ダルシア帝国の継承者 11
ふたご銀河のジル星団にある宇宙都市ハガロンは長年中立都市として交易や外交の中心であった。
また、ジル星団の宇宙文明にある諸国はこのハガロンに全権大使を送って惑星連盟を構成し、様々な交易や外交の問題に対処するために議論をしたり、武力を使って問題を解決することもしていた。
その惑星連盟の議長にはダルシア帝国とナンヴァル連邦の大使が交代で務めることが慣習となっていた。
惑星連盟の議長であるナンヴァル連邦大使マグ・デレン・シャは、主だった国の大使をダルシア帝国のコア大使の部屋に呼び出していた。
ダルシア帝国の大使であり惑星連盟の前議長であるコア大使は、今は宇宙服を着せられて寝台に横たわっていた。
コア大使がナンヴァル連邦大使のマグ・デレン・シャに最後の言葉を伝えた後、彼の遺言によりダルシア人用の宇宙服を着せたのだった。
その姿は先程とは違って、かなり大きく見えた。宇宙服自体が本来のダルシア人のサイズなので大きいのである。
コアの横たわる寝台の傍には、惑星連盟の現議長であるナンヴァル連邦の大使がいた。他に、ハイレン連邦、デルフォ共和国、ホルンドバルド連合政府、ザガ連盟の大使、そしてリドス連邦王国の大使が来ていた。彼らは惑星連盟においてダルシア帝国やナンヴァル連邦以外の主だった国と考えられていた。
リドス連邦王国は新参者だったが、ダルシア帝国が同盟国と認めた国だったので呼ばれたのだ。
しかし、そこにゼノン帝国大使の姿はなかった。
これからダルシア帝国のコア大使の葬儀を執り行う打ち合わせを始めるという口実で、彼らは集まっていた。コアを失ったという悲しみに打ちひしがれている暇は無いのだった。
この宇宙都市ハガロンも、これから無事でいることはないだろうと、集まった者たちは考えていた。
ダルシア帝国のコア大使の訃報が、ジル星団を駆け巡った後にはあのゼノン帝国が何をするかわからない。
だからこそ、急がなければならなかった。
「では、コア大使はダルシア帝国の継承者を指定しておられたのですね」
と、ホルンバルド連合政府の大使ヨルング・ルが言った。
「そうです」
と、マグ・デレン・シャは言った。
ホルンバルド連合政府はナンヴァル連邦と並ぶ古い文明を誇っている。
中でも特殊能力者の多い文明で、TPや念力等を使いこなす者が多かった。その中にはいわゆる魔法使いという部類に入る者たちもいた。
ジル星団で最も古くから魔法使いと称する者達がいたのは、惑星ガンダルフであった。
ただガンダルフの文明はダルシアとは一切関係なく発達してきたと言われている。ガンダルフでの魔法の最盛期というのは今よりかなり古い時代であり、その時代には魔法で宇宙航行も可能だったと言われていた。それは現在使われている魔法とは異質なものであったと考えられている。
ダルシア帝国で発達したのは、機械文明といわゆる超能力という分野だった。
魔法使いはガンダルフに始まると言われている。従ってダルシア文明にとって魔法とは、超能力の一種である念力を多様に使い分けるという方法だと考えられていた。
彼らは念力を使って魔法と同じような効果を得ており、その時に呪文を使わなかった。いや使わなかったのではなく、ダルシアには呪文はなかったのだ。
呪文を使う魔法使いと称するものはダルシア帝国にはいなかったが、ダルシアから分かれたと伝えられる古い文明の国々では魔法使いがいた。
ナンヴァル連邦も数は少なくなったが、魔法使いはいた。
所謂魔法使いの系譜は惑星ガンダルフの五大魔法使いの一人『大賢者レギオン』に始まるというのが、ジル星団の魔法使いたちの言い伝えである。彼は魔法の呪文を綴り、魔法の体系を作った偉大な魔法使いだと伝えられていた。
彼は、最初ガンダルフに生まれて魔法の呪文と魔法体系を作り、その後、様々な古い文明を持つ惑星に生まれてその地で魔法の呪文を綴った。だから、それぞれの古い文明の国々には、『大賢者レギオン』の伝説も残っていると言われている。
その惑星ガンダルフは科学技術において宇宙文明に至っていなかったので、正式に惑星連盟に加盟したのは今から二百年前になる。それはリドス連邦王国が惑星ガンダルフにやった来た時だった。
それまではダルシア帝国が惑星連盟の顧問として惑星ガンダルフの魔法使いに評議会での居場所を与えていた。
けれども惑星ガンダルフの五大魔法使いが現れている時しか惑星連盟でその職責を果たすことはできなかった。それは他のジル星団の諸国も理解していた。
そのため、リドス連邦王国は惑星ガンダルフの魔法使いの顧問と言う地位と惑星連盟の一員と言う二つの席があった。
そのことに不満を抱いていたのはゼノン帝国だけである。
もちろん、のちには新参者と言われるタレス連邦なども不満に思っていた。同じ新参者であるのに扱いが違うからだ。
それでもダルシア帝国が健在の内は、どんな不満も不都合もゼノン帝国に対してのこと以外は顕在化することはなかった。
「しかし、先程ダルシア人はコア大使で最後だと仰られたのではありませんか?」
と、ホルンバルド連合政府の大使ヨルング・ルが言った。
「ダルシア人は確かにコア大使が最後でした。ですが、ダルシア国籍を持つ者があと一人います。大使はその者にダルシア帝国を継承することを決められたのです」
と、マグ・デレン・シャが言った。
「ですが、あの者は本来ダルシア人ですらありません」
と、ハイレン連邦の大使レン・ルルードが言った。
「これはダルシア人であるコア大使が決められたことです。」
「惑星連盟の他の政府にはダルシア人の子孫と称する者達が居ると聴いたことがありますが、そうした者達がダルシアの継承を望んだ場合はどうするのですか?」
と、デルフォ共和国の大使フォン・ガ・フォムがマグ・デレン・シャに尋ねた。
「コア大使の生前にダルシア国籍を持っていた者にしか、継承権を認めないというのが大使の考えです」
「私は以前、ゼノン帝国にダルシア人の子孫がいるという話を聴いたことがあります」
と、ザガ連盟のデムローサ・バウムードが言った。
「私も耳にしたことがあります。ですが、ダルシア人の子孫であるとしても、現在ダルシア国籍を持っていないのでしたら、継承権はありません。それがコア大使の考えであり、意志なのです」
「しかし、ゼノン帝国はおそらく簡単にそれを認めはしないでしょう」
「わかっています。ですから、皆さんをお呼びしたのです。コア大使の最後の言葉をお伝えします」
と、マグ・デレン・シャは言った。
「ダルシア帝国の継承者は現在ダルシア国籍を持つ生きているダルシア人でもある、タリア・トンブンとなす。他の者は認めない。それはダルシア本国の『ダルシアン』も同意見である。ゼノン帝国および他の国でそのことに不満を持つならば、ダルシアを実力で奪うことだ、と亡きコア大使は仰いました」
「しかし、そのことをゼノン帝国に認めさせるのはかなり難しいのではありませんか」
「そうかもしれません。ですから、惑星連盟として、彼女をダルシア帝国の継承者として認めるために審判を開く必要があると仰ったのです」
「審判ですか?」
ジル星団の重要な事項に限り、中々当事者同士が納得しない場合は惑星連盟において審判が開かれ、その判定に従うという事が決められている。
それでもゼノン帝国を納得できなかった時どうなるだろうか、と他の大使達は思った。今回のような場合はその可能性が高いと考えられるのだ。
ダルシア帝国が健在だったときは、その武力で有無を言わせずにゼノン帝国を納得させることができた。けれども、その肝心のダルシア帝国がコア大使の死と共に無くなったのだ。
その場合は、また再びかつての戦乱の時代が来るのだろうか。
「先のことを不安に思ってもどうにもならないのではありませんか?」
声の主を見ると、つい先日ハガロンに着任したばかりだと先ほど挨拶したリドス連邦王国の大使で、人間型種族でもまだ十代ほどの少女に見えた。
「失礼だが、あなたはジル星団の歴史を知っておられるのか?あのゼノン帝国がこれまで何をしでかして来たのか知っていれば、そのような言葉は出ないはずだが……」
「あなた方が恐れ過ぎているのです。ダルシア帝国が衰亡してきたように、かの国も同じ時代が来ているとは思わないのですか?」
「そ、それはゼノン帝国が衰退してきているということか?」
「どのような文明で有ろうとも、いずれそのような時が来るのではありませんか?永遠にあり続けるなどありえますまい」
「それはそうだが……」
「そんなことよりも、コア大使が亡くなられたことと葬儀に関して早くゼノン帝国大使にも知らせなければならないのではないでしょうか?」
「分かって居る。だが、何といえばいいのだ?」
「それでは私どもがゼノンに知らせましょう」
と、リドス連邦王国の大使が言った。
「し、しかし……」
ゼノン帝国はリドス連邦王国に対して、ダルシア帝国が同盟国にしたということでよく思ってはいない。その勇気には称賛するが、敢えてゼノン帝国に近づくというのが彼ら古い国々の大使達には驚きを通り越して危険に思えた。
「リドス連邦王国の大使がコア大使の死をゼノン帝国に知らせるというのはあまりにも危険です。というより、彼らを挑発するようなものではないでしょうか?」
「では、誰がそれを担うのです?」
「仕方がありません。その役は我々ハイレン連邦にお任せください」
ハイレン連邦は古い国々の中でも竜型ではない種族だった。どちらかと言うと人間型に近く、その人間型種族にしてもかなり身体能力の弱い種族として有名だった。
「大丈夫でしょうか?」
と、心配そうにマグ・デレン・シャが言った。
「ご心配なく。ゼノンも我々のような弱い者を扱う術を心得ているでしょうから……」
ゼノン人がそのような心を持つとは誰も思えなかったが、この際ハイレン連邦に任せるのが妥当だと思われた。
彼らは古い国々の中でも武力に秀でているわけでない。ただ、他国にはない特殊能力を持って居ることで知られていた。
その能力とは治癒能力である。病や怪我を治す力が他の国の能力者よりも強く、数も多い。ジル星団の諸国は重症者や重病を患った場合、その治癒にハイレン連邦の能力者に頼る事が多かった。
ゼノン帝国も何人かのハイレン人の治癒能力者を抱えていると言われていた。
そのため、話がし易いのかもしれないと他の大使達は思った。
「わかりました。この件はハイレン連邦の大使にお任せします。後の方々は大使ご自身の移動の準備を整えてください」
「移動というのは、どこへですか?審判はこのハガロンでするのではないのですか?」
「ダルシア帝国の継承者の審判はロル星団にあるヘイダール要塞で行います。そこに、タリア・トンブンがいるからです」
「しかし、あそこは危険ではありませんか?」
「そうかもしれません。ですが、今は昔の伝説に拘っている場合ではありません」
「惑星連盟ごと移動するのですか?」
「もちろんです。審判をするのですから……」
「しかしそれは大変なことです。今までにないことです」
「前例に拘るような愚かなことはする必要はないでしょう。時間が経つほど、ゼノン帝国が問題を起こす危険が増します」
「では、そのこともゼノンに伝えるのですね」
「そうです」
大使達が去った後、マグ・デレン・シャはため息をついた。
これから何が起こるかわからない。けれども、自分がなすべきことをなさなければならないと強く思った。
ナンヴァル人は責任感が強いことでも知られている。それを失望させるようなことはするつもりはなかった。
ふと視線に気づいてマグ・デレン・シャは顔を挙げた。
「あなたは、確かリドス連邦王国の大使……」
「はい。まだハガロンに着任したばかりですので、今日初めてお会いしました。私はチャーミー・ユウキと申します」
「そうでしたか。大変な時に来られましたね」
「いいえ、大変なのは私ではなく、議長でしょうから……」
「急いで移動の準備をしなくていいのですか?」
「私はロル星団のヘイダール要塞に行くつもりはありません。そのことを言い忘れましたので……」
「え?なぜでしょうか?」
「現在ヘイダール要塞には我が艦隊のベルンハルト・バルザス提督、つまり銀の月が滞在中ですので、この件については彼が担当します。そのことを言いたかったのです」
「ええと、銀の月というのは?」
一瞬それが何のことか、思い出せなかった。
リドス連邦王国の大使は人間族にあってもまだ若い、少女のような年齢だった。
しかし、マグ・デレン・シャはようやく理解した。
「では、あなたはもしかして……」
「今回は初めてお会いしますが、昔あなたにお会いしたことがあります」
「では、レギオンもおられるのでしょうか?」
「いずれ、会う事もあるでしょう」
「そう、そうなのですか。今はそのような時代になったのですね」
リドス連邦王国の大使はにっこりと笑うと、コア大使の部屋を去って行った。
マグ・デレン・シャは大使達が去り一人になった部屋で、宇宙服を着て横たわっているコア大使を見つめた。そして、不安と疑心暗鬼が心を揺らすのを感じていた。
コア大使の残した言葉はダルシア帝国の継承者に関するものだけではなかった。まるで予言者であるかのようにこれから先に起きるであろうことを彼女に告げたのだ。
惑星ガンダルフにかの五大魔法使いが生まれ変わっているかもしれないと言う知らせは彼女にとって朗報だった。それを頼りにするわけにはいかないが、自分の務めを果たさなければならないと強く思った。
マグ・デレン・シャは外にいる護衛を呼ぶと自室へ戻った。そして、ヘイダール要塞に移動するためにハガロンに駐留しているナンヴァル連邦の艦隊司令官タ・ドルーン・シャを呼び出した。
(コア、コア……)
と、コアは彼を求めるマグ・デレン・シャの悲しい心の声を聞いたような気がした。
ナンヴァル人であっても、異次元の存在となったコアの姿を見られるものはほとんどいなかった。
かつてはそうした能力を持ったナンヴァル人は多くいたが、今はマグ・デレン・シャも自由にコアを見られるわけではない。彼女がコアを見られるのは、コアが姿を見せたいと思った場合だった。
それにコアには、マグ・デレン・シャとそれほど長く会えないわけではないことを知っていた。彼にはやらなければならないことがある。それはやがてマグ・デレン・シャと再び遭うことに繋がっていた。
自由になったコアが選んだ行き先は、ヘイダール要塞だった。
ヘイダール要塞は、ふたご銀河のもう一つの星団であるロル星団に属する銀河帝国と新世紀共和国の間に、銀河帝国により建設された宇宙空間に浮かぶ人工建造物の軍事要塞だった。
ただヘイダール要塞はジル星団とロル星団の中間にも位置する場所にあった。
ヘイダール要塞の司令室の巨大スクリーンに、ワープ・アウトした艦隊が映っていた。その形態がさまざまであるのが、これまでと違っていた。
「これは、壮観だな」
と、フェリスグレイブ要塞防御指揮官が言った。
「見たこともない形の艦がたくさんあるな」
と、ダズ・アルグが言った。
スクリーンの中央に、ナンヴァル連邦艦隊司令官と名乗る人物が映った。
彼は鱗のある皮膚に鋭い目つきをしている。
「私は、ナンヴァル連邦艦隊司令官、タ・ドルーン・シャである。ヘイダール要塞司令官に要請する。惑星連盟の議長国として、今回のダルシア帝国の遺産の件について、ダルシア帝国籍を持つタリア・トンブンと話をしたい」
タリアは事態が自分の思う方向とは違う方向へどんどん進んでいくのを、ただ見守るしかなかった。
いったい、この連中はダルシア帝国や、タリアを何だと思っているのだ?
コア大使が生きていたらこんなことは起きなかっただろうに、と悔しく思うのだった。
「私は、ヘイダール要塞司令官ヤム・ディポックです。あなた方は艦隊で要塞に来られましたが、もしその申し入れを拒んだら、要塞を攻撃するおつもりですか?」
「我々は、ジル星団の惑星連盟を代表している。あのタレス連邦やゼノン帝国の艦隊とは違う。それぞれの国の代表を乗せているのだ。いつもなら宇宙都市ハガロンに駐在しているのだが、今回ダルシア帝国大使の死により、ジル星団に重大な事態を起こしかねないと考え、やってきた。決して、ヘイダール要塞を攻撃しに来たわけではない」
「それは、信じてよいのでしょうね」
「我々は信義を重んじる種族である。そちらにいる、タリア・トンブンもそれを知っているはずだ」
ディポック司令官は、タリアを振り返った。
「ええ、そうです。ナンヴァル連邦は信義を重んじる種族です。少なくとも艦隊司令官がそうおっしゃるのなら、決して嘘はつかないでしょう」
と、タリアは言った。
「わかりました。タリア・トンブン本人が話をしてもいいということなら、私も許可します」
タリアはその言葉に頷いた。
「了解してくれて感謝する。それで、申し訳ないが、その前にあのタレス連邦とゼノン帝国の者たちに話をしなければならないので、そちらに行くのに少し時間が欲しい」
「ということは、彼らの代表もこちらに来るということでしょうか」
と、ディポックは聞いた。
「そうだ。今回の件では惑星連盟全体の正義と信義が掛かっている。そちらに行く時には、我々とともにあの者たちの代表も行くことになる」
「わかりました」
そこへ、バルザスが顔を出した。
「タ・ドルーン司令官。私はリドス連邦王国のバルザスです。惑星連盟が動くからには、リドス連邦王国の代表も来たのでしょうか?」
と、バルザスは言った。
タ・ドルーン提督とバルザス提督は、宇宙都市ハガロンで知り合っていた。
「いや、リドス連邦王国からは代表は来ていない。出発する時、リドスの政府から連絡があった。要塞にはバルザス提督がいるので、あなたが代表として出るようにするということだった」
「私が、ですか」
「緊急だったので、まだ、あなたの方に連絡が来ていないかもしれないが」
「初耳です」
「いずれ、連絡があるのではないかな。我々があの連中と話をしている間に連絡があるだろう」
と言うと、通信が切れた。
「あの、リドスの艦から通信が来ています」
と、通信員が言った。
「出してくれ」
と、ディポックは言った。
「バルザス提督、本国より緊急通信です」
と、スクリーンに出たリドスの艦の艦長が言った。
「わかった。それで、何と言って来た?」
と、バルザス提督は言った。
「あの、よろしいのですか?暗号で送りましょうか?」
と、リドスの艦長が言った。
「かまわない」
「惑星連盟がヘイダール要塞に向かった。リドス連邦王国の代表は、『銀の月』に一任する、とのことです」
「了解した」
と、バルザス提督は返事をした。
タリアは、初めて見るようにバルザスを見た。
貨物船から、タレス連邦の難民が降りてきた。
要塞に滞在する許可が下りたのだ。タレス連邦やゼノン帝国の艦隊のほかに惑星連盟に加盟している国々の艦隊まで押し寄せてきて、要塞にいる期間が長引きそうになったので、ディポック司令官が止む無く許可を出したのだ。
難民は、ほとんどが普通の市民だった。それに、女子供が大多数なのだ。
貨物船フォトン号の狭い船室にひしめき合っていた彼らには、やっと人心地の付く空間で休めることになったことになる。
彼らの宿舎として、要塞の兵士の宿舎が一部貸し出されることになった。それに、食料や衣料品なども必要である。もっとも、それらのものは大抵要塞内で需給できるものばかりだった。
タリアは、後ろめたさを感じながらも難民達の世話に走り回っていた。細かい雑事がたくさんあり、要塞の兵士の助けも借りざるをえなかった。
リドス連邦王国のベルンハルト・バルザス提督は、そのタリアの忙しく動くさまを見ていた。
本来なら、警護の兵士を付けたいところだが、タリアはそれを望まないだろうと思って、目立たないように隅の方に立っていた。
それにしても、すぐにもタリアをダルシアに連れて行かなければならないのに、これではますます時間が掛かってしまう。タリアの説得だけで済むと考えていたのが、この成り行きでは惑星連盟にまでダルシア帝国の継承者について説得しなければならない事態になっていた。
あの『ダルシアン』が忍耐強ければいいのだが、と、バルザスは思った。
「こんなところで、何をしているんです?」
と、ダズ・アルグ提督が話しかけてきた。くだけた口調は新世紀共和国の者特有のものだった。
「別に、何も」
と、バルザスは言った。
一瞬、バルザス提督はダズ・アルグを見たが、すぐにタリアに油断無く視線を向けた。
「あのタリア・トンブンというのは、大変なことに巻き込まれているようですね」
と、他人事のようにダズ・アルグは言った。お陰で要塞も大変だといいたげだった。
「彼女の人生のなかで、特に大変なことだとは思わないだろう。これまでのことを考えれば」
タリアの人生は、逃亡者そのものだった。
大艦隊に追いかけられるという経験はこれまではなかっただろうが、この程度の窮地に至るのは初めてではないとバルザス提督は知っていた。
「なるほど随分、彼女のことをご存知なんですね。大分親しいようですね。でも、最近なんでしょうこちらへ来たのは?」
銀河帝国の有名な大逆事件とその顛末については、辺境のヘイダール要塞でも知っている。だとすると、ジル星団へ来て数年というのが、おおよそのはずだった。
「言っておくが、私は彼女の友人だと思っている」
と、バルザスは固い表情で言った。
「向こうはどうでしょう?」
「向こうも同じだ。君は、何か勘違いしていないか?」
「じゃあ、どうしてここにいるんです?」
「もちろん、タリアの警護のためだ。今は、何が起きるかわからない。タリアの連れてきたあの難民のなかにスパイがいる可能性もある」
「つまり、リドス連邦王国政府の意向だというのですね」
「そういうことだ」
バルザスの口調は、友人というわりにはあくまで事務的だった。感情を排している。
「気になるんですよ。あなた方の真意が。何しろ、あの大逆事件は有名でしたからね」
大逆事件といっても、バルザスは眉さえ動かさなかった。彼にとっては、すでに遠い昔の話という感覚なのだ。
「それに、先程『銀の月』とあなたのことを言っていたようですが、それはあなたのあだ名ですか?」
「あだ名ではない。だが、私をそう呼ぶものもいることは事実だ」
リドス連邦王国の政府や軍人が正式な通信で呼んだこの名は、何か特別な意味があるのではないかとダズ・アルグ提督は考えていた。あの時の状況から言って、揶揄したのでも、冗談でもなかった。本気で使っているような気がする。
彼ら銀河帝国からの亡命者は、リドス連邦王国ではどんな位置づけなのだろうかと、彼は考えていた。




