03_夢の中の銀狼
俺とシロマルの意識が覚醒したのは俺が転生、つまりこの世界に生まれてから約7ヶ月後であった。
俺が生まれた家はアストル王国という国の、とある良家であった。家名をファントメア。ここら辺ではそこそこ名の知れた家らしい。特に剣術においては周辺地域では知らぬ者はいないとか。
俺はこの家の次男坊として生まれた。そして、4歳年上の兄が1人。来年には義妹が2人生まれるらしい。
アストル王国では少子化対策で一夫多妻制と兄弟姉妹結婚が認められている。父さんには2人の奥さんがいる。どちらの奥さんとも血は繋がっていないらしい。_____ちょっと安心した。
兄と俺は1番目の奥さんの子供で妹たちは側室の子供だ。だから、腹違いってのはこの国では一般的らしいが、アストル人歴7ヶ月後の俺には一夫多妻制も兄妹姉妹結婚もまだ抵抗がある。
シロマルは相変わらず俺の中にいる。生後7ヶ月の体は思うように動かない。正直、何もしないのは退屈だ。だからシロマルと会話することに1日のほとんどを費やしていた。
最初の話の話題になったのはもちろん名前のことだ。俺の新しい名前は『ソル』。というわけで、俺はソル=ファントメアとしてこの世界を生き抜いていくことになった。
驚いたことがある。シロマルの姿だ。姿というと少し語弊があるかもしれない。思念体と言うべきか。
衝撃を受けたあの日。たしか、昼時だったか。いつも通りシロマルと雑談していると俺はウトウトして寝てしまった。
乳幼児の体はエネルギー効率が悪いから、よく夢の中に誘 われてしまうのだ。
その日の夢の景色には見覚えがあった。担当案内人に査定をされた時に見た夢の場所だ。
夜。美しい湖と時代を感じさせるヨーロッパにでもありそうな城を望む草原。風で草花はそよぎ、月光が辺りに幕を下ろしている。
前回の夢と違う点は、今回は風景しか見えず風が頬を撫でる感覚が無い。つまり、体がなく視点のみの夢ということだ。
この場所…もしかして、
「シロマル?いるのか?」
ここはシロマルの言霊を初めて聞いた場所だ。なら、いるかもしれない。そんな事をふと思った。
「いるよ、ソル。よく分かった。この風景を覚えてたの?」
声が聞こえた。シロマルの声だ。
もう随分と聞き馴れたが、やはり綺麗な声だ。しかし、無表情なトーンとカタコト口調がまた可愛いなぁ、と相変わらずに思った。
「当たり前だろ?忘れるわけないさ」
そうだ。忘れるわけない。初めて誰かに助けるって言われた場所なのだから。
前世ではずっと見て見ぬ振りをされてきて、誰も助けてくれなくて、「助けて」も言えなくて。…でも、最期の最期にやっと「助けて」って言えたのに結局は見て見ぬ振りをされて死んだ俺に、そんな俺に助けるなんて言ってくれたシロマルと初めて出会った場所を忘れるはずがない。
「私も忘れない」
「でも、驚いたな。夢の中までお前と会話ができるなんて」
「なら、もっと驚くかも」
シロマルがそう言うと周囲のそよ風が月光を纏った旋風となり、その娘は現れた。
「誰でしょう」
イタズラっぽいセリフだが、それに不相応な平坦な喋り方。
馴れ親しんだこの声は、
「もしかして、シロマル…なのか?」
「正解」
信じられなかった。なぜなら、俺の眼前には世にも美しい少女が“全裸で”立っていたのだ。全裸で。何度でも言おう。全裸で。
現実世界でこの光景を見たのならきっと俺は死んでいただろう。死因は鼻血による出血多量。
目を覆うにも今は体がない。かと言って背けるのも…なんか、もったいない、じゃなくて失礼な気がする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!せめて服を着てくれ!」
「服?人間たちが着てた布か。分かった」
すると刹那、シロマルは体の大きさのふた回り程大きいサイズのワイシャツを着ていた。胸元には見覚えのある金色のエンブレムが刺繍されている。
「その服、俺の高校の…」
「そう。ソルの記憶を辿って一番イメージしやすそうなやつだったから」
「そんなこともできるのか。てか、ここ夢の中だったな」
18禁から15禁ぐらいになったシロマルの姿を改めて見る。
大きなブルーグレーの澄んだ瞳は前世の頃の姿のシベリアン・ハスキーの面影を残している。二重だが切れ長な瞳はほんの少し威圧感を帯びている様に感じる。
身長は大体160センチちょっとぐらい。見た目的には17歳ぐかいか?てか、手足細っ!長っ!モデルかよっ!おっと、落ち着け俺。
真っ白な肌は月明かりに照らされて更に白く見える。そんな中で少し紅潮した桃色の頬が愛らしい。
肩まで伸びた白銀の髪がサラサラと風になびいている。顔小さいなぁ。だが、寝癖なのか左右に髪が大きく跳ねて…ん?あれ、髪か?違うよな。あれって、耳?犬の耳かっ ︎
「シロマルっ、それって…?」
「ん?これか?これは無いと落ち着かないんだ。あと、これも」
そう言ってペロッと後ろの裾をめくる。するとそこから白くフサフサとした尻尾が現れた。
本当に生きてて良かった。心からそう思った。
「驚いた?」
「驚くに決まってるだろ!でも、なんで人の姿に?」
「私も心機一転しようと思って。犬の姿も嫌じゃなかった。でも、あの姿のままじゃソルを助けられない。助けられなかった…」
その言葉と強く握りしめて震える拳から後悔の気持ちが痛いほど伝わってくる。
「ありがと、シロマル。でも、俺もシロマルを助けたい。なんか、家の方針で掴まり立ちから卒業したら剣の修行が始まるらしいからね」
剣の名家にはそう呼ばれるだけの理由があるってことだ。覚悟しないとな。
「ていうか、今更だけどシロマルって魂だけの存在だから助ける助けられるの関係成立しないな」
俺は当たり前のことを今になって思い出し、ははっと笑った。
「する」
「え?」
する、ってシロマルが俺を、俺がシロマルを助ける術があるってことか?
「それって、どういう…」
「私も分からない。でもなんか、そんな感じがする」
「シロマルがそう言うなら信じるよ」
正直、半信半疑ではあった。魂という存在にどこまでの潜在能力が秘められているのか俺は知らない。でも、シロマルのその曖昧な言葉には確かな安心感があった。
と言うわけで、俺が衝撃を受けたのはシロマルの姿が超のつく美少女だったととうことだ。
彼女曰く、その姿は幽体みたいなもので一度構築してしまうともうその姿を変えることが出来ないらしい。
その日からしばしば同じような夢を見た。あの草原で白銀の少女と会い他愛もない話をする。俺の何よりの楽しみになっていた。
退屈な日々に一輪の花が咲いた。すると時間の流れは驚くほど加速した。楽しい時間はあっという間、ということだ。
そして、3ヶ月後。俺は無事に掴まり立ちを卒業した。




