第五話 置き技
カクレウツボを処理し、水深150メートルを突破した道中。
俺は目の前を泳いでいた、岩石のような外殻を持つ鈍重な貝を《ハイドロ・ダッシュ》からの確定反撃で一方的にハメ殺した。
【対象の捕食を確認。経験値を取得】
【新規スキル《凝縮硬化》を獲得しました】
「《遊泳補助》をデリート。空いた枠へ、今拾った《凝縮硬化》をセット」
RTAにおいて、死にスキルを抱え続ける奴は三流だ。
必要なものだけを残す。
環境ごとにビルドを変える。
それが最速攻略。
水深200メートル。
ついに、光が完全に消えた。
上を見上げても、青はない。
あるのは、どこまでも続く黒。
深海入口――《トワイライトゾーン》。
【環境変化を確認】
【視界補正が大幅に低下しています】
【《感覚毛》《フレーム・アナライザー》による補助を推奨】
「……なるほど。ここからが本番か」
ノアは静かに周囲を見渡した。
視覚はほぼ死んでいる。
だが、その代わり。
ゼラチン質の身体から伸びた感覚毛が、水流の揺れを拾っていた。
海水の震え。
微細な流れ。
遠くで何かが動く気配。
以前なら完全な暗闇だった世界が、今は“輪郭だけ”見える。
「《水流演算》との相性も悪くないな」
ウツボ戦で得た新スキル。
海流の変化を演算し、動きを読む補助スキル。
それを《フレーム・アナライザー》と並列処理する。
脳内へ、立体的な水中マップが構築されていく。
「よし。索敵効率は悪くない」
ノアは《ハイドロ・ダッシュ》でさらに潜行した。
220メートル。
230。
250。
その時。
感覚毛が“異常な水圧”を検知した。
ノアは即座に岩陰へ潜り込む。
次の瞬間。
ズガァァァァッッ!!
凄まじい衝撃が海中を揺らした。
岩肌に大量の穴が穿たれる。
まるで散弾銃。
いや、それ以上。
ノアは静かに視線を向ける。
【種族:ハリセンウオ(ボス個体)】
【Lv30】
【脅威度:A】
巨大だった。
通常個体の数倍はある膨れ上がった身体。
全身の棘が、まるで砲台のように逆立っている。
そして。
《フレーム・アナライザー》が、奴の攻撃パターンを解析する。
【行動解析開始】
【全身トゲ射出攻撃】
【発生:15フレーム】
【判定:全方位】
【推定ダメージ:致死級】
【回避難易度:極大】
「……なるほどな」
ノアの口元が歪む。
「まともに近づけば100%相打ちか即死の無理ゲーってわけか」
棘の射出速度。
範囲。
密度。
どれも異常。
しかも全方位。
回避しても、別角度の棘が刺さる。
単純な機動力だけでは突破できない。
「つまり必要なのは、“受け流し”だ」
攻撃を避けるんじゃない。
利用する。
反転させる。
当て身。
カウンター。
このボスは遠距離制圧型。
なら必要なのは、
「“カウンターの強化パーツ”だな」
ノアは即座に思考を切り替えた。
ボス戦は後回し。
まずは攻略パーツ集め。
RTAで無理ボスへ突っ込むのは二流。
必要な装備だけ回収し、最短で殺す。
「さて」
ノアは周囲の索敵を開始する。
欲しいのは、
広範囲攻撃。
設置型。
継続判定。
あるいは毒。
“相手の攻撃を利用できるスキル”。
その時だった。
《感覚毛》が異様な静寂を捉える。
水流が、不自然に止まっている。
ノアはゆっくり視線を向けた。
暗闇。
何もいない。
だが。
《フレーム・アナライザー》だけが、その空間へ赤い警告を出していた。
【危険】
【透明対象を検知】
【種族:ヴィーナスノヒモ】
【Lv18】
【脅威度:B】
「クラゲ系か」
次の瞬間。
ぞわり、と周囲へ無数の触手が広がった。
透明。
細い。
視認不可能。
だが触れた岩が、一瞬で紫色に変色して崩れ落ちる。
【猛毒判定を確認】
【接触時、生存確率:3%未満】
「……即死毒かよ」
普通なら近づいた時点で終わり。
だが。
ノアの視界には、その透明触手の“隙間”が見えていた。
触手と触手の間。
判定が切れるフレーム。
安全地帯。
格ゲーでいう“置き技”。
相手の行動範囲を制圧する、設置型のクソ技。
だが。
ノアはその手の攻略を、前世で何千回もやってきた。
むしろ。
得意分野だ。
口元が自然に吊り上がる。
「攻撃判定の置き去りか」
《ハイドロ・ダッシュ》を起動。
ゼラチン質の身体がゆっくり沈み込む。
「いい度胸じゃん」
Lv4。
相手はLv18。
普通なら逃げるレベル差。
だがノアの瞳には、もう“攻略ルート”しか映っていなかった。
「……よし」
海流を蹴る。
「お前から、“カウンターの土台”を分捕る」




