02_査定②
「な、なんだ?」
突如、神秘的な光を放ち始めた天秤を警戒しつつ、ついに査定が始まるのかという緊張が心の中を渦巻き始めた。
「それでは、これから貴方の魂を測量します。その間、すこし眠っていていただきます」
そう言って担当案内人は俺に掌を向けた。
全身から力が抜けていくのを感じる。緊張がほぐれていく。いや、ほぐれていくのではない。消えていく。感覚が。意識が。
夢を見た。草木が生い茂る野原に俺はいた。湖上に建つ半壊した城が見える。空には星々が瞬いている。
綺麗だな____。
風が吹いた。頰を優しく撫でる。耳を横切る。その時、声が聞こえた。微かに。本当に小さな声。透き通る様な女の子の声。
「今度は私が____」
最後は風の音にかき消され聞こえなかった。知らない声だ。だが、聞き覚えのある声だ。
「君は誰なんだっ ︎」
俺は人影を見つけようと周囲を見渡したがいるわけもなかった。
目が覚めると天秤と丸机が無くなっていた。だが、相変わらずの無表情で担当案内人は俺の前に立っていた。
「ただいまをもって貴方の査定を終了します。そして、結果をご報告いたします」
ついに、決まるのか。
体が小刻みに震えているのを感じる。
この結果で俺の未来、というか存在の有無が決まる。頼むから、転生させてくれ…。
「結果は_____」
頼むっ!神様っ!
「不適合。よって貴方を無垢の魂へと再創造します」
…え、今なんて?フテキゴウって、不適合ってことか?
「お、俺は消えるんですか?」
震える声で尋ねた。
「消えるという表現は適切ではありません。生まれ変わるのです」
だが、どんなに言葉を飾ろうと俺にとって、それは消えると同義であった。
人は受け入れられないことが起こると本当に思考が停止してしまうのだ。考えることを拒み何かの間違いだと思い込もうとする。だが現実は変わらない。
「嫌だ」
無意識に発した言葉だった。
「なんですって?」
「嫌です。俺は消えたくない。俺は消えるためにあの犬を助けた訳じゃない。死ぬために助けたんじゃない」
言い訳の様に次から次へと言葉が溢れ出してくる。
「ご愁傷様です」
担当案内人の声には感情の一片も入ってなどいなかった。感情が無いというのは本当だったらしい。きっとあるのは欲だけなのだろう。知識欲と言う名の傲慢で貪欲な、悍ましい欲のみがあってコイツらの喉を乾かし続けるから、俺みたいな被験体が苦しむんだ。
再び担当案内人が俺の方に掌を向けた。
視界が青白い光で包まれていく。周囲が光っているのかと思ったが違った。光っているのは俺だった。体が光の粒子となって霧散していく。
「い、嫌だっ!お願いです!消えたく無いです!」
必死だった。死が終わりだと思っていた。しかし、死の先に更にある消滅という完全なる無が待ち受けていた。
担当案内人は何も言わなかった。俺が最も尊敬する人の顔がそこにはあった。だが、違う。あの人は、母さんはこんな目はしない。こんな無慈悲な目はしない。
逃げたかった。全速力でこの場から離れたかった。少しでも無から遠ざかりたかった。全身に力を込め立ち上がろうとした。が、体はピクリとも動かなかった。
「消えたくない。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ____」
もう体の殆どが消えていた。だが自我は未だに保たれている。だからこそ怖い。自分が消えていくのをこの目で見つめなければいけないのだから。目を閉じてても瞼が透けて結局、意味はない。その恐ろしい光景から目を背けることは無理だった。
もう、諦めるしか…。
_____その時、声が聞こえた。
「今度は私が、助けるから!」
はっきりと聞こえた。さっきの女の子の声だ。落ち着いたトーンだけど、どこか必死さを感じる声。
聞こえたのは担当案内人も同様の様だった。
「この声は?」
担当案内人が驚いた様に疑問の言葉を口にした。続いて男の声が聞こえた。
「おいNo.2413。なかなか興味深い魂がいるぞ」
天井の靄から現れたのは緑色の兎のぬいぐるみと見覚えのある真っ白な子犬だった。
「アイツはっ!」
忘れもしないあの犬だ。俺が助けた犬。アイツも死んでしまったのか。俺の死は犬死だったってことか。…笑えねぇ。
「No.1728、滑稽な姿ですね」
担当案内人は互いを番号で呼び合っているらしい。
母さんの姿をした担当案内人がぬいぐるみの担当案内人を嘲笑した。
「この犬が最も心を許せるのがぬいぐるみの姿だったんだ。言わなくても分かるだろ」
「そうですね。それで、先ほどおっしゃっていましたが、その犬の魂の何が興味深いのですか?」
母さんの姿をした担当案内人は俺の魂の無垢化を中断し、ぬいぐるみの担当案内人の方に体を向ける。
この隙に逃げ出そうとしたが体は引き続き動かなかった。
「驚け、No.2413。この犬の魂は“片割れ”だ!」
「なんと。では至急、主人の魂を探さなければ!」
担当案内人たちは自分たちの世界に入ってしまっている様だった。アイツらが興奮して話している内容はもちろん俺にはさっぱり分からない。
「さらに驚けっ!」
ぬいぐるみの担当案内人が先程より興奮した声で続けた。
「主人の魂は…ここにいる!」
「なんですって!つまり、この少年の魂が主人だと、そういうことですか ︎そんな偶然____」
「そう、それこそ我々が知りたいと熱望する未知の領域、“可能性”によって引き合わされたものということだっ!」
俺の話をしていたのか、2人もとい、1人と1体の視線を感じる。
俺は結局、どうなるのだろう。
未だ透けた体のままの俺を放置して担当案内人たちは話し込んでいる。
少しして母さんの姿をした馴染みの担当案内人が俺のもとへやって来た。
「先程の査定の結果は取り消させていただきます。そして、改めて結果を伝えます。貴方を適合者とし転生の“権利”を授与するというのが定石なのですが、今回は“義務”とします」
権利が義務に?そんなのどうだっていい!転生できるなら断る理由は皆無だ!
俺は死後、地獄と天国を体験した。言うまでもなく今が天国だ。
「分かりましたっ!良かった、本当に良かった」
俺は胸を撫で下ろした。失禁レベルの安堵。生きていた頃なら色々と大変なことになっていただろう。
「でも、急にどうして結果が変わったんですか?」
「それは奇蹟としか言いようがありません。本当に稀なケースです。あそこにいる犬の魂と貴方の魂は強い親和性があるのです。魂は普通、たとえ双子であろうと魂の親和性は低い」
「あ、あの」
俺は担当案内人の話を恐る恐る遮った。
「すいません。『魂の親和性』って何ですか?」
「魂と一括りに言っても、その者が歩んできた道のりによってカタチを変えます。そのカタチが互いにどの程度、噛み合うかと言う意味です」
なんか分かるような、分からないような。まぁ、いいか。
担当案内人は俺が納得できたかどうかなど構わず話を続けた。
「貴方とその犬の魂は驚くほど親和性が高い。その証拠に貴方はあの犬の言霊、つまり魂の声を聞いた。親和性の低い者に聞くことはまず不可能です。そして、親和性がある一定のラインを超えると魂と魂の結合が可能になるのです」
「結合するとどうなるんですか?」
「それは分かりません。可能性は文字通り無限大になるのですから。つまり、全てが未知数ということです」
「な、なるほど…」
無限大?未知数?話がぶっ飛びすぎて理解できない。まぁ、理解できないのは今に始まったことじゃないけど。
「これより貴方たちの魂の結合を開始します。No.1728、その犬を彼の隣へ」
「了解だ」
ぬいぐるみの担当案内人は真っ白な子犬を連れ俺の隣にいつのまにか現れていた丸椅子の上に座らせた。
「それでは、これより片割れである魂を主人である魂と結合します」
担当案内人が両手を握り祈る様に目を閉じた。すると、先程と同じ様に体が青白い光の粒子になっていく。だが、その光はとても優しく感じた。恐怖など微塵も無い。
隣を見ると犬も同様にリラックスした様子で光の粒子へと変体していっている。
粒子は一点に集まり球体の形に渦を成している。
ついに視界が全て光で包まれ、何も見えなくなった。体の感覚はもう無い。微かに感じるのは浮遊感のみ。
「君を助けることができて良かった」
この声は、さっきの。どこか冷めている様で片隅に優しさを感じる声。大人びた口調だが、声質はまだあどけなさを残している。
人間と犬が会話してるなんて不思議な話だ。なんて普通なら思うだろうけど、もう感覚が麻痺してなんの疑問も持たなかった。それどころか、女子と会話するなんて久しぶり過ぎて緊張するな。なんて思ってしまうぐらいだ。
「もしかして、君はあの犬なのか?」
「えぇ。私は君に助けられて、そして、君を死なせてしまった愚犬。これで埋め合わせができたなんて思ってない。だからこれからは君のために生きる。そう決めた」
強く決意したのがひしひしと伝わってくる。
俺のために生きる。そんなこと言ってくれた奴は初めてだった。凄く嬉しかった。でも、恥ずかしくて一言うんとしか返事ができなかった。
「俺たちこれからどうなるんだろう」
俺は問いかけた。
「私にも分からない。ただ、確かに言えるのはもう君は一人じゃないってこと」
もし今、俺に体があれば全身を震わせ嗚咽していただろう。
一人じゃない。その言葉は俺に計り知れないほどの安心感と感動をもたらした。そして、彼女?の言葉の節々には本気の念が滲み出ていた。
視界を覆っていた光が徐々に消えていき、しばらくすると完全にクリアになった。
「お、終わったのか?」
俺は体があることを確認すると周囲を見渡した。
「なんと…こんな結果は初めてだ」
ぬいぐるみの担当案内人が呟くように言った。
「えぇ、初めてです」
母さんの姿の担当案内人も驚いたように言った。
「どういうことですか?」
未だに状況がつかめていない俺は疑問符を浮かべた。
「貴方がたの魂の親和性は想像以上に高かったようです。2つ魂が1つの器に共生しているなんて滅多にないことです。大抵の場合、魂の結合をすると片割れの魂は主人の魂に吸収され主人の魂のみが存在する形になるのです」
「えっ、もう俺はアイツと結合を果たしたんですか?」
俺は驚きながら改めて周囲を確認する。確かに隣にいたはずのアイツの姿は消えていた。
「じゃあ、アイツは今俺の中に?」
〈えぇ、私は君の中にいる。安心しなさい〉
突然、頭の中に声が響いた。アイツの声だ。
「うわぁ!マジかよ、すげぇ。なんか、変な感じだな自分の中に別の誰かがいるって」
そう、それは未だ嘗て感じたことのない奇妙な感覚で頭の中に反響する声は少しくすぐったく感じる。
俺は立ち上がろうと足腰に力を込める。もう体を固定する力は働いておらず、すんなりと立ち上がることができた。
「えっと、これで晴れて転生ってことですか?」
「はい。これより貴方がたを転生させます。その前に貴方の魂は面白い性質をお持ちの様です」
続く形でぬいぐるみの担当案内人が話し始めた。
「柔軟性がとてもあり他の魂と結合しやすいという性質がね。実に興味深い。そこで、少し異例なのだが君に『霊魂共鳴』という力を授けよう。更なる君の進化を期待して」
なんか凄そうな力を貰えるらしいぞ!
「ありがとうございます!…えっと、すみません、“そうるりんく”ってなんですか?」
「それは時が来れば分かるだろう。今、全てを話してしまうのは詰まらないからね」
時が来れば…か。なんか、ワクワクするな。
「それでは転生を開始します。貴方がたの人生に無限大の可能性があらんことを」
その言葉が合図かの様に視界が靄で立ち込め始めた。
担当案内人たちの姿はあっという間に靄の中に消えていった。
「楽しみだな」
〈えぇ、楽しみ〉
そういえば…。
「なぁ、お前って名前とか無いのか?」
〈名付けられる前に死んでしまった、というか殺されてしまったから。でも、あんな人達に名付けてもらいたいなんて微塵も感じない〉
軽蔑しているんだな。彼女の憎悪が俺にも伝わって来る。
「ならさ、俺が付けちゃダメかな?俺達のこれから長い間一緒に過ごすわけだし」
ちょっとだけこっぱずかしいな。なんでだろ?
〈君になら喜んでお願いしたい〉
即答だった。
冷静さを保とうとしている様だが、明らかに嬉しそうだ。
俺も嬉しかった。
「実はもう決めてるんだ」
一瞬の迷いなく決めた名前。もうこれしかないな、と思った。
「お前は今日からシロマルだ!」
雪の様な白い毛。まさにシロマルって感じだからな。
〈え?シロマル?君のネーミングセンスを疑う〉
「本当?良い名前だと思ったんだけどなぁ」
〈変な名前。でも、嬉しい〉
その声は照れている様で少し可愛かった。
〈シロマル、シロマル。私はシロマル♪〉
シロマルは小さく何度も自分の名前を楽しげに繰り返し呟いていた。
「俺の名前は…」
〈ん?名前は?〉
「いや、やっぱいいや。多分、転生したら新しい名前をつけてもらえると思うし、この名前にはあまりいい思い出ないから」
自分の名前は昔からずっとコンプレックスだったし、心機一転したいからな。
〈分かった。君の名前、早く知りたい〉
「あぁ、俺も早く知りたい!」
しばらくして、靄が完全に俺達の周りを覆ってしまった頃。俺達は抗えない強い睡魔の様な感覚に襲われ、深い眠りに落ちていった。
薄れゆく意識の中でシロマルの存在を感じていた。




