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屋烏の愛  作者: 又一
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お目付け役

エルザと離れ、再び一人になったヴィクトリアは会場内を歩いていた。人の波から少し距離を取り、音楽とざわめきが混ざり合う中心部を避けるように、静かな場所を選んで進む。


窓際にやってきたとき、ふと視界の端に引っかかるものがあった。豪奢なカーテンが幾重にも垂れ下がるその陰に、半ば隠れるようにして設けられた一角。そこには、談話用のソファと低いテーブルが控えめに置かれている。


どの舞踏会にも、こういった場所は必ず用意されているものだ。華やかな場の裏側、賑わいから一歩引いた場所で息をつくための空間。付き添いとして同行したお目付け役たちが腰を落ち着けたり、踊り疲れた男女がひとときの休息を取ったり。あるいは、人目を避けて密やかな話を交わすための場所としても使われる。


光の届きにくいその一角は、中央の煌びやかさとは対照的に、どこか落ち着いた空気を湛えていた。人の流れから外れたその場所では、数人の男女が身を寄せ合うようにして座り、声を潜めて会話を交わしている。仮面のせいで顔までははっきりと見えないが、互いに距離の近い、気安さのあるやり取りが交わされているのがわかる。


(…ああいう場所は、どちらかというと内輪の話が多いものね)


ヴィクトリアは一瞬だけ視線を向け、すぐに逸らした。求めているのは、呪いに関する情報ーそんなものに関わる話が、あのような穏やかな空気の中で語られるとは思えない。そう判断し、その場を通り過ぎようとした、その時だった。


「ねえ!そこのあなた!」


不意に、はっきりとした声が飛んできた。

思わず足を止める。


「あなたもこちらにいらっしゃいな」


振り向けば、カーテンの隙間からこちらを覗き込むようにして、一人の女性が手を振っていた。ひときわ目を引く、恰幅のいい女性で、その仕草はどこか豪放で、遠慮というものを知らないような勢いがあった。


突然声をかけられたヴィクトリアは驚きながらも、軽く会釈をして歩み寄った。


「あの、私ですか…?」


「そうよ!あなたよ、あなた!いいからこちらにいらっしゃいな」


豪快に笑いながら、隣の席をぽんぽんと叩く。

どうやらそこに座れということらしい。


その勢いに一瞬たじろぎながらも、無下に断る理由も見当たらず、ヴィクトリアは小さく頷いた。周囲に軽く視線を巡らせてから、促されるまま腰を下ろす。


改めて周囲を見渡すと、そこにいたのは四人。


まず目を引くのは、声をかけてきた恰幅のいい女性。豊かな体つきに似合う、よく通る声と遠慮のない振る舞い。丸々とした指には、大粒の宝石がいくつもはめられており、手を動かすたびにきらきらと光を反射していた。


その隣には、対照的にぴんと背筋を伸ばした細身の女性。口元を扇子で隠し、必要以上に感情を表に出さぬようにしているが、細く長い指先にはわずかな力みが見える。神経質で、周囲に気を張り詰めている性格なのだろう。


向かいには、長く整えられた髭が印象的な老人。深く腰掛け、どっしりと構えたその姿は、この場の誰よりも落ち着いている。年輪を重ねた者特有の余裕があり、何もかもを一歩引いた位置から眺めているようだった。


そしてもう一人、やや派手な装いの中年の男。仕立ての良い衣装ではあるが、色使いがどこかちぐはぐで、飾り立てることに重きを置いた印象が強い。指に光る装飾や、どこか自信ありげな笑みから、成り上がりの気配がにじんでいた。


(……ずいぶんと、個性の強い顔ぶれね)


一目でまとまりのない組み合わせだとわかる。

だがそれゆえに、この場には妙な気安さがあった。


「私たちはね、みんなお目付け役なのよ」


恰幅のいい女性が、いかにも楽しげに口を開く。


「連れてきた子は勝手にどこかに行ってしまうし、かといってこの暗さでは見守るも何もないでしょう?」


肩をすくめながら、わざとらしくため息をついてみせる。だがその様子はまるで困っていない。むしろこの状況すら面白がっているようだった。


「まったくですな。誰が誰やら、さっぱりですな」


髭の老人が、ゆっくりと顎を撫でながら深く頷く。その声音には年輪のような重みがあるが、同時にどこか愉快そうな響きも混じっていた。


「…旦那様に怒られないか心配です…」


対照的に、細身の女性は扇子の陰で小さく呟いた。扇子の端がかすかに震えているのは、不安からか、それとも癖なのか。視線も落ち着かず、時折ちらちらと周囲を窺っている。


「しっかり見ておけって言われて来たのに…」


その声音は弱々しく、真面目に役目を果たそうとしていたことが窺えた。


「でも、せっかくの機会なんですから、楽しまないと損ですよ」


成金風の男が、にやりと口角を上げる。

指先でグラスをくるりと回しながら、どこか芝居がかった仕草で続けた。


「どうせ見張れないのなら、いっそ見ないことにする。そういう割り切りも、大人には必要ってものです」


その言い方は軽薄にも聞こえるが、妙に説得力だけはある。


どうやら四人は、それぞれ立場も性格も違いながら、同じ理由でこの場に流れ着いたらしい。

“役目を果たせない者同士”という奇妙な連帯感が、この小さな輪を作っている。


「だから暇そうな人を集めてたのよ!」


にっこりと笑いかけられ、ヴィクトリアは一瞬だけ言葉を失う。どうやらヴィクトリアは同類だと思われて声をかけられたらしい。


(…暇ではなかったのだけど…)


「それでね、ただ話していてもつまらないでしょう?」


恰幅のいい女性が、ぐいっと身を乗り出す。


「だからね、参加者に倣って偽りの二つ名を名乗って、誰が一番面白い話をできるか、っていう遊びをしていたのよ!」


楽しげに語るその様子は、まるで子どもが新しい遊びを思いついた時のようだった。


「なかなかに盛り上がっておるのじゃ」


ホッホッホ、と老人が喉を鳴らして笑う。

その声は低く、しかし妙に響き、閉ざされた空間にじんわりと広がっていく。


「ね、あなたも何か面白い話の一つや二つくらいあるでしょう?」


ぐい、と距離を詰められ、ヴィクトリアは一瞬だけ目を瞬かせる。だがすぐに、その瞳の奥にわずかな光が宿った。


(…ちょうどいいかもしれないわ)


この場は、ただの雑談の場ではない。

正体を隠した者同士が、立場を離れて言葉を交わす場所。だからこそ本音や情報が、思いもよらぬ形で零れ落ちるかもしれない。情報を引き出すには悪くないかもしれないとヴィクトリアは思考を巡らす。


「ええ、私の話なんかでよければ…」


柔らかな微笑を浮かべ、ゆるやかに頷く。

その物腰はあくまで穏やかで、警戒を抱かせない。その返事に、四人の表情がぱっと明るくなった。


「決まりね!じゃあー」


仕切り直そうと、恰幅のいい女性が楽しげに手を叩こうとした、その時だった。

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