薔薇園
王城の裏手へ回ったヴィクトリアの視界に飛び込んできたのは、人の背丈を優に超えるほど高く刈り込まれた薔薇園だった。
上空から見下ろすと、幾重にも入り組んだ生垣は複雑な迷路を形作っていた。まるで童話に登場する迷宮のようで、その奥には宝物か、あるいは誰にも知られてはならない秘密でも隠されているかのようだった。
僅かな好奇心を胸に、迷路の中心付近へ視線を向けたヴィクトリアは、羽ばたきを止める。
(あれは…)
そこにあったのは、生垣に守られるように、一棟の東屋が佇んでいた。白い石で造られたその東屋は、華美な装飾こそないものの、気品に満ちている。
中央には半円形に設えられた石造りの腰掛けがあり、繊細な装飾が施されたアーチ越しに夕陽が差し込み、床や腰掛けへ木漏れ日のような淡い影を映していた。
決して古めかしいわけではないが、華やかな王城から切り離されたようなその場所はどこか寂しげで普段あまり人の往来が無いように思えた。
(ここなら潜伏するのにちょうどいいかしら)
ヴィクトリアはゆっくりと高度を下げながら周囲を見回す。
この薔薇園は、おそらく王族のためだけに設けられた私的な庭園なのだろう。仮面舞踏会の最中、多くの招待客が華やかな会場に集まるため、わざわざ王城の裏手にある薔薇園まで足を運ぶ者はほとんどいないはずだ。
仮に誰かが迷い込んできたとしても、この迷路のような生垣なら身を隠すことができる。人の姿へ戻ったあとも、自分の背丈をはるかに超える生垣が視界を遮ってくれるだろう。それに東屋には腰を下ろせる場所もある。落ち着いてドレスへ着替える時間くらいは確保できそうだった。
ただ、潜伏する場所が王城の裏手となると、仮面舞踏会の会場まで向かうのに少し時間がかかりそうだが、ほかに安全な場所は見つかりそうにもなく、それにこれ以上飛び回れば、その分だけ呪いが進行してしまう可能性もある。
慎重になることも大切だが、飛び回る余裕も無く、ヴィクトリアは黒い翼を大きく広げると、軽やかに空へ舞い上がった。
そのままヴィクトリアはダニエルが待つ馬車へ向かって一直線に飛び立った。




