第九話 上層からのハイエナ
ハリセンウオを喰らい尽くした後。
海底神殿には、不気味な静寂だけが残っていた。
紫色の毒が漂う海。
崩れた岩壁。
そして。
エリアボスを失ったことで生まれた、“空白”。
ノアはゆっくりと海中を泳ぐ。
脳内では、新しいスキル構成が整理されていた。
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《フレーム・アナライザー》
[戦術解析・行動予測]
《ハイドロ・ダッシュ》
[超加速移動]
《水流演算》
[水圧・空間把握]
《確定反撃・針地獄》
[ジャストカウンター/衝撃蓄積/全方位毒針反射]
《隠密毒素》
[透明化/毒素生成/毒針射出]
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そして。
その下に並ぶ、空白。
【空きスキル枠:5】
ノアは思わず笑った。
「……マジで別ゲーだな」
これまでとは違う。
今までは常に容量不足だった。
何かを積めば、何かを捨てる。
最適化。
圧縮。
取捨選択。
だが今は違う。
「ジャスガの弱点だった射程不足も消えた」
軽く尾を揺らす。
「しかもまだ半分空いてるとか、完全に実験場じゃねぇか」
スキル構築。
シナジー。
コンボ。
理論上だけ考えていたハメ構成。
全部試せる。
ノアの口元が歪む。
完全に、ゲーマーの顔だった。
その時。
ピクリ、と水流が揺れた。
《水流演算》反応。
上層。
約五十メートル上。
複数高速接近反応。
一直線。
しかも迷いがない。
ノアの目が細くなる。
「……来たか」
海水が荒れる。
次の瞬間。
複数の影が、海中を切り裂きながら急降下してきた。
群れ。
ウミウシ系モンスター。
その中心。
一際巨大な個体を見た瞬間。
ノアは静かに笑った。
「へぇ」
紫色の外殻。
無数の棘。
肥大化した身体。
そして、部下を従えた隊列。
《ムカデミノ・キング(Lv25)》。
かつて。
レベル1だったノアを、一方的な数の暴力で殺しかけた群れのリーダー。
だが。
今のノアに、あの時の焦りはない。
むしろ冷静だった。
「なるほど」
《フレーム・アナライザー》起動。
周囲の流れ。
侵入ルート。
移動速度。
全部が脳内で繋がる。
「エリアボスのテリトリー判定が消えた瞬間に降りてきたか」
ハリセンウオが消えたことで、この深層は空白地帯になった。
そこへ上層の群れが雪崩れ込む。
自然なハイエナ行動。
そして。
こいつらはボス討伐直後の“消耗した獲物”を狙っている。
ノアは笑う。
「わざわざ五十メートル上から、自分で実験台になりに来るとはな」
視線が鋭くなる。
「今日の俺、ドロップ運良すぎるだろ」
その瞬間。
キングがノアへ気づいた。
一拍遅れて、目を見開く。
驚愕。
理解不能。
当然だった。
目の前にいるのは、以前なら群れ全体で蹂躙できたはずの雑魚。
だが今のノアからは、明らかに異質な圧が漏れていた。
キングが叫ぶ。
『囲めェ!!』
部下たちが一斉に散開した。
ノアの脳内に、即座に陣形情報が展開される。
「……ロール分担型か」
前衛。
大型の進化済み個体。
肉厚の外殻。
完全防御特化。
「盾役」
左右後方。
細長い進化個体。
口腔内で高圧水流を圧縮。
「砲台役」
そして。
最後尾。
安全圏で指示だけを飛ばすキング。
ノアは呆れたように鼻で笑った。
「相変わらずだな」
軽く首を傾ける。
「部下を盾と砲台にして、自分は一番後ろか」
その声音には、完全な軽蔑が混じっていた。
「徹底したクソハメ戦術。嫌いじゃない」
直後。
左右の砲台役が口を開く。
圧縮水流。
高密度弾。
連続射出。
ズガガガガガガッ!!
海中を裂きながら、弾幕がノアへ襲いかかる。
かつて。
レベル1のノアを絶望させた連携。
避けた先に次弾。
止まれば削り。
近づけば盾で止める。
初心者狩り専用みたいな陣形。
だが。
今のノアは動じない。
「遅い」
《隠密毒素》発動。
ノアの姿が、一瞬で海水へ溶けた。
ターゲットロスト。
砲撃が空を切る。
さらに。
《フレーム・アナライザー》が弾道を解析。
《ハイドロ・ダッシュ》起動。
ノアの身体が、一瞬で加速した。
弾幕の隙間。
数フレームしか存在しない安全地帯。
そこを縫う。
そして。
一瞬で前衛へ到達。
盾役の懐。
完全接近。
進化済みウミウシがビクリと震えた。
キングが叫ぶ。
『止めろォ!!』
だが遅い。
ノアは静かに笑っていた。
「お前らが進化させてまで用意してくれた特級パーツだ」
盾役が慌てて防御姿勢を取る。
ノアは牙を見せた。
「――まずはそこの『盾』から」
海底に、冷たい殺気が満ちる。
「美味しく分捕らせてもらうぜ」




