西側
次に向かったのは、王城の西側。
こちらは一転して、王城を支える実務のための区域だった。
石造りの厩舎には王家の愛馬や近衛騎士団の軍馬が整然と並び、その隣には馬車庫や食料庫、穀物や保存食を蓄える倉庫が建ち並んでいる。少し奥へ進めば、広々とした騎士団の兵舎や訓練場があり、剣を打ち合う金属音や騎馬訓練の掛け声が絶え間なく響いていた。
(ここも人が多くて難しそうね)
どこを見ても人の姿が絶えない。きっと夜になっても倉庫番や兵舎には人が多く残るだろう。潜伏場所としては不向きだと、諦めて飛び去ろうとしたその時、ヴィクトリアは訓練場へ目を向けた。
若い騎士たちが額に汗を浮かべながら、真剣な表情で剣を交えている。その姿を眺めながら、ふと一人の青年が脳裏に浮かんだ。あの日、自分のもとへ招待状を届けてくれた騎士。
(この中にいるのかしら)
森の奥深く、人が住んでいるかどうかも怪しいあの洋館まで、真面目に足を運んでくれた青年。彼が来てくれたからこそ、自分はこうして呪いを解くために動き始めることができた。止まっていた時を動かすきっかけをくれたのだ。
もちろん、厳密には国中の若い娘たちへ招待状を配るよう機会を与えた王太子レオンハルトへ感謝を伝えるべきなのだろう。
それでもヴィクトリアは、あの青年にも礼を言いたかった。もしハイム男爵領を担当した騎士が不真面目な人物だったなら、「森の奥の屋敷」など面倒だと判断し、招待状を途中で捨ててしまっていても不思議ではない。実際に届けたかどうかを確認する者など、きっといなかったはずなのだから。
だからこそ、彼の誠実さに救われた。
(いつかもう一度会えたなら、きちんとお礼を言いたいわ)
そんな願いを胸に、ヴィクトリアは訓練場の上空を一度だけゆっくり旋回する。
しかし、それらしい姿は見当たらず、小さな名残惜しさを胸に抱えながら、ヴィクトリアは翼を翻し、王城の裏手へと向かって飛び去っていった。




