第三話 フレームの世界
モンハナシャコの拳が迫る。
見えない。
だが――読める。
肩が沈む。
脚が固定される。
身体全体が一瞬だけ硬直する。
超火力技には発生前の隙がある。
格ゲーでも同じだ。
どれだけ強い技でも、ノーモーションは存在しない。
「来る」
ノアは身体を縮めた。
次の瞬間。
海水が爆ぜる。
拳が走る。
音より速い一撃。
だがノアは紙一重で回避した。
そのまま身体を捻る。
拳はノアを外れ――
背後の火山岩へ突き刺さった。
――ドゴォォォォン!!!
岩が砕ける。
衝撃波が海底を揺らした。
そして。
『ギィィィィィィィ!!』
モンハナシャコが絶叫した。
腕が砕けていた。
高すぎる威力。
強すぎる筋力。
だからこそ、自分自身すら壊してしまう。
格ゲーでいうなら反動ダメージ付き超必殺技。
外せば終わり。
そして今。
目の前のボスは最大の後隙を晒している。
「確定反撃だ」
ノアは突っ込んだ。
逃がさない。
硬直。
ダウン。
コンボ始動。
シャコの首元へ噛みつく。
『ギィッ!?』
暴れる。
だが遅い。
もう終わりだ。
【超格上個体の捕食を確認】
【固有スキル《捕食強奪》発動】
【対象の生体情報を解析中】
大量の情報が脳へ流れ込む。
異常発達した複眼。
神経伝達速度。
立体視。
距離感覚。
動体視力。
そして――
【特殊感覚器官を発見】
【適性を確認】
【ユニークスキル《フレーム・アナライザー》を獲得しました】
その瞬間。
世界が変わった。
「……なんだこれ」
泡が見える。
海流が見える。
小魚の尾びれが動く瞬間が見える。
いや。
それだけじゃない。
筋肉の収縮。
重心移動。
攻撃前の予備動作。
生物達の次の行動が、線のように浮かび上がって見えた。
モンハナシャコがなぜ強かったのか。
今なら分かる。
あいつは見えていたのだ。
人間では認識できない領域が。
コンマ数秒先の世界が。
「なるほどな」
ノアは静かに笑った。
「これならハメられる」
どんな生物も。
どんな強敵も。
行動には前兆がある。
それが見えるなら。
攻略できる。
そして。
大量の経験値ログが流れ始めた。
【超格上撃破ボーナス】
【経験値を獲得】
【Lv10】
【Lv11】
【Lv12】
【Lv13】
【Lv14】
【Lv15】
【Lv16】
【Lv17】
【Lv18】
【Lv19】
【Lv20】
【進化権を獲得しました】
ノアの目が細くなる。
「進化できるのか」
この世界は進化が一度しかできないらしい。
つまり。
進化は考えて使わなければいけない
「いつ進化するか―」
そこまで考えた時だった。
ノアの視線がシャコの巣穴へ向く。
違和感。
何かある。
ボス部屋の宝箱みたいな匂いがした。
ノアは巣穴へ侵入する。
奥。
さらに奥。
そこには大量の砕かれた貝殻が積み上がっていた。
だが。
一つだけ。
砕かれていない貝がある。
黒い。
異様に黒い。
周囲の貝より明らかに硬そうだった。
「……怪しい」
モンハナシャコほどの生物が住んでいた巣だ。
普通なら真っ先に食われている。
なのに残っている。
つまり。
「隠しアイテムだろ」
ノアは迷わず噛みついた。
硬い。
まるで岩だ。
だが諦めない。
一回。
二回。
三回。
何十回。
何百回。
そして。
ピキッ。
小さな音が響いた。
「お?」
ヒビ。
さらに噛む。
ガキン。
殻が割れた。
次の瞬間。
真っ赤なログが視界を埋め尽くした。
【特殊条件達成】
【適合率を確認】
【適合率:0.00001%】
【ユニークスキルを発見】
ノアの動きが止まる。
「なんだ?」
直後。
【ユニークスキル《無限進化》を獲得しました】
沈黙。
数秒。
理解が追いつかない。
「……無限進化?」
ログを開く。
説明を見る。
そして。
ノアは完全に固まった。
【効果】
【進化回数制限を解除します】
【進化後も再度進化可能になります】
意味が分からない。
いや。
意味は分かる。
分かるからヤバい。
ノアには前世の記憶だけじゃない。
ウミウシとして生きていた記憶もある。
だから知っている。
この世界の常識を。
進化は一回。
一生に一度。
それが当たり前。
だから皆、進化先選びに人生を賭ける。
だからレベルを最大まで貯める。
だから慎重になる。
だが。
もし何度でも進化できるなら?
低レベル進化。
環境特化進化。
最速進化。
全部できる。
レベルを抱え込む必要すらない。
RTAなら絶対に悪用される。
間違いなくナーフされる。
運営緊急メンテ案件。
そんな性能だった。
ノアはゆっくり笑う。
「……おいおい」
深海の暗闇を見下ろす。
まだアインはいない。
まだ世界最強には程遠い。
だが。
その距離が急に縮まった気がした。
「この世界」
口元が吊り上がる。
「最初からシステムエラー起こしてるじゃねぇか」
視界に新たなログが浮かぶ。
【Lv20】
【進化可能です】
ノアはその文字を見つめる。
そして静かに笑った。
次の瞬間。
迷わず進化画面を開いた。




