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空の名残  作者: 多木 葉
第1章 サルビア・コルトー

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4/9

第1章 サルビア・コルトー 5,6

第1章の5,6話

シャディンとセルドは王に直接登用された後、それぞれ邸に住むことになった。登用されたとは言え、出仕は認められず、二人は領地を確認し、基盤を固めることを考えるが…。

5

 春先に私と姉は、シャディン様とセルド様を伴って領地へと向かった。私と姉も馬に乗って従う。だから4頭で街を歩き、郊外へ向かった。先頭に白馬のカオンに乗るシャディン様、その隣に黒馬のダンに乗るセルド様、その後に姉がいる。そして一番後ろが私だった。

 ほんのり薄雲が流れている水色の空に、短い新芽をたくさん出している草原の中を小さい道に沿って4人で進む。都のパルフを出ると、すっかり田舎町だ。ところどころにしか家はない、そして貴族が統治する領地を縫うように小さい道が作られている。それを北西に向かう小さな小道を進んでいた。

目の前を見るとどうしてもシャディン様の白馬のカオンに注目してしまう。

(本当に美しい馬ね)

 一切斑のない白馬。目の色は少し赤みがかった茶色。たてがみは長く、乗るときに邪魔だからと美しく編み込みにしてある。尻尾の先まで優雅な曲線を描いていて、見ているだけで幸せな気持ちにさせる綺麗な馬だ。しかも性格が従順でおとなしい。見事な馬具をつけて、正装したシャディン様が乗れば、もうどこかの王子様としか思えない。今は領地に行くだけだから、ごく普通の外出着だけれど、それでもきれいな顔立ちに特異な淡い紫の髪が上品に見せて美しく映える。

それに対して、セルド様の馬のダンは真逆で、全身漆黒で目の色は青みがかった黒、ひどく野生的で気が荒い。たてがみは荒々しい剛毛で、短く切りそろえている。そして近づく人間をすべて警戒する。唯一、セルド様だけに懐いている。そんな雄々しい馬に重厚な黒革で作られた馬具をつけて、甲冑に身を包んだセルド様が乗ればまさに軍神とした姿になる。もちろん、セルド様も今は普通の外出着だからそうでもないが、それでも特別な雰囲気を醸し出していた。

(私は物語の主人公を双璧のような美男子二人にしたかったんだった)

 ふと描いた当時を思い出した。子供なりに、理想的な人を思い浮かべて、歴史小説の中のヒーローってそういう感じになるんだと思って描いていた。書き始めたのは小学生、最後を書いたのは中学に入った頃だった。完璧な男性像を想像して戦記物を描くのは楽しかった。

(あれは想像で描いたもの。今の彼らは生身の人間なんだから)

 私は一番後ろをついていることをいいことに、大きくため息をつく。夢と現実は違うと自分に再認識させた。

私の両親の家までは馬で約3時間の道のりだった。早朝に出かけ、お昼前くらいには到着した。馬をけしかけて早く行くのではなく、途中景色を見たり、休憩したりしたので、そのくらい経っていた。

懐かしい両親の邸に到着すると、姉が先に馬から降りて、家の玄関へ走っていく。シャディン様とセルド様はそれを見て、ここが邸だと分かったのか、ゆっくり馬を降りていた。改めて家を見ると、本当に小さな邸で、今の宰相邸に比べてもひどく小さい。これでも貴族のカントリーハウスなのかと思われているだろうと想像してしまう。

「まあまあ、遠いところから、ありがとうございます」

 玄関から姉に案内されて両親が出てきた。ひどく緊張しているのが見ていて分かる。娘たちが仕える平民出の高級官僚なのだ。どう対応すればいいのかまだ迷っているのだろう。

「もっと早くご挨拶に訪れたかったのですが、遅くなり、申し訳ありません。私は宰相を任じられたシャディン・フィルと申します」

「私は元帥に任じられたセルド・レビィンと申します」

 お二人は丁寧に私の両親に頭を下げて挨拶をした。両親は顔を赤くして恥じ入るように挨拶を受けていた。

「私どもは、執事をしている娘たちの父で、セローム・コルトー、妻はメリアです。本日はようこそお越し下さいました。さあ、お昼を用意していますので、狭い場所ですが、どうぞお入りください」

父が簡単に挨拶をした。使用人や召使いが出てくるわけでもなく、両親自ら出てきて、お二人を案内していた。そして姉が召使い代わりに先に家の中に入って、広間へといざなっていった。

 私は馬の手綱をひっぱりながら、4頭の馬を近くの塀にそれぞれ繋いでいく。近くの大きな木を見上げると若葉の透けるような緑が、水色の空に映えていた。

(もうすぐ春ね)

 なんだか自然と口元がほころぶ。

「サリィ、早く来なさい」

 遠くで母の呼ぶ声がした。私はあわてて玄関へと走って行った。


 昼食会は和やかに進んだ。地元で採れた野菜や果物を使ったご馳走が出てきた。そして近所の人の厚意でもらった肉を使った特別な料理も出た。マムが気合を入れて料理人と一緒に作ってくれたらしい。

 シャディン様とセルド様を上座に座らせて、楽しく歓談をした。両親もお二人が謙虚な態度だったからか、すっかり気に入った様子だった。

「まだまだ未熟な娘たちですが、精いっぱいお邸の管理やお手伝いをしますので、よろしくお願いします」

 父は恥ずかしそうに私たちを見つめながら言う。言われるこっちの方が恥ずかしくなるくらいだった。

「いえ、私は邸に到着した時からご迷惑をおかけしているばかり、大変お世話になっております」

 シャディン様は怪我したことまでは言わず、ただそう言って私を褒めてくれた。

「こちらの方が全く知らぬことばかりなのです。逆に教わることが多いと思います」

 セルド様もそう言った。言われていた姉は少し顔を赤らめて恥ずかしそうにうつむく。私は初めて見る姉のしぐさに当惑してしまった。

「ここまで来たのですから、領地を簡単に見てきてもいいでしょうか」

 食事を終えて、最後の飲み物を飲み干すと、シャディン様はそれが一番の目的だったとばかりに、そう切り出した。

「ええ、小さい領地ですから、あっという間に回ってしまうでしょうが、どうぞどうぞ」

 父は地図を手に、椅子から立ち上がると、シャディン様とセルド様の間にその地図を置いて、道の進み方などを説明した。

 コルトー家の元領地は、いわゆる猫の額のように極小の土地だ。中に小さな小川が流れていて、これはコレティア国の主流の大河フィール川の支流となっている。そして丘陵地帯なので、穀物を育てるには不便だった。だから、皆野菜や果物を適当に植え、川沿いのわずかな平地部分に穀物を植えている。そんな有様なので、収穫というものは非常に少ない。皆日々の生活で精いっぱいだ。両親も気がやさしいので、領地の住民に重税や上納を求めず、昔から仕えている人が邸近くに畑を作り、その収穫物だけで毎日を過ごしている状態だった。

(まあ、本当の貧乏の貴族ってことね)

 ドレスと言えば、新しいのを新調できず、いつも古いものをなんとか流行に似せて作り変えるくらいしかできなかった。姉に懸想した貴族が時折、立派なドレスを送ってくるけれど、それはすぐ換金されてしまう有様だった。

「それでは出かけてきます」

 領地の説明を受けたシャディン様が立ち上がると、一緒にセルド様も立ち上がる。私も一緒に行かねばと椅子から立ち上がると、シャディン様が手で制してきた。

「セルドと二人だけで十分だから」

 シャディン様はまるで二人でないと困るというような口調だった。きっと内緒の話をするに違いない。私は微笑んで椅子に座りなおす。

(きっと現状を見ながら、領土改革を相談するんだわ。二人だけの方が気楽だし、思ったことを言えるものね)

「お気をつけていってらっしゃいませ」

 玄関まで見送ったのは父だけだった。母は二人がいなくなるのが待ちきれなかった様子で、扉が閉まる音がした途端、目を輝かせて私たちを見た。

「んまあ、いい方だったわね。安心したわ、お母さん」

 まるで乙女に戻ったように、機嫌よくうきうきしている。

「お母様ったら。そこまで意外だったの」

 私はため息とともに言った。

「もちろんよ。平民から抜擢されたと聞いて、かわいい娘を務めさせるのに本当に心配していたのよ。それが、見て、きれいな顔立ちに上品で、それに作法も上出来だったわ。お母さんうれしくなっちゃって」

 母の正直な感想に私は目を丸くする。姉は横ではにかんだようにうつむいていた。

「そんなにはしゃぐもんじゃない。将来はどうなるか分からないのだから」

 玄関から戻ってきた父だけが現実的な発言をしてきた。私は思わず苦笑いした。


 6

 シャディンは自分がどこで生まれたのか知らない。

 母の話では、母の居た村に来た旅芸人の一行の男が父親らしい。母は村一番の美人だったので、領主の息子から求愛されていた。しかし、母はその旅芸人の男に恋をし、彼と駆け落ちをしたそうだ。

 だから、シャディンが物心がついた頃には、すでに母と二人で生まれ故郷ではない場所で保護されていた。その場所で知り合ったのがカイ先生だった。その後、カイ先生に連れられてコレティア国の首都パルフで3人で暮らした。そして母が亡くなると、カイ先生はアジュガ学校のアルカ校長を紹介し、シャディンは学校の寮に入り、学校に通うようになった。

今思い返すと、全く父の顔を知らず、いつも自分を抱きしめ、悲しげに見つめる母の面影ばかり覚えていた。だからはっきり愛情を与えてくれたのはカイ先生とアルカ校長で、アルカ校長は幼くして親を亡くしたシャディンを家族ぐるみでかわいがってくれていた。

 幼少期から学校に通っていたせいか、シャディンは成績がよかった。特に試験というものはなかったが、どの授業もよく理解し、先生の質問に答えることができた。学校は近隣の住民の子供から、金持ちの子弟まで来ていた。コレティア国の中で優秀な私塾としてアジュガ学校は有名だった。シャディンはアルカ先生に保護された孤児なので、授業料は無料だった。だから、時々、高額の授業料を払う子供に嫌みなことを言われることがあったが、持ち前の頭の良さ、そして武術の強さで難なくかわすことができた。

 セルドはシャディンが10才くらいになった時に学校に入ってきた。セルドは遠い国の戦争に巻き込まれ、両親を失い、このコレティア国までやってきたと聞いた。似たような境遇だったからか、シャディンはセルドとすぐ仲良くなった。驚いたことに、セルドは武芸に秀でた部族の生まれらしく、学校の武術の先生がセルドのあまりの能力の高さに舌を巻き、教えることができないと言っていた。シャディンはそんな親友をとても自慢に思っていた。

 そんな二人は学校で出会ってからずっと一緒だった。同じ寮に住み、同じ授業を受け、空いた時間にはたくさん話をした。それは楽しい日々だった。

 ところがある日、登用という突然の王命が下った。

 それからは、明るく楽しかった学校生活が一気に暗いものに変貌した。毎日なぜ自分たちなのかと自問自答した。アルカ校長もその他の先生も非常に同情してくれたが、その登用という命令が覆ることはなかった。

(私たちが一体何をしたっていうのか。全く関係ないのに)

 命令を下したコリウス王とその原因を作った貴族たちを心の底から恨んだ。学校で学び、将来静かに暮らそうと平凡な夢を抱いていたシャディンに、天から突然裏切られたような理不尽な命令だった。正直、宰相や元帥になりたい人間は平民に山ほどいるだろう。その人たちにやらせばよかったのだ。なぜ自分とセルドなのかと悔しく腹立たしかった。

 シャディンは、学校での最後の日、左腕を切られ、刺客を殺した夜、出血が多く、意識が朦朧としていた。今はあの時の傷の手当の激痛しか覚えていない。

翌日の早朝、王宮に行くために無理やり起こされた。体は悲鳴を上げていた。こんな状況にまでされて行かねばならない事実にシャディンは強い嫌悪感を覚えた。こんな自分の運命を呪うしかなかった。

体調が思わしくない中でなんとか、カイ先生から渡された謁見用の豪華な衣服を着た。左腕の傷口の鈍痛が続き、気分が悪くなりそうだったが、謁見が終わるまでは何とか耐えなければならなかった。

 アジュガ学校を去る時、最後に離別の挨拶をするため、セルドと二人で馬に乗り、振り返って見た光景がシャディンは忘れられない。門の近くでアルカ校長やカイ先生が黙って手を振りながらただただ悲しげに自分たちを見つめていた。

「もう、戻れないんだよな」

 セルドが、先生たちに背を向けるとつぶやくように言って、悲しい顔をした。お互い気持ちは同じだった。宮殿に参上する馬上の二人は目立ち、通りを進むと民衆が彼らを見上げながら羨望のまなざしを向けていた。平民から天上の人になる若者。それだけ運や才能に恵まれた人なんだろうと思っている視線だった。

 宮殿の入り口の衛兵に身分と理由を告げると門を開けてくれたので、二人は入って行った。その門は二人にとって冥界の門のようなものだった。入ったら地獄。そして出られない門。心が暗くなるばかりだった。

シャディン達は衛兵に案内され、王や貴族の侍る謁見の間に向かった。そして扉を開けて中にはいる時、シャディンはひどく緊張するかと思っていたが、腕の痛みに耐えるのに必死でそれどころではなかった。ただ、玉座に近づくにつれ、殺気立った目線に気づいた。知らぬふりをして視線を合わせるのを避けたが、上位の貴族の若者だということだけは分かった。

(なるほど、こいつが私たちを殺そうとたくらんだ貴族か)

 シャディンはすぐに分かった。あのメレル家の者だ。二人ともアジュガ学校で今の国の現状を学んでいた。当然どういう貴族がいて、どういう利権がはびこっているのか知った。メレル家は専横を極めていると有名だった。国の中枢のすべてを手中に収め、王座を狙っているのだ。今のコリウス王を傀儡にしようと思っている連中だった。それが、その王の計略でこの平民の若者が突然現れたのだから、殺害しなければと考えるのは当然だった。

「ほお、なかなかじゃないか。いや、飾ってみるもんだな」

 王が二人に掛けた最初の言葉はこれだった。シャディンもセルドも跪いて頭を下げていたから、頭上からそういう小馬鹿にした言葉が降ってきた。

「この度はお前たちにとって非常におめでたい話だ。さ、フィルとか言ったな。お前に宰相の官職を、レビィンとやらには、元帥の官職を与えよう」

 まるで子供扱いであった。背後にいる貴族たちからは失笑やため息が聞こえる。本来新年の祝賀会であった。貴族たちは低位の者まで謁見の間に呼ばれていた。彼らは興味津々で平民上がりの新宰相と新元帥を見つめていた。王が小馬鹿にした態度で官職を言い渡すのを見て、祝賀会の面白い話題とばかりに嘲笑していた。

「陛下から、このような身に余る身分とお言葉をいただき、心から感謝申し上げます」

 二人は礼儀どおりの定型の文章で賛辞に応じた。すると、王の側近が小さな箱を持ち、二人に近づく。それは官職に応じて渡される、辞令が刺繍された特別な布が入っていた。

「もういいぞ。それぞれ邸に帰るがいい。おって沙汰する」

 箱が二人に渡るのを見届けると、王は虫けらを追い払うように手をひらひらさせた。再び貴族たちは失笑する。セルドもシャディンも顔色一つ変えずにその場を辞した。そして、宮殿の出口へ行き、馬を宮中の使用人に連れてきてもらう間、シャディンは気分がずっと悪かった。そして邸の前で到着した安心感から気を失ったのだった。

(気が付いたときは、もうベッドの上だったな)

 シャディンは思い返した。セルドに担がれているのは分かっていた。だが気分が悪く、そして意識が朦朧としていた。熱があるのか頭痛が激しく体がほてっているのが分かった。横になった後、誰かが重い服を脱がせてくれていた。うっすらと目を開くと、そこには女性の姿があった。邸に務める召使いなのだろうと思った。彼女はシャディンの体の手当てをし、とてもやさしい対応を心がけてくれていた。熱にうなされている時、彼女は何か言っていた。

(手を握られていたような記憶があるが、いったい何だったのか)

 後で、彼女はサルビアと言い、この邸の以前の所有者であるコルトー家の次女であることが分かった。そんな貴族令嬢だった彼女はシャディン専属の侍女、そして執事、邸全般の召使いの仕事をすべてこなしていた。

(元令嬢の彼女の立場からすれば、私は身分を奪った憎い平民の男だろう)

 学校で刺客に狙われ、王宮での貴族たちの態度を見るにつけ、邸の中でも危険だと思い、使用人の態度に注意した。

しかし、サルビアと話すと、意外にも彼女は敵意を持っていないようで、他の使用人も同様だった。

 シャディンは、ベッドで休んでいる期間、邸の中で命の危険がないことだけは理解した。しかし、絶対心を許すことはできなかった。セルド以外は信用していなかった。いつ周りの者が刺客に変貌するか分からないと考えていた。だから緊張した気持ちのまま毎日の生活を送った。ただ、「ご主人様」と言われるのが気持ち悪く、シャディンはすぐに名前で呼ぶように指示した。あの時のサルビアは不可思議な顔をしていたが、同意してくれた。

(きっとずうずうしい平民の男が変な命令をすると思っているだろうな)

 シャディンはサルビアの心情をそう解釈した。

(将来的にはこの邸を出て行き、平民に戻るのだから、あまり親しくすることもない。適当に対応しておけばいい)

 邸の使用人や執事はもともと貴族なのだ。シャディンは彼らとの間には大きな壁があると感じていた。その壁を壊すことをせず、残したまま、将来的には宰相の座を辞し、早くアジュガ学校にセルドと戻りたいと考えていた。

 それからずいぶん経ち、シャディンは落ち着いてきたころに、実行に移そうと思っていたことを口にした。

「領地を見に行きたいのだが」

 もともとコルトー家の領地だった。執事のサルビアがその家の次女だということは知っていた。彼女はその提案にすんなりと許可を出してきた。

 アジュガ学校にいた時に、シャディンとセルドには、事前にどの邸でどの領地になるのか連絡があっていた。その際に、経営学の専門家から指摘があった。

「早めに領地へ行って、すぐに改革をした方がいい。そうすれば、君たちの地盤が強くなる。それはその後の宮中での立ち位置が安定してくることにつながる」

 王の命令以外何も二人に支えになるものがないのだ。そんな状態ではずっと王の傀儡となり、立場も危うく、身の危険も増加する。しかし、与えられた領地が繁栄すれば、新たに二人を支える大きな力となるのだ。

 それで、領地をセルドと訪れた。案内してくれたローズとサルビアは嫌がるような様子はなく、ローズに至っては二人に道中の軽食を作ってくれるなど、ひどく気を遣ってくれるほどだった。

 領地で細々と暮らしているコルトー家の夫婦はひどく優しく、その昼食の際の対応や娘二人との会話を見る限り、シャディンとセルドに好意的だった。

(あれが家族というものなんだろうな)

 シャディンは、母親が娘に注意したり、気を遣って自分たちへ話しかけたりする姿を見るにつけ、淋しい気持ちになった。堂々と両親に言い返すサルビアがうらやましくも思えた。

「領地は悲惨な状態だな」

 小さな家を出て、セルドと二人で領地を馬で散歩するように見廻りながら、セルドがため息をつきながらそう感想を述べた。

 丘陵地帯でところどころに家屋が立つだけ。家畜も放牧されているわけでもなく、小さい畑と小川が流れているだけだった。

「農業、畜産業には向かない土地か」

 本来そこが充実していれば、肥沃な土地で、収穫だけで十分収入できる領地になるのだが、全くだめなようだった。

(あの小さいカントリーハウスを見る限り、ずっと以前から収入は少ないのだろう)

 サルビアが「お恥ずかしいくらい、何もない土地ですの。見に行かれたら、びっくりなさいますわ」と言っていたことを思い出す。確かに彼女の言った言葉は正解だったのだ。

「工業で成り立つしかないだろうな。この狭さなら。この小川がフィール川の支流というのが一つの好材料ではあるが」

 セルドがダンを進ませて小川に近づき、降りて水や近くの岩を見つめる。

「工業か」

 小さな土地、農業に不向きな土地となれば、それくらいしか選択肢はない。高価なものをつくる産業を立ち上げるのが一番いい選択肢だった。

「そういえば、地質に詳しい先生はまだパルフに残っているかな」

 シャディンは呟くように言った。セルドが小石を拾いながら振り返る。

「学校を閉鎖したとはいえ、先生は残っているだろう」

「探して、連絡を取ってみるか?そしてここの岩や石を見てもらおう」

 シャディンもカオンから降りて、セルドの近くに寄る。小川は澄んでいて水流は速かった。


 春が来るのは早かった。庭の草花に小さな花が咲き出した頃、隣の元帥邸から姉が私のいる宰相邸に遊びに来た。

「サルビア、久しぶりね」

 姉はそう言って、にこにこと笑顔を私に見せてお菓子の入った袋を私に渡した。

主人を迎えてからもう3ヶ月ほど経っただろうか、ばたばたしたこともなくなり、ひどく落ち着いている毎日だった。

先日、私の実家の土地にシャディン様とセルド様を案内した時、お二人とも、領地が本当に痩せた土地で、特筆すべきものはないことを知ったのだろう。だから、シャディン様たちは、個人的に知っている専門家を呼んであれこれ考えているようだった。

今日もその関係でお二人とも不在なのだ。だから姉妹揃って気兼ねなく話ができる。私は邸の中の個室に姉を案内して、すぐ豆茶を用意する。私はコーヒーに似た味の豆茶がお気に入りだ。

「素敵だったわ」

 椅子に座って、お菓子すら忘れたように、姉が夢見るように言う。それはまるで恋する乙女だ。領地に行った時からあやしいと思っていたけれど、あまりにも物語の流れと姉の態度が一致し過ぎて私はびっくりする。

「『元帥閣下』は、お姉様のお眼鏡にかなったのかしら」

 私はちゃかすように言った。姉は豆茶が入ったカップを指先で遊ばせながら、その水面を眺めるように遠い目をした。

「失礼なことを言ってはだめよ」

そう言っておもむろに豆茶を口に運ぶ。そして軽くため息をついてから話を続けた。

「今まで会った人とは違うと思ったのよ。誠実だし、優しいし、なんと言っても思いやりがある人だわ。ああいう人は初めて」

 貴族社会にいると、そういう男性と出会うことはない。特に美貌の女性の前となると、男性は女性をあげつらうが、実際は下品な目つきで見ていることがほとんどだ。そういう意味で、セルド様は邪心がなく、姉が元貴族であることも分かっているから気を遣っている。それはシャディン様も一緒だ。

「確かに。それに名前で呼んでほしいなんて、びっくりしたわ」

 私は笑いながら言った。姉はお菓子を手に取ると、思い出したように微笑する。

「恥ずかしかったわ。男性に、名前で呼ぶなんて。恋人でもないのに」

「きっと、お二人ともご主人様の方が苦手だったのかもしれないわね」

 私や姉よりも身分が低かったことをきっと気にしているのだろうし、謙虚な気持ちがあるのだろうと思う。そういうところが好感が持てるところだ。私もセルド様と呼ぶことになっていた。だから姉もシャディン様と呼んでいる。

「お姉様とセルド様がうまくいっているのなら安心したわ」

 姉が国王を拒否してから身分をはく奪された時、あんなに悲嘆に暮れていた姿を見ていたから、今日のこの笑顔を見ると私はうれしくなる。きっと毎日、セルド様の世話をかいがいしくしているんだろうと想像して笑みがこぼれてくる。

(お姉様のためにも、そんな態度がセルド様からかわいらしく見えてほしいわ)

私は姉の顔をじっと眺めながら、思わず笑みを浮かべた。

「うまくいっているだなんて、変な誤解を生むような言い方は慎まないとだめよ」

 はじかれたように姉はそう言う。

「はいはい」

 姉の生真面目なところは変わらないんだと思うと、思わずからかいたくなって軽い口調で返事をした。姉はお菓子を口に入れて、妹をたしなめるようにメッというような顔をする。

「やっと私たちも落ち着いたけれど、これからどうなるんでしょうね」

シャディン様もセルド様も邸に来てから一度も出仕していない。まだ国王から出仕の許可を得ていないのだ。それにはいろいろと行政機関の事情があることは姉も知っているので、セルド様のことが心配なのだ。

「なるようにしかならないとしか言いようがないわ」

 まるで私は他人事のように言った。実際、私や姉には何の権利もないからどうしようもない。ただ、私の知っている展開であれば、二人とも成功するので、心配はいらないはずだ。

「サリィったら、意外にも冷たいのね。シャディン様も素敵なのに」

 姉が思わせぶりに私に微笑んだ。確かにシャディン様もセルド様も今まで見てきた貴族の若者とは違って魅力的だ。姉がそういう言い方をしてしまうのも仕方ないと思う。

「お姉様、あくまでもあの方はご主人様なの」

 私は仕事だと区別していると私は宣言した。

(物語ではあまり恋愛は出てこない。出てきても私以外の女性だけよ)

 すべてをはっきりと思い出したわけではないけれど、私はその展開を知っているから、ハッピーエンドに向けて努力しようと決めているのだ。その中には、私はシャディン様には素敵な女性と幸せになってほしいという願望もある。

(はあ、なんで全員死んでしまう結末にしてしまったのかしら。あれが未来というのなら今からしっかりしないと)

 私が再び物語の結末に対して不安になって小さくため息をついたのに気づいたのか、姉が豆茶を飲むのを止めて、意味深な笑みを浮かべた。

「いろいろ悩みがあるのなら、いつでも私に言ってね」

「大丈夫よ」

 私はシャディン様との仲を勘ぐる姉を突き放すように返事をする。

 私はもともと、シャディン様みたいな綺麗な男性は苦手なのだ。テレビや、遠くから見るのは一向にかまわないけど、そばで見るとなぜか不安が押し寄せてくる。それは自分が見合っていないということからくるのか、本能的に避けているのかわからない。だから苦手という言葉でしか表現できないのだ。

(まあ、実際、大人になって付き合った男性に容姿がいい人はいなかったな)

 遠い目をしながら、過去のことを思い出す。

「大丈夫だなんて、強がり言って」

 姉は笑って私に言った。それから、私たちは世間話をしながらお菓子とお茶を楽しんだ。お隣同士っていい。それに主人同士も仲がいいというのもいい。これからいろんなことが起こるけれど、姉妹仲良く情報交換できるのは有利に働くと思う。

 気づいたら、私たちは夕方近くまで話し込んでしまっていた。姉は外を見て暗くなったことに気づくと、セルド様が帰ってきたらいけないとあわてて帰っていった。

 


次回は第1章の7、8話(第1章終了)

次回、領地改革のためにアジュガ学校の元教師たちを呼ぶが、そこでシャディン達は驚くことを聞く…。そしてサルビアは夜、シャディンに咎められてしまう。

まだまだ未熟な作者ですが、鋭意頑張って投稿しますのでよろしくお願いします。

楽しんで読んでいただければ幸いです。


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