↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空の名残  作者: 多木 葉
第1章 サルビア・コルトー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/9

第1章 サルビア・コルトー 7,8

シャディンとセルドは領地に産業を呼び込むために元アジュガ学校の教師を呼んだ。そして改革を始めるが、意外な事実が判明する。

第1章の最終話となります。

7

アジュガ学校の教師たちは校長のアルカ校長が選んだ稀世の特殊な専門家ばかりだった。だから、領地の改革に際して、シャディンはセルドと共にアジュガ学校のつてを利用して、特殊な技術を持つ人物を招待し、領土内に住む若者を教育することに着手した。

領地は肥沃ではないし、特殊な金属が産出されるわけでもない。そうなれば、特殊な産業を生み出すしかなかった。その立地条件を考えるとガラス加工が一番向いていると判断した二人は、学校の元教師だった専門家たちに連絡を取ったのである。たとえ領民が少なくとも、彼らに特殊な教育を受けさせることで、技術の習得が出来、それによって発展できると考えたのだ。

 そんな教育が進む中、二人はその元教師たちから意外なことを聞いた。それはアルカ校長と連絡が取れないということだった。

「学校を閉鎖した後も、何らかの手段で連絡を取る予定にしていたのに」

 元教師の一人が暗い顔で言った。閉鎖後、海を隔てた別大陸で新たな生活をするつもりで準備していた矢先、突然アルカ校長と連絡が取れなくなったという。

「何があったかはわからないが、君たちも気を付けるように」

 元教師たちは技術の援助は惜しまないが、表立って行動することには難色を示した。それはアルカ校長の行方が分からなくなったことと関連していた。皆何らかの不安を抱えているのだ。シャディンは困惑するばかりだった。セルドも話を聞きながら、眉間を寄せて無言になる。

「ともかく、落ち着くまで、学校近辺には行かない方がいい。先生たちは君たちが安全でいることが一番なんだから」

 二人のせいで学校が閉鎖になったにも関わらず、元教師たちは二人を心配した。

それから、数か月が経ったころ、まだ工場は稼働してはいないが、領民の教育、そして設備が完成し、二人は領地の改革がこれで進むことになると安堵できる状況になった。

「なあ、こっそり学校周辺へ行ってみるか」

 領地改革も先が見えてきて、まだ顔が知られていない状況なら、街中を歩いていても分からないだろうという考えで、シャディンはセルドを誘った。セルドも頷く。領土の発展に協力してくれた元教師たちは役目を終えると別大陸に旅立っていた。もう二人の周りに学校関係者がいなくなったのだ。学校をこっそり見に行けると思ったのである。

 少しずつ日が長くなり、温かくなった頃、二人は外套で顔を隠しながら、夕刻のころに、馬を出して市街地へ向かった。日が暮れる頃はあまり顔や姿が分からなくなるので、その時間帯を狙ったのだ。

「これは…」

 学校の近くまで来たときに、その異様な雰囲気で二人は足を止めた。以前とは打って変わってあたりはスラム街のようになっていたのである。都きっての名門私塾のある場所は住民も知識人が多く、おだやかで平和な街だった。しかし、学校が失われ、廃墟のようになると、住民たちは去り、代わりに怪しげなものたちが集まってきていたのである。

「なんてことだろう」

 道路を歩きながらシャディンはため息をつく。セルドと並んで歩いた路地、友人達と遊んだ広場、どこもすさんだ様子だった。道の陰には貧民層の者たちが物乞いをし、あたりをきょろきょろと伺っていた。

「もう行こう」

 困惑した様子でセルドはそう言って、シャディンを別のところへいざなう。

(こんなに荒廃しているなんて)

 学校が無くなったただそれだけのことなのに、ここまで一変するとは二人とも想像していなかったのだ。

「ひどい状態だ。アルカ校長がどれほど悲しんでいるだろうか」

 シャディンは独り言のように言った。自分たち二人が宮廷に招かれた。ただそれだけで、今まで培っていた学校の伝統や生活が失われたという現実にショックを受けていた。

「ともかく、帰ろう」

 人の目が気になって、セルドがそう言う。シャディンも頷いて、道路を速足で歩き、人の多い市場のある方へ向かった。市場に近づくにつれ、人も多くなっていく。今は売れ残りを最後の客に売り切るため、値引き商品が陳列され、市場も活気づいていた。皆、今日の夕食の材料にと、せわしなく歩いている。

 その中で二人は人に紛れるように進んでいた。ふと思い出したようにシャディンがセルドの方を向く。 

「セルド、東門近くへ行こう。あそこに校長の家があったはずだ」

 学校があんな状態ならば、校長はどうなっているだろうとシャディンは心配になったのだ。宮廷に参上して以来、全くアルカ校長の消息については聞いていなかった。領地改革に協力してくれた教師たちも知らないと言っているのだ。シャディンはこの際、家に行って確かめたくなった。

「しかし、我々は会ってはいけないんだぞ」

 別れ際、アルカ校長は二度と会いに来るなと念を押していた。宰相、元帥に登用されたなら、いかに親しかったとはいえ、会うことはできないと厳しく諭されていた。

「遠くから見るだけだ。校長が元気ならそれでいい」

シャディンはセルドの腕をつかんで、強い口調で言った。さすがにセルドは反対できず、結局二人で東門の方へと向かった。再び人気の少ない場所を通るので、顔を隠すようにして狭い路地を進んだ。学校から東門までは少し時間がかかるのだ。

(たしか、赤い屋根だったはず)

 二人とも学校の施設で暮らしたが、シャディンはまだ幼い頃はアルカ校長の自宅で家族同然に暮らしていた。優しい婦人、年上の兄弟。血はつながっていないのに、とてもかわいがってくれた。だから、家の場所くらいは覚えていた。

 東門近くの奥に入った場所の角地に赤い屋根が見えた。シャディンは目を見開いた。うれしい気持ちだった。幼い頃の温かい記憶が胸に流れてくるようだった。思わず駆け足になる。

「おい」

 シャディンの後ろをついてきていたセルドが声を上げた。家の入り口扉の表面に「空き家」という表示が貼ってあったのだ。

「……え」シャディンは絶句する。

(行方不明というのはこういうことか。家族もいなくなったのか)

 呆然と突っ立っているシャディンの横で、セルドはそばにある露天の店主に声をかける。

「ここに住んでいた人がどこに行ったか知りませんか」

「ああ」店主は店先に並べてある果物を追加しながら、ちらりと二人を見た。

「もしかしてアジュガ学校の生徒さんかね」

「あ、ええ」セルドの返事にシャディンが近づいて一緒に店主に近づいた。

「それなら、もうここに来ない方がいい」

 店主の言葉に二人は押し黙った。

「……殺されたんだよ」

店主は声を低くしてそう言った。

「何だって」

シャディンは声を上げた。店主は静かにするように口元に指を当てる。

「夜、武装した者に家に入られてね。翌朝発見されていた。すぐに片付けられて、もう分からないがね」

「……どうして」

セルドは悲壮な顔つきをしている。

「さあな」

店主は首を振った。それ以上は詮索しない方がいいという合図だ。

 二人は顔を見合わせた。

(国王の差し金か)

 シャディンは真っ青な顔をしていたが、だんだんと怒りで体が震えてくる。

「家族全員ですか」

シャディンはやっとのことで尋ねた。

 しかし、店主は困惑したように、背を向けて首を振った。そしてまるで何事もなかったかのように店の片付けを続けた。

「……失礼しました」

セルドがそう言い、呆然としているシャディンの肩に手をやるとその場から離れた。

「気をつけるようにな」店主はわざと聞こえるように、独り言を言った。

(まさか。そんな。あの校長が?殺される?)

 シャディンは顔を隠すように、外套のフードを深くかぶるように手で引っ張った。なぜアルカ校長が殺される必要性があるのか分からなかった。しばらく無言で歩きながら、頭を巡らせた。そして何かが閃く。

「援助者を無くすためか」

 シャディンのその言葉にセルドが目を向けた。

「まさか」

「それ以外何の理由がある」

シャディンはあたりに聞こえないように低い声で言った。

(国王は私たちを孤立無援にしたかったのだ。操り人形にするために。強力な後見人や知識人を排除したかったのだ)

 国王から見れば、シャディンたちに一番近く、援助する人間というのは校長であるアルカ校長以外知らないのだ。だから、校長の居場所を突き止めて殺した。それは、元の学校関係者に対しての見せしめでもあるし、シャディンたちへの警告ということだ。

(許せない、どうして、校長が)

 シャディンは両手を固く握りしめて肩を震えわせた。頭の中が怒りと復讐の念でいっぱいになる。まわりの景色も全く目に入らない状況で、ただ前方を凝視して歩いていた。

「悔しい」背後からセルドの独り言が聞こえた。振り返って見ればセルドがうつむいて何かをこらえていた。

二人は改めて自分たちの現状を認識させられた思いだった。アルカ校長は国王の欲望に巻き込まれ、身勝手な理由で殺されたのだ。しかも家族全員。シャディンは怒りで頭がおかしくなりそうだった。恩師を、まるで虫けらのように扱って殺したコリウス王、ひいてはコレティア国貴族に憎悪しか感じなかった。

(絶対復讐してやる)

そう心の中で決意する。今はまだそんな力はないが、いつか必ず機会は訪れるだろう。そのために登用されるまで知識と能力を磨いたのだ。この地位から去れるのは、国王が安定した権利を所持できた時のみ。それは今権力をほしいままにしている貴族を抹殺することだけでしか達成されない。正直、アルカ校長の仇である国王の言うことなど一切聞きたくもないが、今はどうしようもなかった。まずはコリウス王の望むまま動き、そして彼の望みがかなった時、仇を打つしかない。

「こんな、こんな奴らの言うことを聞きながらこれから生活していけと?」

 震える唇でシャディンが言った。東門から離れ、馬を預けてある市場の方へ再びもどろうと二人は歩き始める。

「……気が狂いそうだ」

 セルドは嫌悪感をあらわにした顔のままそうつぶやく。目の前にずっと仇の顔があり、それが好きなように自分たちに命令してくる、そんな生活が始まるのだ。

 しかし、現実は、嫌でも仇のもとで命令に従い、動かなければならない。自分たちがヘマをして失脚し殺される方がアルカ校長は悲しむだろう。

「これ以上ここにいてはいけない。早く帰ろう」

 セルドの言葉にシャディンは頷いた。二人はすれ違う人に顔を見られないように上着の襟で隠しながら、都の道を突っ切り、馬を止めた場所へと急いだ。

  

 夏の終わり頃、コリウス王から新しい宰相、元帥に宮殿に参上するよう命令が下った。二人が登用されて半年が過ぎようとしていた。

 謁見の間には数名の護衛が左右に侍り、王座に国王が大儀な様子で座っていた。

「本日は、私どもをお召しいただき、恐悦至極に存じます」

 そう言って二人は最大限のお辞儀をし、その場にぬかずいた。地位は与えられても、国王からすれば平民ふぜいである。大げさなくらいへりくだる必要があった。

「うん」国王は満足げにひげを軽く触りながら横目でちらりと二人を見下ろした。

(お人形のようだな。まあ、面白いものだ)

 身分の低い者が似合わない豪華な衣装で格好をつけ、中身がないまま登用されているのがひどく滑稽に思えた。

(まずはこの二人から使っていき、これからこの国を私の手に戻していくか)

 自分の下に跪いている二人の恰好を見ていると、まるで下段の先に這いつくばって震えているように感じて、なんだか、コリウス王は愉快な気持ちになった。

「お前たち、やっと官署が使えるようになったぞ」

 宰相の管轄する宰相府、そして元帥が管轄する元帥府がやっと明け渡されたのだ。最後まで館を出なかった貴族達を無理矢理出すことができたのは、金と暴力の力だった。

(メレル家め。本当に国王を愚弄しておる)

 食いしばった歯を指で搔きながらそう思う。宰相の座と元帥の座は明け渡すが、財務を管轄する担当官だけは替えないと引き下がらなかった。国の財政だけは手中に収めておきたいのだ。宰相と元帥は重要な職であり、国の二強だが、力の無い平民が担うならそのうち亡き者として再び取り戻すことができると踏んでいるのだ。

(こいつらがいつまで持つかわからんが、使える間は、私の言うなりの人形でいてもらわなければ)

 そう思いながら、二人を睨むように見つめる。

「今日から仕事に励むがいい」

 机の中は空でも二人が座る場所はあるのだ。それだけでいいはずである。分からなければ王自身が指示を出してやればいいではないかと思った。

「陛下、大変恐縮ですが、私どもから一つお願いしたいことがあります」

 突然宰相が口を開いて顔を上げた。返事の代わりにコリウス王は目を見開いて軽く頷いた。

「平民であった私どもをこのような地位に就任させていただき、身に余る光栄、心より感謝を申し上げます。ただ、その職に就く時、私どもに何も力がなければ、ただ日々をのうのうと過ごすだけとなり、陛下のご期待に添えず、何ら成果を上げることができないことを心より憂慮しております。そのため、元帥とともに一つだけ陛下にお頼みしたいことがあります」

「どんなことか」一つだけということに国王は気を良くした。

「一筆したためていきたいのです」

「ほお。どんなことか」

「職務に関することは私どもに一任すると。それに反する者は自由に処分してよいと」

「なに」国王は眉間にしわを寄せた。

「私どもは平民でした。机に座るだけで、権威のない私たちの言うことを官吏が聞きますでしょうか。大きな政事については陛下の裁断を得ます故、一筆いただけると助かります」

「ふん」

 コリウス国王は鼻先で返事をした。

(まあ、卑しい身分である以上、そういうこともあるか)

 国王は二人の実力を過小評価していた。かわいそうな無能の子供にたった一筆書いてあげようと考えたのである。

「心よりお願い申し上げます」

 二人が頭を上げるのを心地よく見下ろしながら、側近に筆記用具と紙を持ってくるよう指示を出した。そして宰相と元帥それぞれに一筆したためたのだった。

「陛下のご厚意に深く感謝申し上げます」

 二人は大事そうにその紙を受け取ると深々とお辞儀をしてその場を辞した。


 王宮の中には行政府があり、そこは宰相府や元帥府その他高級官僚が一堂に集まって会議をする場所だった。宰相府はそこから程近い、王宮のすぐ南西に位置する場所にあった。

 シャディンは王から渡された「宰相府のことについては宰相に一任する」と書かれた紙を綺麗に折りたたむと服の中に丁寧に仕舞った。そして宰相府に入って行く。宰相府の中には多数の官吏が仕事をしていた。玄関から端正な顔つきをした若者が中に堂々と入り、最上階の宰相の執務室へ無言のまま向かう。途中ですれ違う官吏が驚いたように彼の後姿を振り返る。

 シャディンは誰にも挨拶をせずに、執務室に入った。机の上には何も載っていない。室内には秘書官らしき男性が茫然と突っ立って、いきなり入ってきたシャディンを穴が開くほど眺めていた。

 シャディンはちらりとその秘書官を見つめる。

「宰相の執務室はここですか」

「はい」

「机はどれですか」

「目の前の机ですが…」

 その返事を聞くと、シャディンはその机に座った。そして引き出しを開け、中身が空っぽなのを確認する。そして、シャディンは何もせずに椅子に座り、黙って休息をとるように目を閉じた。

 しばらくして、廊下からばたばたと多数の足音がしてくる。不満を持った官吏たちだった。肩を怒らして執務室に入り、宰相の机に座っている淡い紫色の頭をした若者を睨んだ。

「あんたが、新しい宰相っていうのか」

「そういうあなたはどなたか」

 シャディンは座ったまま微動だにしなかった。目だけその男たちに向けた。

「俺たちは、ずっとここに務めてきた宰相府の官吏だ」

「それで、何があったのか」

 シャディンの質問に彼らは失笑した。

「あんたなんか宰相と認めない。さっさと出て行ってくれ」

「私に何を言っているのか分からないね」

 シャディンは立ち上がった。そして何十人と入ってきた男たちを睨み返す。彼らは全員入りきれずに、扉を開けたまま廊下まで人が並んでいた。

「分からないだと、頭が悪いからだろう」

「王が何を言ったかしらんが、お前みたいなやつの命令など聞けるものか」

「宰相の仕事など何も知らないくせに仕事できるわけがない」

 彼らは口々にシャディンを罵倒した。今まで貴族の箔付きで宰相の座についていた官僚しか知らないのだ。平民を適当に選んで王が任命したと言われて、素直に従えるわけがないと思い、平民風情に仕事などできないと馬鹿にしていた。

「私は王から任命された宰相である」

 シャディンは彼らの文句を無視して高らかにそう言い放った。

「……」

「あなた方から任命される宰相ではない」

 一切自身の任命に対する官吏たちの不平は聞かないとシャディンは宣言していた。

「俺たちがいなけりゃ、仕事なんかできやしないくせに」

「机の中を見て見ろよ。何も入っていないんだ。仕事することもできない」

 彼らはシャディンを指さして笑った。シャディンは一切動じないばかりか、冷淡な表情で口を開いた。

「何を言おうとかまわない。私の言うことを聞けないというのなら、辞めてもらって結構。出て行ってくれ。あなた方は宰相府には要らない」

「何を、辞めさせる権利などあるわけない。俺たちは国家資格で入ってきたんだ」

 官吏の一人が勝ち誇ったように言った。シャディンはおもむろに服の中から紙を出す。そしてそれを彼らに見えるように広げた。

「陛下から私に委任していただいた。宰相府のことは宰相に一任すると。ここに直筆の書面がある。私はこれに基づいて、私に従わないものは辞職してもらうことにした」

「なんだと、そんなことができるのか」

「私が宰相であることが不満な者は名乗り出てくれ。名前を聞き、罷免する」

 シャディンは高らかにそう宣言した。


 セルドの赴任する元帥府は宮殿の東に位置していた。元帥府は特殊で、軍人養成所も兼ねているので、広大な練習場が隣接している大きな施設だった。

 シャディンと宮殿の門で別れ、セルドは自分の剣と大太刀という柄の長い太い刀の2つがあることを確認すると、ダンを走らせて元帥府へ向かった。門から中に入ると、多数の軍人が驚いたようにセルドを見上げた。元帥府の建物の横に大きな鍛錬する広場がある。そこにほとんどの軍人が出てきて、互いに練習をしあっていた。セルドは建物に入らず、ダンをその広場のところへ向かわせ、一段高くなっている舞台のところへ近づくと、ダンから降り、その舞台へと上がった。

 舞台に上って指揮するのは上官だと決まっていた。

「おいおい」

 見知らぬ青色の髪の若者が勝手に舞台に上がったので、皆練習を止める。一人の上官が止めようとセルドのところへ走ってきた。

「おい、お前、そこは指揮官が立つところだぞ」

 セルドはその言葉に笑顔を返し、無言のまま指揮官の立つ真ん中へ足早に向かう。

「私は、新しく元帥になった、セルド・レビィンである。王命により、元帥府のすべての権限は私のものとなった」

 そう言って剣を抜き、高らかに上に掲げる。それは戦闘を意味する行為だった。広場にいた者たちは皆驚き、セルドに注目する。

「今日から、私の命令は絶対だ、従わないものは出て行ってほしい」

 セルドのやさしい口調に、皆若者の戯言とばかりにニヤニヤしながら舞台に近づいていく。

「おぼっちゃん、世迷言は言わないがいいよ。大人しく家に帰りな」

 屈強な男たちが舞台のそでに近づいて笑った。防具をつけていないどこの者ともしれぬ平民出の若者など取るにたらないと思っていた。セルドは彼らに笑顔を返す。

「私の言うことを聞けないというのなら、一度戦おう。私が負けたら、元帥を辞める。それでいいか」

 そう言ってセルドは剣をすっと横に動かして、舞台のそででニヤついている軍人たちを見つめた。

「はあ?何を言っているんだよ。負けるわけがないだろう」

 一人が馬鹿にしたように、手元の剣を抜いて、セルドにいどみかかった。すると、セルドはさっと剣を振り、相手の攻撃をかわして、男の背中に剣の刃先ではなく、平たい部分をパンと当てて大けがをしないように叩いた。

「いてっ」

 男は背中をかばうような格好で逃げるように舞台から離れた。

「本気で戦ったら死にますよ。死にたければ、私はあれを使ってもいい」

 セルドはそう言ってダンの方を指さす。そこには大太刀があった。軍人たちは息を飲む。

「さあ、どんどん挑んできてくれたまえ、私は勝つ自信があるから」

 セルドは余裕のある笑顔を見せた。そして楽しげに剣を高らかに掲げると、次はだれかと見回した。


 8

 宰相邸での毎日やる事はほぼ決まっていた。私は毎日のルーティーンに慣れて、だんだんと飽きてきた。朝日が昇る前に起床、シャディン様が起きる前に炊事や部屋支度をする。シャディン様はだいたい一人で支度をするので、着替えて部屋から出てきたところを、お声がけして食事の案内をする。

 朝食を召し上がった後は、出勤のお手伝いをして、お見送りをする。主人の居ない邸では、掃除をする。そして夕方戻ってきた頃に、身支度のお手伝いをし、希望を聞いて、浴室、お食事のご案内をする。就寝するまで様子を見て、部屋が暗くなったら、自分の部屋に帰って好きなことをして寝る。

 とまあ、いわゆるお手伝いさんの仕事だ。執事の職も兼ねているので、主人の指示があれば、領地のことや家の会計についてあれこれ手続きをすることも必要なのだけれど、その指示は今のところ一切無い。そういう意味ではなんだか、召使いという範疇内の仕事だけで、自分の存在意義がちっぽけな感じがして決まり悪い。

 社会人の頃、営業が多く、総務や秘書とかしていなかったから、こういう気遣いが必要な職務が私は苦手だ。ただ、シャディン様は仕事にしろ、生活にしろ、かまうことを望まないので、最低限で済むから楽だった。それに私に個人的な話をすることもない。着替えと手水を寝室に置いておけば、基本自分のことは自分でやってくれる。食事も好き嫌いなく、細かく指示されることもない。それに、親しい貴族もいないので、客人もいない。たまにセルド様が訪れるくらいだ。

 春の終わり頃、様子がおかしい事があった。その日、シャディン様は夜遅く帰ってきた。珍しく、その時の様子は尋常ではなかった。

 いつもなら、邸に帰ってきて愛馬の白馬カオンを使用人に託すと、出迎えた私に軽く挨拶をして夕食にするか沐浴するか話すのに、あの日はカオンを託した後、無言のまま、私やジジすら目に入らない様子で足音荒く2階の書斎に向かった。私とジジは困惑して目を合わせたけれど、そのまま放っておくわけにもいかず、二階の書斎に向かい、ドア越しに希望を尋ねたら、「何もいらない、今日は放っておいてくれ」と荒々しい返事だった。

 冷静沈着という表現がぴったりなシャディン様の異様な様子に私とジジはその日の夜は一切接することを止めた。

(何かあったことは間違いないけれど、きっと相当悪い話だわ。もしかして、子供の頃描いた物語にあった場面かしら)

 細かい事はよく覚えていないから、ストーリーを懸命に思い出そうとしたけれど、この世界でそれ通りに話が進んでいるか分からないからひとまず、考えないことにした。

 ただ、尋常じゃない様子はあの時だけで、その後はいつもと変わらず、そして王宮から出仕するよう命令が下った後から今日まで、政務に従事しているから、非常に忙しい様子だ。

 シャディン様は朝食後に出勤して、夜は深夜になることもある。まるでブラック企業だ。宰相の仕事が膨大に違いない。

 この国の行政は古代のそれと似ていて、宰相は、国王の施政のほとんどを担っている。法の整備、国民の統治、税の収集。税金の使い道だけは財政長官が握っていて、シャディン様の担当に入っていないようだけれど、セルド様がしている軍事関係以外はすべてシャディン様のお仕事だ。だから非常に忙しいはずだ。

 夜中、もう日付が変わったと思われる頃、私は小さなガラス窓から夜空を眺めながら豆茶を飲んだ。

 ガラスはこの世界では貴重だ。精製技術があまり進んでいない。だから外を見ても少し屈折している。レトロな感じで素敵と思う反面不便だ。シャディン様はこのガラスや鏡の最新技術を輸入し、領地で生産できるよう手配している。どこで技術者を雇ったか知らないけれど、小さな土地ではこういう技術で収入を確保することがベストだと踏んだのだろう。

 私は最近、夜寝る前にこっそり武術の練習を始めた。シャディン様もセルド様も命を狙われることがあるはずだ。この邸で何が起きてもおかしくはない。将来を考えると絶対身を守る能力は必要だと思った。私自身の実力はたいしたレベルではないけれど、体を動かしておかないと、いざって時に何もできないと考えたのだ。

 運動後に部屋に戻る。ジジと同じ召使いの共同部屋だ。ジジは寝息を立ててよく眠っている。同部屋の人間がまだ起きているのにいつも熟睡できる彼女がうらやましい。

 湯飲みを片付けに廊下に出て厨房へ向かった。もう冬の始まりだった。シャディン様がこの邸に来てからあと少しで1年近くになる。ヒンヤリとした空気を新鮮に感じながら、厨房のドアを開け、湯飲みを水洗いする。水が冷たい。まあ、この世界では給湯器もなければシャワートイレもないのは当然だけど、不便だなとつくづく思う。

 湯飲みを水切りに置くと、廊下に出た。シンとした邸内。この邸は10LDKという形になるのか。貴族の邸にしたら非常に小さい。主人1人、召使い2人、使用人2人、厩管理1人と、住人は全部で6人。料理人だけ通いで邸に来ている状態だった。貴族としたら最低限の住居スタイルだ。セルド様のところも似た環境だから、同じだ。

 ゴトッ

 音がした。二階からだった。二階は主人の住居スペースなので、私はとっさに手燭を灯し、あたふたと階段に向かった。一階の玄関フロアから二階につながる階段をそっと上る。動物でも入ったのか、シャディン様が何か落としたのか。廊下に上がった時、すでに二階は静かだった。音の出所は分からないけれど、シャディン様が寝返りを打った時に何か反射的に落ちただけなのかもしれなかった。

(心配無用か)

 私は様子を見るために、2階の廊下を足音を立てずに少し歩いて、降りるために階段へ向かった。

「誰だ」

 背後の扉が開く音とともにキラリと光るものが見えた。私はとっさに防御の姿勢を取る。

「君か」

 目の前に現れたのはシャディン様だった。手にはナイフが握られている。

 物騒なものを目にした私は当惑顔で硬直したままシャディン様を見つめた。

「何事だ。こんな夜中に」

 それは私の台詞だと思いながら、私は乱れたスカートの裾を直しつつ、灯りを掲げた。シャディン様が出てきた部屋は寝室だった。開けられた扉の奥には壁机の上の照明が煌々と光っている。

「物音がしたものですから、何事かと思いまして」

 シャディン様は猜疑心の塊のような眼差しで私を上から下まで見た。そして軽くため息をつく。

「刺客かと勘違いした。まあ、ちょっと部屋に入ってくれないか」

 そう言ってシャディン様は扉が閉まらないように手で押さえたまま私に中に入るよう促した。

(刺客ですって?)

 私は思いがけない言葉に驚き、躊躇しながらも、寝室に入る。

 ベッドの寝具は全く乱れておらず、それから察するにシャディン様はずっと机で仕事をしていたようだった。

「こんな遅くまでお仕事ですか」

 前の世界ではあるあるだけれど、ここでもそうなのかとなんだか諦めの気持ちでそう言った。

「沢山あるのでね」

 感情のこもっていない声が返ってきた。シャディン様はナイフを鞘に仕舞うと、机の端に置いた。そしておもむろに私の方を向いて口を開く。

「前から尋ねたかったのだが、あなたは夜、一人で稽古しているようだが、あれはなぜですか」

「えっ」私は絶句した。

(見られていたの?庭の隅でこっそり武術の練習をやっていたのに)

恥ずかしくて思わず下を見る。シャディン様はうつむいて動かない私の手から照明を取ると、ベッドの脇机に置いた。部屋が全体的に明るくなる。

「あなたが、もともとこの邸の令嬢だったと聞いています。貴族の令嬢があのような稽古をするものだろうか。どういう理由なのか気になったのです」

 言葉は丁寧だが、言外に冷たい響きがあった。きっと私を疑っているのだろう。

「それは……、護身のために」

「護身」シャディン様の声には不信感がにじみ出ていた。

「貴族の身分を追われた後、将来を考えて両親に頼み、先生を呼んでもらい、習ったのです」

「そこまでして…?」

驚いたようにそう言うと、シャディン様は私から目をそらし、窓から暗い庭を眺めるように遠くを見つめた。

「あなたは自分の育った邸に平民がやってきて、主人のような暮らしをしていれば、気分がいいものではないでしょう」

「えっ」私はシャディン様の美しい横顔を見つめた。考え込んでいるようで、どこか悲しげに見えるその様子がなぜだかきれいに見えるのはやっぱり顔のせいなのだろうか。

「普通は、嫌な気持ちになると思いますよ。追い出してやりたいとか、復讐したいとか」

 シャディン様の言葉に私は両手を思わず握りしめた。

(そうか、そう感じていたんだ)

私は彼の私に対する印象がどんなものか初めて理解した。

「違います」

「違う?」疑うような眼差しが再び私の顔に注がれる。確かに彼の気持ちになれば、そう受け取るのも仕方ないとは思う。けれど、私の事情は全く違うのだ。

「私が憎むのは国王です。それとメレル家。私や姉を追いやったのは彼らです。シャディン様ではありません。逆にシャディン様も被害者です」

 私は淡々とそう説明した。それは本心だった。彼が疑うのは勝手だけれど、私も考えがあるのだと言いたかった。

「……」シャディン様は目を見開いた。その瞳には驚きが表れていた。

「護身術を習ったのは将来のためです。だって、ここが危険になるかもしれませんし、私だって狙われることがあるかもしれないでしょう。将来、私が身一つで放り出された時、誰が守ってくれるんですか?私自身だけじゃないですか。女一人でも生きていけるようにしたかっただけです」

 私の説明は熱を帯びたようになって、まるで私の過去と未来の境遇を主張しているかのようだった。

「……そう」私の剣幕にシャディン様は圧倒されたのか、少しのけぞったように見えた。

「疑われても仕方ありませんが、私自身のためです」

「あなたのため」まだ疑っているような口ぶりでシャディン様は返事をした。

「はい」

「あなたは、将来貴族の生活に戻りたいのではないのですか。いつまでもこのような召使いのようなことはしたくないでしょう」

「まあ、召使いの仕事は好きではありませんけど」私は自嘲気味に苦笑いしつつそう切り出した。

「でも、貴族も嫌なんです」

「貴族が嫌」

オウム返しにシャディン様は言った。私は頷く。

「性に合わないのです。昔、ある人から言われたことがあって、『君は愛情たっぷりに家族に育てられたのだろう。だから嘘をつくことができないし、すぐ顔に出る』って。息を吸うように嘘を話すことができるのが貴族です。私はそれができないんです。お上手を言うことができないのは貴族として立ち振る舞いに問題があると思われます」

 シャディン様は私をただじっと見つめていた。その瞳からはいつの間にか猜疑心が消えていた。

「小さい頃は両親と、大きくなってからは姉と社交界には出かけましたが、気分が悪くなるだけでした。みんな仮面を被っているようで、そこでうまく立ち回ることができないのは、自分でもよく分かっているんです」

 その通りだった。私は大学卒業した後、大きな企業に就職した。先輩のつてでなんとか入れてもらったおこぼれのような就職だったけれど、そこで、採用1年目の時、定年間近の専門職の上司から飲み会の席で言われたのだ。

「岩倉さんは、いいとこのお嬢様なんだろうねえ。両親が優しくて、学生時代もいい友達が多かったんだろうね。でもね、世の中、そういう人ばかりじゃないんだよ。子供の頃から嘘をつくよう教わる人もいる。生まれた境遇で、正直になれない者もいる。だから、人を見た時に皆が皆本当のことを言っていると思ったら足をすくわれるよ。将来のために自分の行動を考えた方がいい」

 あれは、飲み会の戯れ言かと思っていたけれど、あの上司の精一杯のアドバイスだったのだと後になって分かった。私は馬鹿だったと会社を辞めるときにそう思った。子供の頃から正直がいいとか、親切がいいとか、人のためを思ってとか、教わったけれど、実際は違っている事が多い。私は育った時にいい人とばかり出会ってしまっていた。世の中はそういう人が少ないというのに。

 私は昇進も人付き合いもうまくいかなかった。なんだか思い返すと情けないと思う。でも、これは性分だから今更替えようがないことだった。

「そうですか…」

やさしく息を吐くようにシャディン様は返事をした。否定はしなかった。少し同情を誘うようなことを言ってしまったかと私は後悔したけれど、シャディン様の様子から嫌悪感は見えなかった。

「お恥ずかしい話です」

私は自分のことを話し過ぎたと反省した。貴族らしからぬ女なんですと宣言したようなものだった。嘲笑されてもしかたないと思った。

「いや、そんなことはない。責めるようなことを言って申し訳なかった」

シャディン様はそう言って私に頭を軽く下げた。私はとんでもないという感じで必死に彼を制したけれど、彼は笑って受け流した。

「あなたの人となりが分かって安心しました。これからご迷惑をかけるかもしれないがよろしくお願いします」

 そう言って笑顔を見せたシャディン様がひどくきれいに見えて、私は思わず赤面した。この世界に特殊な淡い紫色の髪と瞳、それだけで特別感があるのに、美しいのだから、感情が無くてもドキドキしてしまう。

 あわてて部屋を辞して出てきたけれど、胸がドキドキして階段を降りる足が震えた。

「何かあったの」

 部屋に帰るとジジが起きていた。いつもなら熟睡している鈍感なジジも何か感じ取ったに違いない。

「ちょっと、廊下うろうろしていたら、シャディン様に注意されたのよ」

 事実だけど、半分は嘘だ。ジジは大きくため息をついた。

「だめよ、夜中にご主人様の寝室の前をうろうろしたら。変な誤解を生むわ」

「はいはい」

 ジジの言う変な誤解は、主人に恋い焦がれて夜中に寝室に近づくという意味だ。私には無縁の行動だと思う。

 私はベッドに横になると、布団を被った。とりあえず、誤解は解けたし、私が味方だということは分かってくれたようだ。安心したら急に眠気が襲ってきて、私は眠ってしまった。



第1章はすでに2026年10月5日にすべて一気に投稿したものですが、改めて分割して投稿しなおしております。

次回は第2章 ナルハラ国 1,2です。

次回、とうとうシャディンとセルドはコリウス王から攻略するよう求められる。それは南国のナルハラ国だった。

第1章は主人公のサルビアと、メインの登場人物との出会いを描きました。

この小説はすでに完結までできあがっています。作者として初めてこちらでファンタジー小説として投稿するので緊張しながら適宜文章を修正しながら少しずつ投稿していきます。

これからもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。