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空の名残  作者: 多木 葉
第2章 ナルハラ国

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8/9

第2章 ナルハラ国 6,7

ナルハラ国の王子を人質に取り、交渉を経てうまく国同士の条約締結にこぎつけたシャディンとセルド。それに嫉妬したアウストが行動を起こす。

第2章の最終話です


 6

 アウストはイライラしていた。メレル家の収入の一翼を担っていた国境の街ランキアンでのカジノ収入が突然途絶えた。店の元締めからの報告では宰相府内の租税部門の執行官が来て、納税していないことを告げ、厳しく取り立ててきたということだった。

(いままでそんなことされていないのに、突然どうしたんだ)

 アウストは腹心のビシケ財務長官を介して国王に進言し、税の取り立てを止めるよう告げた。

 ところが、コリウス国王は拒否したということだった。

「今まで納税していなかった連中だ。当然だろう。国庫に金を納めないとはどういうことか。今回で思い知らせてやる」

 そう国王は激怒しながら返答したそうだ。

(今まで歓楽街の収入に何も関与しなかったくせに、法の下に税の取り立てをするなど許せん)

 国王の方針の変換にいら立ったアウストは、格下の貴族を利用して宰相府へ向かわせ、宰相に直接抗議することにした。

「何をおっしゃるのです」

しかしシャディンは落ち着いた様子で抗議を聞いた後、そう口にした。

「今まで納税する必要なかったのだから、これからも必要はない」

 アウスト寄りの貴族は憤懣を示した。

「納税する必要はないという根拠はどこですか。私にきちんと説明して下さい」

すると逆に宰相は優雅な様子で微笑みを浮かべながらそう答えたそうだ。

 実際その法的根拠はない。単に財務担当者が見て見ぬ振りをしただけなのだ。国家の法にはきちんと納税率が書かれてある。それを無視して納税しなかったのは、メレル家が巨大で誰も文句を言えなかっただけだ。だから貴族たちはその宰相の返答に何も反論できなかった。

 これからも、シャディンが今までの慣例を無視して本来の法の施行を求めるというのなら、彼を罷免にし、また納税をしなければいいとアウストは考えたが、国王があの宰相の背後にいるのだ。さすがにアウストは諦めざるを得なかった。

 結局、納税を拒絶する配下のカジノの元締め達に法に従うよう指示しなければならなくなり、アウストは煮え湯を飲まされた形となった。

(くそっ、宰相め)

 アウストは床を強く足で蹴った。

 納税の義務の厳しい施行をシャディンがするようになったのは、コリウス王がナルハラ国を攻略するといったことが発端で、その戦略のために現在の納税状況の洗い出し、見直しを行政府全体に推し進めたからだ。その結果、国内のでたらめな納税状況が暴露されたのだった。当然財務担当であったメレル家の者は国王から糾弾を受ける。財務長官をしていたビシケ長官が真っ青な顔でアウストに今後の方針や糾弾を逃れる方法を相談に来たくらいであった。

 結果として、今後は正しい納税をさせるということで処罰対象とはならなかったが、税逃れしていた配下の貴族達は苦しくなった。

 この結果を踏まえて、コリウス国王は突然機嫌が良くなった。会議でも、貴族の集まりでも、まるでアウストがいなくてもいいような堂々とした振る舞いが目に付くようになったのである。

(あの国王め。我が家の勢力を小さくしようと画策しやがって)

 アウストは、国王が平民出の宰相や元帥を利用して、自分の家の勢力を削ごうとしているのを阻止する方法を考えねばならなかった。

 今回、アウストが得た情報では、彼らはランキアンの歓楽街の取り締まりを強化し、そこでナルハラ国の王子を捕まえていた。そしてそれを利用してナルハラ国へ揺さぶりをかけていた。

(そのくらい、俺にでもできる話だ)

 そう思う。シャディン、セルドともに行政府の最高の身分にも関わらず、平民だという理由だけで、宮廷で定期的に行われている朝議にまだ参加できていなかった。もともとそういう立場の連中なのだ。

(調子のいい顔を見せているのも今のうちだ。今回たまたまうまくいっただけ)

 そう考えて、アウストはフンと鼻息を荒くした。

 そんな矢先にナルハラ国王から正式な使者が来て、バサック国王の姫君、ブンガ王女をコレティア国の第二王子であるオーレア王子に嫁がせるという取り決めがなされた。

「今後の両国の友好関係のために、一人娘であるブンガ王女を貴国の王子に嫁がせたい」

 ナルハラ国からの正式な書簡とともに使者はそう述べたのだった。

 その時のコリウス国王の勝ち誇った顔は、アウストが今まで見たことがないくらい、非常に愉快に思っているのが明らかだった。ナルハラ国が数十年ぶりに友好という言葉を持ち出し、娘を人質のような形で敵国へ嫁がせるのだ。以前の従属関係に戻ったということだった。国王としたら、征服が目的だったが、婚姻だけでも十分な成果だったのだ。

 その時の謁見の間に、シャディンもセルドも侍っていた。彼らは使者の口上にも王の態度にも無表情だった。勝ち誇った顔もなく、周りに媚びを売るという様子も見られなかった。しかし逆に、その態度が計算高く思えて、アウストは気に入らなかった。使者は王宮を去る前に、彼らと個別に会い、挨拶をしたということも聞き、ますますプライドが傷ついた。

(あいつら、いつか足をすくってやる)

 豪華な邸の一室で、煌びやかな食器の上に盛られた高価な珍しい果物を指先で爪弾く。そしてふふんと鼻先で笑う。

(あの卑しい二人に対してわざわざ自ら動くのはもったいないが、少しくらい脅してびびらせてやろう)

アウストはそう考えると、独りほくそ笑んだ。


 とうとうカカボ王子が出て行く日が決まった。私はその前日の夜が当番だった。

あの豪華な食事の時以来、次第に彼は私に打ち解けていろいろと話しかけてくるようになった。攻撃的な態度は見張りの官吏に時折向けられるものの、私に対しては穏やかな態度に変わっていった。それは、私が彼の好きな食材を聞いて、手に入ったら、当番の時に料理に入れてあげたりしていたからだと思う。だから、最後の夜に私は彼の好物料理を夕食にと持って行った。

「俺はあの国に帰れるのかな」

 食事をしながら、王子は不安げにそう漏らす。私は帰国が決まった話はできなかったから、黙って笑顔を向けた。彼は物語だと殺されてしまう。もしかしたら、本当に彼が帰国後に問題児として処罰という形で殺されるかもしれないのだ。そう思うと帰れるという話にあまりいい気持ちがしなかった。

「父からは、もう、呆れられただろうな」

「そんなこと、ないんじゃない」

 そうやって慰める。将来は分からないけれど、彼なりにいろいろと苦労しているのだ。目の前で弟が明らかに自分より秀でていると分かった時、ひどい挫折感を味わっただろう。しかも王族なのだから、周りの対応も極端になる。それは彼の責任ではないと思う。

(命を奪われてしまうほど、この人は悪いわけじゃない)

 王国の、生き馬の目を抜くほどの厳しい世の中は王子同士の小さなほころびですら殺害の理由になりうるのだ。それを乗り切るのはひどく難しいのも事実だ。けれど、そんなに簡単に断罪してしまうのは酷な気がした。

「国に帰れたら、どうなるだろう」

「お父様にきちんと反省していると言えばいいんじゃないかしら」

 まるでお姉さんになったような気分で私は言った。王子の指南役でも、知り合いでもない、ただの一介の他国の召使いだけれど、彼が何か助かる方法があるのなら、小さな親切をしてあげたかった。

「反省」

 ため息とともに王子は言った。

「口先だけじゃなくて、心から、これから変わると言えばいいんじゃありませんの?お父様もあなたのことを心配していらっしゃると思うわ」

 官吏の視線が背中に刺さるのを感じる。召使いがえらそうに他国の人質にアドバイスをしているのを批判しているのだ。私は苦々しい顔をしたまま、王子が食事をするのを眺めた。

「おいしい」

 彼が好きだと言った、南国の野菜を炒めた料理だった。私なりのせめてもの愛情だ。

「そう、よかった」

 私は空になった皿を手に取って言った。見ると王子の顔は暗かった。健康的な褐色の肌もひび割れたようになり、黒い瞳も暗い影を落としていた。きっと今後のことが心配で眠れないのだろうと思った。

 もとの世界で、私には兄がいた。兄はやんちゃで、幼い頃から外でよく遊んでいた。逆に私は家にこもって読書するようなおとなしい妹だった。学校に行き、進学するようになると、遊んでいた兄に比べて、私の成績が非常にいいものになっていた。私の両親は私を褒め、兄をけなした。「けなした」という言い方は極端だ。実際は「はっぱをかけた」が正しい。妹と比べて兄はどうなの? もっと勉強したら? という意味だったのだ。

 だが、兄は両親の本心が分からなかった。両親に見えないところで、私を罵倒して傷つけた。岩倉多香子だった私の指には一すじの傷が残っていた。それは兄から爪でひっかかれた痕だ。私は最初は兄に同情していた。でも、そのうち兄が嫌いになった。勝手にすればいいと思った。だから、兄の成績が芳しくなくても助けてあげるなんて考えたこともなかった。

 大人になって、私は東京の大学へ行き、ちょっとした企業に就職した。そして兄は地元の企業に就職した。兄とは上京してからほとんど会っていなかったけれど、私が仕事で辛い時、兄がわざわざ私の家までやってきたことがあった。

「辛かったら家に帰って来なよ。待ってるから」

 私はそんな兄を見て、嫌いな気持ちが失せた。兄もいろいろ苦しかったのだと思う。だから、私の苦しさが分かったのだ。私が、あんな事件にあった後、どうなっただろう。兄はきっと悲しい気持ちになったに違いない。

 カカボ王子の暗い瞳を見つめていると、昔の兄をもっとこじらせた感じに見えて悲しい気持ちになった。私はあまり彼を見ないように皿を片付け、檻から離れた。

「いつもありがとうな」

 王子は感謝に慣れないのか、遠慮がちに私にそう言った。

「いつか、苦しかったこともいい経験に変えられるわ。大変だろうけれど、負けないで頑張って」

思わず私はそんな言葉を言った。それはお別れの言葉だ。そして官吏の横を通り過ぎて召使いの控室に行こうと地下室出口へ足を向けた。

「……あっ」

 いつのまにか、夜当番の官吏2人の後ろにシャディン様が立っていた。無言のまま、私を見つめていた。それに気づいて私は軽く頭を下げる。私の会話を全部聞かれていたような感じだった。少し彼から神経質な雰囲気がして、私は気まずい気持ちになってその横を通り過ぎる。シャディン様は私に対して特に何も反応を示さなかった。そして私と入れ替わりに奥に入って行くと、王子に話しかける。

「あなたに報告がある」

「なんだよ」王子は私に対するのとは対照的に攻撃的な口調で返事をしていた。私は地下室出口を前にして足を止めて耳をそばだてる。

「2日後、あなたは帰国することになった」

「やっと空を見れるのか。しかしどうして帰国できるんだよ。税金はどうした」

「あなたの父君と、姫君を我が国に嫁がせるということで話が決まった」

「え、ブンガを」

 王子は妹の名前を叫んだ。そして絶句したようだった。

「我が国と貴国との間で話がまとまった。それであなたは帰国できることになった」

 シャディン様は抑揚のない言い方だった。

「そ、それは、妹が代わりになったってことか」

「それについては私からは何も言えません」

 実際、妹のブンガ王女は兄王子の身代わりみたいなものだ。それをシャディン様は何も言わなかった。王子の声はがっかりしていた。自分のせいで妹が身代わりになったと気づいたのだ。

(帰国する気持ちに水を差されたかも)

 私は王子に同情する。そして聞かなかったふりをして足早にその場を去った。召使いの控室に到着すると、今日の夜はきっと静かになるだろうと予測した。私が去った後、シャディン様が地下室から出ていく音がする。そして何事もなかったかのように私のいる控室の前を通って行った。


翌日、とうとうナルハラ国のブンガ王女を迎えに行く日となった。国境沿いの施設で王女と王子を交換し、王女はコレティア国の王子に輿入れするのだ。

 戦国時代などにこういう国の主の親族同士の婚姻が行われて、身内になって同盟関係を結ぶというのは知識で知ってはいたものの、なんだか、実際見てみると人格や気持ちをおろそかにしている感じがして、私はカカボ王子を見るに忍びなかった。ましてや、私も女性だから、ブンガ王女の本心を考えると気の毒という気持ちになる。実際王女がどう思っているのか分からないけれど、いきなり見ず知らずの他国の王子に嫁入りとか、普通はうれしくないだろうと想像する。

 地下室で長期間過ごしたカカボ王子は当初の元気良さはすっかり失われ、今は意気消沈していた。

 シャディン様から、王女到着の際に対面式を国境沿いで行うので、王子の身支度をしてほしいと指示され、私とジジはこの地下室で支度を始めた。

 私達はお湯をたらいに入れ、彼の湯浴みの準備をした。綺麗に体を洗ったら、王子らしい衣服に着替えてこの地下室を出発するのだ。

「はあ」王子は言葉を発する代わりにため息しかつかなかった。

(まあ、そうよね)

 私は浮かない顔の王子を見つめる。自分が捕まったせいで、妹姫を嫁入りさせ、コレティア国と対等な立場であったナルハラ国が従属的な関係に変わるのだ。すべて自分の責任。彼もうれしい気持ちになんてなれないだろう。帰国した後、彼は難しい立場になることは明らかだ。

 私とジジは彼に体を洗う布を渡すだけで、体には触れなかった。地下室に湯船がないから、彼はお湯でぬれた布で体を自分で拭いていく。私たちは遠巻きに立ち、衣服などを渡すだけだった。そして最後に髪を綺麗にし、最終的に正装することになる。

 王子の衣服を整えている時に、背後の階段から足音がした。シャディン様だ。

「もう、終わりましたか」

 外交に関わる儀式に参加するので、シャディン様は王子に劣らず豪華な正装をしていた。ふと見れば、元帥邸側の地下室の入り口からはセルド様も現れた。

「終了しました」

 私はジジと共に頭を下げて室内の隅に移動した。檻から出て鎖も何もしていない王子にシャディン様は近づいた。

「長い間、国の太子たる高貴なお方をこのような狭い場所に拘留し、不自由な思いをさせてしまいました」

「今更」

シャディン様の挨拶に王子は小さい声で反論した。

「これは、法に照らした処分でした。ただ、ご身分を考え、普通の牢ではなく、私の私邸にご案内させていただきました。お国の方から不足分の税金が支払われ、明日はおめでたいことも控えております故、ここからお国の方にご案内させていただきます」

 シャディン様の口上が上っ面のいいわけだということはこの場の誰もが分かっていることだった。王子は苦笑いしたまま何も言わなかった。

「本国へは私と部下が護衛しますから」セルド様がそう付け加えた。

「護衛」王子の顔がすっと青くなる。

「ランキアンの国境関門の場所で王女殿下と対面式があります。その後、殿下は私たちと共に首都へ向かう道へ進み、途中で王国の軍にお渡しする予定です」

「分かった」王子の顔色は晴れなかった。

 コレティア国元帥の軍の護衛。これは完全に人質交換が終了するまで命の保証をするという意味だった。カカボ王子の命は危険にさらされているということを暗に示している。実際、ナルハラ王国では第二王子のシーパン王子を推す声が日に日に高まっており、その派閥の貴族が何するか分からない状態なのだ。

 人質であるカカボ王子がナルハラ王国の軍の手に渡るまでの間に死亡すれば、今回の王女の輿入れは中止となり、国同士の同盟の話も立ち消えとなってしまうのだ。そのための護衛であった。

「最後に一つ、お話があります」

シャディン様が口を開いた。王子が顔を上げる。

「ナルハラ王国に伝わる神話、ご存じですか」

「ああ」王子は怪訝な顔をした。

「神が王に3つの宝を渡す話です」

シャディン様は落ち着いた様子で淡々と話を続けた。王子は顔を上げた。

「それは知っている」

何を今更そんな話をするのかと言わんばかりの言い方で王子は反応した。

「老婆心ながら」シャディン様は一言前置きして続けた。

「3つの宝の大切さについて殿下に説明したかったのです」

「知っている。剣、枡、宝玉だ。それがどうかしたのか」

「意味はご存じでしょう」

あくまでもやさしく諭すような言い方でシャディン様は続けた。この押し問答のような会話に私もそばのジジも当惑していた。セルド様はそばに立ったまま、予想していたかのようにかすかに笑みが零れるような温和な顔をしている。

「剣は武力や刑罰、枡は法、宝玉は権威だ」

王子はそれがどうしたという突っぱねた返事だった。ナルハラ王国の神話であるから当然知っている話なのだろう。

「宝玉が権威。権威の大切さというのはご存じでしょうか」

「王が偉いということだ」

「違います」シャディン様は冷たく言った。王子はむっとした様子で目をむく。そして何か文句を言いたげに口をあけたが、突然考え直し、口を閉じた。

「権威というのは簡単に作られるものではありません。王だからというのは長年の伝統がそうさせるのです。この権威があるからこそ、大勢の民がその言葉に従うのです。目に見えるものではないからこそ、王というのは唯一の衣装、宝玉を身にまとい、その権威を内外に示すのです。この権威の継承は難しく、王位の継承は定められた順番で行わなければ、民は納得しません。順番を変えれば、たちまち国王の威信は失われ、民は従わなくなるのです。あなたは今や第一順位である太子。これには才能も知識も必要ありません。ただその産まれに従い、継ぐだけで民は従うのです」

 シャディン様の言葉に王子は呆然としたまま突っ立っていた。それは、才能ある弟に何も卑下する必要はないのだと言っていた。

「ただ、権威を失うようなことをすれば、失脚します。今後はお遊びはほどほどにされるといい」

 シャディン様はそこまで言うと、王子の衣服の襟元が少し乱れていることに気づいたのか、何気ない仕草で整えると、出発するよう指示した。私とジジはシャディン様や王子たちが地下室から出て行くのを見守り、最後に付き従う。

(あれは、王子に改心を求めたんだわ)

 私は目の前に見えるシャディン様の背中を見つめた。きっと、シャディン様は帰国後の王子の将来を心配して忠告したのだ。それは意外な行動だった。シャディン様やセルド様にとっては、王子は交渉の駒であって、彼が帰国後にどうなろうと関係ないはずだ。

(何か思うところがあったのかしら)

 地下室から出て、邸の中を通る。私はずっとシャディン様の背中ばかり見つめていた。最後に私たちは見送りに邸の外の門まで行った。王子を乗せる馬車やシャディン様達の馬が勢揃いしてある。

「はあ!外は最高だ!」

 王子が叫んだ。ずっと地下室だったのだからきっとうれしいのだろう。

 宰相府や元帥府の職員も到着し、それぞれの位置についたところで、一行は出発をした。

「いっていらっしゃいませ」

 私とジジは門のところで頭を下げて見送った。

(よかった、これで戦はさけられたのね)

 私は王子を乗せた馬車を見つめながら、そう思った。


 7

 ランキアンの関門では臨時的に大きな広間と館が作られていた。

 カカボ王子の一行は到着すると、休憩のため、その館に王子が案内された。シャディンとセルドは馬に乗ったまま門の近くで待機していた。

 ブンガ王女はこの日の夕刻到着する予定になっていた。そして王女到着と同時にシャディンが王女を連れ王宮へまでの道のりを護衛し、カカボ王子はセルドがナルハラ国の安全なところまで護衛するという手はずである。

 朝、宰相邸を出てからランキアンまで丸一日以上かかった。途中仮眠を取り、到着したのはまだ夕刻ではないが、近い時間であった。

 大きな馬車が通るので、関門の扉も開け放たれている。二人は隣国側の景色を見ながら、まだかまだかと待っていた。

 しばらくするとコレティア国側から馬車の車輪がきしむ音と多人数の足音が聞こえ始めた。その違和感に二人は振り向く。

 馬車は高貴な人が乗ると思われる豪華な車両であった。関門のずいぶん手前で止まると、ドアが開いてこれまた煌びやかな衣装を着た男性が現れた。

(アウスト・メレルか)

 シャディンとセルドは人物が誰か分かると困惑した。どうしてここに彼が来るのだろうと疑問に思う。

「ご両人」

 彼は前後に護衛を数人並べながらこちらへ歩いてくると、馬上の二人に向かって頭が高いと言わんばかりに手をひらひらさせてそう叫んだ。

「これは、メレル卿」二人は馬から下りて礼儀に従って頭を下げた。

「ここは、国と国との話し合い、ましてや王女様をお迎えするところだ。そんなところに平民出の宰相や元帥がお迎えしたら非礼になるだろう。だから私が勤める。お前らは下がれ」

 思い切り馬鹿にした物言いであった。シャディンもセルドも今回の締結についてはすでにコリウス国王から許可をもらって行動している。アウストがそれを知らないはずはなかった。

(多分、自分の手柄として顔を立てたいのだろう)

 王女は今回の手柄である。それを王宮に案内する任務はある種注目を浴びるいい機会だった。

 本来二人の手柄であるが、アウストは国内の貴族向けに自分の手柄として奪いたいのだ。その上、王女と顔見知りにでもなれば、第二王子妃と懇意になり、何かにつけて融通を聞かせることもできるのだ。

 本来なら「国王の命である」と突っぱねるところだが、シャディンはそれは危険だと考えた。

「分かりました」

 シャディンは反論せず素直に従う行動に出た。

(ここは退くのが最善の策だ。メレル家とここで争うことは得策でない。王女の案内役など小さいことだ)

必要以上にいがみ合うことはせず、無難にこの場を過ごそうと判断したのである。

「ただ、カカボ王子殿下のお見送りだけはこちらで行います」

 セルドが付け加えた。アウストの発言は王子の身の安全まで考慮に入れてのものではない。アウストは予想外のセルドの言葉に少々不本意な顔をしたが、ナルハラ国内まで行かねばならない事実を考え、それだけは了承した。

 二人はアウストに前方の主催側の位置を譲り、門の脇へ移動し、遠くから見守る様子へと変わった。

(ふん、いい馬に乗ってやがる)

 アウストはちらりと二人の連れた白と黒の馬を見た。上等なものだった。平民のくせにあのような珍しい馬を手に入れるなど、身の程知らずだと思った。

「金属の技術で成功しているようですぞ」

 馬を見つめていたのに気づいたのか、アウストの近くにいた側近が小さい声で言う。宰相と元帥が引き継いだ旧コルトー家領土では、今最先端の技術者が集まり、特別な金属を作っており、そしてそれで潤っているという噂が広まっていた。

「ふん」

(そのうち潰れるさ。にわか貴族が)

 内心小ばかにしてアウストは鼻で返事をした。

 しばらくすると、王女の護衛団の先触れが到着し、慌ただしくなった。

 ナルハラ国の代表団はアウストではなく宰相や元帥を探し、今後の予定の確認を始めた。そして王女を乗せた馬車が到着する。アウストは二人を押しのけるようにして、大仰な態度でお迎えし、その女性用の高貴な馬車に近づいて、王女と話をしようとしたが、ナルハラ国王室の側近から止められた。

「未婚の姫に男性が直接顔を会わせるとは不敬だ」

とその側近は言ったのだった。アウストは罰が悪い顔をしたものの、王女の馬車から離れようとしなかった。その後、シャディンの案内のもと、カカボ王子が現れ、王女と馬車のドア越しの会話をし、別れを告げる。

「それでは、よろしく頼みます」

 王女の声が響いた。アウストは王女の馬車の先導として案内役を務め、その場を去って行った。

(どこまでずうずうしいのか)

 相手が王族ということすら忘れ、欲望のままに行動するアウストを見て、シャディンは呆れた気持ちで一行を見送った。振り返ると悲しい顔をした王子が突っ立っている。

「さあ、本国へ戻りましょうか」

 セルドが促した。王子はしぶしぶ自分用の馬車へ向かう。

「私が戻るのは明後日の朝以降かもしれない」

 セルドは小声でシャディンにそう告げた。ナルハラ国の王宮まで送るつもりはなかったが、万が一のこともある。安全を確認した上で引き返す予定であった。

「まだ敵国だから、用心してくれよ」

 シャディンは子供っぽい笑顔を見せて言う。

「ははは。まあ、大丈夫さ」

「私はこの関門で待っているから」

「いいね。心強いよ」セルドはにこやかに微笑すると馬上の人になる。そしてカカボ王子の馬車のそばへと向かった。元帥府からは選りすぐりの武官を数名呼んでいた。それで馬車を取り囲む。

「さあ、出発だ」

 セルドは高らかに宣言した。


 セルドが関門を出ると、すぐにナルハラ国の護衛官が数名現れた。王女を送ってきた武官である。

「先日は手荒な挨拶をいただきましたね」

 セルドの近くに寄ってきたのはソロ将軍だった。彼は王女の護衛としてここまで来ていた。ほとんどの護衛官は王女と一緒にコレティア国の王宮まで向かうが、一部はここへ残り、カカボ王子の護衛をして首都マーネルまで案内する予定であった。

「王宮に入るまで私が護衛しますから」

 ソロ将軍はセルドの護衛は不要とでもいいたげにそう言った。

 セルドは声を出さず、軽く首を振る。それは護衛の必要性を訴えていた。

「それは、我が国で戦をするためですか」

将軍は嫌味を言う。数人の護衛ですら、他国の軍隊である。蜂起でも企んでいるのかと邪推する目つきでセルドを見つめた。

「あなたは護衛を何人連れてきていますか」

逆にセルドの言葉はソロ将軍の想像を超えた質問だった。

「10人ほどだが」もともと王女を送ってきた護衛団である。十分すぎるほどの人数であった。

「マーネルに行く途中にある橋を渡ったところまで送れば私は帰りましょう」

「ふん、どうして」

「このたびの同盟にはカカボ殿下の安全も含まれていますから」

「王女殿下との交換で終わった話ではないか」

ソロ将軍は呆れたように言い放った。

「さあ」セルドは話をそらした。将軍は警戒してセルドのすぐ隣に馬を向け、まるで一緒に行進しているかのように並んで進み始めた。前回の関門での小さな小競り合いで、セルドの実力を見たのだ。少人数だからといって侮れない。

(万が一、この男が一人で我らに襲い掛かってみろ、何が起こるか分からないではないか)

 ソロ将軍はそう考え、この男が去るまで安心できないとばかりに警戒した。

 途中にある橋というのは道中一か所あった。今の速度で言えば、深夜に到着する場所だと将軍は思った。それを越えれば大きな街道となり、整備されているので、王宮まで警戒せずとも安心して向かうことができる。セルドの橋までという言葉は、このコレティア国元帥はナルハラ国を脅かすつもりはないと言いたかったのかもしれないとソロ将軍はその心を推し量った。確かに、このランキアン郊外の関門からその橋までは密林の中であり、横暴な住民、盗人などがでてきてもおかしくはなかった。

 ナルハラ国は大陸の南に位置するだけあって、峠を下り、高度が低くなるにつれて、だんだんと南国のジャングルを思わせる植生に変わる。旅人が多く通るため、道は植物が生えていないが、ちょっと横道に足を踏み入れれば、うっそうと葉が生い茂る森林があたりを覆っている。ときおり、けたたましい鳥の鳴き声や猿の喧嘩する叫び声が響いてくるようなところだ。

 コレティア国で安穏と過ごす人間が聞いたらびっくりするような風景だろうなとソロ将軍は考えながら、隣のセルドを横目で見たが、全く動じる気配は無かった。それどころか、片手に大太刀をひっさげたまま、遠くを見ながら進んでいる様はまさに護衛しているという風情で、軽い小旅行気分の自分とは対照的であった。

「元帥殿は……、どうして元帥に」

 思わず、ソロ将軍はそんな個人的な疑問を投げつけた。無表情だったセルドの顔に変化が現れる。

「国王からの指名、ただそれだけですよ」しかし彼からは感情のない言葉が返ってきただけだった。

「宰相殿もお見受けしたが、友人ですか」

「一緒の学校でしたから」

「そうですか」不可思議な話だった。ソロ将軍は自分の実力を示して、このナルハラ国の将軍に抜擢された。ところが、この元帥もあの宰相も一方的に国王からの指名だったのだ。

 ぱっと見た宰相は綺麗な風貌で、どこかの貴族の私生児ではないかと思えるほど庶民離れしていた。元帥も雰囲気は庶民のそれではない。

(もしかして、単に見栄えで選ばれたのか?)

 それだけで選ばれたのであれば、たいしたことのない人物だと思うのだが、今回の外交といい、あの実力といい、それだけではないような気になる。侮っては自らが危険な目に遭いそうだった。何が二人をこの身分にしたのか尋ねたくて聞いてみたが、期待するほどの返事は返って来なかった。

(仲良くしておくに越したことはないのだろうな)

 バサック王も「気に入らない同盟だが、今、我が国は発展途上、むやみに戦争などして民を傷つけるくらいなら、少しコレティア国に頭を下げて、平和と発展を享受する方が賢い」と言っていた。コレティア国のコリウス王は戦争に積極的だったが、この宰相と元帥がそれを婚姻に変えたのだ。それなら、ナルハラ国としては、この二人と仲良くするのが今は最上の策というところであった。

「我が国の太子殿下を貴国はどのような扱いをしたのか」

 少し嫌みな質問をして元帥の腹の中を探ろうとソロ将軍は考えた。

「法を犯した罪人であったが、特別な室内で待機するように手配しましたよ」

「特別な室内」オウム返しに将軍は呟いた。

(よく嘘を言う)

 将軍はむっとしていた。コレティア国がナルハラ国を格下に見ているのは十分感じていた。簡単に一国の王子たるものを乱雑に扱うなど、コレティア国という国は礼儀を知らない虎狼の国だと憤慨した気持ちになる。

「法を犯した以上、王子だろうと平民だろうと同列です。我が国は法の秩序を重んじていますから。他国の王子だからといって特別扱いはしません。ただ、拘束される場所は平民と同じ牢は失礼だと考え、特別な場所にしましたが」

「ふん」ソロ将軍は鼻で返事をした。単なる言い訳にしか聞こえなかったが、筋は通っていた。これ以上批判するのはこっちに不利だと感じた。

「ところで、貴国は太子であるカカボ王子殿下をどう扱うおつもりなのか」

 逆にセルドから質問が返ってきた。ソロ将軍は眉をひそめる。辺りは次第に暗くなってきていた。

「当然太子として大事に扱う。実際バサック王も大事な長子の帰国を心待ちにしている」

「国王以外はどうでしょう」

「何を言う」セルドの問い詰めるような質問に、ソロは笑い飛ばした。しかし、一瞬考え込む。

 実際、カカボ王子の評判は今回の件でますます悪くなっていた。貴族の中には国の後を継ぐのはふさわしくないと口にする者もいた。実際、弟君のシーパン王子の人気が急上昇しているのは肌で感じていた。

(しかし、廃嫡するなんてことは聞いたこともない)

 国王はそこまで考えていない様子だった。だが、ラウン・ソロは一将軍であり、国王の相談相手となる上位貴族ではなかった。詳しい国王の考えなど知る由もない。

(まさかな)

 コレティア国元帥自ら護衛に出てくる必要性をふと考えた時、ソロ将軍の背中にぞっとした寒気が襲った。

「もしや、元帥殿は心配しているのか」

 将軍は素直に口に出した。そして隊列の先頭に掲げられた松明の薄明かりで見えるセルドの顔をじっと見つめた。セルドは遠くを見つめるばかりで顔色は変わらなかった。

「何にでも可能性というのはありますから」

 感情のこもっていない声でセルドは言った。会話をしていたのはセルドとソロ将軍だけだったので、二人が黙ると辺りは静かになり、ただ馬の足音と馬車の車輪の音だけがその場を支配していた。

 曇り空だったため、星空というわけにはいかなかった。夜に輝くはずの衛星の光も三日月のような形となり、辺りはほとんど真っ暗になっていく。一行は松明をつけ、野営をせずに先に進むことを選んだ。

 馬車の中はカカボ王子一人だった。ガラス窓が貴重な世界である。馬車の窓は小さな引き戸であり、覗いて少し外が見えるくらいの大きさの仕切りがあるだけだった。王子は気になってその小さな引き戸を開け、外を見るが、ただただ暗い森があるばかりで、現在地がさっぱり分からなかった。

 ソロ将軍が近づいて、顔を覗かせている王子に話しかけた。

「明後日朝到着予定です、陛下は殿下の到着を心待ちにしているので、休まず進んでおります」

「そうか」王子は神妙な様子で返事をすると、戸を閉めた。

 森の中の道は赤土がむき出しの状態だった。舗装がしっかりされているのは、首都郊外のイーリー川を渡った先となる。そのため、馬車は上下に揺れ、乗っているカカボ王子は気分の悪い状態が続いていた。

「もう少し我慢下さい」申し訳なさそうにソロ将軍は言った。戸の向こうで王子のため息が聞こえる。

 馬車の前方に10騎の騎馬隊がおり、松明をつけて静かに進んでいた。そして馬車の周りにソロ将軍やセルド、そして4騎の騎馬隊、後方に5騎ほどの騎馬隊がいた。半数はコレティア国の騎士である。ナルハラ国の護衛隊の騎士に比べるとその装備は重厚であった。ソロ将軍はそれを眺めながら不安に駆られる。自分の護衛隊は王女の護衛だったため、簡素な装備だった。セルド元帥がもしや刺客なのかと心配したが、先ほどの会話でその可能性は否定された。彼の話はあくまでもカカボ王子の身の危険を予告していた。

(まさか本当に狙われているのか)

 カカボ王子がコレティア国で拘束されていた間、弟君のシーパン王子を推す声が高まった。兄君よりも弟君の方が品行もよく、才知があった。バサック王は困惑していた。カカボ王子の母である王妃は身分は高いが政略結婚で寵愛はなかった。それに対し、シーパン王子の母君は側室であったものの、美しく聡明で国王の寵愛もあった。当然臣下たちはそちらの方に媚びへつらう。しかし国王は嫡子であるカカボ王子を排斥しなかった。コレティア国から王子が戻ってくるのを待つと宣言していた。

(だが、もしカカボ王子が途中で死亡したら?)

 それは予測できる話だった。シーパン王子派は事故に見せかけて殺すことは可能だ。嫡男が死亡すれば次男が後を継ぐのは当然の成り行きである。

 ソロ将軍は手綱を持つ手に力を込めた。そして斜め前方にいるコレティア国元帥を見つめた。

(国との交渉を成功させるため、カカボ王子の命を守らなければならないということか。しかし、そんな刺客が来るものだろうか)

 将軍は懐疑的だった。殺さずとも、カカボ王子が自滅する可能性が高いと考えていた。素行が悪いのだ。自ら墓穴を掘るに違いない。実際、他国に拘束されただけでも、十分品位が落ちているのだ。

 しばらく進むと川の流れの音が聞こえてきた。

(そろそろイーリー川だ)

 将軍は気づいた。セルドがここまで送ると言った川だ。ここには大きな石の橋が作られている。

「待て」

 セルドが大きな声を出した。

「全員止まれ」そう叫ぶとセルドが片手に持っていた大太刀を空に向かって掲げた。

 ソロ将軍は眉をひそめて止まる。

「松明を消せ!」再びセルドの強い声が響いた。ソロ将軍は動揺する。そして突然真っ暗になった辺りをキョロキョロと見回した。

 ヒュン……ヒュン

 弦がきしみ、何かが飛ぶ音がした。

 矢だ。ソロ将軍は剣を抜いた。そして身の回りで振り回す。攻撃が始まったのだ。

「前方! 突き進め!」セルドが叫んだ。ソロ将軍ははっとして王子の乗る馬車のすぐ脇に馬を走らせる。そして一緒に前に駆け出し始めた。

 すると道の両側の森の中から何人もの兵士が現れたのである。

「何者だ! 私はナルハラ国の将軍だぞ!」

 誰を襲っているのかとソロ将軍は思った。しかし相手には将軍の言葉は響かなかった。彼らはこの一行すべてを殺すつもりなのだ。

「王子、馬車の中から出ないで下さい! 危険です!」

 ソロ将軍は馬車に向かって叫んだ。そして馬のそばに迫ってきた兵を斬り殺す。

「速度を緩めるな! 早く先に進め!」セルドの声だった。騎馬隊はその声に押されるように、群がってくる兵達を切り崩しながら、前へ前へと向かう。

「私が先陣を切る。続けっ」

 セルドが黒馬の腹を蹴り、ものすごい勢いで先に駆けていく。片手に握られた大太刀にはべっとりと血がついていた。

「前に出てきた者はすべて殺す!」

セルドはそう叫ぶと大太刀を振るった。怒号と悲鳴が夜の森に響き渡る。セルドは被害を最小限に抑えたかった。敵は必ず通ると思われる橋のそばに伏兵を置いていたのだ。橋での戦闘は危険なので橋にたどり着きさえすれば敵は追ってこない。橋を渡れば立派な集落がある。闇に紛れて殺害を望む敵はそこでは戦闘を避けるはずだ。

 セルドは先頭に到着すると、向かってくる敵を次から次になぎ倒した。そして前に進む。相手はまるで烏合の衆のようだった。王子は夜盗に襲われて死亡というシナリオを考えたのだろう。

「どけっ、邪魔だ!」

セルドは相手の出鼻をくじくように怒鳴り、大太刀を煌めかせた。ほとんどの敵は怖がって逃げるか、向かってきても相手にならない状態だった。

 林を抜け、石橋に近づいた時、石橋の入り口に敵の首謀者らしい者が強気な面持ちで馬に乗り進路を塞いでいた。

「ここを通れると思うか」

相手は見ず知らずのセルドを見て鼻で笑った。

「はっ」セルドは失笑した。そして黒馬ダンが鼻息荒く突進する。そしてあっという間に相手が両断される。

 馬車のそばで王子を護衛しながら、ソロ将軍は茫然とセルドを見つめていた。

(一体、あれは何だ。どういう実力なんだ)

 軍神のようだった。ただ見惚れていた。あんな猛将がいたら、負ける気がしなかった。コレティア国から来た騎馬隊の士気は上がる一方だった。それは当然だと思った。あんな武将がいれば、どれだけ心強いか分からない。男が男に惚れるというのはこういうことかとソロ将軍は感じていた。

 一気に形勢が逆転した。橋の上に王子の一行は到着し、敵は殲滅され、ちりぢりになった。

 ソロ将軍は馬車を見つめた。王子の声は一切聞こえてこなかった。戦闘を感じて息を潜めていたに違いない。産まれてこのかた、戦闘などしたことないのだから、恐怖でしかないだろう。

 

 橋を渡った先で一行は一息ついた。そこは集落の中心部にある噴水のある広場だった。ここまでくれば安心である。

「では私は帰りますので」

 セルドはそう言った。コレティア国の騎馬隊は数人けが人が出たものの、帰国に支障はなかった。それに引き換えナルハラ国の騎馬隊は一部死者がでていた。軽装があだになったのだ。

「大変ご迷惑をおかけしました」ソロ将軍は馬から下りてセルドに頭を下げた。自分自身の甘さといい、セルドに対する態度といい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 すると、馬車の扉が開いた。カカボ王子が真っ青な顔で現れた。

「殿下。中でいいのですよ」セルドが気遣う。すると王子は首を振った。そして地面に膝をついた。

「この、愚かな私の命を救っていただき、誠に心からの感謝しかない」

 黒い石畳の上についた手が痛々しく見える。セルドはあわてて馬から下りて王子の手を取る。

「貴い身分の方がこのようなことをしてはいけません」

「いや、私は愚かだった。ずっと一人で生きてきたように勘違いしていた。ただただ申し訳ない。元帥だけではなく、我が国の臣下たちに対してもそうだ。本当に申し訳ない」

 セルドだけではなく、ソロ将軍や護衛団に対しても王子は頭を下げていた。将軍は思いもかけない言葉にただ呆然とするばかりだった。

「顔を上げて下さい」セルドの言葉にやっと王子は顔を上げ、立ち上がった。

「出立の折、宰相殿からも話を伺った。あの言葉は忘れていない」

 セルドは返事代わりに微笑した。そして頭を下げると、部下達のもとに戻り、馬上の人となった。

「あ、お待ちください」

 セルドの足元に走り込んできたのはソロ将軍だった。

「私を弟子にしていただけませんでしょうか」

「突然どうしたのですか」

セルドは目を丸くした。相手はナルハラ国の重要な将軍なのだ。

「もっと腕を磨きたいのです。元帥殿の剣さばき、あまりにも素晴らしく、私は、このままこの国で学ばないまま過ごすのは嫌なのです」

「そうですか」セルドは驚いた顔をしたが、そばにいる部下達はニヤニヤしていた。

「しかし、ナルハラ国の重臣である貴殿を国王は手放したりはしないでしょう」

「いいえ、国王を説得します」

ソロ将軍は必死だった。セルドについていきたいと心から望んでいた。

「分かりました」セルドは苦笑いした。本当に説得できるとは思っていなかった。

「もし、私のもとに来られる時は私の邸においで下さい」

「ありがとうございます」

ソロ将軍はセルドの言葉に頭を下げた。心からうれしかった。

 セルド達コレティア国一行が再び橋に向かう時には少し空が白み始めていた。



次回は第3章パルフ王宮 1,2

ナルハラ国攻略がうまくいったシャディンとセルド。とうとう王宮に参上するようになり、新たな展開が始まる。


今まで1か月に1度、ひとつの章を投稿する予定にしていましたが、文字数があまりにも多いと思い、2026年11月から各章の数話を週に1度くらいの頻度でアップすることにしました。

10月まで読んでいただいた方は次回の第3章からお読みください。

楽しんで読んでいただければ幸いです。

よろしくお願いします。

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