ダルシア帝国の継承者 29
その頃、アリュセアは魔法の呪文を必死で唱えていた。
「リリリーゲア……」
と、アリュセアはほとんど叫んでいた。
もう何度か呪文を唱えているのだ。
だが、何も起きなかった。
「どうしよう、できないわ。誰も来ない」
アリュセアは周りを見回して、落ち着き無く言った。焦っているのだ。
(落ち着くんだ。もう一度、試してみたらどうか?)
と、コアが冷静にTPで伝えた。
「そ、そうね。呪文も正しく言わなくちゃいけないし……」
アリュセアは、必死で記憶を辿った。
呪文というものは、一字一句間違ってはいけないものだ。
それに、
「わたし、この呪文は使うのは初めてなの。昔は使わなかった。使う必要が生じたことはなかったのよ……」
と、アリュセアは昔を思い出していった。
(分かっている。君は魔法使いではなかった。しかし、君の母君は魔法使いだった。君はただ、魔法をきちんと学ぶ時間がなかっただけなのだ。魔力はあるはずだ)
「そ、そうよね。できるはずよ……。でも初めてだから、自信がないの」
ドアの外の音は先程よりも大きく耳障りになっていた。
「何をしようとしているのかしら?」
と、不安そうにアリュセアは言った。
(扉を壊そうとしている。だが、この扉が案外頑丈なので困っているようだ)
「もう少し、もってくれるといいのだけれど……」
アリュセアは集中しようとして目を閉じた。
「リリリーゲア、ルロフル、アクロフィリア……」
今度の呪文は、前よりも滑らかに言えたが、やはり何も起きなかった。
バルザス提督はナンヴァル連邦の惑星連盟の議長の部屋に行くために急いでいた。
その途中で時折、振り返って辺りを見回すことがあった。
一緒について来たリドス連邦王国の少佐が同じように辺りを見回しても、何も見つからなかった。
「どうしたのだ?」
と、少佐が聞いた。
「いえ、何でもないですよ。ちょっと気になる事を思い出したのです」
「気になる事?」
「大したことではありません、急ぎましょう」
と、バルザス提督は言った。
バルザス提督はナンヴァル連邦の惑星連盟の議長の部屋でヤム・ディポック要塞司令官と会った。
バルザスは、ナンヴァル連邦の控え室にディポックがいることを正直驚いていた。
「お休みのところをお呼びたてして、申し訳ないと思っています」
と言ったのは、ディポックだった。
「ディポック司令官は、あの暗黒星雲の種族やあなたのお国のリドス連邦王国について、もっとよく知りたいと仰っておられるので、あなたに来てもらったのです」
と、マグ・デレンは言った。
マグ・デレンの隣には、ナンヴァル連邦の艦隊司令官タ・ドルーン・シャがいた。
バルザス提督は一人で来たのではなかった。
カール・ルッツの副官がどうしても一緒に来たいというので、連れてきていた。
「そちらは?」
と、マグ・デレンは聞いた。
「彼は同じリドス連邦王国のルッツ提督の副官で、ナル・クルム少佐です」
と、バルザス提督は紹介した。
「ではまず、リドス連邦王国について聞きたいのですが、およそ二百年前にジル星団に移住して来たと聞きました。それで、どこから、なぜここへ移住してきたのか教えて欲しいのです」
と、ディポックは言った。
「私も、正式に聞いたことがありませんので、興味があります」
と、マグ・デレンが言った。
バルザスはため息を付くと、
「私はご存知のように、リドス連邦王国で生まれ育ったわけではありませんので、こちらに来てから知ったことしかわかりませんが、それでよろしいですか?」
と、言った。
「もちろんです。概略でかまいません」
と、ディポックは言った。
「リドス連邦王国はここからというよりは、三次元宇宙のかなり端の方の銀河から来たのです。ですから、かなり古い銀河から来たということになります。元いた銀河の恒星系では当時宇宙的な災厄が起きる時期に当っていましたと聞いています。それを避けても、居住していた惑星そのものが破損する恐れがあったそうです。それで、移住する決定が下され、移住先を探していたということです。
そこへふたご銀河のジル星団のダルシア人が来ないかと言って来たと聞きました。ダルシア人は長く暗黒星雲の種族の襲来に悩んでいて、それを追い払うだけの力を持った種族を探していたのだそうです」
「では、暗黒星雲の種族を追い払うために来てもらったというわけですか?」
と、ディポックは言った。
「目的の一つがそうだったということです。リドス連邦王国の方でも移住先を探していたのですから」
「それで、暗黒星雲の種族がジル星団に来なくなったのですね」
と、マグ・デレンは言った。
「そうです」
「ひとつ聞きたいのですが、今リドス連邦王国は惑星ガンダルフというのが首都星だと聞きました。元々そこには原住民はいなかったのですか?」
と、ディポックは聞いた。
「惑星ガンダルフにはもちろん原住民は居ました。当時私が居たわけではありませんが、人口は多分五億人くらいはいたと思います」
と、バルザスは答えた。
「その、異星人の移住に対する反対運動はなかったのですか?」
と、ディポックは聞いた。
そこがディポックには気になるところだ。
突然異星人が移住してきたら、普通は反対するのではないかと思われるからだ。
「当時ガンダルフにはまだ宇宙文明は育っては居ませんでした。当時の文明は一部の地域でやっと機械動力を発明した段階で、空を飛ぶこともまだできなかった時代でした。従って異星人の移住ということを理解出来た者はいなかったと言えます。ただ、ガンダルフには非常に古い時代の文明の残り火とも言うべき守護者がいたのです。その守護者が宇宙からくる脅威にたいして常にガンダルフを守っていました」
「それは私も聞いたことがあります。ガンダルフの『ガウィン・レヴン』という存在でしたね……」
と、マグ・デレンは言った。
「そうです。それに数は少ないながらも、魔法使いたちが居ました。
それで、ディポック司令官はガンダルフで移住の反対運動は無かったかという質問をされましたが、当時異星人の移住について理解できたのは、その守護者だけでした。ガンダルフを守っていた守護者は、リドス連邦王国を特に反発することなく受け入れたと聞いています」
「それは、初めて聞きます。ガウィン・レヴンは受け入れたというのですね」
と、マグ・デレンは言った。
「それで、ジル星団ではリドス連邦王国の人々はもしかしたら、かつて惑星ガンダルフから出て行った人々が再び戻ってきたのかもしれない、という噂が立ちました」
と、バルザス提督――銀の月は言った。
「それは、どういうことです?」
と、ディポックは聞いた。
「ジル星団で、古代から高度な文明を築いていたのは二つの種族でした。ひとつはダルシア人、もうひとつはガンダルフ人だったのです。ダルシア人は機械文明を誇り、早くから宇宙船による宇宙航行技術を発達させました。一方ガンダルフの方は、機械文明ではなく、超能力または魔法といっても良いかもしれませんが、そうした特殊な力を発達させた文明を築いていました。彼らはその力だけで、宇宙を旅することもできたのです」
「そんなことができるのですか?」
と、ディポックは驚いて言った。
彼の母国である新世紀共和国もその元である銀河帝国も、宇宙船による宇宙航行技術を持っていた。
そこでは超能力や魔法など単なる御伽噺でしかないのだ。
「もちろん、簡単にできることではありません。超能力あるいは魔法によって宇宙を行く方法は、技術も知識もパワーも必要なのです。それは個人的な問題に帰することであり、万人にできることではありません。ですが、古代のガンダルフ人のほとんどはそれが可能であったと言われています。
ただ当時は後世と違うところがありました。その特殊な力である超能力または魔法という力を使う時に、呪文を使わなかったということです。
彼らはとても平和的な種族で、そうした力を使ってジル星団の星々を探検している時に、ダルシア人に出会ったと言われています」
ディポックは興味深くその話を聞いていた。
ただ、バルザス提督の話が本当のことだと信じることはかなり難しいことだった。
けれども、ナンヴァル人のマグ・デレン・シャは信じているように感じられた。
だから、ディポックも信じる気になったのだ。
「当時ダルシア人は、まだ他の異星人を食する風習を持っていました。元々彼らは、自分達の星での食料が不足するので、他の星に手を伸ばすようになったのです。当時はダルシア人ほどの文明を持った種族はまだいなかったので、多くの星の種族が彼らの食料として狩られました。なぜならダルシア人は文明が高いだけでなく、生物としてふたご銀河最強の種族だったからです。そのため、彼らは他の星で出会ったガンダルフ人と衝突したのです。ですがガンダルフ人はダルシア人と同じような食習慣を持ってませんでした」
「それで、どちらが勝ったのです?」
と、ディポックは聞いた。
「個人的にはガンダルフ人の方が強かったようです。と言っても、ガンダルフ人は平和的な種族ですし、異星人を食する風習はなかったので、戦って勝ったというような意味合いではなく、ダルシア人を説得したということらしいです」
「なるほど。それは面白い。どんな風に説得したのだろう」
と、ディポックは更に興味を持ったように言った。
「ガンダルフ人はその後、他の遠い別の銀河の星を探検するために多くの者が故郷の星を後にしたと伝えられています。何でもそれはこの宇宙の創造神がその惑星に降臨されたと言う噂を聞いたためだと言われています。ですが、そのため呪文を使わない魔法あるいは超能力で宇宙を旅していた文明は失われてしまいました。その時、他の星に行かずに、ガンダルフを守るために残ったのがガウィン・レヴンなのです」
「ガンダルフの守護者の名はジル星団では有名です。古代のガンダルフ人が故郷を去った後、ジル星団のダルシア人以外の種族が宇宙航行技術を開発し、さまざまな惑星を探検した時に、必ずその名の人物に出会ったと言われています」
と、マグ・デレン・シャが言った。
「ですが、そのガウィン・レヴンもかの暗黒星雲の種族には手を焼いていました。だから、リドス連邦王国を快く受け入れたのです」
と、バルザス提督が言った。
「そのリドス連邦王国が暗黒星雲の種族を追い払ったということですが、どうやってそれをしたのです?」
と、ディポックが聞いた。
「リドス連邦王国は、機械文明と超能力・魔法文明の両方を携えた文明なのです。ですから、暗黒星雲の種族とは超能力・魔法を使って、対峙したと聞いています」
「超能力や魔法を使って?それは、本当か?」
その場にいる者たちの中で、バルザス提督が連れてきたルッツ提督の副官ナル・クルム少佐がつい言葉を口にした。
他の者達の視線が集中する中、バルザス提督は咳払いをすると、
「厳密には少し違います。リドス連邦王国の人々は呪文を使う魔法はあまり使いません。暗黒星雲の種族に対する時は彼らと同じ手法を、つまり超能力あるいは目に見えぬ力を使いました。それは、かつてのガンダルフ人と同じような力でもあると言われています。中でもそのパワーは強力で暗黒星雲の連中でも太刀打ちできなかったということです」
と、説明した。
だが、
「その、超能力や魔法と目に見えぬ力というのはどう違うのだ?」
と、ナル・クルム少佐が聞いた。
「超能力と目に見えぬ力は基本的には同じものです。もちろん魔法もそうですが、その本質は『念』というものなのです。その『念』を使う時に、呪文でコントロールするか、単に意志でコントロールするかの違いです。口から言葉を出すか、出さないかだと言ってもいいでしょう。リドス連邦王国の人々はかつてのガンダルフ人と同じように呪文を使わずに扱いますが、ガンダルフの魔法使いは呪文を使います。暗黒星雲の種族は前者の手法を使うのです」
「どうしてそのような違いが生じるのだ?」
と、またナル・クルム少佐が聞いた。
「私には正確にはわかりません。ただ、言えることは呪文を使う、つまり言葉を使うということは目に見えぬ力をコントロールすることを容易にする、初心者でも使えるようにすることが可能だということです」
と、バルザスは言った。
「それは、興味深いことですね」
と、ディポックは言った。
「すると、呪文というのは誰でも魔法を使えるようにする方法でもあったということですね」
と、マグ・デレンは言った。
「そうとも言えます。あの太古の文明のガンダルフ人が去った後、ガンダルフでは機械文明が栄えました。そしてその機械文明が衰えた時、再びかつての文明が蘇ったと言われていますが、その実は呪文を使う文明となっていたのです。かつての超能力を使う文明は、戻らなかったのです。しかし、後のガンダルフ文明では呪文を使う方法は太古のものよりもより洗練された方法であると考えていました」
「すると、ガンダルフを去った人々の末裔がリドス連邦王国の人々であるのでしょうか?」
と、マグ・デレンは聞いた。
「さあ、それはどうでしょうか?私は、その点については良く知らないのです。
しかし、魔法使いはいつの時代でも魔法を使う修行をしたものです。かなりの年数をかけて……。そしてある種の段階に達すると、呪文を使わずに魔法を使うこともできるようになった者もいるのです」
と、バルザス提督はまるで昔を懐かしむように言った。
「確かに、ナンヴァル連邦にも魔法の呪文が残されていいます。だが、今ではそれを使える者というのは数少ない……」
と、タ・ドルーン・シャは残念そうに言った。
「魔法の呪文というのは、ナンヴァル連邦でもガンダルフの言葉で作られているのですか?」
と、ディポックは聞いた。
「いいえ。私どもの惑星に伝わっているのは、ナンヴァルの言語を使って作られたものです。かつてナンヴァルに生まれた偉大な魔法使い、呪文を綴る者が作ったのです。彼の名はル・ガナール・シャ、かのガンダルフの大賢者『レギオン』の生まれ変わりと言われています」
と、マグ・デレンは言った。
「ジル星団で魔法の呪文をもつ文明は、たいていガンダルフの大賢者『レギオン』が魔法の呪文を作ったといわれています。レギオンがそれぞれの文明に生まれ変わってその地の言葉で呪文を綴ったのだと言われているのです」
と、タ・ドルーン・シャは言った。
「そういえば、銀の月、かつてあなたの生まれた時代にもレギオンは居たのですね。確か、レオン・ローアンという名だったと聞いたことがあります」
と、マグ・デレンは言った。
「それだけではありません。私が聞いたのは、ガンダルフの五大魔法使いの銀の月、塔の長、大賢者はいつも一緒に生れてくると聞いたことがあります。今ここに銀の月がいるということは、塔の長や大賢者が現代に生れているということではないでしょうか?」
と、タ・ドルーン・シャは疑問を口にした。
「それは……」
と言いかけたバルザス提督は、話の途中で突然その場から消えた。
その消え方があまりにも唐突であったので、居合わせたものはただ呆然としているしかなかった。




