいのよ。そして、リドス連邦王国の出自を探るつもりなんだわ」

と、アリュセアは言った。


「何のために?」

「暗黒星雲の種族は、これまで無敵だった。けれど、あのリドス連邦王国には敵わなかった。だから、彼らの出自を調べ、そこへ行って、リドス連邦王国の持つ秘密を掴みたいのよ。そうすれば、彼らの優位が崩れる」



 その話は、この要塞の人々には意味が分からなかった。

 まだ、ジル星団にリドス連邦王国やダルシア帝国という国がある、ということしか知らないのだ。



「なるほど、サンシゼラ、おまえは確かに予知者だ。だが、予知だけでは私には勝てぬ」

と、危険なほど優しい声音で男は言った。


「で、でもあなたの企みは無駄だと思う。リドス連邦王国の人たちは、ダルシア帝国のことをあなたよりももっと知っているから」

と、アリュセアは言った。


「何を知っているというのだ?」

と、男は急にアリュセアの話に興味を持ったようだった。


「そこまではわからないわ。でも、タリアが居なくなっても、リドスの人々は何ら困ることはない。混乱はしないわ」



 まだ、アリュセアの片手は、ディポックの肩を掴んでいた。

 彼女は自分の脳裏に映る映像を見ながら話をしているのだ。



「ほう、それなら、なぜ、タリア・トンブンにこだわるのだ?タリアがアプシンクス皇女だからか?」

「そう、それもある。でも、最大の理由は、コア大使との約束だからよ。それだけ……」

「馬鹿なことを。コア大使はもう死んだのではないか」

「変な事を言うのね。知っているくせに。コア大使は、その肉体は死んだかもしれない。でも、彼は消えたわけじゃない。だからこそ、その約束は守られる。リドスの人々は真実を知っているから」

「ふん!」

と、男は言うなり姿を消した。


「た、大変です。すぐ近くで新しい艦隊が出現しました」

と、通信員が叫んだ。


「見たことの無い艦隊です。どこの艦隊でしょう?」



 それはアリュセアが言った、あの艦隊だった。

 今何をすればよいか、アリュセアの脳裏に突然浮かんだ。

 稲妻に打たれたように、彼女は叫んだ。



「タリア!ここに来て、早く!」



 タリアは慌ててアリュセアの傍にやってきた。



「どうするつもりなの?」



 タリアにとっても、この事態は前代未聞のことなのだ。



「私の手を持っていて……」

と、アリュセアは言った。



 そして、ディポックの肩をつかんでいる手とは反対側の手を出した。

 タリアは言われた通りにすると一瞬眩暈がしたが、目の前に要塞の外の光景が浮かんだ。

 宇宙空間に浮かんでいる船は、タリアでも見たことがない宇宙船だった。

 数はどれくらいだろうか?

 数百、数千隻?ダルシアからの艦隊だろうか?



(アプシンクス様、無事デスカ?)

と、タリアの心に言葉が浮かんだ。



 この思いが要塞の外の宇宙空間に浮かんでいるあの艦隊の中の一隻から発せられたものだということが、不思議なことにタリアにはっきりと分かった。

 一瞬、タリアは怯んだ。

 TPではあるが、このような意志伝達は慣れてはいないし、相手が船というのも初めてなのだ。

 だが、何とかしなければならない、という思いが伝える言葉を決めたのだった。



(私は、無事です)

と伝えると、タリアの心に安堵の思いが伝わってきた。



(あなたたちは、ダルシアに帰ってほしい)

と、タリアは思った。


(イエ、アソコニ、ゼノン帝国ノ艦隊ガイマス。アノ連中ガイテハ帰レマセン、ソレニ、不吉ナ者ノ気配ガシマス。アレハ、我ガ敵ニチガイアリマセン)

と、ダルシアの艦が伝えてきた。


「敵がいるから、帰れないと言っているわ」

と、タリアは言った。


「敵だって?」

と、ダズ・アルグは言った。


「ゼノン帝国のことか?」

「違う。不吉な者と言っているわ。」

「まだ、居るんだ。あのさっきの男が……」

と、バルザス提督は言った。







 コアは、これまでヘイダール要塞の司令室の様子を見ていた。

 ダルシア帝国の艦隊にどのように対応すればいいのか、アリュセアやタリアに指示を与えたのは、彼である。

 コアはダルシアの艦隊が来るのを予想して、待っていたのだ。

 ダルシのア艦隊に下手に対応すると、大変なことになることを知っていたからだ。

 まして、どのように対応すればいいのかは、ダルシア人であったコアしか知らないことだ。


 最初の危機が去ったものの、まだ最大の危機が終わっていないことをコアは気づいていた。

 こちらの方は、コア自身でも簡単に対応できないものだった。

 ただ、それに対処するために銀の月に近づき過ぎても、あの暗黒星雲の種族の男にコアの存在が知られる恐れがあった。

 そうなると、もっと困ったことになることをコアは知っていた。


 今でも、あの男はコアの存在をこのヘイダール要塞の中に感じているのだ。

 ただ、どこにいるかははっきりとしないだけだった。

 姿かたちのない今のコアでは、暗黒星雲の種族とは対等に遣り合うことはできない。

 肉体にいた時のコアでさえ、母星の機械の助けなしでは遣り合うことはできなかったのだ。

 この危機を脱する方法は、銀の月――バルザス自身が知っているはずだった。








 ゼノン帝国の艦隊やタレス連邦の艦隊は、突然現れた所属不明の艦隊に驚いていた。



「あの艦隊はどこの艦隊でしょうか?」

と、タレスのドノブ少将が言った。


 タレス連邦の者達はダルシア帝国の艦隊を見るのは初めてなのだった。



「要塞に問い合わせてみよ」

と、ガイウス・ブレヒト元帥が言った。








 一方、ゼノン帝国艦隊では、

「なぜ、ダルシア帝国の艦隊が現れたのでしょうか?」

と、ヴィレンゲル少将が言った。



 ドールズ・ゴウン元帥は、これまでゼノン帝国艦隊がダルシア帝国艦隊にどれほど損害を受けたかを思い出さざるをえなかった。

 だが、コア大使が亡くなった今、なぜダルシア帝国の艦隊が動いているのだろうか?

 誰が動かしているというのか?

 まだ、継承者も決まってはいないのに……。



「まさか、あの艦隊は我が艦隊を攻撃するためにやってきたのでしょうか?」

「それは、わからん。だが、我が艦隊ではダルシア帝国艦隊を破ることはできん。ともかく、要塞に問い合わせてみるように」



 ファールーレン・ディラは、ダルシア帝国艦隊の恐ろしげな艦影を眺めていた。

 嫌な予感がする。

 やはり、あの暗黒星雲の種族の男は、闇の者ではないとしても、古い言い伝えの通り凶事を運んできたのではないだろうか。








 その艦隊は不気味だった。

 静かに、物も言わずに、ただ要塞の周囲に浮かんでいた。

 銀河帝国や元新世紀共和国の艦隊とは形態も色彩もかなり違っており、ジル星団の他の国の艦隊とも違っていた。

 そして、おそらくエンジンや動力源も異なっているだろうと思われた。


 それは、ダルシア帝国の艦隊だった。

 ダルシア帝国の艦隊は、その一つ一つの艦に乗員が居るわけではなかった。

 艦長もいない。艦を掌握するシステムの中枢に当る部分の中央脳が全てを取り仕切っている。

 それは機械ではあるが、機械ではない。

 半分物質で、半分有機体でできている、それ自体個性を持った中央脳なのだった。

 艦の中央脳が個性を持っているのは、艦の動きを判断するという必要があるためだった。

 したがって中央脳が艦長の機能を果たしていると言えた。

 旗艦はそれぞれの艦の中央脳を統率する、指揮脳を持っていた。

 他の艦はその指揮脳の命令を忠実に守る。

 だから、一つの艦隊としての機能が可能なのだった。



 出現したダルシアの艦隊はヘイダール要塞の周りにただ浮かんでいるだけだった。



「ダルシアの艦隊には、本国に戻ってはもらえないということだろうか?」

と、ディポック司令官が言った。


「おそらく、先程の暗黒星雲の男がどこかにいるということだと思われます。ダルシア帝国にとって暗黒星雲の種族は危険な敵なのです。彼がこの要塞の中、あるいは近くに居る限り、ダルシアの艦隊は動こうとはしないでしょう」

と、バルザス提督が言った。


「しかし、やつがどこにいるのか、どうやったらわかる?」

と、ダズ・アルグ提督が言った。


「それは、わかりません。ただ、何か企んで身を潜めているということはわかります」

と、バルザスが言った。


「何を企んでいるのだろう?」

と、フェリスグレイブ防御指揮官が言った。



 アリュセアは、ヘイダール要塞が爆発するという自分の見た映像が気になった。

 だが、現実にはダルシア帝国の艦隊は、要塞を攻撃せずに、要塞の周りに浮かんでいるだけだった。

 だとすれば、次に起きることは何だろうか?

 あの暗黒星雲の男が企んでいることは、何だろうか。



「ディラント、あの男が狙っているのは、この要塞ではないかしら?」

と、アリュセアは言った。



 昔、アリュセアがサンシゼラと呼ばれていた頃、銀の月の名は、ディラント・アルマ・カイトだった。

 その時の癖がつい出てしまったのだ。


 ディラントと呼ばれたバルザス提督は、アリュセアを振り返った。



「この要塞を狙っているだって?」

「そう。私が見た映像は、この要塞が破壊されるものだった。でも、まだ破壊されてはいないわ。だとすると、この要塞を破壊するには、次に何をすればいいのかしら?」



 その話は、要塞司令室一同の肝を冷やさせるものだった。

 この要塞の破壊が目的?

 それも、あの男たった一人で可能だというのか?

 要塞司令室の幹部一同にとっては、どれも、信じがたいことだった。

 第一そんなことができるものだろうか?



「ゼノン帝国とタレス連邦の艦隊は、ここを攻撃する積りでしょうか?」

と、タズ・アルグ提督が言った。



 それも気になるところである。



「いや、待て。まだ妙な動きはない。それに、彼らの艦隊にこの要塞を破壊するだけの攻撃力があるだろうか?」

と、ディポック司令官は言った。


「何ともいえません。どちらも、一つの艦隊だけだったら、できないでしょうが、ゼノンとタレスの艦隊が協力するとなると、できないとはいえません。もちろん、ダルシア帝国の艦隊ほどの破壊力はありませんが……」

と、バルザスは言った。



 とはいえ、ゼノン帝国とタレス連邦の艦隊を合わせて一万にも足りない艦艇数では、要塞の破壊など不可能だと思える。

 それに惑星連盟の各国政府の艦隊を返してしまった今となっては、彼らの味方に付く艦隊もない。

 ゼノン帝国の艦隊にしても、最初の時に使った魔術を込めたエネルギー攻撃は、要塞に銀の月が居る限り、そう何度も使えないとわかっているはずだった。

 ただ、本当にできないとわかっていれば、ゼノン帝国の艦隊がヘイダール要塞に来るわけはない。

 彼らも勝ち目のない戦いはしないのだ。何かあるのではないか、とバルザスは思った。



「ただ、あの男となると、話は変わります。あれは、ここを破壊するだけの力を充分持っています」

と、バルザスは言った。


「どうやって、破壊するんだ?」

と、ダズ・アルグ提督が聞いた。


「それは、まだわかりません」



 その時、また要塞に激しい揺れが起きた。









 リドス連邦王国宇宙艦隊、バルザス提督の副官ドルフ中佐は、度々の揺れを不審に思って、

「いったい、何が起きているんでしょう」

と、カール・ルッツ提督に言った。


「何だか、変ね。いえ、確かに変だ」

と、ルッツは言った。



 二度も大きな揺れが来たのだ。

 予知者ではないが、何か危険なことが起きている予感がした。

 アリュセアの子供たちも、不安そうに寄り添っていた。



「ねえ、わたし、この要塞のことに詳しくはないけれど、何だかこの要塞が動いているような気がしない?」

と、ルッツは言った。



 言葉遣いを気にしているような余裕はなかった。



「え?そ、そういえば……」



 これは、単なる感だった。だが、二人とも同じことを感じているということは何か起きているのだ


「バルザス提督に連絡してみて!」

と、ルッツは言った。







 要塞司令室にドルフ中佐の通信用の小さな魔法陣が現れた。



「何だって?」

と、バルザスが言うのが聞こえた。


「どうしたんだ?」

と、ダズ・アルグが言った。


「ディポック司令官。この要塞の位置を確認してもらえませんか?」

と、バルザスは言った。


「位置?わかりました」

と言うと、ディポックは計器に就いている部下に確認を命じた。



 ヘイダール要塞が攻撃されるということばかり気にしていて、要塞自体が動くということを考えていなかったのだ。



「こ、これは……」

と、調べた者が驚いて絶句した。


「どうしたんだ?」

と、ダズ・アルグが聞いた。


「要塞が、動いています。正確には、最初の揺れがあったときから、少しずつ動き始めたんです。先程の揺れで、要塞が宇宙の星の間にある、ある軌道に乗ってしまったんです」


「軌道というと?」

と、ディポックが聞いた。


「このまま行くと、この要塞はあと一週間でボゴール彗星と衝突します」

「彗星?このあたりに彗星があるなど聞いたことはないぞ」

と、ダズ・アルグが言った。


「ですから、こちらの位置が変わっただけでなく、彗星もこちらとの衝突コースに乗ったのです」



 これは、容易ならざる事態だった。


 ヘイダール要塞は、建設されておよそ百五十年になる。

 要塞はこの宇宙空間で建設されたのであって、建設されたものをここに移動させたのではない。

 だから、要塞自体を移動させる機能や装置はついていない。



「要塞は、動かすことはできないのですか?」

と、アリュセアは聞いた。


「動かすことはできません。第一、そんなことを想定して作られてはいないのです」

と、ディポックは言った。


「司令官。考える時間はまだあります」

と、バルザス提督は言った。



 また大きな揺れが来た。



「し、司令官。また軌道が変わりました。このコースで行きますと、今度は別の彗星にあと二ヶ月で衝突します」

と、計測した兵士が言った。


 変だ、とバルザスは思った。

 今度は期限が短くなったのではなく、長くなった。



「あの男よ。遊んでいるんだわ」

と、タリアが言った。


「いえ、違う。この要塞を破壊する時間を考えて少しずつ軌道を変えているの」

と、アリュセアは言った。


「すると、どこまで変える気なんだ?」

と、ダズ・アルグは言った。


「衝突する時間をもっと短くして、私たちが困って手をあげるのを待っている、そんな感じがする」

と、アリュセアが言った。



 背筋がぞっとするのを、皆感じていた。

 しかし、どうすることもできない。

 とんでもない相手と戦うことになったのではないか?

 まだ、ゼノン帝国やタレス連邦の艦隊と戦うほうがましである。

 これまでよく暗黒星雲の種族などという連中と遭遇しなかったものだ、とディポックは思った。




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