ダルシア帝国の継承者 32
惑星連盟に加盟しているジル星団に古くからある主な国はハイレン連邦、デルフォ共和国、ホルンドバルド連合、ザガ連盟、ナンヴァル連邦そして、ゼノン帝国の六カ国である。
そのうちザガ連盟が最古の国家と言われている。
ザガ連盟はダルシア帝国や惑星ガンダルフのかつての文明と同じくらい古いと言われていた。
ザガ人は昆虫型種族であったので、あの貪欲なダルシア人の胃袋を満たすことができなかったと伝えられている。
つまり、ダルシア人の口に合わなかったのだ。
そのため太古の時代をかろうじて生き残ることができた。
ただし、文明の発達は遅く、宇宙文明に達したのはダルシアよりもかなり後であった。
因みに、かつてダルシアが滅亡寸前まで行った他銀河からの侵略戦争時において、やっとワープ航法を開発した段階であり、他銀河の侵入者の情報を他の種族に先んじて入手したのが彼らだった。
ザガ連盟では、宇宙時代に入ってからダルシア人にならって目に見えぬ力を開発していたが、それが急速に発達したのは、今から九千万年前、ザルダン・ヌ・クーヴァ大師が魔法の呪文を作ったときに始まる。
当時は宇宙文明が衰退し、かつての栄光が僅かに残っている時代だった。
その後、再び宇宙文明が発達したのが5千万年前と言われている。
ザガ連盟では、宇宙文明と魔法文明が交互に発達を繰り返し、今に至っている。
ただし、現在はかなり人口も減り、文明自体が衰退しつつある。
ザガ人は、二本足で腕を四本持ち、触角が二本、大きな複眼を持つ羽のない体長2クラトル(ザガでは小さな木の枝二本分の長さにあたる)の大きさだった。
繁殖は卵生で、男女の体格的および特徴差はあまりなく、生涯の最後に女性が卵を産むというサイクルだった。彼らの寿命は短く、太古の昔から変わらずおよそ百年だった。
バルザス提督はザガ連盟の大使ヨルング・ルを訪問していた。
「リドス連邦王国のバルザスです。大使にお会いしたいのですが……」
と、宿舎に通されてバルザスが切り出すと、一緒に付いて来ていた元新世紀共和国軍の提督であり、今はヘイダール要塞に属しているダズ・アルグが居心地悪そうに咳払いした。
ダズ・アルグ提督は自ら進んで一応ヤム・ディポック司令官の命という形でバルザス提督についてきたのだが、バルザス提督に対する不信と興味とがダズ・アルグの中に共存していたのだ。
ダズ・アルグにとっては魔法使いというのはまだおとぎ話の中にしかいない存在だった。
タリア・トンブンの話やこれまでの経緯からもしかしているかもしれないと思っただけなのだ。
目の前ではっきりとした魔法が使われるのを見たわけではない。
少し前に見た司令室での魔法陣の出現を妙だと思っていたが、何かの魔法かもしれないとは思っていた。
ザガ連盟は昆虫型種族なので、人間型種族しかいなかった国に育った彼にはかなり違和感があった。
ここに来る道すがらバルザス提督がザガ連盟の歴史を簡単に説明してくれたが、当然そんなことで親近感を覚えることはできない。
やがて長いローブを纏ったザガ連盟大使が部屋に入って来た。
ダズ・アルグにとって見た目は巨大な昆虫そのものに見える。
「ブブブ、ブブブ、ヴィヴィヴィ……」
と、ザガ連盟の大使が言った。
まるで通信の際生じるノイズのような音が聞こえた。
ダズ・アルグは驚いていた。
バルザスはそのノイズのような言葉に直ぐ応じたので、ザガ連盟の言語で話しているのだと推測したが、ジル星団の種族が自身の言葉で話すところを見るのは初めてだった。
それに、バルザスがザガ連盟の言葉を流暢に話すのが驚きだった。
だが、しばらくすると、大使はダズ・アルグの存在に気づき、ローブの上に付けている小さな石のようなものにそっと触った。
「失敬、そちらは確かこの要塞の関係者ですかな?」
と、ザガ連盟の大使は言った。
今度はダズ・アルグが理解できる言葉になっていた。
「私は、ヘイダール要塞艦隊指揮官で、元新世紀共和国艦隊中将のダズ・アルグと言います。それで、今の会話はザガ連盟の言葉なのですか?」
と、ダズ・アルグが聞いた。
「さよう、今の会話は我々の言葉でした。銀の月には久しぶりに会ったので、つい我々の言葉で話してしまいました」
と、ヨルング・ル大使は言った。
「これまであなた方だけではなく、ジル星団の方々は皆同じ言語を、そうまるで我々と同じ言語を話しているように思っていました」
と、ダズ・アルグは言った。
「それは、この言語フィールド発生装置のおかげです」
と、ザガ連盟の大使は長いローブに付けているアクセサリーのような小さな装置を指さした。
「かつて我々は、言語の問題で非常に苦しみました。各国ともかなり言語構造や発音が違うのです。統一言語を、例えば商業用言語を作ろうとする努力はありましたが、それが実ったことはありませんでした。ですが、やっとこの言語フィールド発生装置を開発したのです」
「その、言語フィールド発生装置というのは、あなた方ザガ連盟が開発したのですか?」
と、ダズ・アルグは聞いた。
「この装置の開発は我々の長い歴史において、つい最近の新しいことなのです。そうですね、二百年ほど前のことになります」
と、ザガ連盟の大使ヨルング・ルが言った。そして、
「この装置の開発にあたっては、リドス連邦王国が主に関わっています。彼らの存在なくしては、この装置はできなかったでしょう」
と言った。
「すると、ジル星団の惑星連盟全体がこの装置の開発にあたったと理解してよいのでしょうか?」
「そうですね、そう考えたほうがよいでしょう。多くの種族の学者が関わったのです。言語というのは非常に微妙な部分もありますので、一種族で開発するというのは難しいのです。ですが、この装置開発の成功おかげで、惑星連盟の間での貿易や交流が一気に増えました」
そこでバルザス提督が咳払いした。
「会話が進んでいるので申し訳ないのですが、ヨルング・ル閣下、先ほどの私の要請を受けてもらえますでしょうか?」
「これは、失礼した。もちろんだ、銀の月。我々は惑星連盟の議長の考えに同意する。できるかぎり協力を約束しよう。というわけで、ダズ・アルグ提督、あなたとの話は後日にさせていただきたい」
「もちろんです」
バルザス提督は、ザガ連盟の大使のところから二人の魔法使いを連れて出た。
同じように、ハイレン連邦、デルフォ共和国、ホルンドバルド連合、ナンヴァル連邦大使の部屋へも訪れて魔法使いを調達した 。
ザガ連盟以外の国々もバルザス提督の話を一つ返事で受け入れたのである。
魔法使いの数は、ザガ連盟から二人、ハイレン連邦から一人、デルフォ共和国から二人、ホルンバルド連合から二人、ナンヴァル連邦から三人と、全部で十一人だった。
集まった魔法使い達は会うのは初めてだったが、バルザス提督を見ると申し合わせたように頷き、何も言わずに黙って要塞指令室まで付いてきた。
こうした彼らの動きは、ダズ・アルグにとって驚きだった。
少なくともこれらジル星団の古い国々の態度は、ダズ・アルグらヘイダール要塞の元新世紀共和国の軍人たちが考えているような、バルザス提督が銀河帝国から追われた大逆人の部下だという分類では推し量れないものだ。
もしかしたら、とダズ・アルグは半分くらい信じ始めていた。
その様子をダルシア帝国の大使であったコアは通路の天井に近い空間で見ていた。
古い国の魔法使い達の中には時折コアのいるあたりの天井を見上げる者もいた。
彼らの中にはコアの姿を見ることができる者が何人かいたのである。
要塞司令室の巨大スクリーンの眼前に要塞司令部の幹部達とジル星団の五カ国の魔法使い、そしてリドス連邦王国のバルザス提督が集まっていた。
一通り、バルザス提督が魔法使い達の紹介をすると、
「それでは、要塞内部にいるゼノンの魔術師と彼らに協力する連中をうまく排除してくださるようお願いします」
と、ディポック要塞司令官が言った。
「要塞内部のことについては、我々に任せてもらえるのですね」
と、バルザス提督は念を押すように言った。
「魔法使いについては、我々では対処できませんから。あなた方を信頼する他ありません」
と、ディポックは言った。
「しかし、司令官、……」
と、参謀のグリンが不服を申し立てた。
グリンはまさか司令官がバルザス提督の話を信じて、魔法使いたちを集め、対処させようとするとは思わなかったのだ。
グリンにはバルザスは銀河帝国の大逆人の一味で、まだ何を考えているのかわからないと感じている。
ジル星団の者達についても、どこまで信用できるか確信はないのだ。
「いや、今はこれしかない。悪いが、君の意見は後で聞く」
と言って、ディポックは魔法使い達に、手足となるウル・フェリスブレイグ要塞防御指揮官の部下を付けさせた。
バルザス提督は、要塞全域に魔法の探知網を築くと、魔法使いを一人それに専任させた。
「カウベリア提督のところにいるあのゼノンの魔術師が、自由になっている。やつを見張ってほしい」
と、バルザスは魔法使いの他の一人に指示を与えた。
すでにゼノン帝国やタレス連邦と協力関係にある政府は、要塞内を動いているはずだった。
だから要塞内も危険になっているとバルザスは見ていた。
彼らが自由になったら、目指すはおそらくこの要塞司令室だろう。
そこを抑えれば、要塞は彼らのものとなるからだ。
バルザスは別に要塞司令室の外に結界を張って、敵に備えた。
そうしたバルザス提督を不安そうに、参謀のグリンやウル・フェリスブレイグら要塞司令部の者たちは見守っていた。
彼らにとっては、バルザス提督は銀河帝国で「大逆人」と言われて追われた者たちなのだ。
それはそれほど昔のことではない。
従っていつ寝返るかわからない不安を感じているのだ。
彼らの不安を感じているのか、バルザス提督に付いて来たリドスのカール・ルッツ提督の副官ナル・クルムという若い仕官は、要塞司令室を見渡して、ディポック司令官の部下達をじっと観察しているようだった。
タレス人であり、またゼノンの宮廷魔術師ヒールリアン・ドレイは、会議室の外に立っている警備兵を魔法で眠らせると、カウベリア提督達と共に外へ出た。
要塞を占拠するには、司令室を落とすのが一番速いと分かっている。
しかも敵は魔法が使えないときている。
ゼノン帝国やタレス連邦の仲間には、ドレイやフリッツが力を使って連絡を付けた。
ゼノン帝国と密約のある政府は、密かに要塞の兵士を魔法で眠らせて協力していた。
他の国の魔法使いによる協力はできるだけ目立たぬように行われた。
目立つとどこの政府がゼノン帝国に協力しているか分かってしまうことになる。
するとこの計画がうまくいかなかった場合、惑星連盟の中で自国の立場が悪くなるからだ。
あの悪名高いゼノン帝国に協力したというだけで、評判を落とすだけでは済まなくなる。
表立って声を挙げたりはしないが、ゼノン帝国を謗る国は多かった。
ドレイの魔法が解けたことはリドスの連中は気が付いたはずなので、ドレイは他の魔法に捕まらないように充分注意が必要だった。
ドレイたちは魔法を使い、障害のない通路を探り、移動した。
通路のあちこちで、兵士が倒れて眠っているのがわかった。
「魔法を使うと、こんなに簡単なのか?」
と、カウベリアは言った。
もし魔法がなかったら、警戒に当っている兵士たちを銃や剣などの武器を使って排除していかなければならない。
それは時間と手間の掛かる人手を使う作戦だった。
その上、敵に気づかれることになる。
しかし、魔法で眠らせてしまうと、通りすぎるだけだ。
本当はもっと楽なのだが、とドレイは思った。
この要塞にリドス連邦王国の連中が居なければ、もっと簡単に占拠できるのだ。
五百年前、ゼノン帝国がジル星団を席巻する勢いだった理由の一つは、科学技術が秀でていただけではない。
ゼノン帝国における魔法を多くの者たちに拡げた成果でもあった。
古より伝わった魔法の呪文を体系化し、それを教える学校を創立し、多くの者達が魔法を身近で使えるようにしたのだ。
その中から、強力で優秀な魔法使いが数多く生まれていったのだ。
ジル星団で古くから魔法を伝える国々では、ゼノン帝国のように魔法を大衆に広げた例はない。
そこでは昔ながらの弟子制度によって、魔法使いが一人前になっていく仕組みだった。
しかし、楽だったのは要塞司令室の手前までだった。
ゼノンとタレスの魔法使いと軍人達は、まるで見えない壁に当ったように、それ以上前へ行くことができなくなった。
「ここに、何かあるようです、提督!」
と、フリッツが言った。
ドレイは嫌な予感がした。
このような魔法はゼノン帝国では知られていない。
見えない壁は床から天井まで繋がって広がり、物質を通さないようだった。
それに、指先でそれを触ると、ビリッと電流が走るような感じがした。
それだけではなかった。
突然、その見えない壁に稲妻が走り、ゼノンとタレスの者達を打ちのめした。
そこへ、司令室から要塞の兵士が出てきて、動かなくなっている彼らを確保、拘束した。
要塞側に魔法使いがほとんどいないとして、ゼノン帝国もタレス連邦も油断していた。
リドス連邦王国の魔法使いだけでは、ゼノンとタレスの両方の魔術師に数でも力で及ばないと考えていたのだ。
ナンヴァル連邦など惑星連盟に加盟している諸国の中で古い文明を誇る国々は、リドス連邦王国のバルザス提督を信用し、ゼノン帝国の魔術師を拘束するのに力を貸してくれた。
しかし、その他にもゼノン帝国をよく思わない国が多くあり、彼らの味方をしていた。
そのため、要塞内での敵の動きは逐一、見張られ、それとなく知らされていたのだ。
ただ、要塞の外の方はそうはいかない。
要塞の周囲は惑星連盟の艦隊で立錐の余地もないほどなのだ。そこで混乱が起きたら、多くの艦船が被害を受けることになる。
タレス連邦艦隊のドノブ少将は、
「要塞内の我々の工作員からの連絡が途絶えました」
と、艦隊司令官であるガイウス・ブレヒト元帥に報告した。
「思ったより、連中の動きは速いと思われます」
と、ドノブ少将は言った。
要塞内のゼノンの魔術師たちが、要塞の内部で混乱を起こし、その隙をついて要塞を攻略するつもりだったのだ。
上手くいけば、混乱の中で司令室を占拠し、血を流さずに要塞を手に入れることができるかも知れなかった。
その企てが失敗に帰したのだ。
「誰か知恵をつけるものが居るのだろう」
と、ブレヒト元帥は言った。
おそらくリドス連邦王国の連中に違いない、と彼は思った。
「いかが致しましょう」
と、ドノブ少将はブレヒト元帥の考えを聞いた。
「ここで今から作戦を変えることはできまい。ここはかねての打ち合わせの通りにやるしかあるまい」
「この艦隊だけでやるのですね」
「もちろんだ。向こうの方にいる我々の艦隊は打ち合わせ通りに動くだろう」
多少の行き違いは当然考慮の内に入る。要塞内部での陽動が挫折したとしたら、外からやるしかなかった。
ゼノン帝国とタレス連邦の艦隊は、要塞から肉眼で見える距離に来ていた。
惑星連盟の艦隊の内部では、上を下への混乱の極だった。
だが、動こうにも身動きが出来ない。
それに、惑星連盟の艦隊の中にいるゼノン帝国とタレス連邦の艦隊が問題だった。
彼らが何をするかわからないのだ。それが不気味だった。
「司令官、ゼノンとタレスの艦隊が視認できる距離まで近づいています」
と、ブレイス少佐が言った。
「主砲を撃つわけにはいきませんよね」
と、ダズ・アルグ提督が言った。
「当然だ」
と言って、ディポックはスクリーンに映る敵の艦隊を見た。
はっきり言って今回はどうにもならなかった。
大艦隊がこれから押し寄せてくるのではなく、大艦隊が要塞の周りに居座っているのだ。
これから来る艦隊は、数としては要塞の周囲に居る艦隊よりは少ない。
だが、要塞の周りにいる惑星連盟の艦隊が邪魔になっているのだ。
彼らが居ては、要塞から艦隊を出すわけにもいかない。
艦隊による攻撃はできない、だからと言って主砲を撃つと、周囲に居る艦隊に当る。
だが、彼らを動かすには場所がない。
「ディポック司令官」
と、バルザス提督が呼びかけた。
「要塞内のゼノン帝国とタレス連邦の者たちは確保しました」
と、バルザスは言った。
「助かりました」
と、ディポックは礼を言った。
「それで、一つ提案があるのですが……」
と、バルザスは言った。
「提案?どんな提案です?」
と、ディポックは聞いた。
他の将官たちもバルザスを見た。
「惑星連盟の艦隊のことです。彼らが要塞の周りに居る以上、敵へのこちらの攻撃の邪魔になるだけです」
「確かに、そうです。ですが、それは……」
「惑星連盟の艦隊を動かすには場所がないのはわかっています。でも彼らを動かさなければ、惑星連盟の艦隊の中にいるゼノンとタレスの艦隊が何をするかわかりません」
「そうです。それを心配しています」
「だから、惑星連盟の艦隊をそれぞれの母国へ帰してはどうでしょうか?」
「母国へ帰す?」
ディポック司令官は狐につままれたような顔をした。
何のことかわからなかった。
「ワープ航法ではないのですが、ある種の呪文を使うと、宇宙空間でも物を別の場所へ移動することができます」
と、バルザスは言った。
「ただ、問題はかなり強力な力を必要とすることです。私だけの力ではできないのです」
「この要塞にいる魔法使い達の協力を得てもですか?」
と、ディポックは聞いた。
「そうです」
「それでは、できないということではないですか?」
と、ダズ・アルグ提督が言った。
「いえ、ある人物の協力が得られれば可能です」
と、バルザスは言った。
要塞の周囲に居る艦隊を視認できる位置まで来たゼノン帝国とタレス連邦の艦隊は、一時停止し、双方連絡を取り合い、合図を確認した。
「タレス連邦の艦隊は、予定通りに来ている。後は、向こうにいる我々の艦隊の陽動を待つだけだ」
と、ゼノン帝国のヴィレンゲル少将は言った。
攻撃時刻まで、数分に迫っていた。




